軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

724 フェルムスvsナイトハルト

『さあ、本日最終試合がやってまいりました! 試合場で向き合う両者。試合後に立っているのはどちらかぁ! ここまで、下馬評を覆して圧倒的な勝利を重ねてきた、傭兵のナイトハルト! 今日もその双刃が相手の命を刈り取るかぁぁ! 対するは、元ランクA冒険者、竜狩りのフェルムス! こちらもまた、圧倒的な強さでここまで勝ち上がっております! その変幻自在の糸たちが、獲物を搦め捕ることになるのか!』

解説が煽っているが、観客席にいる男性客の雰囲気は先程と比べるとやや落ち着いていた。

ヒルトとクリッカという美少女対決に比べ、渋いおじ様と蟷螂男の対決だからだろう。

だが、俺やフランからすれば、この試合の方がより見応えがあった。勝敗が全く読めないからだ。

ディアスに敗北したアッバーブ。ヒルトに敗れたクリッカ。どちらも強かった。それは間違いない。しかし、それ以上の強者が順当に勝利したのが、前の2試合であった。

それに比べ、こちらの試合はどちらもが強者なのだ。

「どっち勝つかな?」

「オフ……」

フランもウルシも、手の内を探るというよりも、純粋に試合を楽しもうとしているようだ。まあ、分析は俺――というか、俺の中のアナウンスさんに任せておけ。

「私は、フェルムス」

「オン?」

「糸凄い。狭いところじゃ、逃げ切れない」

「オフ……。オン!」

「ウルシはナイトハルト?」

「オンオン!」

ウルシが上体を起こすと、両前足を軽く構えた。手首が招き猫のようにクニッと曲がっているのは、カマキリの足を模しているのだろう。

ウルシはナイトハルト有利と見たか。確かに、その速さは凄まじいものがある。参加者中でも最高クラスだ。

しかし、俺もフランと同じで、フェルムスが有利なんじゃないかと思っている。

明確なビジョンがあるわけじゃない。ただ、糸と蟲っていう構図は、なんとなく捕食者と被捕食者を連想させる。いくら蟷螂でも、蜘蛛の糸に絡めとられては逃げることは叶わないのだ。

ただの勝手なイメージだけど。

「フランちゃん、隣いいかしらん?」

「エルザ? いいよ」

「ありがとん」

どうやら自分を負かした相手の試合を見にきたらしい。クネクネとした動きでいそいそと腰を下ろす。

その熱い視線は、ナイトハルトに注がれていた。そんなエルザを見て、フランが首を傾げる。

「ねえ。エルザは虫が苦手なんじゃないの?」

「ああ、ナイトハルト様のお顔?」

「ん」

「見た目は虫でも、中身は素敵な男性ですもの。問題ないわ。紳士なのに陰があるのもいいのん。私が苦手なのは、どう動くか分からない不気味さと、お腹のウネウネだから。あれがあると思うと、死体でもねぇ……」

どうやら、蟲人は問題ないらしい。さすがエルザ。中身重視ってことらしい。

俺たちが予想を話している中、試合が始まった。

「しいいぃぃやぁっ!」

「糸壁!」

展開は、予想通りと言えば予想通りだった。開始直後から猛攻を仕掛けるナイトハルトと、それを 往(い) なしながら糸の陣地を構築していくフェルムス。

フェルムスの陣地が完成すれば厄介だと分かっているナイトハルトは、序盤からエルザを仕留めた時の超高速で攻撃を仕掛けている。

足に膨大な魔力が宿っているのが分かった。あれがユニークスキル韋駄天なのだろう。長時間、超高速での機動を可能にさせる、地味だが非常に有用なスキルである。

それに反応するフェルムスもさすがだ。周囲に無数の鳴子糸を張り巡らせることで、事前に察知しているんだろう。

そうしてナイトハルトの双剣を回避しつつ、糸の罠でダメージを蓄積させていく。双剣が当たっているようにも見えるが、あれはダメージになっていないはずだ。

俺たちも散々苦労させられた、糸の防御壁である。衝撃を吸収することで、斬撃も打撃も受け止めてしまうのだ。

「やっぱ、フェルムス強い」

「そうねぇ。ギルマスと同等と言っていい相手だもの、強いわよん」

だが、このまま押し切られるほど、ナイトハルトも弱くなかった。多少傷つきながらも前に出て、超高速の突きによって、フェルムスにダメージを与え始めたのだ。

斬撃が無効化されると一瞬で理解し、糸の隙間を狙える突きに切り替えたのだ。韋駄天の脚力を乗せた突きは、それこそ一発一発の威力が桁外れなのだろう。一撃でかなりのダメージがあるようだ。

