軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

326話 ブランザ領の復興

ライナス川の治水を進めたその日の午後。帝都に一度戻って昼食後、ブランザ領の元領都キステンの町の外へと転移。そこからフライで移動して元領主の館に降り立った。

「うちの館、きれいに使っててくれて助かったわ」

エリーがそう言いながら昨日のうちに乗り込んでいた帝国の兵士の間を抜けて館に入っていく。ヒラギスはひどかったものな。まあ魔物と人間を比べるのもおかしいのだが、掃除や修復の手間がないのは素直に有り難い。以前の住民はゴールドハウブズ家の者がブランザ領運営の代官として入っていたそうだ。そいつは追放メンバーに入っていて、今は兵舎に閉じ込められている。

「よくぞお戻りになられました、エリザベスお嬢様」

玄関ホールではピシッとした上着の裾の長い、黒を基調とした長いスーツを老齢の人物が出迎えてくれて、恭しく頭を下げた。

「エリザベス・ヤマノス・ブランザ伯爵よ。昨日正式に後を継いだわ」

「それはそれは! おめでとうございます、ブランザ伯爵様」

現地では詳しい話はまだ聞かされていなかったようだ。

「出迎えありがとう。ティクシスが戻ってきてくれて嬉しいわ」

ティクシスと呼ばれた人物の後方には六人の平服を来た不安そうな人たちと、兵士が一人だけ。

「申し訳ないのですが、今のところ集められたのはこれだけで」

昨晩、ゴールドハウブズ家制圧のための兵士を送り込むついでに、ブランザ家の元部下たちを探してもらって、ほとんど事情も説明せずに声だけかけて集まったもらった感じらしい。

「十分よ。みんなに紹介するわ。彼はティクシス……あー」

フルネームが思い出せなかったらしい。

「ただのティクシスで結構です、ブランザ伯爵様」

「ティクシスには先代の家宰をしてもらっていたの。ここにいるということはまた家宰を任せていいのよね?」

「無論でございます。残しておいたこの服にもう一度袖を通せるとは……いえ、失礼しました。年を取ると涙もろくなっていけませんな。しかしエリザベスお嬢様がブランザ家を継ぐということは、ウェイン様は?」

「お兄様はそのままブランザ男爵として新しい領地に残って、わたしにブランザ伯爵を譲った形ね。それも含めて、詳しい話を説明するわね」

家宰のティクシス氏のことは お義兄(ウェイン) さんに聞いて居場所を探したんだそうだ。もしティクシス氏が捕まらなければ、お義兄さんが一時的に領地から出てきて協力することになっていた。そして家宰はオルバ・ナーニア夫妻が担う。今思うとかなり無茶な話だ。

当面二人はティクシス氏について、領地運営を学ぶことになるのだろう。

場所を居間に移し、エリーが俺や家族たち、パーティメンバーを一人ひとり丁寧に紹介していく。家宰というのはかなり重要な役職で内政畑のトップにあたる。場合によっては当主や親族が統治に熱心で秘書的な役割になることもあるが、どちらにせよ重要なことには変わりない。

「最後にこの方がクライアンス・ガレイ殿下」

リリアやウィル、イオンの紹介でも平然としていたティクシス氏が初めて動揺の色を表情に浮かべた。

「そう警戒することはないわ。クライアンス殿下はブランザ領復興に協力してくれることになったから」

そう言ってゴールドハウブズ家のやらかしからの家門の断絶、そしてブランザ伯爵家の名誉回復と再興が帝王陛下に許されたことまでを説明していく。

「そう……そうですか……旦那様の名誉はエリザベス様が回復されたのですね……」

「それでいくつか問題があってね?」

そうさめざめと涙を流しているティクシスにエリーが追い打ちをかける。

「うちの旦那様のマサルなんだけど、勇者なのよね」

ふむ、とティクシス氏が俺へ注意を向ける。

「神殿の認めた神の使徒。本物の勇者よ。それでそんな役割上、帝王陛下とも懇意でね。ゴールドハウブズ家が家門断絶するからって、ゴールドハウブズ領までもらっちゃったの。今日からうちで全部統治することになるわ」

