軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

297話 帝都大劇場にて

お義兄さんは俺の話に相当ショックを受けたようだ。そのままじゃあさよならというわけにもいかないので、酒を飲み交わしながら色々と話をした。

もうちょっと詳しい話と、それから俺自身のことだ。

まあわかるよ? 世界が終わる。人族が滅亡するって預言だものな。でも俺は最初からそれに付き合ってきたのだ。それもたった一人でずっと思い悩んできた。

俺は元はただの平民。それも無職だった。お義兄さんは伯爵家の跡取りとして生まれ、貴族としての教育を受けて責任のある立場になるべく育てられ、いまは男爵家の当主として多くを差配する地位にいるのだ。

領民を守り導く立場でそんな調子でどうするんだ。新しいブランザ領の運営を手伝うと言ったのだ。さっさと立ち直って俺たちの事業を支えてほしい。

「いまほんっとにもう大変なんですよ? 千年計画やら魔物の対処やら、俺自身の剣の修行もしなきゃだし、家や領地は任せっきりだし嫁の相手はろくにできないし、帝王とか皇帝とか好き放題言ってくるし。俺はね、神様に加護なんて貰わなければ、本当に普通の、どこにでもいる平民だったんですよ? 知ってます? 加護をもらったんですよ。剣と魔法を使えるようにしてもらったんです。俺、戦うどころか剣を持つのも初めてでしたからね。でも神様に加護をもらったし、それで楽勝だって思うじゃないですか?」

野ウサギと相打ちになり助けられる。オークは怖い。ドラゴン? あんなのと戦うなんて頭がおかしいだろ。

町へのハーピーの襲撃とかゴルバス砦とか、冒険者になって一月とか二月でやることじゃないだろ!?

「俺だってね、ヤマノス村に引き籠もって村と家族のことだけ考えて生きていたいですよ。でも俺がやらないとみんな死んじゃうんですよ。みんなですよ? なにもかも消えてなくるんです。そんなのがんばるしかないじゃないですか……」

そんな感じで酔った勢いでずいぶん長々と愚痴っていたように思う。エリーはナーニアさんにも知らせに行くと言っていつの間にか居なくなっていた。

「悪い酒になっておるぞ? ほれ、解毒魔法をかけるぞ。明日もあるのだ。帰るぞ」

気がつくと師匠に強制的にアルコールを抜かれていた俺は、お義兄さんに謝って帰って寝ることにした。

「酒で酔った発言はなかったことにするとか、こっちでは言わないんですかね?」

いわゆる無礼講だが、この世界には該当する言葉はないようだ。

「聞いたことはないな」

そう師匠が答える。なかったことにはならないようだ。まあお義兄さんとあとはティリカやサティとミリアムくらいしか居なかったし、お義兄さんも漏らすようなことはしないだろう。忘れよう。

翌朝は家族会議をして昨日の顛末とブランザ領のことを話した。帝都に残っていたリリアからゴールドハウブズの追加情報もあった。

ダークエルフのグリンダはゴールドハウブズ家の家中ではかなり好意的に受け入れられていて、まさかあの人が? みたいな話が多数出てきたそうだ。表向きの仕事、領内の運営管理を相当量担当していたようで、しかしその仕事ぶりはとても真面目だったようだ。

裏の仕事を知っていたのはゴールドハウブズと腹心くらいで、ゴールドハウブズ自身もグリンダから結果のみを簡潔に知らされ、どこで何をしていたのか、その解明には時間がかかりそうだ。

「グリンダが相当の信頼を勝ち得ていた反面、ゴールドハウブズはグリンダには信用されておらんかったようじゃな」

それからゴールドハウブズは実は次男で跡取りではなかったのだが、兄が魔物に殺されてしまって、後を継ぐことになったそうだ。あー、これは確実にやっちゃってますね……

「とまあわかっているのはこんなところじゃな」

帝都の水源を汚したことに帝王陛下は大変お怒りである。帝王陛下自身が直接川の水を飲むようなことはなくとも、帝都の臣民はもちろん、臣下が利用し健康被害を受けていたのだ。調査はまだ途中だが、ゴールドハウブズだけではなく、他にも何家か取り潰されることになりそうだ。