肉体の頑健さで劣るフェルムスとしては、これはかなり嫌だろう。同じだけのダメージを与え合えば、先に力尽きるのはフェルムスだ。

それでも彼は焦ることなく、糸を繰り続け、そしてついにナイトハルトを捕らえていた。

「百糸の縛陣」

「む!」

それまで無数の糸の中に少しずつ混ぜ込み続けていた、無害に見える糸。しかし、そこに魔力を通すと、粘着力を発揮するらしい。気付けば、数本の糸がナイトハルトの足に絡みついていた。

一瞬動きが阻害されるものの、ナイトハルトはすぐに剣で切り裂き、脱出する。が、その一瞬の隙こそが、フェルムスの求めていた隙でもあった。

フェルムスは舞台中央で完全に足を止めると、手をダランと下げて無防備な状態になる。目すら閉じた。そうまで集中せねば、発動できない大技を放とうというのだ。

「ふっ!」

「ごっ――」

しかし、ナイトハルトは即座にその隙に反応する。右手の剣を投擲したのだ。彼ほどの筋力があれば、手投げでも凄まじい速度になる。

剣は見事にフェルムスに直撃した。

一切防ぐ様子がなかったな? 集中していたって、事前に張り巡らせた糸が周囲を覆っているはずなんだが……。体に巻いた糸が多少威力を弱めたようにも思えたが、それだけだった。

剣は、フェルムスの胸に深々と突き刺さっている。

だが、フェルムスは倒れない。むしろニヤリと笑った。

「……万糸終操……死血の陣」

フェルムスの胸の傷から、大量の血が噴水のように噴き上がるのが見えた。明らかに傷のせいだけではない。

その血は糸に吸収され、結界内の糸全てが一瞬で真っ赤に染まる。

その名の通り、自らの血を媒介に、糸を強化する技なんだろう。ナイトハルトの攻撃を予測し、あえて受けたのだ。それを理解したナイトハルトが、呻き声を上げた。

「読まれていたとは……!」

赤く色付いたことで、よく分かる。結界内にどれほどの糸が設置されていたのか。床だけではなく、結界の壁面にも、毛細血管が無数に走っているかのように糸が張り付いているのだ。

観客が驚く中、結界内の全ての糸が、一斉にナイトハルトに殺到した。

ナイトハルトが剣で振り払おうとしたが、今までのように切り裂くことができない。どうやら、赤い糸は強度が格段に上昇しているようだ。

「くぅ! これは、厄介ですね!」

「……」

糸に苦慮するナイトハルトに、フェルムスは何も言い返さない。というか、言い返せない。その様子はまさに半死半生。今にも死にそうなのだ。

多分、命を懸ける奥の手なのだろう。生き返ることが可能な武闘大会でしか使えない技だ。

フェルムスがこのまま衰弱して死ぬのが先か、ナイトハルトが仕留められるのが先か。

毎秒ごとにナイトハルトの体に傷が穿たれ、ダメージが蓄積していく。対して、フェルムスはすでに立っていられず、片膝立ちだ。

「く、しまった……」

ついにナイトハルトの足に赤糸が直撃した。

赤い糸そのものはそれほどのダメージはない。しかし、赤い糸は舞台とナイトハルトの間でピーンと張り、その動きを僅かながらに阻害する。

動きが鈍れば、新たな赤い糸を躱しきれず、その糸がさらに動きを阻害する。赤い糸が当たるごとに、継続ダメージと敏捷低下が入るようなものだ。

しかも、ナイトハルトの体に刺さった糸たちの色が、より濃くなっていく。ナイトハルトの血を吸い、さらに強化されているらしい。

加速度的に体に刺さる赤い糸は増えていった。体に、足に、腕に、赤い糸が突き刺さり、ナイトハルトの体を赤く染め上げる。

「がぁっ!」

ついにナイトハルトは回避に大失敗し、その胸に赤い糸が直撃した。あの位置は心臓だ。赤い糸が一斉に胸元に群がり、ナイトハルトの体を貫くのが見えた。

そしてきっかり30秒後。

「はぁはぁ……。僕の、勝ちですね」

「そうか。負けましたか」

時の揺り籠によって復活したフェルムスに向かって、ナイトハルトが告げていた。

フェルムスがナイトハルトにポーションを掛けてやっている。それにしても、心臓を貫かれたはずのナイトハルトが、なんで死ななかったか?

多分だが、蟲化スキルのおかげだろう。途中で、ナイトハルトの状態が蟲に変化していたのが見えたのだ。てっきり全身が昆虫のようになると思っていたが、体内だけを蟲化することが可能なのかもしれない。それに加え、上昇した生命力で、耐えきったのだろう。

昆虫は人間のような心臓がないとは聞いたことがある。昆虫型の魔獣になると心臓に近い器官があったりもするが、蟲化が普通の昆虫準拠であれば、哺乳類のような心臓がなくなるということもあるだろう。

分かったのは、ナイトハルトはまだ全力ではなさそうだということだった。