まあ概ね間違ってはいない。俺が勇者だからこそ、ゴールドハウブズ領がついてきてしまったのだ。

「それは……それでクライアンス殿下なのですか」

クライアンスはゴールドハウブズ伯爵家の後ろ盾、派閥の長だ。エリーが乗り込んでも反発するだけだろうが、クライアンスになら素直に従うだろうとの希望的観測である。

「ええ。クライアンス殿下は官僚団も貸してくれることになって、当面は頼ることになるわね。それともう一人、デランダル・カプラン。彼にはわたしの代理として統治機構の再構築を担当してもらうことになるわ」

「よろしく」

「デランダルにはわたしの全権代理として働いてもらうことになるから、協力してあげてね」

「全権、ですか?」

「ええ。わたしは勇者の仲間としての責務があるから、当主としての仕事にそう多くの時間はかけられないの。それとデランダルは領地改革の経験があるから、二つの領地を統合して新しい統治機構を作ってもらうことになるわ」

「二年間限定で、だけどね」

デランダルさんがそう言うと、さっそく手に持った地図を机の上に拡げた。

「見ての通り、両領土は広大だ。そしてキステンはここ。ゴールドハウブズ領の領都はここだね。どっちに領都を置くにせよ、間違いなく統治には不向きだ」

もちろん独立した領地としてそれぞれ別に統治するということもできると、デランダルさんは言う。

「受け取ったからには両方併せて統治をするわ」

「ならば領都をもっと利便性のいい位置に移す必要がある。それがここだね」

地図の一点、ブランザ領の端、ゴールドハウブズ領との境界に近い場所を指し示す。

「そしてそれに合わせた道路網の整備をする」

町を作っても孤立していては意味がないし、統合した領内の交通と物流を最適化をするのだ。

「かなりの資金がかかりますな」と、ティクシス。

「それはなんとかなるから問題はないわ」

「問題は統治のための人材と、領民軍の再編だね」

ブランザ家の関係者はほぼ役職から追われ離散。領民軍も最低限を残して解散させられた。それから五年。招集するにしてもどれくらい戻ってきてくれるか。

「ブランザ家に忠誠を誓うのであれば、ゴールドハウブズ家で働いていた者も差別はしないつもりよ」

「まずは告知をしなければならないね。それと関係各所への通達」

両領地で領主が交代したことを告知をする。離散したブランザ家で働いていた者たちを呼び集める。新規採用もする。それから神殿や各ギルドなどに領主が変わったことも連絡する必要がある。周辺の領主への挨拶回りも必要だとデランダルさんが言う。

「そういえばゴールドハウブズ家の者はどうなったのですか?」

「昨日の夜のうちに確保して、いまは兵舎に閉じ込めている」

ティクシス氏の問いにクライアンスが答える。帝都から兵士を転移して、一気に事を起こした。ゴールドハウブズ領のほうも同様の処置をしたようだ。エリーが正式に領地を拝領してからでないと、勝手に乗り込むわけにもいかなかったからだ。

もちろん帝王陛下の権限でもっと早くにやることもできたが、数日待つだけのことだったし、強権を発動させるより正しい手順を踏んだほうが余計なトラブルもない。

帝都のゴールドハウブズ家の者はダークエルフの捕縛のついでに完全に包囲されて確保された。電話も通信機もないこの世界で、転移持ちでも確保していない限り移動だけで数日。何が起こったか、領地の者にはまったく情報は伝わらなかったはずだ。