朝食と家族会議が終わるとエリーはブランザ領に関しての協議、リリアはダークエルフへの対応と王家の森の整備ため、帝都へ。

王家の森の建物建設も立地は決まったものの整地がまだということで、俺は千年計画もお休みにして、午前中はウィルの修行である。

俺たちの修行も兼ねているから、俺も楽はできない。珍しくデランダルさんが居て今はミリアムの相手をしてもらっている。

「デランダルさん、最近見てなかったけど何してるんだ?」

ウィルとの立ち会いが終わったところで休憩がてらそう尋ねた。デランダルさんは剣聖の高弟の一人で、帝国貴族カプラン伯爵家の一員である。ビエルスで最初に俺たちの修行を見てくれた人だ。俺は一度だけ勝てたことはあるが、それっきりだ。まあ本気の立ち会いは嫌がって、めったに付き合ってはくれないのだが。それでもサティがたまに勝っているのは相性だろうか。

記憶力がいいらしく、一度見たものは忘れない。それで一度でも手の内を見せると、それはもう通用しなくなるし苦手も容赦なくついてくる。師匠を筆頭にビエルスのありとあらゆる剣技、そのパターンを記憶しているのだ。剣技、技術に関しては高弟の中でも一番と言っていいだろう。指導役にも最適な人物だが、本人はやる気がなくて師匠が命じないとあまり働こうとしない。

「帝城で空き時間に剣を見てもらってるんすよ。臨時の剣術指南役みたいな感じっすね」

貴族だもんな。適職か?

「頭もいいんだろ?」

「神童って言われてたらしいっすよ」

完全記憶能力持ちだ。そりゃそうなるだろう。暇ならブランザ領の統治、手伝ってくれんかなあ。交渉してみるか。

「デランダルさん。次、俺の相手をお願いします」

俺の申し出に嫌そうな顔をするが、しぶしぶ相手をしてくれる。俺やサティの本気を相手にするのだ。楽な要素はどこにもない。

技術では完全に負ける。スピードとパワーで押し込むのが正解なのだが、それもサティによれば考えて動いていては読まれてしまってダメなそうである。本能と反射に任せて追い詰めて、やっと一本取れるかどうか。

せめて体格差がもう少し小さいならと思うが、サティなんかは逆に小ささを活かして戦っているのだ。俺には強力な加護もあるし、無い物ねだりというものだろう。

それでがんばってみたが、やっぱり勝てない。魔法はなしだが、奥義も使ってかなり本気だったし、俺も強くなっているはずなのだが。

俺やサティに負ける時はあっさりと負けを認めて終わっているから、まだ本気ですらない可能性もあるな。剣術は奥が深い。

「ありがとうございました。それでデランダルさんに折り入ってご相談があるんですけど」

二人してぜーはーしながらそう切り出す。

「折り入って?」

やっぱり嫌そうな顔であるが、まあ言うだけならタダだ。

「お仕事の依頼なんですが」

「聞くだけなら」

公式発表はまだの内密な話だと前置きをして、新ブランザ領の運営を手伝わないかという話をする。

「伯爵領が二つ分。しかも領主が総入れ替え。大変そうだ、がんばってね」

やっぱりまったく検討すらしてくれる様子もない。

「報酬はたっぷり払いますよ」

「お金には困ってないよ」

「俺に恩が売れます」

「今でも恩は売ってるよね?」

そうですね、お世話になってますと頷く。やっぱり無理かあ。

「残念です。気が変わったらいつでも言ってください。あと良さげな人材がいれば紹介してください」

「僕も実家から離れて長いからねえ」

そっちもダメか。

「じゃあ剣の話ですが、何か相手の意表を付けるような技ってないですかね?」

「そうだな。こういうのはどうかな?」

剣術は決して嫌いじゃないようなんだが、本当は吟遊詩人になりたいそうだ。優秀なので実家からも戻って働けと言われ続けているのだが、普通に働くのも嫌らしい。

いまの職場は快適なようだ。ウィルの剣の相手は時々でいいし、職場は帝都のど真ん中。娯楽には事欠かない。

まあやる気のない者は働かせられん。そもそも俺が勇者っぽいって時点で、触らぬ神に祟りなしと距離を取っていたほどなのだ。師匠の弟子という繋がりがなければ今頃俺たちの前から姿を消していたことだろう。

