軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

324話 ドワーフ

特にトラブルらしいトラブルもなく、秋祭りの閉幕レセプションは終わった。参列者にとってはとても平穏無事とはいかなかったが、俺たちは知っていることを改めて公表しただけで楽なものだった。

これから大変なのは神殿である。ウィルの婚約もブランザ家の復興もすべて魔力開発法のことで吹き飛んでしまった。魔力開発の受け入れは当面は貴族からになるだろうが、それにしたって何千人希望者がいるかわかったものではないのだ。

現状、一日三〇人から五〇人で限界と言っていたし、誰を優先するか悩ましいところだろう。業務を手早く神殿にぶん投げたのはとてもいい判断だった。

で、本日最後のイベント、ドワーフとの交渉である。

「エルフが秘技を公開したのだ。むろんドワーフも全面的に協力してくれような?」

そう皇帝陛下が言う。まずは千年計画と月面へ行くことの説明。それと基礎科学教本の触りだけ見せ、参加を要請したところだ。

「全面的にとはどこまでとなりましょうや?」

ドワーフからは神国と帝国から長老会議のトップが参加。二人ともヒゲを豊富に蓄えた、いかにもな感じの風貌、がっしりとした体格で手指はゴツゴツとしたいかにも鍛冶屋にいそうなドワーフ然とした雰囲気があった。部下も引き連れてきていたが、トップ会談ということで、長老二人だけが席に付き、俺たちからは俺とリリア、皇帝陛下と帝王陛下が話し合いのメンバーとなった。

「ドワーフの知るすべてだ」

「我らに破滅せよとおっしゃりますか」

皇帝陛下の物言いに、神国長老が静かに抗議をする。

「そうはなるまい。当面は外部に公開する必要はないし、そもそもが我らの与える知識のほうが膨大だ」

皇帝陛下はそう言って基礎科学教本を指し示した。

「ならばドワーフの助けなど必要ありますまい」

「では新しい知識も魔力開発法の提供もドワーフはいらぬと?」

「それは残念でありますが、我らは今まで通りやっていきましょう」

現状維持を選択するか。だがそれは悪手、それこそ破滅への道だ。

「ドワーフが新しい技術、それも革新的といえるものを開発したのはいつのことだ?」

ミスリルやアダマンタイト、オリハルコンの加工技術は古くからあるものだ。黒鉄鋼もドワーフの技術だし、ガラスも繊細で高度な工芸品にまで昇華させた。もちろん鉱山開発もドワーフが得意とする分野だし、建築技術や武器防具もドワーフ発の技術が多い。

「レンズですか? たまたま一つ大当たりを引いたからといって、ドワーフの技術を否定するはできませんぞ」

「エルフ式城壁建築法は? コイル式バネは? これらもマサル殿から提供されたものだ」

「鉱山で肺を守るための新型のマスクもあるぞ」

そうリリアが口を出す。そんなものも作ったな。もっとも今は対毒用マスクとして改良が進んでいる。

「使徒からもたらされた知識ですか……」

「叡智だ。マサル殿はまさしく賢者よ」

ここのところ俺に突っかかってこないと思ったら、皇帝陛下の俺への評価がずいぶんとあがっているようだ。

しかしドワーフたちから良い返答はない。魔力開発法や基礎科学教本の一部では説得は不十分か。

「今日はここ数日で開発した新商品を持ってきた」

実はレセプション終了後、少しだけエルフの里へと戻って、そこでドワーフに見せる品や頼んでいた製品が完成していたので受け取ってきていたのだ。

「ガラスのコップ?」

「これは強化ガラスのコップだ」

湯呑みくらいのサイズの、実験に使うビーカーの試作品である。それを軽く上に投げ上げて、そのまま床に落とした。ゴンといい音はしたがその程度なら大丈夫。拾って調べるが多少傷がついたくらいだ。それをドワーフにも渡して見せる。

