作品タイトル不明
298話 帝都大劇場にて、その万雷の拍手を
吟遊詩人チャド氏にはまた五曲、思い出しつつ詩もこちらの言語に変換して伝え終わると物凄く感謝して帰っていった。さっそく持ち帰ってメンバーと練習して、祭り期間中に披露できるようにするそうだ。
「今日のイベントは大人しかったわね」
「イベント言うな」
俺のせいでエリーも色々変な言葉を覚えてしまったが、まあ確かに今日のイベントは確かに平和で良かった。
このあとはどうするか。そろそろウィルたちを迎えに行こうかな? 歌や演劇に退屈していたのもあるが、時間はすでに夕飯時である。
「今の曲のこととか聞きたいことがある。少し話さないか?」
そうデランダルさんが言ってきたので、いいですよと頷く。俺の新曲伝授を見物していたエリーたちは、劇場で続きを見たいというので戻っていった。
メロディ、日本語の歌詞、翻訳。それを五曲分となると時間もかかり大変だったのであるが、手伝ってくれたのがデランダルさんである。
吟遊詩人志望で完全記憶能力を持つ。一度俺が歌えば、メロディは完璧に再現する。歌詞の翻訳に悩んだ時もいくつも提案を出してくれる。楽器も使えるし、歌も歌える。とてもいい声だった。それでもへぼ詩人と師匠に言われているのは、作る曲作る曲が平凡か、どこかで聞いた曲ばかりだからなのだという。
チャド氏みたいに曲を提供してもらい演奏するのも、別に悪いことでもないと思うんだけどな。
「名を残すのはやはり詩の、曲の作り手なんだよ」
それで単なる歌い手ではなく、曲を作るのは辞められなかったのだといつか話してくれたことがある。
「しかしマサル君の曲は素晴らしいね」
「寄りすぐった名作ばかりですからね。あと俺のじゃありませんよ」
「マサル君の故郷の曲か。もっとあるんだよね? 聴いてみたいな」
「じゃあサティ」
「はい。歌ってみますね」
俺が鼻歌とか歌っていると聴きたがるので、教えたりすることがある。サティは声もかわいいから良さげな曲をみつくろったりもして、もう二〇曲くらいは教えているんじゃなかろうか。
サティが三曲ほど披露したところで、素晴らしいと拍手が入る。
「劇場で歌えば大人気間違いなしだよ。しかしずいぶんと趣が違うね?」
「今のは女の子が歌うことを想定した曲なんですよ。男女で声が違いますからね」
「男性用の曲はどんなのがある?」
「次は俺が歌ってみましょう」
そうして有名なロックを二曲ほど続けて歌う。
「こ、これは……チャド氏に伝えた曲もサティが歌ったのも素晴らしかったが……」
「いいでしょう? でも楽器が入ればこんなもんじゃないですよ?」
ロックをアカペラじゃ、その良さは一〇分の一も伝わらない。
「ほ、他には? 一体どのくらい知っている曲があるんだい?」
どのくらいだろう。一番だけでも覚えているとか、メロディなら完全に再現できそうなのは、一〇〇かせいぜい二〇〇曲くらいか? だがあやふやなのを入れれば一〇〇〇曲とか行くかもしれない。
「しっかり覚えているのは一〇〇くらいで、不完全でよければ一〇〇〇とかいくんじゃないですかね」
「マサル君は音楽家だったのか?」
「違いますよ。俺の元居た世界には音楽が溢れてたんです」
「溢れている?」
「今だとこうやって目の前で演奏するしか音楽を聴く方法はないでしょうけど、たとえば人物を絵で残しておくように、音楽も記録していつでも聴けるとしたらどうです?」
「そんなことが可能なのか?」
「リュートや声と同じ音を出せる機械を作ればいいんです。素晴らしい音楽は全部記録して、お昼ごはんを食べるくらいの値段で気軽に手に入れられるようになったのを想像してみてください。誰にでも、どこででも最高の音楽を聴くことができるんです。そうするとそれを聴いて音楽家を目指す者も多くなるし、上手い人の演奏や歌を常日頃から聴いていれば、そのレベルは当然上がっていく」
「なんて素晴らしい。君の故郷に行く方法はないのか?」
「俺は神様に連れて来られたんですよ。故郷がどこにあるのかすらわかりませんし、戻るのも神様にでも頼らないと無理ですね」
デランダルさんも千年計画に誘ってみるか。世界や惑星の概念を理解できれば、あるいはなんらかの方法もあるかもしれない。魔法でどこまでできるか、今はまったくわかっていないのだ。
