軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第126話 大事なのは第一印象!

受付をスムーズに終わらせ、会場の見回りをすると言うリオと別れた後。

ローガンと腕を組み、アメリアは会場をゆっくりと歩いていた。

(うう……早くも足が……)

しかしその足は震え、まるで自分のものじゃ無いかのような感覚に陥っている。

エドモンド公爵家の庭園の豪華さと、知らない人たちがたくさん集う空間にアメリアは圧倒されていた。

それだけではない。

参加者たちの多くがこちらにチラチラと視線を投げかけてきて、首筋には汗が滲み、心臓はバクバクだった。

「大丈夫か?」

アメリアの緊張を察したローガンが小声で尋ねてくる。

「は、はい。ただ、なんだか悪目立ちをしているような……」

緊張を隠せずに返すアメリアは、自分が途方もなく場違いな存在のように感じていた。

「安心しろ、悪い方向では無い」

「……? だと良いのですが……」

アメリアは、自分の容姿が周囲からどう見られているのか、全く気付いていない。

故に、ローガンの言葉の意味を噛み砕けなかった。

ふとその時、アメリアの目に緑と黄色が映った。

会場の見栄えを良くするべく、大きな鉢に植えられた植物。

「あっ、キーテム……」

キーテムは人の背丈くらいある大きな植物で、その枝はちょっとした木のように広がっている。

先端には何枚もの花弁をつけた大きな花がいくつも咲き誇っており、会場の華やかさを際立たせるのに一役買っていた。

(確か、キーテムは森林の奥地にしか生えない希少な種……流石、公爵家ね……)

そんなことを思いながらキーテムに気を取られていると。

ゴッ。

「あっ……」

ただでさえ緊張で震え気味の足が小石につまずいた。

(いけないっ……)

そのままずっこけそうになるも。

「おっと」

ローガンがアメリアの手を力強くホールドし、辛うじて転倒は免れた。

しかしその際、ローガンがアメリアを抱き抱えるような体勢になる。

「大丈夫か?」

ローガンの顔立ちが目と鼻の先に迫る。

「は、はい。ありがとうございます……」

緊張とは別の理由で鼓動を激しくさせながら、アメリアはやっとの思いで返した。

「まあっ……なんてお優しい……」

「本当に、噂の暴虐公爵か……?」

一連の流れを見ていたどこかの貴族が、そんなことを口にした。

◇◇◇

会場において、参加者の貴族たちは思い思いに過ごしていた。

良い所出の貴公子は仲間の貴族と言葉を交わし、令嬢たちはテーブルに座り紅茶に舌鼓を打っている。

そんな中、ローガンはアメリアを引き連れ、主催者であるエドモンド家当主、クリフの元へと歩み寄った。

公爵は妻と思しき貴婦人をそばに控えさせ、数人の貴族と談笑していた。

しかしローガンの姿を見るなり「おおっ」と、目を見開き、会話を切り上げてこちらにやってきた。

「おお、ローガン。来てくれたか」

クリフは初老でありながら、堂々とした風格と恰幅の良さが目立つ人物だ。

豪華な服装は金糸や細かい装飾で飾られ、彼の地位の高さを示している。

白混じり金髪は整えられ、深い知識と経験を感じさせる穏やかな瞳はどこか落ち着きを帯びていた。

「ご無沙汰しております、クリフ公爵」

ローガンは礼儀正しく頭を下げた。

「そんな畏まらなくていい。昔のように、クリフさんと呼んでくれ」

「恐れ入ります。改めて、本日はよろしくお願いします、クリフさん」

「それでいい」

満足そうに、クリフは頷いた。

「ミレーユさんも、お久しぶりです」

すかさずローガンが夫人に向けて挨拶すると、ミレーユは微笑んで応えた。

「ご無沙汰しています、ローガン様。お元気そうで何よりです」

クリフの妻ミレーユは年齢を感じさせない、磨きがかかった上品な美貌の持ち主であった。

ドレスは深いエメラルド色で、高貴さを際立たせるデザインが施されており、首元には繊細なダイヤモンドのネックレスが輝いていた。

上品に纏められた髪も、優雅な佇まいも、会場の他の貴婦人たちと一線を画しているように見えた。

「そちらが、例の婚約者かね?」

クリフ公爵がアメリアに目を向ける。

彼の言葉には好奇心が含まれている一方で微かな厳しさも感じられ、アメリアの背筋に緊張が走った。

じっと見つめるその瞳は、まるでアメリアの人となりを見極めようとしているようだった。

(やっぱり、警戒されてる……よね)