「これがガラス? 確かに見た目は透明でガラスのようではあるが……」

「間違いなくガラスだ。もう少しくらいなら乱暴に扱ってもたぶん大丈夫だ。試作品だから壊してもいいぞ」

ドワーフの手により天井近くまで投げ上げられたが、なんとか割れずに済んだようだ。

「詳しいことは現時点では教えられないが、それは間違いなく強化しただけのガラスだ。作り方の基礎は神国のドワーフが教えてくれた。それからこれも」

そう言って今度は慎重にアイテムボックスからでかいガラス板を取り出し、そっと壁に立てかけた。

「確かに素晴らしい品だが、作ろうと思えばこの程度のものは作れる」

軽く検分したドワーフがそう断言する。それはそうだ。熟練したドワーフのガラス職人なら同じものを作れるだろう。

「これを作ったのはもちろん、ドワーフに短期間ガラス作りの指導を受けただけのエルフの新人職人だ。今は試作段階だが量産体制が整えば、日に千枚でも一万枚でも作ることが可能だ。完璧な平面のガラス板が常に同じ品質で、資材と人員の許す限り何枚でも作れる手法なんだ」

まあいずれって話だが、現時点でも一時間に一〇枚程度なら問題なく作れるのだ。しかしドワーフに大量生産はどうあっても不可能だ。前提となる動力がない。

「もう一つ。このガラスを使った製品だ」

今度も同サイズのガラスを取り出すが、それは木の額縁に嵌められ、完璧な反射を見せていた。鏡、大きな姿見だ。うん、俺の無茶振りにいい仕事をしてくれている。

「そっちでも俺の知識を与えて試作してもらったけど、まだできてなかったよな?」

これも錬金術の応用だ。要はガラスに銀か水銀の化合物を定着、くっつければいいだけだったので、一発で成功したようだ。ドワーフにも鏡を作ってくれって依頼してあったのだが、まだ試行錯誤中で完成品はあがってきていない。

「この鏡は帝王陛下に進呈しましょう。それからこれが新しい材質の剣」

セラミックの短剣に強化鉄の剣を取り出す。特にセラミックは白と土色で何本も種類がある。

「これは……陶器か?」

さすがにそれくらいはわかるか。そしてその強度を見せるために、鉄の試し切りもやってみせ、鉄を断ち切る陶器にはさすがに驚きの顔を見せていた。

「これは新しく開発したもののほんの一端だ」

そう締めくくって席へと戻る。リリアが噛んで含めるようにドワーフの長老たちに言う。

「良いか、それはここ数日で作った試作品の一部に過ぎぬ。研究開発の全容を知れば、エルフの魔力開発法など霞むほどの偉業だと断言しよう」

それでも長老会議の二人は返答をしない。協力ができないと言うのなら一旦諦めるか? ドワーフがいなくてもやっていけるが、工作、物作りができる人員の増員はどうしても必要だ。特に鍛冶、鉄を扱える職人が不足して土魔法で代用しているのが現状だ。

エルフの職人は基本自給自足のためのもので、人数がそれほど多くない。だがドワーフは種族全体が職人となって他の種族と商売をしていて、その数が圧倒的に違う。

その数少ないエルフの職人は俺の無茶振りにフル稼働しており、このままでは過労死一直線である。早急に是正する必要がある。

「板ガラスの量産法はこの場で開示してもいいぞ。ただし、それで製品を作るなら売値の四割を情報料としてもらう」

強化ガラスと鏡は錬金術の応用と知れば、簡単に模倣されてしまう可能性があるからまだ教えるには早い。四割と聞くとぼったくりに聞こえるが、この世界では値段などあってないようなもの。エルフの工芸品など、原価の何十倍何百倍で商人の手に渡り、そこから更に利益を乗せられ売られていく。

