作品タイトル不明
323話 帝都秋祭り、閉幕レセプション
勇者のテーマソングの演奏が始まった。待機していたホール脇の通路から、アンとイオンを先頭に、俺がそのすぐ後で両脇にティリカとリリア。その後ろにサティたちが続く。
ホールは祭りの初日にゴールドハウブズ伯爵とトラブルを起こした場所である。俺を含め皆、装いを凝らした礼服ではあるがそのまま戦場にも出れる装備で、それぞれの存在を誇示するようにゆっくりと歩いていく。
曲は有名なボクシング映画のテーマソングである。なかなか気分が上がるなー。そんなことを考えながら居並ぶ貴族たちの前へ出て、ようやく場違い感があることに気がついた。
衣装はエリーたちの監修で問題はない。しかしこれは帝王陛下が主催するレセプションである。しかもここは婚約発表の場で、プロレスの入場などではないのだ。うろ覚えの英語の歌詞も頑張ってこっちの言葉に訳していい感じになったのだが、冷静に考えて俺の入場曲を演奏してどうしようというのか?
その場の勢いで作って演奏することになったのだが、これは意味があるのだろうか? ノリのいい音楽に単純に喜んでいる出席者もいたが、大抵のものは困惑気味だ。
しかしやってしまったものはどうしようもなく、もうこういうものだと押し通すしかない。皆は俺みたいに違和感は感じていないようだし、少なくともインパクトは十分だった。
色々派手に動いてもはや正体を隠す意味はない。勇者と名乗り堂々と公衆の面前にも出ると決めたのだ。
帝王陛下やウィルたちの前で立ち止まり、デランダル楽隊の演奏が終わるのを待つ。一段高くなった場所で着飾ったウィルとフランチェスカとカマラ様が緊張した面持ちで俺達のほうを見つめている。紹介と婚約発表自体はもう終わっていて、次は俺たちからの祝いの言葉だ。
アンが軽く一礼して話始める。
「リシュラの聖女、アンジェラ・ヤマノスが神殿を代表し、ウィルフレッド・ガレイ、フランチェスカ・ストリンガー、カマラリート・ヒラギスの婚約を祝福致します。三人の前途に幸福な未来があらんことを」
アンがしっかりとした大きな声でそう結んだ。そうか。でかい声がいるな。ん、んー。ちゃんと声出るかな……
「ミスリル神国皇妹、神託の巫女たるイオニティース・ファイマウル・ミスリルが御三方の婚約を 寿(ことほ) ぎましょう。この新たなる婚姻がガレイ帝国、リシュラ王国、ヒラギス公国の三国にとって強き絆となりますよう」
二人が言葉を述べるとすっと後ろに下がったので、俺は一歩前に出て、ゆっくりと一呼吸してから話し始めた。
「ウィルフレッド王子の剣の師、冒険者の仲間としてマサル・ヤマノスが三人の婚約を祝おう。三人が力を合わせ、良き家庭を築くことを心より祈る」
言い終わると魔力を集中させていく。ホールが多少ざわめいた。誰だ? と疑問をあげる声が多い。あれがそうなのか、そういった声もちらほら聞こえる。
「主神イトゥウースラの使徒から、心よりの加護を与えん。ブレッシング!」
広範囲の 加護(ブレッシング) を発動させると、光がホールに満ち、すべての者に 加護(ブレッシング) がかかった。体力回復の効果があるから、何の不調がなくともふんわりと気持ちよくもなるのだ。
うむ。やはり無駄に派手な効果だな。だがこのエフェクトこそ誰もが知る勇者の光魔法。帝都での治療の時にも散々見せているし、話くらいは聞いた者は多いだろうが、実際に見た者は多くはなく、ホールに驚きの声が飛び交った。
役目は終わったと目立たない位置に引き下がろうとしたら、帝王陛下に手招きされ、ウィルたちの反対側に俺とアンとイオン、それからエリーが立たされた。そしてうん、と満足そうに頷いた帝王陛下が話始めた。
「ヒラギスで名をあげ、力をつけた孫が、相応しい相手を二人もみつけて帝国に戻ってきたことを喜ばしく思う。そして勇者殿とその仲間たちの祝福も我がことのように嬉しく思う。マサル殿とは今後も良き関係を築きたいものだ」
そう言って馴れ馴れしく肩に手をおくので大人しく頷いておく。ちとやりすぎたか? これではまるで俺のお披露目がメインのようだ。
「ウィルフレッド王子は大変に有能な剣士です。今しばらく俺の仲間として活躍してもらいますよ、陛下?」