「私は伝手を頼って知り合いを呼び集めましょう。それから軍はどうしますか?」

「部隊長クラスが居たらすぐにでも来てもらって、一般の兵士は知らせだけ回して、招集は明日からね」

「財務状況の確認。税収の確認。町や村、鉱山の視察。やることが多いねえ」

デランダルさんが言い、エリーも頷く。

「徴税はかなりひどいと聞いたわ」

「ええ。何か手当しないと今年の冬を越せない者が続出しそうです」

そうティクシス氏が難しい顔で言う。まだ秋で良かったよ。

「税は下げるわ。通常の半分、一割五分にしましょう」

ゼロにしてもいいくらいなのだが、国に上納する分は確保する必要がある。

「今後を考えるとそれはあまり良くないね。三割にして、苦しい町や村へは支援か、取りすぎた分を返却という形を取ろう」

「エリザベス様への感謝へも繋がりますな。それから税が払えなくて鉱山に送られた者が多くおります」

エリーの案にデランダルさんが修正を加え、ティクシス氏も賛同したのでエリーも頷く。

「鉱山はいま操業を停止しているから緊急性はないはず。明日にでも直接視察に向かうわ」

「支援用の食料の確保はどうしますか?」と、ティクシス氏。

「まずは備蓄を調べて、それで足りない分は領内の商店と商業ギルドで買い付けできないか問い合わせましょう。そのくらいのお金はあるわよね?」

「調べてみないことにはなんとも……」

そう首を振るティクシス氏にクライアンスが提案する。

「捕まえたゴールドハウブズ家の代官に話させよう」

すぐに兵士をやって連れてこさせることになった。なにはともあれまずは情報である。

「エリザベス様。食料でしたら神国の備蓄からかなりの量を出せそうです」

ミズホ開拓用にどこかから食料や物資を手に入れる必要があるって話があって、イオンがさっそく聞いてきてくれたらしい。備蓄している食料、主に穀物などは非常用や軍事用でどこも常に一定数確保しているのだが、古くなったものは定期的に放出して新しい物に入れ替える必要がある。量や価格はまた聞いてみないことにはわからないが、お手頃な価格で売ってもらえるはずだという。

「あら。それはとても助かるわ」

そこで各人言うべきことが尽きたのか議論が一旦止まる。エリーが皆を見渡してから言う。

「とりあえず今はこんなところかしら?」

「そうだね。すべきこと、決めるべきことは多いけど、まずは人材の確保と領内の把握をしないことには始まらない」

そうデランダルさんが言い、さほど待つまでもなく、怒鳴り散らしながらゴールドハウブズ家の代官が兵士たちに連行されてきた。いかにもゴールドハウブズ家の人間といった貫禄のある体型と風貌だ。その後ろにもう一人、こっちは財務の責任者らしい。

実はブランザ領はゴールドハウブズ家に渡った時に三つに分割されていた。伯爵家に伯爵領を渡すのは過大すぎるからだ。しかし実際は代官がまとめて運営しており、将来的にはゴールドハウブズ家に統合されるはずだったのだろう。その代官がこいつ、ゴールドハウブズ伯爵の叔父にあたる人物だ。そして入ってきたところにクライアンスが声をかけた。

「アッセイスト・マイダス子爵」

「ク、クライアンス殿下、これは一体どういうことなのですか!?」

「リントリッジ・ゴールドハウブズは処刑される。家門は断絶。領地はすべて取り上げられた」

「ば、ばかな……どうして!?」

「ゴールドハウブズ家の鉱山は鉱毒を帝都の水源に垂れ流し、帝王陛下の怒りを買ってしまったのよ」

結局はそれに尽きる。エリーに喧嘩を売ったり、あるいはダークエルフと繋がりがあったりは、鉱山を適切に運営さえしていれば起こらなかったかもしれないことだ。

「わたしの名前はエリザベス・ヤマノス・ブランザ伯爵。この領地と、ゴールドハウブズ領の新しい持ち主よ」

「ブ、ブランザ!? そ、そうか。これは何かの陰謀に違い有りません、クライアンス殿下! 詳しく調べてもらえれば……」

「静まるのだ。此度の決定は詳細な調査の結果の、陛下直々の下知である。覆されることはない」

エリーの言葉に興奮した子爵がクライアンスの言葉でようやく事態がどうしようもないことに気がついたようだ。

「わ、わたしたちはどうなるのでしょうか?」

「主だった者は開拓地への追放処分となる」

クライアンスの言葉に子爵ががっくりと肩を落とす。

「もっと重い処分もあり得たのだ。とにかく陛下はお怒りだ。命があるだけで良しとするのだな。ああ、すまないが私に頼るのもダメだ。ゴールドハウブズ伯爵のやらかしで父上の後継者としての目はもはやなくなった」