「それは我らもか?」と、皇帝陛下が尋ねてくる。

「イオンが作る分には一割でいいですよ。レンズは無償でしたが、開発者に利益がまったくないというのはダメだと思うんですよね」

「確かにな」

神国でも色々と研究中だ。何か利益の種になる研究が完成すれば、それで利益はほしいだろう。少なくとも研究資金が賄えるくらいの利益はいずれ出していく必要がある。

「千年計画参加者に対しては基本一割。外部は応相談といった感じで考えているところです」

「ものによって開発者が決めていいのだな?」

「ええ。もちろん相談して利益を取らないでくれってことになるかもしれませんが」

「それは仕方がない。現状、マサルの知識は無償だ。我らもあまり欲深いことは言えぬ」

鏡とか窓用のガラスなんてのは完全に贅沢品で、生活や研究開発にどうしても必要な品じゃない。お金持ち向け商品だから利益はたっぷり取っていい。皇帝陛下と話しているうちに、ドワーフたちは板ガラスに関しては態度を決めたようだ。

「四割、受け入れよう。その技術を教えてくれ」

その言葉にフロート式の板ガラス製造法を、俺の書いた図式を見せながら説明していく。

「そんな簡単なことで……」

「わかってみればレンズも簡単に作れただろう?」

だがその簡単な知識からちゃんとした製品を作り、発展させるのに技術的ハードルは多く、有能な人材はいくらでも必要だ。

「強化ガラスや鏡の作成方法は教えてもらえないのですかな?」

さすがにセラミック剣まで言い出すほど図太くはないようだ。

「千年計画に参加するならいくらでも教えよう」

その二つは錬金術の応用だ。ヒントだけでも作れてしまうかもしれないし、錬金術の応用範囲は広い。

「良いか、ドワーフの長老よ。勇者であり使徒であるマサルがなぜ職人のようなことをやっておるのか? それは世界を救うためよ」

「月へ行くのではないのか?」

「月へいけば魔物も居ない。広々とした土地を俺たちだけで好きに使えるんだ。戦うまでもなく、俺たちの勝利だよ」

もちろん強力な兵器も開発できるだろうが、それはおまけのようなものだ。

「我らエルフは人間と獣人と共に月へ行き、さらに先へと進む。いま決断せねばその時貴様らドワーフの席はないぞ?」

それでもドワーフたちは返答を口にしなかった。見せ札が足りなかったか? それとも考え、協議する時間が必要なのか。だが時間は有限だ。

「わかった。じゃあ今からエルフの里へと招待しよう」

俺の言葉にリリアも渋々であるが頷いた。皇帝陛下たちも異論はないようだ。そもそもが最初はエルフの里でやっていることを見せる予定だったのだ。

航空機や蒸気タービンなんかはどのみち一般に普及する段階になれば隠し通せるものでもない。もちろん見たことは外部に漏らさないことを約束してもらうが、隠れて作ったところで商売をすれば速攻でばれるし、そこまで非協力的な態度を貫くならドワーフは切り捨てるしかない。

長老の部下たち、随伴のドワーフを呼ぶちょっとした時間にリリアと少し話した。

「結局のところ、俺たちはドワーフのことを知らなさすぎるんだ。彼らが何を望み、何を好むか、ろくに知らない」

信仰心はあるのか。それとも商売やお金、技術なんかが大事なのか。ドワーフは鉱山や鍛冶でそれなりに接してはいるが、それはあくまでビジネスだ。本当のところ何を考え人生を送っているのか?

「それはそうかも知れぬが……」

それを使徒だから、より知識が豊富だから従えと頭ごなしに要求している。たぶん陛下たちも権威や権力でそうしようとしている。

「だからとりあえず全部見せてやればいい」

まずは俺たちのほうが譲歩する。それでダメならまた考えよう。その言葉にリリアも頷いた。

「頭の固い長老どもはともかく、個人で参加したい者ならそれなりにいるかも知れぬしな」

それでもどこかで線は引くべきだとのリリアの意見で、今回は基礎科学教本は見せないことになった。

やってきたドワーフを十数人にここまで見せた品と説明を再度する。それでドワーフたちに賛否両論が巻き起こった。すぐに千年計画に参加するべきという意見もあったが、見せてくれるというのだから、見てから判断すべきだという意見のほうが多いようだった。

そうして長老に加えて随伴のドワーフたちを引き連れてエルフの里へと転移をする。

「さっきも言ったが、ここで見たことはここだけのこととしておいてくれ」

一応そう念を押しておく。真偽官の前で誓ってもらうことも考えたが、それでは大仰になりすぎる。重要なことは信頼関係だ。何かあるたびに真偽官の前で約束させられて、そこに友情や信頼は育つだろうかという話だ。