「無論だとも。勇者の右腕として存分に使われるがよかろう」
「今後も頼りにしているぞ、ウィル」
「はっ、お任せください。我が剣にかけて、勇者の力になると誓いましょう!」
それを聞いて、今度こそ帝王陛下の後ろに半歩ほど引き下がった。茶番はもう十分だ。
「さて、めでたいついでにもう一つ報告がある。エリザベス・ヤマノス、こちらへ」
言われたエリーが帝王陛下の前に出て、片膝をついて恭しく頭を下げる。
「五年前、エリザベスの父であるブランザ伯は、魔境からの魔物の襲来により死亡。防衛に失敗し、帝国内を乱した責を取る形でブランザ家は領地の移封、そして伯爵から男爵へと降格された」
帝王陛下の言葉にホールがざわめく。貴族なら誰もが知る話で、それが何を今更という感じなのだろう。
「しかし再調査の結果、ブランザ伯に過失がないと認められ、ここにブランザ伯爵家の再興を宣言する。エリザベス・ヤマノス。今後はエリザベス・ヤマノス・ブランザと名乗り、ブランザ伯爵家を率いるがよい」
ずいぶんと事実を端折った報告であるが、ダークエルフが裏に居て、ウィルの兄まで巻き込まれたという話は極秘事項だ。色々と省略するしかない。
「謹んで拝命いたします、陛下。このエリザベス・ヤマノス・ブランザ。帝国の繁栄のために尽くすと誓いましょう」
「うむ。Sランクの冒険者であり大魔法使いたるエリザベスの貢献、期待しておるぞ。ついては先ほど公表されたゴールドハウブズ家のお取り潰しにより浮いた領地を、新たなるブランザ家の領地として与えることとする」
ありがたく拝領しますというエリーの言葉にホールが、俺の時と負けず劣らず騒がしくなった。それもそのはず、元ブランザ領だけでなく隣接するゴールドハウブズ領もともなると単純に倍。もはや侯爵級の領土となる。破格どころか、もはやありえないレベルの大盤振る舞いだ。
「そしてブランザ伯としての最初の仕事として、ライナス川流域の治水作業を、ブランザ家単独でやり遂げることを命じる。期間は今より一年間だ」
「このエリザベス・ヤマノス・ブランザ。身命を賭して陛下の勅命、必ずや果たして見せましょう」
「水源の豊富なライナス川流域の治水が完成すれば、帝国を潤す新たな食料庫となるであろう。期待しておるぞ」
これで少なくとも一年はブランザ家の周囲は多少は静かになるはずだ。帝王陛下直々の勅命を妨害しようと思う貴族はそうそうおるまい。
「続いての報告だ。リリアーネ殿」
帝王陛下の言葉にここまでフード姿で目立たないようにしていたリリアが、フードマントをルチアーナに渡してその美しい姿を露わにし、俺と立ち位置を交代して帝王陛下の隣へと立った。
「エルフの王女であるリリアーネ殿はヒラギスにてエルフを率い、勇者殿の仲間として多大なる戦果をあげ、此度は帝都に精霊の泉を設置、清浄なる水を提供してくれることになったのは皆もよく知っておろう」
隅々までとはまだいかないが、主要な水路はほぼ帝都中に行き渡ったらしい。もはや飲水を川に頼る必要はないし、深い井戸から組み上げるよりも簡単に清浄な水が手に入るようになった。
「まずはその貢献に感謝を」
帝王陛下の言葉に軽く頷き、リリアが話し始める。
「精霊の泉による清浄な水は今後、長きに亘って帝都の民の喉を潤すことになるじゃろう。これは我らエルフから帝国へのほんの些細な贈り物じゃ」
「エルフに馴染みがない、そういう者には貴族街にレストランと商店をエルフが開店することになった。特にレストランで出される料理を振る舞ってもらったがなかなかの物。一度食べてみることをおすすめする」
宣伝ありがとうございます。帝王陛下おすすめともなれば、明日の開店は大盛況となるだろう。
「開店は明日となる。数百年修行したエルフの料理人のレシピ、そして職人が作った工芸品は、帝国の貴族といえども唸らせること請け合いじゃ」
あれだな。茶番に見えるのはこの、いちいち声を張り上げる必要があるところだな。どうしても芝居っぽく見える。拡声器とかマイクを早めに作らないと。
「そして我らからもう一つ贈り物がある」
そう言ってリリアが言葉を切って周囲を見渡した。