俺がやってくる前、帝王陛下はそろそろ引退だという話があった。次期帝王はウィルパパで、その後継はクライアンスが最有力と言われていたそうだ。それはすべてご破産となっている。

クライアンスは開拓地の状況を話していく。初期の拠点は建築済みで、農地開拓も周辺の魔物の駆除も終わっていて、すぐにでも入植できる。開拓民の募集もすぐに開始され順次送られるから、楽な生活はできないだろうが、農夫の真似事まではする必要はないはずだと。

「爵位はどうなりましょうか?」

「一旦すべてなくなる。が、開拓の成果次第でマイダス家の復権もあり得るだろう」

あるのか? まあそこらは俺たちの関知するところでもないか。

「さて、子爵を呼び出したのはブランザ伯にこの領地をつつがなく引き継がせるためだ。領地の経営状態、資産状況を詳しく話すのだ」

その言葉に子爵は怯えた表情を浮かべ、真偽官の前で正直に洗いざらい話せというクライアンスの言葉に、だらだらと冷や汗を流しながら話し始めた。詳しい数値は財務担当者が補足しながらだったのだが、その話にエリーが青筋を立てていく。

要約するとブランザ領からは搾り取れるだけ搾り取って、金も食料もほぼすべてゴールドハウブズに送った。税を払えない者は鉱山送りか奴隷にして売り払った。領地の状況? 部下任せでわからない。

「ちょっとひどすぎやしないか?」

俺の言葉にクライアンスに非難の視線が集まる。そもそもがこいつが諸悪の根源だ。思ったより罪深い。あっさり許したのは早計だったかもしれない。

「領地経営への介入はとても難しい問題なのだ」

明らかな失政であれば助言くらいはできる。しかしわかっていて圧政を敷いていても苦しむのは民にすぎない。ブランザ領への圧政はひどいものだが、多かれ少なかれどこの領地でもやっていることだ。三割の税が八割ならアウトなのか。じゃあ七割は? 六割では? 臨時徴税は領主の権利だし、何割までとも決められてはいない。

税の固定は難しい。領地によって防衛にかかる予算は違うし、ヒラギスのようなことがあれば軍事予算は一気に跳ね上がる。

帝国への反逆などを目論むでもない。税はきちんと納めるし軍務もしっかりと務める。上役への付け届けも欠かさない。上から見ればむしろ優良な領主ですらあるのだ。

そしてゴールドハウブズ伯爵はクライアンスの配下のようなもの。庇い立てこそすれ告発なんてするはずもない。

「つまりゴールドハウブズ領にはお金も食料もたっぷりあるのね?」

「ありません」

「ありませんとはどういうことよ!?」

即答にエリーが初めて声を荒げた。

「ほ、本家のゴールドハウブズ家にはかなりの借金があって、それを返済するいい機会だったのです」

膨らんだ借金は鉱山の利権を売り払うくらいしかもはや方策はなく、しかし鉱山はゴールドハウブズ家の生命線。なんとしても手放したくはない。だから先細るとわかっていてもブランザ領から絞り取る必要があった。それにブランザ領には交易ルートとしての収益が十分にあったのだ。住民が多少減ろうが痛手は少ないと考えた。

「それで借金はもう残っていないのね? ええっ!? まだあるの!?」

エリーが信じられないという声をあげる。いや信じたくないのか。分家だから実際の数字は知らされていないようで、恐らく相当減らしたはずだが、本家からの催促は続いていたからまだ残っているのは確実だと。

「この場合、残った借金はどうなるんだ?」

「踏み倒すこともできるが、それをやると商人やギルドからの信用を失うことになる」

俺の問いにクライアンスが答える。だからまずは押さえた私財から返済して、それでも返しきれないとなると、その借金をした相手と相談することになる。領主、領地を信用しての借金なのだ。引き継いだエリーにもいくらかの責任が生じるのだが、それは貸したほうも同じこと。やらかすような領主に貸すほうも悪いから、おそらくブランザ伯と折半で負担を被るというのが落とし所だろうと。

