軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第127話 エリンの接触

クリフへの挨拶を終わらせた後、ローガンに促されアメリアは席に座った。

その席は会場からは少し離れた所にあった。

あまりアメリアを目立たせないようというローガンの気遣いが伺える。

「本日はようこそいらっしゃいました」

席に着くなり、給仕スタッフがメニュー表を持ってやってきた。

メニュー表には、紅茶の知識がさほどない参加者でも選びやすいよう、それぞれの茶葉の味や特性なども記述されている。

「では、ダージリンを頂こう」

「かしこまりました。お連れ様は……」

「アルサムをお願いいたします」

「かしこまりました。料理の方もあちらに並んでいるものは自由にお取りいただいて結構ですので、存分にご堪能くださいませ」

給仕がお辞儀をして紅茶を淹れに行く。

「はふぅ……」

ようやく、アメリアは一息ついた。

尖らせていた神経が解れ、全身から力が抜ける。

「よくやった」

随分と気を張っていただろうアメリアに、ローガンが労いの言葉をかける。

一方のアメリアは不安げな表情でローガンに尋ねた。

「私、大丈夫でした? 何か粗相とか……」

「無い、完璧だった。数日で仕上げたとは思えない、立ち振る舞いだったぞ」

満足げにローガンは頷き、成長した我が子に向けるように微笑んで。

「練習の成果が出ているな、偉いぞ」

「ありがとうございます。えへへ……」

嬉しそうにアメリアは微笑んだ。

「特に、ミレーユ夫人と紅茶の話で盛り上がれたのは良かったな」

「コリンヌ先生の助言です。もともと茶葉についての知識はある程度あったのですが、通な参加者との会話にも困らないようにと……」

「わざわざ勉強したのか」

「素人に毛が生えた程度ですけどね」

「夫人も満足げだった。心象は上々といった所だろう」

「だと良いのですが……」

アメリアが言った、その時。

「今、よろしいでしょうか?」

不意にかけられた声に、心臓が掴まれたように大きく脈打った。

その声を聞くのは久しぶりのはずなのに、身体が覚えていた。

恐る恐る顔を上げて……ぞわりと、アメリアは総毛立つ。

複雑に纏め上げた金髪、厚めの化粧、装飾だらけのドレス。

手には金箔と花の刺繍を施した扇子。

アメリアの妹、エリンが取って付けたような笑顔を浮かべて立っていた。

「お初にお目にかかります、ローガン様。私、ハグル家の次女、エリンと申します」

そう言って、エリンは手慣れた様子で淑女の礼をする。

「ローガン・へルンベルクだ。ハグル家当主には、婚約の件で世話になった」

ローガンはそれだけ口にした。

冷酷で無慈悲と評判の、淡々とした表情。

長話をするつもりは無いとばかりの素っ気ない返答に、エリンの表情に不満が滲んだ。

しかしすぐに笑顔に戻し、アメリアに向いて言う。

「お久しぶりです、お姉様。お元気そうで何よりです」

声をかけられ、アメリアの肩がびくりと震える。

ひとりでに息が浅くなり、足先から温度が失われていった。

(参加しているのはわかっていた、けど……)

いざエリンを目の前にすると、実家で虐げられていた記憶が嫌でも蘇ってしまう。

頭が真っ白になって、返す言葉が見当たらなくなる。しかし。

(落ち着きなさい……)

静かに、深く、息を吸い込む。

(大丈夫……私のそばにはローガン様がいる……)

自分に言い聞かせると、少しずつ鼓動が収まってきた。

自然な笑顔を浮かべ、エリンに向き直ってアメリアは言った。

「久しぶりね、エリン。会えて嬉しいわ」

想像していた反応と違ったのか、エリンは目を瞬かせる。

実家で下に見ていた時とは違いどこか余裕を纏った様子のアメリアに、エリンは扇子の下で小さく舌打ちを溢した。

──その舌打ちを、ローガンは見逃さなかった。

「それにしても……随分と様変わりされましたね、お姉様?」

煽るようにエリンは言葉を口にする。

ぴくりと、ローガンの眉が動く。

「実家にいた頃はとてもじゃないですが、表に出せるような姿では無かったですのに……流石はへルンベルク家と言った所でしょうか」

馬鹿にしたような笑顔を浮かべてエリンは言う。

誰が聞いても分かる嫌味だった。

アメリアの視線が下がる。

ぎゅっと、膝の上で拳を握った。

アメリアが何を言い返してこないことに、エリンは胸がスカッとする思いになる。

さらなる清々しい気分を求めて、エリンは言葉を続ける。

「ローガン様はご存じないでしょう? 実家にいた頃、お姉様は淑女にも関わらずよく泥んこ遊びを……」

「エリン嬢」

絶対零度の声。

ギロリとエリンを睨む。

「俺の婚約者に対する侮辱は止めてもらおうか?」

炎を灯した射抜くような視線に、エリンは思わず「ひっ……」と息を呑んだ。

エリンは大きな勘違いをしていた。

アメリアは愚図で無能な人間だ。

へルンベルク家に嫁いだ後も、暴虐公爵と名高いローガンには好かれず、無碍にされているものだと確信していた。

なんなら、ハグル家が多額の賠償金を被ったのもアメリアのやらかしのせいだと思っている。

そのため、ローガンのアメリアに対する印象は最悪。

今日のお茶会は社交の場とだけあって、仕方がなく仲睦まじい様子を演じていると思っていた。

なので嫌味を言ったら、ローガンの方も乗ってきて、アメリアに更なる追撃をしてくれるのではと踏んでいた。

にも関わらず、ローガンは正反対の反応を示した。

数々の社交界に顔を出し、人並み以上には他人の顔色に敏感なエリンは分かる。

ローガンは、怒っていると。

「もう一度言う。俺の婚約者への侮辱は止めろ」

「い、いえ、そんなつもりは……」

「無かったと? 先ほどの言葉はどう解釈しても、我が婚約者アメリアの容貌を揶揄するものに聞こえたが?」

取り繕うとするエリンに、ローガンは逃げる隙を与えない。

これはまずいと、エリンは歯をギリッと噛み締めた。

こちらは伯爵家、相手は公爵家。

家の格では相手にならない。

その上、父セドリックにはアメリアに関わるなと重々言い付けられている。

ここでローガンを怒らせて、実家に告げ口でもされたら堪ったものじゃない。

声は上擦り、心臓がきゅうっと締まる。

動揺を顔に出さないよう、エリンは必死だった。

そんなエリンに、ローガンは怒りを纏ったまま言及する。

「そもそもの話、アメリアを表に出れないような姿にしていたのは……ハグル家自身では無いか?」

「……!?」

今度こそ、エリンは動揺を表出した。

(なぜそれを……!?)

とばかりに、目を見開いていると。

「お話中、申し訳ございません。ダージリンと、アルサムをお持ちいたしました」

絶妙なタイミングで、給仕が紅茶セットをカートに乗せてやってきた。

場を濁すのに良い口実を見つけたとばかりに、エリンはハッとする。

「で、では、私はこれにて! 淹れたての紅茶を楽しんでくださいませ」

エリンは逃げるように、そそくさと場を立ち去っていった。

「侮辱に対する謝罪も無しか」

呆れた様子で、ローガンは息をついた。