「知っての通り、エルフは皆魔法使いじゃ。それに例外はない。もちろん稀にではあるが成人しても魔法を覚えぬエルフもおる。しかしこればかりはいくら努力を重ねても魔法使いになれるとは限らぬことは、よく知っておろう?」
いきなりの矛盾したリリアの物言いに困惑する者が多数。魔法使いの適正は一〇人に一人、一割程度だと言われている。残りの九割も便利な魔法を使えるものなら使いたいと一度くらいは練習をしてみるものだ。ちゃんとした教育が与えられる貴族ならもう少し割合はよくなるが、それでも魔法を使えない者が圧倒的に多いのには変わりはない。
「エルフには魔法に目覚めぬ者をも魔法使いする手法が存在する。実際にエルフのみならず、数十人の人間族、獣人に試して効果があったことを確認した。恐らくドワーフ族にも効果があるはずじゃ」
淡々と話すリリアの言葉の意味が染み渡るにつれ、ホールのざわめきは大きくなっていく。何人かの貴族が列を乱し、リリアの声をもっと聞こうとするのを警備の騎士たちが押し止められる。
静かに、そう言う帝王陛下の言葉でようやく貴族たちも落ち着いてきたところでリリアが再び話し始める。
「すでにその手法、エルフ式魔力開発法は帝国と神国の神殿に伝授した。今後は神殿を通じ、帝国、神国のみならず、人族すべてにその手法を広める予定じゃ」
窓口は神殿だ。後ほど神殿から公式発表があるとリリアが告げて、続けて話す。
「かつて我らは窮地の折、今は我が夫である使徒マサルに救われた。これはそのマサルからの強い要請があっての公開であり、見返りは一切求めぬ。これによりあらゆる者が魔法を使える可能性を持った」
そこで振り向いたリリアの呼び出しに応じ、俺たちの後方にいたサティ、ミリアム、シラーちゃんが前へと進み出る。三人がその手を掲げ、【ライト】と唱えると、煌々とした光球が三つ、頭上に現れた。
もちろんこれは俺からの加護によるもので魔力開発法で覚えたものとは違うのだが、実演があったほうが派手だろうとレセプション前に思いついたのだ。魔法を失ったはずの獣人三人が実際に魔法を使ってみせる。その効果は絶大だった。
「世界が変わるぞ」
誰かがそう呟いた。
そうだ、世界は変わる。だがこんなのはまだ序の口なのだ。
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【???】
またオークの有力氏族から生贄が、ダークエルフの長であるアデラルードの下に送られてきた。
「一〇〇人もか……」
面倒なことだとアデラルードはため息をついた。オークの魔法使いも役に立たないこともないのだが、一〇〇人の年端もいかぬオークを潰したところで生まれる魔法使いは一〇人に満たない上に、そこから一人か二人、まともな魔法使いが生まれれば良いほうである。
元々オークに魔法使いの適正はないのだ。はっきりいって、この一〇〇人をどこぞの人族の砦に突っ込ませるほうがいくらかマシであるし、自分の苦労もなくなるというものだとアデラルードは思った。
「先代も面倒なものを持ち込んでくれたものだ」
「しかしこれもオークとの約定の一つです、アデラルード様」
若い部下の言葉に舌打ちしそうになるのをアデラルードはぐっと飲み込む。約定など先代が死んだ時に破棄してしまえば良かったのだが、その頃すでにオークの勢力は魔族中随一となって機嫌を損ねるのは悪手だったし、かつてはもっと魔力開発のできるダークエルフが存在したのだ。
しかし古き技を使えるダークエルフは一人減り二人減り、気がつけばアデラルード以外には、残り二人となってしまった。しかもその二人は有能で重要な仕事を任せてある。呼び戻して仕事を中断させるくらいなら、アデラルード一人でやったほうが早かった。
「そうだ。お前も手伝え」
「ええ? でも難しくて使える人は少ないって」
「だから練習するんだろう。なに、失敗したところで神への捧げ物が増えるだけだ。いいか? コツは強すぎず、弱すぎず。思い切って魔力を打ち込んでやるのだ」
魔法使いが増えたところで世界は何も変わらない。アデラルードはそう思いながら部下をしっかりと捕まえ、面倒な仕事へと向かっていった。