軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

652 前借りの代償

驚くほどに穏やかな湖の上を、ウルシが駆ける。

『やっぱ、大魔獣の痕跡がない……』

「ん」

『それに、いつの間にかヴィヴィアン・ガーディアンの姿も消えたか?』

「オン」

今まではこの辺りでヴィヴィアン・ガーディアンに襲われていたはずなのだが、影も形もない。

大魔獣が滅んだことに関係があると思うが、詳しいことはわからなかった。

その詳しい事情を分かっている者の下へ、俺たちは急ぐ。

「ウィーナレーン、いた」

「オン!」

『無事だったか。まあ、さすがに自爆はしないと思ってたが』

ウィーナレーンたちが儀式を行なっていた、白い舞台が見えた。先程の戦いで崩れたり、破壊された様子はない。

ウィーナレーンやロミオはどうだろうか? 無事なのか?

さらに近づくと、ウィーナレーンたちの気配が感じられる。ウィーナレーン、ロミオ、シエラ、ゼロスリード。みんないる。

ただ、生きているということと、無事であることは違う。舞台に辿り着いた俺たちは、そのことを改めて理解させられていた。

ロミオは未だに意識がないが、生命力や呼吸に問題はないし、気を失っているだけだ。シエラやゼロスリードが慌てていないことからも、大事はないと思われた。そのうち目覚めるだろう。

シエラ、ゼロスリードはボロボロだ。血は止まっているようだが、生命力は未だに回復していない。俺たちのように、無理をした反動で再生力が下がっているようだった。

だが、どちらも意識はあるし、ジッとしていればこれ以上悪くなることはないはずだ。今はポーションを飲んで、体を休めている。

しかし、ウィーナレーンだけは、全く安心できる状況ではない。

『まじか……』

「ウィーナレーン……。へいきなの……?」

「ふふ……平気では、ないわね」

力ない様子で、苦笑するウィーナレーン。

ウィーナレーンの半身が、夜の闇を具現化したような黒いナニかで覆われていた。右目から右耳の一部、右腕から右肩もだ。

魔力や瘴気の類ではない。その黒いモノからは、魔力や存在感が一切感じ取れなかったのだ。それどころか、その内側にあるはずのウィーナレーンの肉体の存在さえ感知できない。

いや、肉体があるか? 黒いモノが覆っていると思ったが、肉体が変質しているようにも思えた。

どちらにせよ、何があったのか想像もできない。

「それ、どうしたの?」

「説明が難しいのだけど……。前借りの代償ってとこかしら?」

「?」

「ええ。未来を前借りしたの」

未来の前借り? いまいち言葉の意味が分からんな。フランもウルシも首を捻っている。

「私はレーンと契約してることは知っているわね?」

「ん」

「レーンの属性は、時と水」

「それも知ってる」

「私の持つスキル『神水創造』は、ウィーナの水使いとしての能力と、レーンの水の精霊としての力が合わさって得た能力。元々使えた聖水創造スキルが進化して生み出された力よ」

「なるほど」

元々ウィーナが持っていた力が、レーンとの融合でより強化されたってわけか。

「それとは別に、レーンの影響が強い力がある。それが、前借り。本来は、未来の自分が生み出す予定の魔力を、先に生み出すという時空系統の能力よ」

「未来の自分から魔力を借りるの? だから前借り?」

「そんな感じね。数日間魔力を一切扱えなくなるかわりに、その一瞬だけ莫大な魔力を生み出す能力。そう思ってくれればいいわ」

「その奥の手の反動が、その黒い部分なの?」

「半分正解」

まあ、前借りの代償は、数日間の魔力操作不能って言ってたもんな。それで、あんな黒くなるとは思えん。

「そもそも、私の奥の手は前借りでも、神水創造でもない」

「じゃあ、何?」

フランが無邪気に聞き返す。奥の手をそこまで簡単に教えてくれるのかと思ったが、ウィーナレーンは特に隠すことなく語ってくれた。

「ハイエルフの奥の手は、亜神化という能力。効果は単純よ。ステータスの上昇と、スキルの強化。まあ、その割合がとんでもないのだけど。特にスキルの場合は、亜神化状態中は一つ上のスキルに進化しているといっても構わない性能を発揮できる」

「亜神化してから、前借りと神水創造を使ったの?」

「その通り。この体は、亜神化で強化された前借りを、限界まで行使した結果よ――」

亜神化状態で使う前借りは、魔力以外のナニかを引き出すことができるらしい。それが何なのかは、本人にも分かっていないという。

「わからないの?」

「ええ。未来の自分からよく分からないナニかを借りて、何故か凄まじい力を得る。そういうことよ」

「怖くないの?」

「怖いわよ? でも、その間は亜神化で強化される以上の、凄まじい強化が施される。それでも、大魔獣を滅ぼしきれるかは賭けに近いの。やらないわけにはいかない」

もともと化け物のハイエルフが、亜神化で超強化されたうえで、亜神化状態の前借りでさらにもう一段強化されるわけだ。

その状態で神水創造とアクエリアスのコンボを発動すると、半径500メートル以内の水に任意に神属性を与えたうえで、意のままに操ることが可能となるらしい。

「凄い……。でも、ナニかって、何?」

「……さあ? でも、この有様を見たら、まともじゃないのは分かるでしょう?」

「じゃあ、その黒いのは、亜神化前借りのせい?」

「ええ。こうなるともう、感覚もないし、動かすこともできない。右目も見えないし、右耳も聞こえないわ」

ウィーナレーンが身じろぎするが、黒い腕は全く動かない。本当に自らの意思では動かせないようだ。

「治るの?」

「何年かすれば、元に戻るでしょ。前もそうだったから」

年単位! いや、あの凄まじい力を考えれば、むしろ代償的にはそこまで重いわけじゃないか? 長命種のハイエルフだし……。いやいや、だとしても、年単位は長いだろう。

「まあ、これだけ限界ギリギリまで使ったのは初めてだから、どれくらいかかるか正確には分からないけど」

「限界ギリギリ?」

「ええ。あと十秒も亜神化を発動してたら、死んでたでしょうね」

「え?」

「腕と顔の一部くらいなら、再生力と生命力の減少が拮抗しているから安静にしてれば大丈夫。だけど、この黒い部分が心臓まで達すれば当然心臓が止まるわ。さすがに心臓や脳が止まればどうしようもないもの」

ウィーナレーンがそう言って、肩をすくめる。まあ、動くのは左肩だけだが。

「それこそ、あなたとシエラが削っていなければ、倒しきる前に私は命を落としていたでしょうね。礼を言うわ」

「……ん」

フランが複雑な面持ちで、頷く。

ウィーナレーンと大魔獣の戦いを見た後では、自分たちの手助けなどちっぽけなことに感じてしまうのだろう。

だが、ウィーナレーンが嘘を言っているようには見えない。つまり、本当に役に立ったのだ。

しかし、ウィーナレーンの代償は大きい。自分がもっと強ければ……。そう思っているようだった。その想いは分かる。俺も、同じ気持ちだからだ。

ああ、それと、大事なことをまだ聞いていなかった。

「大魔獣は、もう完全に消滅した?」

「ええ。間違いなく、ね」