とりあえずは俺たちと本気でやりあえる相手は貴重だし、こうして剣の相手をしてもらえるだけでも十分だ。

「使いどころは難しいし成功率も低いんだけど、魔法を絡めればそこそこ使えるかもしれない」

そうして一風変わったフェイント技を見せてもらう。なるほど、そのままだと変な動きにすぎないけど、このフェイントに魔法の目眩ましを加えれば――

リリアが呼びに来たので修行を中断して、帝都へと向かう。ウィルの修行はそのまま続行だ。

王家の森で伐採を終えた場所にリリアから要望を聞いて、三つほど建物、でかい箱を作った。

それで本日の仕事は終わりである。ブランザ領の件はエリーが動いているし、そもそもまだゴールドハウブズや配下たちを取調べ中で、実際に乗り込んで領地をどうこうするのは公式発表の後となる。尋問の途中経過や精霊の泉からの水路作りの詳細は俺が聞いても仕方がない。

他の仕事もあるにはあるが、千年計画以外は緊急のものはもうないはずだ。エルド将軍のパーティは明日と、本日は完全にオフである。どうせブランザ領の運営が始まれば、また休む暇とかはなくなるのだ。

ビーストの町に戻り、午前中はそのままウィルの修行に付き合い、お昼にまた集まって話をした。ブランザ領は領地の受け取りはまだ先になるが、ゴールドハウブズ領の資料をエリーが貰ってきたので、これからじっくりと統治計画を練ることになる。爵位はエリーが継ぐことになりそうだ。そうしてビースト領のように、俺とエリーの子供ができたら跡を継がせることになる。

そこまではいいのだが、問題は実際の統治である。ブランザ領はエリーの父時代に働いていた人たちに戻ってきてもらえばなんとかなるはずだが、ゴールドハウブズ領はゴールドハウブズ家と関連する家の者はすべて排除される予定だ。

エリーがやってしまえばもちろん一番いいのだが、そうなると統治で手一杯で冒険者との二足のわらじが難しくなる。やはり現地である程度代行できる人材がどうしても必要だ。

オルバさんとナーニアさんを呼び寄せる案もでたが伯爵領の丸投げはさすがに難しいし、今度はヤマノス村を誰が見るのだという話になる。俺の領地は信用できる人物に任せたい。

エルフに頼めばかなり人材を回してもらえるだろうが、今でさえ大変なエルフにこれ以上負担はかけたくない。どうしようもなくなったら頼むかもしれないが、領地の経営はずっと続くのだ。助力があったとしても一時的なものとして考えなければならない。

ウィル兄のクライアンスも手伝ってはくれる手筈だが、今やっている仕事から完全に引き抜いて代官として領地経営をさせるわけにもいかないし、まだそこまで信用しきれない。

俺が千年計画のために活用したいとか教育制度の実験をしたいとか考えたのも問題なのだ。それで領地は発展するだろうが、新規の事業のためには普通に統治する以上の手間が確実にかかる。

それでデランダルさんに声をかけてみたんだが、そう上手く事が運ぶものでもない。結局しばらくはエリーが領地経営をしながら、人材を育てるか探すかする必要がありそうだ。

「午後は帝都の劇場へ行ってみましょうよ!」

話が終わったところでそうエリーからお誘いがあった。エリーも午後はお休みにするらしい。そういえば王家用の席があるからウィルに言えばいつでも見に行けると、先日言ってたな。