このお茶会に招待された経緯をアメリアは思い返していた。

へルンベルク家とエドモンド家は旧知の仲。

この茶会は交流の場で、エドモンド家は定期的にへルンベルク家の人間を招待していた。

ローガンが婚約したことを聞いたクリフ公爵は、家間の形式としての二人を茶会に招待したのだ。

しかしその一方で、クリフはアメリアが社交界で持つ悲惨な噂を耳にしている。

なので、クリフから見たアメリアの印象は、現時点ではよく無いはずである。

(なんにしても、大事なのは第一印象……)

アメリアは静かに息を吸い込んで、コリンヌ先生の言葉を反芻しながら肩の力を抜いた。

「お初にお目にかかります。ローガン様の婚約者、アメリアです」

落ち着いた、柔らかな声でアメリアは言う。

言葉と同時に、アメリアは洗練されたカーテシーを行った。

その動きは迷いがなく、まるで水が流れるように滑らか。

ドレスの裾を控えめに摘み、一歩足を後ろに下げ、深く身を屈める。

その所作一つ一つには、まるで舞台上のプリマドンナのような優美さが宿っていた。

「ほう……」

クリフが頷き、息を漏らす。

アメリアは顔を上げ、ふんわりと微笑んでから、クリフとミレーユに向けて言葉を贈った。

「『高貴の典範』と名高いエドモンド家のお茶会にご招待いただき、光栄の極みです。この機会を通して、両家の更なる友好を深められるよう、尽力したく存じます」

アメリアが言うと、ミレーユはクリフをちらりと見た。

クリフは頷き、アメリアに手を差し出した。

「主催のクリフ・エドモンドだ。今日はよく来てくれた」

クリフの手を取るアメリア。

トルーア王国において、握手は親愛の証。

その握手は、アメリアを快く歓迎していることを示していた。

安堵が表情に出ないよう、アメリアは内心でホッと息をつく。

その時、ミレーユが顔を背け、口に手を当て「こほ、こほ」と小さく咳をした。

(風邪、かな……?)

今日も今日とてドレスの中にはいくつか薬を忍ばせている。

今すぐにでも咳に効く薬を渡したかったが、初対面の相手にいきなり渡すのは少し気が引けた。

(そこまでひどくないみたいだし、大丈夫かな……)

胸の引っ掛かりを覚えつつも、そう判断していると。

「アメリアさんは、紅茶がお好きで?」

何事もなかったかのように、ミレーユが気さくに尋ねてくる。

「はい。午後のティータイムは専ら紅茶を好んでおります」

「へえ、お気に入りの茶葉などは?」

「はい。アルサムやダージリンなど、香り高い品種が好きですね」

「まあっ……」

きらりんと、ミレーユの瞳が光った。

まるで同志を見つけたかのように身を乗り出し、アメリアに言葉を続ける。

「わかるわ。朝、目覚めた時などに頭をすっきりさせるのに良いのよね。ファーストフラッシュとセカンドフラッシュだと、やはりセカンド?」

「セカンドフラッシュ派ですね。夏摘みの方が、より香りが強いので」

「うんうん、そうよね、そうよね」

嬉しそうにミレーユは頷く。

「ミレーユさ……えっと……」

「ミレーユさん、でいいわ」

「ありがとうございます。ミレーユさんのお気に入りも、ぜひお伺いしたいです」

「そうね……基本なんでも好きだけど、最近は新しい味を求めてブレンドに凝っているわ」

「ブレンドですか?」

「そうそう。個人的に微妙だと思った茶葉でも、組み合わせ次第ではとっても美味しくなったりして、とっても面白いの」

「へええなるほど、奥が深いですね」

「アメリアさんの、お好みの淹れ方は?」

「淹れ方、ですか……」

うーんと顎に手を添えてから、アメリアは言う。

「湯温や抽出時間は茶葉によって美味しさが変わるので、場合によりけりですね。例えばダージリンなら85度くらいで、ゆっくりと淹れるのが私の好みです」

「わかるわ! 焦って入れると味の深みが損なわれてしまうものね。それじゃあ……」

すっかり楽しげになったミレーユは更に言葉を重ねようとするが、クリフが「その辺でよかろう」と口を挟んだ。

「ああ、ごめんなさい」

ハッと我に帰ったミレーユが、微かな照れを浮かべて言う。

「紅茶に造詣の深い人はなかなかいないので、つい熱が入ってしまいました」

こほんと咳払いをして、ミレーユは言った。

「楽しい時間だったわ、どうもありがとう。今日は楽しんでいってね」

「こちらこそ。改めて、本日はお招きいただきありがとうございました」

再度、アメリアは深く頭を下げた。

仕草も言葉遣いも丁寧で、失礼の欠片もないアメリアの姿にクリフは呟く。

「……噂とはやはり、あてにならない物だな」

その言葉を聞いたローガンは、ほんの少しだけ口角を持ち上げるのだった。