ドワーフたちが頷くのを確認して引率を開始する。研究所の転移ポイントを出れば、すぐに精鋭がいる研究室である。

「おお、もうドワーフたちを連れて来てくれたのですね! さすがはマサル様だ!」

エルフの研究員たちから一斉に歓声があがる。増援がそんなに嬉しいか。これはちょっと休ませたほうがいいかもしれない。

「待て待て。今日は見学だけだ。正式参加は決定してないから話しかけるのも連れて行こうとするのも後にしろ」

現場の製品は見せて説明はするが、基礎科学教本はまだ開示しないし、紙の資料なんかも見せないし、見ないようにしてくれともう一度注意をし、がっかりしたエルフたちを散らして、まずは約束している板ガラスの製作現場に連れて行った。

そこでもドワーフは歓迎を受けて、何人か連れていかれかけた。貴重な人材、それも配属が決まってない者は奪い合いだから仕方ないね。

見れば生産が止まっていたのだが、板ガラスを送るラインを自動にするために、一旦火を落として電動モーターを導入したのはいいが、速度の制御に難航しているようだ。一定の速度を維持しないと、ガラスの厚さが不揃いになってしまう。

銅線が剥き出しで感電の危険がある部分はセラミックが絶縁体なのを発見して、セラミック管を通して解決していた。

「それは元の蒸気タービンの出力が変動するからだな。電流や電圧を一定にする機構を作って、間に挟むんだ」

それはどうやれば? もちろんわからない。変電所がその役割を担っているのだと思うが、変電所のシステムなんか見たことも調べたこともない。コンセントを使えば全国どこでも一定の電力を得られるというのはどんなテクノロジーなんだろうか?

「すまんが当面は魔法か手動でやってもらうしかないな」

俺の言葉にエルフの顔が曇る。最初は魔法でやっていたのだが、ずっと動かすには魔力の消費も馬鹿にならないし、その間常時人を張り付かせる必要がある。

手動もきついものがある。非力なエルフがえっちらおっちら、歯車に噛ませたチェーンを引っ張ることで板ガラスのラインを稼働させるのは非効率過ぎる。重いし、一定の速度を維持する必要がある、大変な苦行である。

「とりあえずドワーフたちにこのラインの説明をしてやってくれないか?」

エルフがラインの解説をしていく後ろで、残ったエルフが尋ねてきた。

「それでドワーフはいつ頃来てもらえますかね」

「長老会議の判断次第だよ。お前から見てどう判断すると思う?」

ガラス作りのメンバーは神国でドワーフのガラス職人の下で修行していた。俺より詳しいだろう。

「長老会議はドワーフの利益を守るためには武力の行使も厭わないほどという話ですが……」

こっちには皇帝陛下と帝王陛下がいる。今はドワーフと一緒に板ガラスの工程を見学中だ。

「皇帝陛下たちから命じて、それで計画に貢献できるのか?」

「わかりません。しかしドワーフたちの結束は固く、長老会議の権力はなかなかの物のようです」

長老会議に反対しようにも職人なら素材の入手や販売経路を抑えられればすぐに干上がってしまう。ドワーフ以外で取引が続行できても、長老会議には子飼いの兵隊もいる。本人が耐えられても家族や親族にも迷惑がかかる。もちろん長老会議は多くのドワーフに支持されている穏健な組織で、ドワーフを裏切りでもしない限り、その武力が身内に向けられることはない。

「つまり長老会議が反対すれば、ドワーフ個人の計画への参加はまず無理ということか……」

それで陛下たちが無理やり命じたところで、どれほどの貢献が期待できるか。長老会議はドワーフたちにこう言えばいい。陛下たちに参加するよう命じられはしたが、あれはドワーフにとってよくない計画だ。