「いいけど……大丈夫か? もう何事もないよな?」

俺たちが動くたびに何か起こるのだ。特に帝都はトラブルが多い気がする。俺としては家や近場でも嫁たちがいればいくらでも余暇は過ごせるのだ。

「さすがに出し物を見に行くだけじゃ何も起こらないでしょ。それにそんなことを言い出したらどこにも行けなくなっちゃうわ」

魔物が出てくるようなことならまだいいのだ。でも昨日みたいな貴族絡みだとどうしていいかわからんからな。

「んー、じゃあ行ってみるか」

こっちの歌や演劇に興味がないわけではないのだ。

昨日の経験から目立たない格好をしていれば俺はまったく目立たないし、秘策もある。変装すればいいのだ。俺はどこにでも居そうな一般フェイスをしているから、ここに変装を加えればほぼ俺だとわからないようになる。以前獣人に似せた格好なんかはかなり真に迫っていたようだし。けど今日のところは目立たない格好をするだけでいいだろうか。

ウィルとミリアム、シラーちゃんは午後から久しぶりにビエルスへ行って修行をするそうなので、まずは送っていく。リリアたちエルフ組は午後もお仕事だ。

俺たちはその後に帝城に寄って、劇場の王家席の使用許可を貰ってから、劇場へと馬車で送ってもらうことになった。俺にエリーにアンにティリカ、サティにイオンに師匠。それにいつものエルフの護衛たちである。劇場はパーティのように着飾る必要もないようで、ほぼいつもの普段着である。

「帝都の劇場では最高峰の芸術を体験できる。期待していいよ」

帝城から出して貰った馬車に揺られながら、何故かいるデランダルさんが上機嫌にそう解説してくれる。

「特にこの時期は世界中から選りすぐった吟遊詩人や劇団が集められるんだ。毎日だって行きたいものだよ」

ウィルに言って席を確保してもらえばいいのにと思うが、さすがに王家席を要求するほど図太くはないらしいし、チケットは人気で普通だと中々取れないそうである。

俺が席を確保したら恩に着るかな? その程度じゃ働かせるのは無理か。まあ完全記憶能力があって優秀って言われてるだけであって、実務がどの程度できるか未知数だしな。

「いつでも行けるように席を手配してみましょうか?」

その程度の世話にはなっている。

「いいのか? いやでも……」

「王家用の席が気を使ってダメなら、他の席を頼んでもいいですし」

確かに伯爵家の者程度が、毎日王家用の席に入り浸るのは問題があるかもしれない。ウィルの剣術指南役だといってもウィル自体、たくさんいる王族の一人に過ぎないのだ。

別の席となると取れるかどうかは不明だが頼んでみると話す。

「いやー、持つべき者はコネのある弟弟子だね!」

「ウィルの修行はちゃんとやってくださいよ?」

「劇場は昼からだからね。今日のように午前中を修行に当てれば何の問題もない。ああ、できれば最前列かその近くで頼むよ!」

意外と図々しい。

帝都で一番だという劇場はごつい石造りの建物で、内部は意外と大きくない。俺が日本で知っているコンサートホールに比べると少々小ぶりに見える。

収容人数は一五〇〇人ほどらしい。スピーカーがあるわけでもないから、あまり大きくもできないのか。それで帝都でも一番の劇場だからチケットの争奪戦となると。

王家用の席は三階の中央部にかなり広く確保されていた。ホール自体が小さいから舞台もよく見える。ゆったりとしたテーブル席になっていて飲食物も頼めば何でも持ってきてくれるそうだ。

城からの案内人に陛下の大切な客人だから丁重にと、劇場の支配人に引き合わされたので、最前列に祭り期間中一席ほしいと頼んでみると、今日は空きがでなければ厳しいが、明日以降なら取れるというのでお願いしておいた。ちゃんと最前列、それも毎日である。

「演劇なんかは同じ劇団が何回かやるんだけど、吟遊詩人は一回切りしか出ない人も多いんだよ」

やはり毎日見に来るつもりのようだ。祭り期間中に複数回出るのはよっぽどの売れっ子だけだそうである。映像記録もレコードとかもないから、直接ライブで聞くしか手段がなく、一度逃すと二度と聞けないなんてこともあるというから、チケットが人気になるのも頷ける。

