作品タイトル不明
1076 レイドスの狙い
フランを抱きしめる手を離したサティアは、目を拭いながらこれからのことを口にする。
「今さらですが、私たちを捕らえなくてよいのですか?」
「ん?」
それは俺も迷った。正直、このままフルトを渡して見逃しても、村人には色々とみられている。国が本気で調べたら、バレてしまうだろう。
だが、フランはフルフルと首を振る。
「捕まえない」
そう言うよな。捕まえる気なら、もう行動に移しているはずだし。
「私が一緒に参ります。その代わりに、お兄様は命魔に連れ帰ってもらってもよいでしょうか?」
「でも、それじゃあフルトもサティアも……」
「恩人をこのまま行かせることはできません。大丈夫、村の人には気づかれぬよう、後ろから付いていきますから」
「……いいの? 隠さなくて?」
おっとぉ! フラン、もしかして完全に隠蔽するつもりだった? それはさすがにヤバイ。ある程度は報告しないと! 国家反逆罪的な奴になるかもしれん!
「今思うと、それがレイドスの狙いだったのかと思うのです」
「レイドスの狙い?」
「はい」
サティアが、自身の考えを語るが、それは俺の考えとも似ていた。ずっと気になっていたのだ、わざわざクランゼル王国の村を占拠してまで、大掛かりな儀式を行ったことが。
龍脈の関係で、あの場所しかないと言われればそれまでだ。だが、フィリアース王国は周辺をレイドスに囲まれている。レイドス王国側で、より強力な呪詛を使用すれば事足りるのでは?
詳しいことは分からないが、呪詛の使用以外に何か理由がある気がしていた。
「レイドスの狙いは、呪詛の完成だけではないのだと思います」
「どゆこと?」
呪詛が完成するなら、それでも構わないのだろう。フィリアース王国に打撃を与えられるのだ。
だが、レイドス王国としては、フィリアース王国に阻止されることも想定済みだったのではないだろうか?
呪詛を起動するためなら、広場に集めた村人や冒険者、盗賊を皆殺しにして生贄に捧げるだけでも構わないはずだ。サティアは、レイドス王国側があえて人々を生かしていたように感じたという。
つまり、フィリアース王国が呪詛の起動を止めるために、クランゼル王国側の村を襲うことを狙っていたというのである。
「我が国の悪魔騎士たちは、少々国に対する忠誠心が高すぎますから……」
フィリアース王国の民を救うためなら、躊躇なく他国の人間を殺しかねないような者もいる。元々高い忠誠心が、憑依した悪魔の影響で歪んでしまうことがあるのだとか。
悪魔には七大罪に準えた性質があるが、フィリアースでは色欲と傲慢の悪魔を重用しているという。配下として使うにあたり、使いやすいからだ。
ブネとかロノウェは、ソロモン王の伝説に登場する悪魔だったはずだが……。七大罪とかあるのか?
まあ、この世界は神様たちが地球を参考にして作ったっていうし、色々な伝承がごちゃ混ぜになっているのかもな。神様からして、地球の色々な神様の力が混ざってるみたいだし。
「傲慢は、方向性を間違わなければ勤勉さに繋がります。完璧でなければならないという志向を持っていますから」
他者を見下すためには、自分を高める必要がある。その性質が、仕事面では有用に作用するわけだ。色欲も、異性が絡まなければまともであるし、フィリアースではその性質を抑える術があるようだった。
怠惰や憤怒よりは、ちゃんと言うことを聞きそうではあるかな?
