軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 東部ポルシェ領②

***

「……よし、あとはここに定着してくれたらいいんだけど」

東部に滞在して、三日が過ぎた。

わたしはポルシェ家の裏手にあった空いた土地で、しゃがみ込み、柔らかく掘り返した土の感触を確かめていた。昼間の雨を含んだ黒土はひんやりとしていて、指先にしっとりと絡みつく。風に乗って、湿った草の匂いが鼻先をくすぐった。

等間隔に並べた苗床には、淡く青白い蕾がいくつも並んでいる。

まだ昼の光の下では目立たない。けれど、夜になれば——月が昇れば、この花は静かに光を宿す。

わたしはそっと一株を支え、根が傷まないよう慎重に土を寄せた。

水は控えめに。根が落ち着くまでは刺激を与えすぎない。

薬草園で何度も失敗して学んだことを、ひとつひとつ思い出しながら手を動かす。

(ここなら、大丈夫そう)

東部の土壌は湿り気があり、夜の気温も安定している。

感染症の広がりという最悪の条件の中で、皮肉にもこの土地は、セレーネ草の生育に向いていた。

この花は、誰かを救う。

わたしは立ち上がり、並んだ苗を見渡した。青く光る夜を待つ、まだ幼い命たち。

「大丈夫。ここで、ちゃんと根を張ろうね」

小さく声をかけると、風に揺れた葉が返事の代わりのように擦れ合った。

セレーネ草の光が病に怯える人たちの夜を、ほんの少しでも照らせますように。わたしはもう一度、土に触れた。水魔法で水量を調整しながら祈る。

「リリーベル様」

不意にかけられた声に、顔を上げる。

そこには、黒衣の上着を軽く羽織ったキース様が立っていた。口元を覆うように布を巻いている。今、ここで治療にあたっている人は皆同じようにしている。わたしも。

「キース様!」

「セレーネ草の生育は順調そうですね」

そう言って、苗床に視線を落とす。その目は、いつものように冷静で、けれどどこか柔らかい。

「はい。土壌との相性も悪くありません。夜の冷え込みも、この程度なら問題ないと思います」

わたしがそう答えると、キース様は小さく頷いた。

元々は隣国の薬草だ。むしろ、王都よりもこの東部に即している。

「では、予定どおりですね。今夜から、薬草の乾燥工程を一段階進められそうです」

「ええ。……あ、そうだ。隔離区画のほうは、いかがですか?」

問いかけると、彼は一歩近づき、声を落とした。

「初日に決めた区分で、概ね動いています。重症者は領地北にある倉庫群へ。軽症者と経過観察が必要な者たちは、西地域に分けました」

「接触歴のある方たちはどうしていますか?」

「むやみに感染を広げないようにとアデリナ嬢と夫人が、領民への説明と同意取得を担当してくれています」

「……よかったです」

思わず、胸を撫で下ろした。あのふたりが前に立ってくれているからこそ、恐怖や不信が暴発せずに済んでいる。

到着した初日に、わたしたちはすぐに状況を整理し、役割分担を決めた。混乱の中では、誰が何をするのかを明確にしなければ、かえって被害が広がってしまう。

わたしは薬草の管理と投薬計画の立案を担当している。

症状の進行段階ごとに使う薬草を分け、煎じる量と頻度を細かく調整する。それから、ここでセレーネ草が根を張れるように生育を進めること。

キース様は、ヴィンターハルター家が抱える医療団への指示と統括を担っていた。

医師や薬師たちに的確に指示を飛ばし、現場の声を拾い上げては、すぐに次の判断へとつなげている。その姿は、これまでわたしが見てきたどんな姿よりも頼もしかった。

そして、アデリナとポルシェ子爵夫人は、領民への説明と誘導を担当している。

感染症への恐怖は、病そのものよりも人を追い詰める。だからこそ、誰かが前に立ち、正しい情報を伝えなければならない。

それぞれが、それぞれの場所で、できることをする。

重症者も、たくさん持ち込んだ治療薬で回復に向かっているらしい。

「……限られた時間で、どこまでできるかですよね」

「はい」

わたしの言葉に、キース様が頷く。

東部行きは許可された。でも、期限が決まっている。

『いいか、リリー。東部での実働は二週間だ。それ以上は許さない。……たとえ君に嫌われても絶対に譲らない』

出発前に、苦悶の表情を浮かべたルーク兄様にそう言われてしまえば、その約束を破ることはしない。

わたしのために、護衛の騎士もたくさん派遣してくれたのだ。彼らはローラント兄様仕込みのその筋肉を生かして、毎日重労働のはずの業務をこなしている。

「セレーネ草の定着には、こまめな水環境が必要なのですが、わたしが帰った後はどのようにしたらいいか悩んでいるんです」

わたしがそう吐露すると、キース様は少し考えた顔をして、さらりと答えた。

「でしたら、ポルシェ子爵令嬢が適任でしょう。彼女は水魔法を扱えます」

「えっ! そうなんですか!? そんなの書いてない──」

「書いていない?」

「い、いえ、なんでもありません!」

ポロリと出た言葉を、慌てて引っ込める。

小説にそんな記載あったっけ!?

いやでも、彼女は主人公だ。なんかものすごい力を秘めていたっておかしくない。

「水魔法の他に、風魔法を少々と、それから光魔法にも適性があるようです」

さすがすぎる。

キース様の説明を聞きながら、私の方が得意げになってしまった。