軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第128話 なんでこんなに

「侮辱に対する謝罪も無しか」

呆れた様子で、ローガンは息をついた。

ほかほかと湯気立つ紅茶や、マーガリン香るお茶菓子が並べられる。

給仕が頭を下げて場を去ってから、アメリアは申し訳なさげに口を開いた

「あの……ごめんなさい」

「なぜアメリアが謝る?」

「だって、エリンがとても失礼なことを……」

「確かに失礼な発言ではあったな。ハグル家への抗議文をしたためることにしよう」

苦笑を漏らしてから、ローガンは続ける。

「だが、一番怒るべきは……アメリア自身だ」

ローガンの言葉に、アメリアの頭の中で何かが光った。

まるで、新しい価値観が生まれたかのような。

「妹にも、不当な扱いをされていたのだろう?」

「……はい」

思い出せばいくらでも頭に響く罵倒。

頬を打たれたり、蹴られたりした痛み。

大切な物を踏み躙られた絶望感。

「なら、アメリアは怒っていい。むしろ怒るべきだ。君にはその権利がある」

言われて、アメリアはハッとする。

ローガンの言葉を噛み締めるように咀嚼して、自分なりの解釈を口にする。

「たぶん私は……怒るという選択肢が、そもそも無かったんだと思います」

目を伏せ、暗い過去思い起こすようにアメリアは続ける。

「ずっと、否定されて生きてきたので……ひどいことを言われるのも、暴力を振るわれるのも、仕方がないんだって……私が私だから、いけないんだって……そう思っていました」

今思い返しても、洗脳に近い状態だったのだろう。

別の見方をすると、自分のせいだと思い込んだ方が楽だから、深く考えないようにしていたという側面もあっただろう。

「そんなことはないと、今なら分かるな?」

「はい」

迷いなく、アメリアは言った。

へルンベルク家に嫁ぎ、ローガンと出会い、愛情と肯定を注がれる日々の中で、アメリアは少しずつ自己肯定感を高めていった。

だからこそ、ローガンの言葉の意味が理屈だけでなく、心も理解できるようになった。

理解すると、胸の奥底から燃えるような感情が湧き出してくる。

「……なんだか、思い出すと腹が立ってきました」

「そうだ、それでいい」

ローガンは頷く。

「怒りを覚えるのは、それだけ自分自身に対して価値を感じている証拠だ。これからも、自分が侮辱されたと思ったら、素直に怒りの感情を持つんだ」

「はい、わかりました。遠慮なく怒ります」

頑張りますとばかりに、両拳を握り意気込むアメリアに、ローガンは「ふっ……」と微笑ましそうに笑う。

「代わりに怒ってくれて……ありがとうございました」

「大事な婚約者を侮辱されたんだ。当然の対応だ」

語気に棘を纏わせてローガンは言う。

それから優雅な手つきでカップを持ち上げて。

「飲もう。紅茶が冷める」

「ですね」

ローガンに続き、確かな温度を伴ったカップを持ち上げ、口につける。

コリンヌ先生に教わったように、ゆっくりと、落ち着いた所作で。

「ほわ……」

思わず、アメリアは声を漏らした。

口の中に広がる軽やかながらも深みのある風味。

森林を思わせるようなフレッシュな香りが舌の上で踊ったかと思うと、ふんわりとした甘さが両手を広げる。

後味はクリーンで心地よく、淡いフローラルな香りが鼻腔を抜けた。

先ほど胸に湧き出した怒りの感情が、ゆったりとした波のようになるようだった。

「美味いな」

「味に深みがありますね」

シルフィたちが淹れてくれる紅茶も美味しい。

だが先ほどミレーユと話した感じ、エドモンド家の方が紅茶に関しては強いこだわりがありそうだった。

「飲んでみるか?」

スッと、ローガンがダージリンをこちらに寄せてくる。

明るい琥珀色の紅茶から、なんとも優雅な香りがってきた。

「では、一口だけ……」

アメリアも自分のアルサムをローガンの方へ移動させてから、ダージリンに口をつけた。

口に含むと、軽やかでありながらも複雑な香りが広がる。

ほのかに感じるミントのような清涼感。

その後に続く微かな甘さ、渋みが舌の上で絶妙なバランスを生み出す。

マスカテルフレーバーの風味はダージリンが「紅茶のシャンパン」と称されるゆえんで、一口飲むだけで華やかな香りが弾けた。

「こちらも美味しいです……ね……」

言いながら、ダージリンを見下ろした後、目をぱちぱちとさせる。

そして、先ほど自分が飲んでいたアルサムを優雅に飲むローガンを見て、気づく。

(こここれはいわゆる……かかか間接キス……!?)

ぼんっと、アメリアの顔が噴火した。

「うむ」

カップを置き、ローガンの方は何ら動揺していない様子で言う。

「アルサムもまた違った風味で美味いな……どうした?」

「な、なんでもございません。お気に召したようで、何よりです」

コリンヌ直伝の笑顔を浮かべて、アメリアはそそくさと、アルサムとダージリンを交換し直す。

そして顔の赤みを悟られないよう、口につけたカップを思い切り倒した。

淑女にあるまじき飲み方である。

「そんなに喉が渇いていたのか?」

ぎこちなくアメリアは頷いた。

ローガンとは、もう何度も唇を交わしている。

さっきのは間接的な接吻だ。

それなのに。

(なんでこんなに……胸がドキドキするの……?)

理由がわからなくて、一人混乱するアメリアであった。