具体的に妨害する必要すらない。人材を寄越さないだけで十分だ。何も知らない若者。あるいは長老会議に忠誠を誓うドワーフでもいい。

「面倒じゃのう」

リリアがそうこぼす。まったくだ。

「結局さ、ドワーフはオリハルコンの加工技術とかを隠しておきたいんだろ。だったらその程度は諦めてしまうか」

「そのオリハルコンじゃが、妾に考えがある」

そのリリアの考えを聞く前に板ガラスラインの見学が終わり、ドワーフたちがぞろぞろとこっちへとやってきてしまった。電気モーターにはえらく感銘を受けたようで、次は蒸気タービンを見たいらしい。

元の発電設備は必要となるものの、銅線を引くだけでどこででも動力が使えるのだ。応用範囲は無限に考えられる。電池? 一応試作品はできているが性能が低すぎてまだ実用性が皆無らしい。

「見せるのは良いが、計画に参加せねば作ることも許さぬのをわかっておるのかのう」

「いっそ何もかも使用料を取って作らせるのも有りかもしれないな」

リリアとこそこそとそんなことを話す。もちろんドワーフが計画に参加しないという話になった時であるが……ふむ。案外どうにでもなる気がしてきたぞ。計画外でドワーフが勝手に技術開発をしてくれるなら、それはそれで競いあって、工業化が加速するかもしれない。

蒸気タービンは二号機を制作中だった。とりあえずタービンをぶん回して電力を発生させることを主眼とした一号機と違い、二号機は火力発電所の試作品を目指している。水の循環と火力の効率的な変換。それからもちろん電力の安定供給もだ。

蒸気タービンの担当者に板ガラス作りで判明した問題、電力の安定化の必要性を話しておく。まずはそこをどうにかしないと板ガラス工場の稼働が頓挫しかねない。

「で、ここからどうするつもりだ?」

見学から離れて皇帝陛下たちがやってきたので、少し作戦会議である。

「感触は良さそうですが……」

他のドワーフは興奮して蒸気タービンを見て回っているが、長老二人があまり反応を見せない。話し合いでもしてくれれば盗み聞きできるのだが、それもしないので考えがさっぱり読めない。

「ダメだったらこちらが譲歩します」

そう言って、オリハルコンなどのドワーフがどうしても隠したい技術に関しては手をつけなくてもいいだろうと話す。特許権などを設定してもいいかもしれない。ガラスや冶金技術などの基礎的な技術でもないのだ。製造を独占されたところで問題はない。

「それでもダメそうなら、板ガラスと同じく、金を取っての技術開示も考えていますが、これはできればしたくありませんね」

そうなると基礎科学教本などの知識をどうするのか、とても悩ましくなる。

「少々弱気が過ぎるのではないか?」

そう皇帝陛下が言う。

「後にしこりを残したくないんですよ」

「マサルの心配は杞憂じゃと思うがの」

エルフがドワーフに蒸気タービンの可能性を力説している。たとえば小型化して馬車に乗せて車輪を回せば? 蒸気タービンの秘めたるパワー、電気の可能性を熱く語っている。きっとドワーフが加わった時のことを考えているのだろう。

だが肝心の情報は上手く省略されていた。火で蒸気が発生してプロペラが回るのは見ればわかる。しかしそれがなぜ電気に変わるのか。そして電気が再びモーターを動かす。電気? 電気ってなんだ? そんな具合だ。

見学も外から見せるだけだ。内部まで詳しく見せる必要はないし、電気磁気は原理がわからないと意味不明だし、知っても不思議に思うほどなのだ。

「もっと詳しく知りたければ計画へ参加をすればいいんです」

事情を汲んだエルフが不満そうなドワーフにそう告げている。そんな光景を眺めながら、今日は皇帝陛下や俺たちに任せっきりの帝王陛下が珍しく口を開いた。

「千年計画は確かに素晴らしい、唯一無二の事業だ」

その言葉通り、ドワーフたちは目の色を変えている。今更計画に参加はしない。ここで見たことは忘れろと長老たちが言って通るのだろうか?