そうでなくともレコーダーには興味を持ったようだし。
「俺が今進めている千年計画っていうのがあるんですけどね――」
そう言ってデランダルさんに概要を説明する。
「何かやっているのは知っていたけど、そんなことを……」
「デランダルさんも参加してみませんか? 録音する機械のアイデアもありますよ」
「それはどのくらいで作れると思う?」
「簡単なのものなら一年もあればできるとは思いますが……」
「簡単なら?」
「結局のところ楽器を作るのと同じなんですよ。そこそこの音が出る楽器なら作るのは難しくない。でも腕のいい職人が何年も何代にも渡って研鑽しないと、本当にいい音の出る楽器は作れない」
それはその通りだねとデランダルさんは頷く。
「問題はそれを研究する人がいないってことなんですよ。担当してくれる人材が今のところいません。俺はもちろん無理ですよ。使徒としての仕事がありますし、千年計画全体の監督者なんです」
いまだ伝えてない知識が多いのだ。個別の研究に関わる時間はない。
「それで僕に手伝ってほしいと。手伝ったらマサル君の知っている歌を教えてくれるかい?」
「たまに教えるくらいならいいんですけど、ブランザ領のこともあるでしょう?」
「ではブランザ領の運営を手伝おう」
「千年計画じゃなくて?」
「聞いた感じ千年計画はしばらく終わらないだろうし、もの造りはあまり得意じゃないんだ。ブランザ領は僕がなんとかするから、それで浮いた時間の分、マサル君の知っている歌を教えて欲しい」
領地の運営はやったことがあるらしい。
「僕が八歳を過ぎた頃かな。うちの領地の運営があまり上手くいっていないのに気がついてね。気になって調べてみたら、意味のわからない変なことをたくさんやっていたから口を出したんだ。それが上手くいってね。じゃあもっとやらせてみようってなったんだ。僕は当時から神童って言われていたからね」
やったのは他の上手くいっている領地のことを調べて真似をし、非効率だった部分を改善していっただけなのだという。
「でも言うほど簡単じゃなかったよ。非効率に見えた部分もよくよく調べてみれば必要だったり、いくら効率的でもやるのは人間なんだ。できる範囲を考えないとすぐに破綻する」
改革への反発もあったから、強い説得力や穏便に受け入れられる方法も考えなければならない。失敗もしつつ何年もかけてたどり着いたのは、なるべく単純な運営システムの構築だ。
「八歳九歳だったからね。さすがに直接は手を出せなかったから、すべて誰かにやらせる必要があったんだ」
誰にでも理解できるように書いた統治のためのマニュアルを作った。口頭ではダメだ。紙に書いて、領主の裏書きがあってこそ効力を発揮する。
実行されるか自分での確認も難しいから、信用できるものへの委任と自分が手を出さなくても平気になるような報告とチェックシステムの構築。
そうして統治機構の改善が進んだあたりで、領内の交通網の改善や軍の強化などにも手を付けていった。
スムーズになった交通網と動きの良くなった軍での安全確保で、商業に関しては勝手に活発になっていった。
「それでしばらくやって領地の収入が安定したから手を引いたんだけど、もっと手伝え。儲けを出せってうるさかったから剣術の修行をするってビエルスに逃げてきたんだ」
剣術や魔法で戦う術は貴族の習い、嗜みだ。口実は立つし、改革に反対する親族に殺されそうにもなったらしい。自分の身を守るすべは必要だし、しばらく領地から距離を置くのもいいかもしれないと、デランダルさんを手放したくなかった親以外からは賛成された。
「特別なことは何もしてないんだよ? 無駄を省いて効率的に動くようにしただけなんだ。だからあれ以上に儲ける方法を考えるのは面倒だったし、手柄は親が総取りして僕はタダ働きだったし」
それで家が裕福になって放蕩するくらいならまだいい。だがあくまで子どもの意見を聞いただけでやったのは自分たちだと、功績と名誉を横取りされたのには腹が立った。
なるほどなあ。それじゃあ戻るのは嫌だろうな。色々と口実をつけてビエルスに残っていたのは、単に仕事嫌いってわけじゃなかったのか。俺が頼んだ時も自分ならできるとわかっていても、これじゃ気が進まないだろう。