「手段を選ばなければ他の方法もある」

「ほう。聞こうか」

「ゴールドハウブズ家の者を奴隷として売り払うのだ」

クライアンスがマイダス子爵を冷たい目で見ながら言う。元貴族。魔法使いも多いからいい値段で売れるだろう。それを聞いて子爵がまた震えだす。

「そ、そればかりはお許しを……」

「お前たちもやっていたことだろう? 税を払えない者を奴隷として売る。かなりいい稼ぎになったはずだ」

ゴールドハウブズは色々なところで恨みを買っていそうだ。そういった者でお金持ちが大喜びで購入するだろう。そうでなくとも権勢を誇った貴族が奴隷落ちするのは、とてつもない生き恥を晒すことになる。因果応報ではあるが恐ろしい話だ。

「それは最終手段としましょう。さすがに外聞が悪いわ」

それくらいなら踏み倒すほうがマシまである。

「あとはゴールドハウブズ家、その分家あたりを存続させて、借金を押し付けることもできなくもない」

ただしそれをするには陛下に話を持っていく必要があって、上の手を煩わせるのは無能と取られるかもしれないし、そもそもこのやり口も返す当てのない借金を背負わせることになるので、踏み倒しも同様。どっちにしろいい顔はされないだろう。子爵もぶんぶんと首を振っている。

「それも却下だな。そもそもゴールドハウブズがそんな状況になっているのに気が付かなかったのか?」

帝都のゴールドハウブズの屋敷は徹底的に調査したはずだが。

「ある程度の借金があるのは把握していたが、そう珍しくもないし羽振りは良く見えたのだ」

まあ借金まみれだなんて表に出すものでもないが……

「まずはゴールドハウブズ家の私財でどうにかしましょう。クライアンス殿下、ご協力を」

「むろんだ。しかし人員を増強する必要があるな」

今のところゴールドハウブズ家と一族郎党を押さえているのは帝国兵なのだが、それは捕縛のための兵士だから、調査用の人員を別に投入する必要がある。それで領地運営の補助のための文官派遣を前倒しですることとなった。

「まずはブランザ領の資産の洗い出し。それからゴールドハウブズ領の資産と借金状況の調査ね」

「あの……売られた人を助けられませんか?」

こういった話には滅多に口を出さないサティがぽつりと言った。

「そうね。奴隷商に当たってまだ売れてない者は回収しましょう。でもすでに売れてしまった者を取り戻すには相当お金がかかるわね」

売り値の返還で素直に返してくれればいいが、拒否されたら交渉、恐らくいくらか追加のお金を積む必要がある。

お金お金だ。うちには今のところお金がない。千年計画の稼ぎはこれからだし、ヒラギスの時に私財をすべて援助に回したからだ。収入ならブランザ家の鉱山から俺の取り分はあるが、それもまだまだこれからだ。

「お金はまた稼げばいい。治水も上手くいきそうだしな」

板ガラスの生産設備が上手く作れればいい利益になるはずだが、まずは手持ちのお金がないのが問題だな。ツケでやってくれればいいのだが……

「うちにお金ってどのくらいあったっけ?」

治水で稼いだ一〇億円で足りるかね?

「あるだけ用意して、足りない分はどうにか交渉するしかないわね」

「金ならば我らから出そう」

リリアがそう言ってくれる。

「これはブランザ家の問題よ。そこまでリリアに頼るわけにはいかないわ」

ただでさえエルフには頼りすぎている。何かあるたびにエルフからお金や人材を出してもらっているし、どこかで線を引かないとキリがない。それはそうなのだが、効率を優先すべきときもある。

「いや。当面の資金は支援してもらおう。それは返せる時に返すってことで」

今は悠長にお金稼ぎを考えている場合じゃなさそうだしな。お金で解決できる部分は解決してしまって、時短をするのだ。

「エリーたちは調査。リリアは資金の用意。イオンは食料調達。俺は奴隷商人を探しに商業ギルドへ行こう」

俺の言葉にそれぞれが頷く。他には?