今回連れてきていた2人や、以前出会った侍従のセリドには、傲慢の悪魔が憑いているという。思い返してみると、納得だった。他者を見下しているがゆえに、どんなことでもしてしまいそうな危うさがあるのだ。フィリアースの外交下手の原因は、間違いなくこれだろうな。
派遣されたのがフルトたちではなく悪魔騎士だけだったとしても、皆殺しの決断に至っていただろう。その後、何らかの方法でその事実をクランゼルに知らせれば、両国の間がギクシャクするというわけだ。
「両国の仲を引き裂くための、工作だった。私はそう思います」
「だったら、隠しておく方がいい」
「いえ、後々バレた時に、クランゼル王国からの信頼を失います。レイドス王国は、絶対にバレるように仕向けるでしょうし」
「なるほど」
本当にレイドス王国の狙いがそこにあったのかは分からない。ただ、サティアがクランゼルに対して謝罪と報告を行えば、フィリアース相手にも戦端を開くという判断は下されない可能性が高いだろう。あの王様は、感情よりも理性で動くタイプだった。
「ですので、私も連れて行ってください」
「……分かった」
フランが悩みつつも頷くと、不意にサティアが身構えた。凄まじい速度で近づいてくる気配を感じ取ったからだ。だが、フランはサティアを安心させるように微笑む。
「だいじょぶ。敵じゃない」
フランがそう告げた直後、森の向こうから黒い巨体が姿を現していた。
「オフ」
「ウルシ! そいつ、さっきのやつ?」
「オン!」
戻ってきたウルシだ。口には、意識のない男を咥えている。逃げ出そうとしたら、いつでも噛み殺せる状態だった。見事に、工作員を捕らえてきたらしい。
ただ、ウルシもかなり消耗している。魔力は半分以下だし、生命力は今も下がり続けているのだ。よく見ると、ウルシの右腹に小さなナイフが刺さっている。
いや、ウルシの巨体だから小さく見えるだけで、フルトの命を奪いかけたナイフと同じだろう。悪魔殺しの効果はなくても、呪詛はウルシにも通用するのだ。
「ウルシ! だいじょぶ?」
「オフ」
『待ってろ。すぐに楽にしてやる』
フランが悪魔殺しのナイフを叩き斬って、俺に吸収させる。呪詛のせいで再生が遅い傷も、神属性を込めた回復魔術をかけ続ければすぐに治った。解呪も使えば、体内の呪詛も綺麗に消える。
ウルシに咥えられた男から、鈍い音がしたか? ナイフを斬る際の振動で激痛が走り、少し力が入ってしまったらしい。骨が折れたかもしれんが、そのままでいいや。男は痛覚無効持ってるし。
『こいつ、顔こんなだったっけ?』
「オフ」
『ああ。村にいた時には、幻像魔術と変装で顔を変えてたのか?』
「オフ」
頷いたウルシが、男をボトリと落とす。片足を失っているが、すでに止血済みである。ウルシに持たせていたポーションで、傷を塞いだんだろう。
「おい。起きろ」
「うん……? ここは……ちっ」
『あ! 毒を!』
目を覚ました男はすぐに自分の置かれた状況を把握したようだ。歯に仕込んでいた毒を飲みやがった。しかし、すぐにウルシが死毒魔術を使い、男の毒を無効化したがな。
死ねないと分かると、男は口を噤んだまま動かなくなってしまった。痛覚無効のせいで、痛みにも反応していない。
フランが痛めつけて回復をするというお得意の術を繰り返すが、男には通用しない。
「この男は?」
「……フルトに、ナイフ投げた奴」
「!」
フランは少しだけ躊躇ったようだが、すぐにその正体を教えた。直後、サティアの気配が変化する。これほど濃密で凶悪な殺意を、こんな一瞬で発することができるとは……。
フランとウルシが、固まっている。フランが恐れたような、半狂乱で泣きわめくような事態ではない。いや、それ以上に、恐ろしい事態なのかもしれん。
「……これが、そうなのですね」
「ん」
サティアが「これ」と言った瞬間、俺でさえ寒気がした。
「ねぇ、フランさん。私に尋問をさせてはもらえないでしょうか? 必ず、どんな手を使ってでも、口を割らせてみせますので。どうですか?」
「い、いいと思う。ね? ウルシ」
「オ、オンオン!」
あのフランとウルシがちょっとビビっている。今のサティアは、それくらい迫力があった。男も、薄く笑うサティアを見上げながら、その顔を恐怖で歪めている。
早く全部ぶちまけちまうのが、身のためだと思うぞ?