作品タイトル不明
883 ミランレリュの奥の手
俺たちが毒を吸収しながら皆を回復し続けても、毒の噴霧は終わらない。
どうやら、相手はフランたちをどうしても殺したいようだ。風の結界で皆を包み、なんとか安全を確保したが……。
「ちっ。今度は壁からかい!」
ミランレリュが言った通り、壁に小さな穴が開き、そこから紫の霧が噴き出し始めた。
さらに風の結界を厚くするが、いつまでもこのままではいられないだろう。脱出方法を考えていると、俺たちが動く前にミランレリュが苛立った声を上げていた。
「いちいちやることが陰険で、気に食わないねぇ……!」
だいぶ苛立っているようだ。同僚であるガズオルを傷つけられ、今度は自分たちが攻撃されている。それらの積み重ねにより、怒りが抑えきれなくなってきたらしい。
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかい!」
フランがミランレリュに声をかける。ここで風の結界を出ていってしまっては、毒の餌食だからな。
だが、その程度で落ち着くような血の上り方ではなかったらしい。
人に近い姿をしているタイプであるとはいえ、ミランレリュも竜人だ。どうも、表情が読みづらかった。
そのため、彼女の怒りを測り間違えていた。
もう、正常な判断ができないレベルで、怒り狂っていたのだ。まあ、もともと勢い任せのタイプであるのだろうが……。
フランにニヤリという笑いを返したミランレリュが、自らの弓を構えた。そして、怒りの籠った口調で言い放つ。
「要は、あの扉をぶっ飛ばしちまえばいいってことだろ? 任せておきな!」
『ちょ、やば!』
番えられた矢からは、膨大な魔力が立ち上っていた。どうやら、特殊な矢であるらしい。
「吼竜の矢あぁぁっ!」
弦が引き絞られると同時に、矢が青白い炎に包まれた。放たれる凶悪な魔力を見れば、これがとてつもない威力を秘めていることが分かる。
ミランレリュの奥の手なのだろう。
こんな破壊的な魔力を振りまくような攻撃を、狭い部屋でぶっ放したら――。
『フラン! 障壁をはれぇぇ!』
「!」
俺の叫びにフランが応える間もなく、ミランレリュはその矢を放っていた。
ガヴォオォン!
犬鳴きというか、もはや竜の咆哮だ。凄まじい風切り音が鳴り響く。
俺は咄嗟に風の結界を変形させ、矢の通り道を作っていた。
このままだと、俺の張った風の結界まで破壊されてしまいそうだったのだ。
俺が風の結界を操作した直後、高速で飛翔した矢がすり抜けていった。
扉と矢。硬い物同士がぶつかり合うような轟音が部屋に鳴り響き、俺たちの視界を青白い炎が覆い尽くす。
『やり過ぎだろ!』
「むぅぅ!」
俺たちは障壁の維持に全精力を傾け、爆風に吹き飛ばされないように踏ん張っていた。
俺とフランが障壁を張っていなかったら、まじで全滅していたかもしれない。それほどの威力があった。
ヌメラエエの自爆なんか目じゃない被害が、部屋に出ているのだ。
床に散乱していたガラスケースは融解し、壁も同様に赤熱して溶け始めていた。床も同様だ。まるで溶鉄魔術で床を溶岩化したかのような光景である。
ミランレリュの矢が火炎系の技だと判断して、咄嗟に熱と炎を遮断する魔術を使った俺、グッジョブ。
「おいおい、犬鳴きよぉ……。やり過ぎだ」
「あ、あー? す、済まん」
周囲の惨状を見て、自分がやらかしたことに気づいたのだろう。ミランレリュが頭をポリポリと掻きながら、謝罪する。
本当に反省しているのか疑いたくなる軽さだが、ブライネたちもそこまで怒っている様子はない。
俺たちが被害を防いだため、重大さがいまいち理解できていないのかもしれなかった。それに、扉が破壊されたというのも大きいだろう。
そうなのだ。結界に守られているはずの分厚い扉に、巨大な穴が開いていたのである。人が潜り抜けられるほどの、円形の穴だ。
結界を貫通したうえで、扉を溶かしてしまったのだろう。
これで脱出できる。そう思った直後だ。
ガシャコン――ズズズズ。
何かの装置が作動したかのような、金属音が聞こえた。かと思ったら、重たいものがゆっくりと動くような、鈍く重い音が聞こえてくる。
その音が響いてくるのは、俺たちの頭上からだ。
数秒もすると、ズズズという音の中に、何かが割れるメキメキという音が混じり始めた。そのまま様子を見ていると、天井に亀裂が入り始める。
明らかに崩落する前兆であった。ミランレリュのせいかと思ったが、元々仕込んであったのだろう。さっきの金属音は、天井を崩落させるための装置が起動した音だったのだ。
『フラン! ここはヤバイ! 崩れるぞ!』
「みんな! 私の周りにくる! 早く!」
「お、おお!」
「ヤバそうな音がするね!」
フランが障壁を張り、俺は大地魔術を使用した。崩落する前に、大地魔術で穴を開けてしまおうと考えたのだ。
しかし、完全には間に合わなかった。
俺が大地魔術を使った直後、天井が崩れ落ち始めたのだ。雪崩落ちる地面を必死に制御して、フランたちに当たらないようにする。
結局、地面によって生き埋めにされることは免れたものの、崩落そのものを防ぐことはできなかった。
見上げれば、薄曇りの空だ。
外から見れば、突如地面が陥没し、大きな穴が開いたように見えるだろう。
そこで毒ガスのことを思い出したが、もう煙は見えない。ミランレリュの一撃で、消し飛んだらしい。
『さて……地下室が治療院の敷地内にあるってことは証明できたが……』
曇り空に伸びる高い塔が、俺たちの目の前にそびえていた。