「だが長老会議はドワーフの権益を数十年数百年守ってきた組織だ。下の者は無邪気にはしゃいでおるが、果たしてすべてを投げ出す決断を今の長老にできるかどうか」

だからこそ神国と帝国のトップ自らが交渉の席についたのか。そして二人の長老は不気味に沈黙を守っている。

「ダメだった時は柔軟に対応しましょう」

そうしているうちに一通りの説明が終わって、興奮して話し合っているドワーフたちが戻ってきた。次はどこにするか。航空機か、それとも石油の精製あたりか。

「セラミックの作り方を見せてやろうではないか」

リリアがそう提案する。錬金術の応用は知ってしまえば個人でも再現は難しくないから、見せるのはどうかと思っていたのだが……まあ仕方ない。

先日俺たちが作業した場所は無人で、セラミックや鉄の強化の研究は他の場所へと移したようだ。きれいに片付けられた跡地で、もう一度同じことを繰り返す。

「知っての通り、エルフは錬金術が得意としていて錬金術の一番の作成物はポーションだ」

そう言いながら土を採取して、軽くこねてナイフの原型を作る。

「錬金術はただの薬草に魔力を込めることで、回復魔法と同等の効果がある薬へと効果を高める。ならば土に魔力を込めることで、より強い陶器が作れるのではないかと考え――」

魔力を注ぎ込み、強度を増すように熱と圧力を加えていく。

「できたのがこの強化セラミックだ。十分な強度を出すにはポーション作りのように、正しい魔力操作や経験が必要だが、誰がやっても普通に陶器を作るよりも強く仕上げられる。鉄やガラスも同様だ」

そうして完成したばかりで熱を持つセラミックのナイフを、ドワーフたちの前へとそのまま魔法で移動させた。

「何人か顔色が変わったな?」

リリアが突然そんなことを言い出した。そりゃたぶん驚いたのだろう、そう思ったのだが……

「うちの鍛冶師が言うにはこの錬金術の手法であれば、これまでドワーフが独占していたオリハルコンの加工が可能になるのではないかと言っておったが、なるほど。正解であったようじゃな?」

リリアにドワーフの秘めた技術を言い当てられ、顔を青くしているドワーフがいた。周りのドワーフの非難の視線に晒され、そのドワーフはガタガタと震えだした。

「ち、違う。わしはそんなつもりじゃ……」

そんなつもりじゃない。秘密をばらすつもりじゃなかったと口にすれば、それは自白も同然だ。それを見て神国長老がため息まじりに言った。

「もう良い。エルフが見つけたセラミックの強化法があれば、早晩、オリハルコンの加工法へもたどり着いたであろう」

「そうじゃ。だがこのことで我らはどうこうするつもりはない。今後は陶器や鉄の強度を出す研究が進めば、オリハルコンのような希少な金属を使う必要はなくなるであろうからな。オリハルコンの加工はこれまで通り、ドワーフでやればよかろう」

さすがに漏らしたドワーフが気の毒になったのか、リリアも優しげな口調でそう言う。そして神国の長老が静かに言った。

「神国長老会議は千年計画に参画し、勇者様に協力しよう」

「ドレスター長老!?」

帝国の長老が非難するような声を上げる。ドワーフの権益を守るためには、両国が足並みを揃えないと意味はないのだろう。

「神託の巫女様はおっしゃった。勇者様に全幅の信頼をおいて後悔することはないと。我らドワーフが良き選択をするようにと。帝国ではどうか知らぬが、神国で皇帝陛下と神託の巫女様に嫌われては立ちいかぬ。よほど酷い話でなければ我らは端から協力するつもりであったし、返答を保留していた我らにこれほどの技術を余すところなく見せてもらえたのだ」

「で、帝国の長老殿はどうするかの?」

「エルフは帝国を許したのか? 我らドワーフのことも同じように嫌っておろう!」

帝国長老が叩きつけるようにいう。結局のところ、エルフが信じられないのだろう。

「そうじゃな。古いエルフは到底許さぬじゃろう。しかし若いエルフはそうではないし、古いエルフも過去の遺恨は有り難いことに飲み込んでくれた」

リリアの言葉に帝王陛下が頷いて話す。

「時に厳しい視線を浴びることはあるが、こうやって何度もエルフの里を訪ねても、石を投げられたりすることもないし、計画の参加者が大歓迎を受けるのは見ての通りだ」

最初の訪問で首を絞められはしたが、その後の帝王陛下や帝国人の訪問は実に落ち着いたものだった。そして計画の困難さを知れば、過去の遺恨など気にする余裕もなくなっていく。

