軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

651 ウィーナレーンVS大魔獣

俺たちが安全圏と思われる場所までなんとか距離を取ることができた頃、ウィーナレーンと大魔獣の削り合いに変化が訪れていた。

「止まった?」

「オン?」

ウィーナレーンが放っていた水弾の嵐が、不意に止んでしまったのだ。

『もしかして、ウィーナレーンの魔力が尽きたのか?』

あれだけの攻撃だ。いかなハイエルフとは言え、その消耗は凄まじいものがあるだろう。

大魔獣を倒しきる前に、力尽きてしまうことは十分考えられた。

実際、大魔獣の肉体がゆっくりと再生を始めている。いや、その巨大さ故に遅く見えるが、実際はかなりの速度だろう。

『神属性のダメージも問題にならないのかよ!』

これはマズいんじゃないか? ウルシには、さらに全力で逃走に移らせた方が……。

「師匠、あれ」

『え?』

悩んでいると、フランが不意に湖を指差す。そちらを確認してみると、そこでは再び不思議な現象が起き始めていた。

「糸?」

「オフ?」

『確かに、糸っぽいが……』

フランが言う通り、湖の水が細く長い糸のように変形していくのが分かる。まるで、見えざる手によって、水から糸が撚られていくかのような光景であった。

湖面から伸びる糸は、凄まじい速度で数を増していく。数秒もすれば、湖一面を覆い尽くす無数の糸が生み出されていた。

それらの糸は、先程の水球のように再び天へと昇っていく。

その数は千や二千では到底きかないだろう。優に万を超えていると思われた。

「あれも、ウィーナレーン?」

『だろうな。あの水の糸一本一本から、神属性を感じる』

そうなのだ。あの糸からは、強烈な神属性の気配を感じることができた。ウィーナレーンの奥の手は、止まったわけではなかったのだ。

ただ単に、大魔獣に対する攻め方を変えたということらしい。

「ガルル!」

『動くか……?』

「オン!」

ウルシが、魔力の動きを感じ取ったらしい。フランに障壁を張り巡らせると、再び全力で駆け始めた。

その直後、糸が一斉に蠢くと、大魔獣の巨体目がけて殺到する。

『すげー……』

「ん」

「オフ」

俺たち三人は呆然とその様子を見守った。

糸一本は非常に細い。そもそも、俺たちが糸と認識するような細さである。その糸に絡みつかれたところで、大魔獣に影響などないように思えた。

だが、それが千本だったら? 万本だったら? それ以上だったら?

その答えは、俺たちの目の前にあった。

細く長い糸に覆われた大魔獣の体は、体色が白なのかと思うほどだ。

次第に大魔獣の全身が水の糸によって締め上げられ、拘束されていった。

だが、当然ながらウィーナレーンの目的は、大魔獣の動きを止めることではない。

糸が伸びる湖面が広範囲にうねり出し、その動きは段々と激しくなっていく。

「ねぇ、なんか、大魔獣がおっきくなってる?」

『言われてみれば……。いや、大きくなってるというよりは――』

「封印から出てきてる?」

『そうそう。そんな感じだ!』

大魔獣が封印を破って出ようとしている? そう思ったが、どうも違っている。どちらかというと、無理やり引きずり出されようとしているように見えた。

大魔獣の悲鳴が響き渡る。そう、明らかに悲鳴である。

「あがああああああああああああああああ!」

そして、大魔獣の体が、一気に封印の外に引きずり出された。まるで、狭い穴から赤黒いトコロテンが大量に押し出されているような姿である。

まあ、狭い穴といっても、直径数十メートルもあるだろうが。

肉体が復活する前に無理やり封印外に引きずり出されたせいで、肉体の強度が著しく脆弱であるらしい。湖面に溢れ出た肉塊が、神属性を帯びた水に触れただけで風化し、砕け散っていくのが見える。

さらに、元々封印から出ていた部分。さっきまで俺たちが攻撃を加えていた肉塊も、すでに原形を留めていない。あの糸はただの糸ではなく、攻撃力も備えていたようだ。

触れた部分を削り、再生を阻害する役目があったようだった。

大魔獣に襲いかかる水の糸は、未だに数を増し続けている。それこそ、半径500メートルくらいの湖面は、ほぼウィーナレーンの支配下に置かれているのだろう。

もう、大魔獣は逃れられない。

「おおうううぉおぉおおおおぉぉぉ……!」

大魔獣が発したその咆哮は、まるで責め苦を受ける罪人の嘆きの声のようだ。そして、その声を最後に、大魔獣が咆えることはなかった。

すでにその全身がボロボロに崩れ落ち、無数にあった口が一つも残っていなかったのだ。

無限の生命力を誇るかと思われた大魔獣の、最期であった。

大魔獣を巨大な繭のように包み込んでいた糸がゆっくりと解けていく。そして、糸が全て湖の水へと戻った時、そこには何もなかった。

大魔獣の痕跡は、一切残っていない。

あれほど荒れ狂っていた湖面があっという間に鎮まり、あの戦いが俺たちが見た幻だったのかと思うほど、穏やかに凪いでいる。

『終わった……のか?』

「?」

「オン?」

どれだけ周囲を探っても、大魔獣の欠片も残った気配もない。戦いの残滓は、水面が発するほんの僅かな神聖な気配。それだけである。

あれだけ荒々しく、大規模な神話級の激戦の終わりは、驚くほどに静かだった。