「エリーは明日は治水には来なくてもいい。アンも明日はエリーについてくれ。鉱山に行くなら治療が必要かもしれない」

エリーは今夜は徹夜だろうし、ブランザ領が落ち着くまで集中させたほうが良さそうだ。皆がそれで動き出して、俺も移動しようとして商業ギルドの場所も知らないことに気がついた。適当な現地民に案内を……

「マイダス子爵は当然この町の商業ギルドに顔は効くな?」

場所も知っているだろうし、元領主なら話が早いだろう。そう思って連れ出されそうになってた子爵を呼び止める。

「そ、それはもう」

「よし、じゃあ商業ギルドに案内しろ。もし上手いこと奴隷を回収できたら開拓の支援を増やしてやってもいい」

「あ、あの。貴方様はどちら様で?」

そう言ってすぐに動く様子もない。まあそうか。俺が誰だかも教えてなかった。

「紹介してなかったな。俺はマサル・ヤマノス。ブランザ伯の旦那だよ」

「陛下や父上からの信任厚い勇者でもある。私も今はマサル殿の下で働いている。子爵もそのつもりで誠心誠意働くように」

クライアンスの補足で慌てて動き出した子爵の案内で移動しながら、ふと考える。俺の公的地位ってなんなんだろうな? 千年計画の責任者ではあるが、今は非公開。ブランザ伯の旦那では公的地位は怪しいし、神の使徒は神殿なら絶大なもてなしを受けるが、何かの地位があるわけでもない。勇者は、最近ちょくちょく名乗ってるけど正式なものでもないし、あんまり使いたくない。

そういえばいいものがあった。帝王陛下の許可状。『この者マサル・ヤマノス、ガレイ帝王の代理にて、あらゆる便宜を図るべし』、そう書いてある書状と帝国の紋章入りの短剣だ。

帝王陛下の代理というのは少し気に入らないが、冒険者やブランザ伯の旦那、使徒などと名乗るよりかはましだろうか。

帝王陛下代理マサル・ヤマノス? やっぱないか。うーん。まあ地位があったらあったで面倒そうだし、これまで通りふんわりした感じでやっていくか。

「勇者……マサル・ヤマノス様ですね。なんなりとお申し付けください」

商業ギルドに行くのに勇者もないな。Aランクの冒険者でヤマノス村の村長で、神の使徒で剣聖の直弟子で最強の魔法使い。

「勇者は忘れろ。ブランザ伯の旦那のただのマサル、マサル殿とかでいい」

ブランザ伯の旦那が一番ましだな。ブランザ伯の旦那で代理。ここではそれで通そう。

「借金に奴隷。他に問題はないんだろうな?」

「は、いえ。それは……たぶんないかと……」

「隠し立てしてると後でひどいぞ?」

「わ、私は領地を任されたといっても本家の命令にただ従っただけなのです!」

まあそれならそれで、俺がどうこうする話でもない。この世界で何が罪で、どの程度の罰なのか、俺はいまだにわからんところがあるからな。

「しかし聞いたところによると鉱山のいくつかで、その、問題が……」

「話せ」

「鉱石を取り尽くしたので無理に採掘をしようとした結果、事故が頻発するようになったと……」

それで新規に人を鉱山にやる必要があったと。

「すまないが、誰か今の話を急いでエリーに伝えてきてくれ。他には? あるなら今のうちに言っとけよ?」

なるほどなるほど。徴収した税をほんの少し、ちょっとだけ懐にね? へー、商人と組んで? 徴収した穀物の量を誤魔化して、キックバックを受けたと。

「上手いこと考えるもんだな」

あとは壁や道路を補修すると言って税を取って、来年やると引き伸ばした挙げ句、別の場所の作業で予算が尽きたと更に追加で税を取る。俺が興味があると思ったのか、子爵が不正の手口をペラペラとしゃべる。

こいつも処刑したほうがいいんじゃないかな? それとも開拓地でも鉱石が取れるそうだし、そっちに送ってもいいかもな。そんなことを考えながら、俺たちは商業ギルドへと向かった。