「勇者様がそう指示したからか?」

「違う。魔物に敗北すれば、我らに未来はない。我らは過去より未来を取ったのじゃ。人族すべての未来、ドワーフをも含めた未来じゃ」

帝国の長老はそれでもまだ決めかねているようで、周囲を見てはぐぬぬぬとわかりやすく唸っている。かわいそうだが、もう味方は一人もいない。

「かつて我らエルフは先代勇者に協力せず、帝都が魔物に攻められた折も救援を拒否した。その結果どうなった?」

エルフは帝国から追い立てられ、辛酸を嘗めることとなった。

「脅しか?」

「違う。我らには選択肢はなかったのじゃ。勇者とは単に縁がなく、救援を求められた時は我らも魔物から攻め立てられ、それどころではなかった。しかしそなたにはまだ選択肢がある。帝国ドワーフの破滅より守りたい物は過去からの伝統か? それとも金貨の山か?」

「ミシガン殿、もう良いではないか。オリハルコンの秘密ももうなくなった。我らは未来を見据えよう」

それでやっと観念したようだ。

「帝国長老会議は、勇者様の計画に協力することを約束する」

めっちゃ嫌々そうだぞ、こいつ。そして言った言葉は勇者の計画。そんなにエルフが嫌なのか?

「ほんとにそれでいいのか? 無理してない? もしそんなに嫌なら、神国ドワーフは協力してくれるし、帝国ドワーフは手を引いても……」

「い、いえ。決してそういうわけでは! 私は単にエルフが……」

「ミシガン」

帝王陛下が強い口調で帝国長老ミシガンの言葉を遮る。

「帝国はエルフと和解し、正式に友好関係を結んでおる。それを長老会議として反対しようというのなら、王として対処せねばならないが?」

「決して! 決してそのようなことは! 陛下!」

そう言って必死に頭を下げる。これが権力か。いやいや、そんな感想を考えている場合じゃないな。これで首が飛んでも寝覚めが悪い。

「要は個人的にエルフが苦手なんだろ? 大丈夫。個人的な感想をちょっと言うくらいなら、俺が処罰はさせないから」

「いえ、私は……はい。その通りです……」

じゃあ解決方法は簡単だ。

「こうしよう。帝都にも研究所ができるから帝国のドワーフはそこで働いてもらう。エルフの里へは神国ドワーフに来てもらえばいい」

神国長老はエルフに特に隔意はないようで、普通に頷いてくれる。

「帝都の研究所にもエルフの多少の出入りはあるだろうが、人員は帝国の人間が主となるはずだ」

俺の言葉に帝王陛下がうむ、と頷く。

「そ、それなら私も喜んで計画に参加……いえ! むろん喜んで計画に参加するつもりでしたが、これまで以上に前向きに、真摯に勇者様の計画に協力すると誓いましょう!」

「ミシガンよ。千年計画のため、帝国の発展のため、尽くすがいい」

これでよし。後は……

「リリア、後は任せてもいいか?」

「うむ。マサルは明日に備えてゆっくり休むとよい」

これでよし。明日はライナス川の治水と新ブランザ領の統治開始だな。千年計画はドワーフの加入で数日は忙しくなるだろうが、俺自身が手を出す必要はないはずだ。

いや待てよ。何か思いついたことがあったな。電球の試作と蓄電池の改良案だ。明日にする……のはダメだ。明日になったらなったで、絶対にまた何かあるから、できるときにやっておかないと。

「喜べ、ドワーフの参加が決まったぞ。それから思いついたことがあるから、試しに作ってくれないか? ドワーフの手伝い? これから教本を読ませるから数日は無理だ。じゃあ言うぞ? 電球という電気を使った――」