そうして出奔したビエルスへの旅で運命の出会いを果たす。旅の吟遊詩人だ。
夜、焚き火の前での演奏は幻想的で感動的なものだったのだという。すぐに楽器を教えてもらった。ビエルスについてからも剣術と並行して音楽を学んでどちらもメキメキと腕を上げた。
「しかし僕には独創性というものがなかったらしい。詩も剣も、人の真似事以上のことは難しかった」
あれは頭が良すぎるのだと師匠は言っていた。剣でも効率のいい方法がすでにあって、すぐにそれを思い出せるとしたら、自分で新しく考える必要がどこにあるのか? 剣聖の完成した剣術に新たに付け加えることは並大抵のことではないし、人を感動させるほどの詩を作れるのも真の天才だけだ。
「これほど心が動いたのはその時以来だ。ブランザ領は僕が完璧な領地にしてあげよう。だからマサル君は、君の知る千曲を僕に伝えてほしい」
千曲かあ。どのくらいかかるかな? でもデランダルさんなら一度聴けば覚えてくれるか。
「いいでしょう」
千年計画も見に行くという。
「録音機も作らなきゃダメだろう? もちろん自分ではやらないよ。適当な人材をこっちで見つけてくる」
自分では働かない。人を動かすのが得意。ブランザ領も当然そうする。使える人材を見つけてやらせる。なにせ記憶力がすごくいいのだ。人のことを覚えるのも得意だ。
「クライアンス王子にも引き合わせてほしい。まずは城の官僚団を借りよう」
「ちょっと待って。サティ、エリーを呼んできてくれ」
どうやら今日のイベントには第二幕があったようだ。そうしてエリーを交えてブランザ領の復興の相談をした。
デランダルさんは二年契約で働く。それで上手くいかなかったら延長する。たぶん一年あれば十分だ。前にもやったことだ。ただ領地は広いし、ゴールドハウブズ領の引き継ぎは難しくなるだろうから余裕をみておく。
身分は代官。エリーの現地での全権代理人だ。さっさと仕事を終わらせて手を引きたがっているし、権限は与えられるだけ与えたほうが素早く仕事は進むだろう。
「じゃあさっそく曲を教えてもらおうか!」
デランダルさんはロックがことのほか気に入ったらしい。じゃあ楽器も必要と、ドラムにギターにベースのことを説明した。ギターやベースはリュートという楽器で代用できそうだ。リュートは一〇弦ほどあるアコースティックなギターで汎用性が高い。ドラムは打楽器を集めてそれっぽい感じにセットした。
軽音が流行った時期があって、俺も練習をしてみたことがあったので多少の知識があったのだ。コードを抑えたりドラムを軽く叩く程度で、実際に演奏するほどにはならずに辞めてしまったのだが。
リュートはデランダルさんが担当して、ドラムをサティにやらせてみたら器用にリズムを刻む。俺は楽器は無理なのでプロデューサーである。あれこれ口出しして、リュート一本とドラムもどきだけで、俺の知るロックを再現しなければならない。
「もっと演奏は早く。サティもそこはズダダダダダダンって感じで叩こうか」
デランダルさんの演奏と歌は完璧だし、サティも慣れてくればミスもなくドラムを叩き切る。
「だいぶ近くなりました」
しばらく練習した後、一度通しでやってみてそう感想を言う。
「これでもまだダメなのか!?」
「演奏も歌も素晴らしい出来でしたよ。でもオリジナルはもっとすごいんです」
リュート一本でやってるのもだが、エレキじゃないのが痛い。リュートの音や声が負けてドラムの音が強くなりすぎてる。だがまあそれはそれで、こういう音楽なのだと思えば一つの形にはなっている。
「音の増幅装置か……」
「それがないとこれ以上はどうにも」
「しかし今でも素晴らしい音楽だ。サティ、僕と 楽隊(バンド) を組まないか!?」
サティが俺の方を見るのでやってみたいか聞いてみたが、俺に任せるという。
「メンバーは自分で探してください」
サティがやるもの面白そうだが、しっかりとしたバンドを組みたいならちゃんとフルタイムでできるメンバーを見つけたほうがいい。
「じゃあ今日だけは付き合ってくれないか?」
「それは別に構いませんが……」
ちょっと待ってくれとデランダルさんがスタジオを出ていき、すぐに劇場の支配人を連れて戻ってきた。
「彼がマサル・ヤマノス。チャド・ロッソが演奏する曲の提供者だよ」
ほうと、支配人が少々驚いた様子を見せる。
「今から一曲演奏するから聞いてほしい。それがもし良ければ、劇場で今日、この後披露したい」
「それは……」
劇場の演目はもう終盤。良くわからない新人に割り込む余地はない。評判になっているチャド・ロッソでさえ、早い時間にしか出演できなかったのだ。
「一曲だけですよ? それで私がダメと判断したら諦めてください」
もちろんだとデランダルさんが上機嫌に頷く。認められると確信があるのだろう。
「僕はこの音楽を広めたい。マサル君の故郷の音楽をたくさんの人に聞いてほしいんだ」
「それはすばらしい考えです、デランダルさん」
サティもそう言って頷き、そうして二人の演奏が始まった。とたんに劇場支配人が驚きで口をぽかんと開ける。ドラムの激しいリズムとそれに合わせたリュートの演奏。デランダルさんの歌も素晴らしかった。やはり剣術で体力があるからだろう。声に力強さがある。
「き、今日でなければダメなんですか? 明日以降にちゃんと時間を取れば……」
終わった後に支配人が言う。
「彼女が今日しかダメでね。新しい楽隊を組むことも考えてはいるんだけど、そうなるとちゃんと演奏できるのには時間がかかるだろうね」
そうなると祭り期間中にはまず間に合わない。
「わかりました。一番最後に出演をお願いしましょう」
おお、本日の大トリだ。責任重大だな。だがまあ支配人の反応を見るに、みんな驚くことだろう。
「じゃあもう少し練習しておこうか」
サティのドラムがまだまだ荒削りすぎるので、演奏を聴きながら練習、調整を加えていく。広い場所だと聞こえる感じは違うだろうが、それはやってみないとわからんな。そしてやっぱりドラムの主張が激しいのが気になるが、原曲に近いとそうなってしまう。でも静かなドラムなんてロックじゃないしな。このままでいこう。
ひとしきりの練習を終えて休んでいると、やっと出番だと呼び出された。舞台袖から演劇のクライマックスを見物し、その終わりを見届ける。観客たちはそれで今日は終了だと帰り支度を始めるが、そこに最後に一曲演奏があるとのアナウンスが入る。
曲名と演者のデランダル・カプランの名前。サティの名前は出さないことにした。一時メンバーだしな。
突然のことに観客はざわめいていたが、それでもドラムがセットされ、二人が出ていくと静かになった。
デランダルさんが頷くと前置きも何もなく、サティのドラムが激しく叩かれる。そこにリュートが加わり、歌が始まる。突然のロックに観客たちは身じろぎもせずにそれに聴き入っている。
そうしてほんの二、三分。たった一曲の、この世界での初のロックの演奏は短い終わりを告げた。
誰かが始めた拍手が、観客総立ちの万雷の拍手へと変わる。立ち上がって観客に一礼したサティが、盛大な拍手と喝采を背に、舞台袖の俺のほうへと戻ってきた。
「よくやった。楽しかったか?」
サティは笑顔がいっぱいで興奮気味のようだ。
「はい。こんなに拍手をされたのは初めてです」
「そんなに楽しかったなら続けてもいいんだぞ?」
時々バンド活動するくらいならサティの好きにしていいと思うのだが、俺の言葉にサティが首を振る。
「わたしには剣がありますし、マサル様の側にいることが一番大事です」
「でも演奏は楽しかったんだろう? 聞き給え、この拍手を」
そうデランダルさんも言う。今も拍手は鳴り止まない。それをあっさり捨てるのか? 本番のサティのドラムには霊が宿っていた。デランダルさんもそう感じたのだろう。
「演奏は楽しかったですけど、全部マサル様が居なければなかったことなんです。マサル様が一緒にやってくれるなら何でもやれますが、そうでなければきっとこんなに楽しくはなかったと思います」
迷いのないサティの言葉にデランダルさんも諦めたようだ。
「今日は新しい歌がいっぱい聴けて楽しかったです」
「そうだなあ」
ロックの再現は中々楽しかったし、俺もギターを練習し直してみようかな。それでいつかサティとバンドを組むのも楽しそうだ。
いつか。それがいつになるか、まったくわからないが。