レコードって作るのどうだったかな。蝋とかで録音して針で再生する感じだったけど……今度試してみるか。

俺たちが到着したのはちょうどいい時間で、さほど待たずに開演して出し物が始まった。

内容は歌に踊りに演劇と取りとめがない。演劇はそれなりの時間が取られているが、歌や踊りは一曲二曲であっさりと交代する。演芸大会みたいだな。

要はまだ前座の段階で、しっかりと時間を取った演劇の大作や売れっ子芸人は夜の部に出てくるそうだ。

しかしどれもまあまあかなという感想である。現代の音楽やクラシックの本格的なオーケストラを知っていると、どうしても物足りなく感じるのだ。

それで二時間ほども見物していると飽きてきた。

エリーは普通に楽しんでいるし、アンとイオンは物珍しいしそうに真剣に見ている。ティリカは軽食をお腹に詰め込んで満足したのか今にも寝そう。サティは演劇は気に入ったようだ。歌は俺が教えてやった歌の方がずっといいし、踊りは全然駄目だという。動きがなってないらしい。

これならウィルの修行に付き合ってたほうが楽しかったか? でもサティたちは楽しそうだし俺だけ帰るものなあ。昼寝するにはさすがにうるさくて無理があるし。

「マサル様、あの人」

そうサティから注意を引かれる。次に出てきた吟遊詩人がなんだか知っている顔である。

「シオリイの町に居た吟遊詩人だな」

俺が日本の歌を何曲か教えて、その縁で結婚式で演奏とかもしてもらったのだ。そして始まるロボット物のアニメソング。バックバンドみたいなのが何人もついて、かなり本格的な演奏になっている。

「懐かしいな」

色々な意味で懐かしい。なんでまた帝都にいるんだと思ったが、一曲終わるごとに今まで以上に大きな拍手が沸き起こる。人気になって王国から帝都まで来ちゃったのか。

「し、知り合いなのかい?」

俺たちの話にデランダルさんが食いついてきた。

「ええ、まあ」

「チャド・ロッソはいま帝都でも評判の吟遊詩人だよ。誰も聞いたことがないようなまったく新しい音楽。勇壮でいてシンプル。歌詞も練り上げられた素晴らしいものばかり。しかも一曲一曲がどれも型にはまらず、それでいて伝統すら感じさせる奥行きがある」

という評判らしいのを早口で教えられた。

「初めて聞いたが評判通り、いやそれ以上だよ」

それはそうかもしれない。ロボット物縛りで教えたから歌い手も作曲者も全部別で、だがどれも名曲ばかりだ。

五曲ほど歌ったところで万雷の拍手を受け、吟遊詩人チャド・ロッソは退場していった。これで午後の分の半分が終わり、一旦休憩らしい。第一部のトリだったか。

「ちょっと声をかけてみるか」

ちょうど退屈していたところだ。王国の田舎からどうやって帝都まで流れ着いたか、聞くだけでも暇つぶしくらいにはなるだろう。

それでマサル・ヤマノスが久しぶりに会いたがってると楽屋に連絡を入れてもらったところ、すぐに向こうからやってきた。

「マ、マサルさん!」

そう何やら切羽詰った感じで俺を見て駆け寄ってくる。

「お久しぶりですね?」

そんなに俺と会えて懐かしかったのか?

話を聞くと当たらずとも遠からずといった感じだった。やっぱり俺の教えた曲で人気になったらしい。それで王都でも人気を博し、帝都の秋祭りに合わせてやってきたのはいいが、レパートリーが五曲しかない。実のところ王都から帝都へと来たのも、レパートリーの少なさから長期間の興行が難しかったのもあったのだ。

で、場所を変えて帝都でも評判になったのはいいが、そろそろ新曲でも一つと言われるようになる。既存曲や自分で作った新曲を披露してみるが、どれもこれもレベルが違いすぎて話にならない。

もちろん今の五曲でしばらくは持ちこたえられるだろう。地方巡業をしてもいい。しかし先の見通しは暗い。そんな矢先に俺が再び現れた。

「こんなことを言える義理ではないのはわかってるんですが、お願いです。助けてください! 儲けたお金は折半……いえ七割でも八割でもお渡しします!」

バンドも組んで、彼女もできた。しかしこのままではそれもいつまで続くかわからない。失いたくはない。確かに俺が助ける義理など何一つとしてないが、気持ちはわかる。とてもわかる。

「いいだろう。新曲、教えようじゃないか」

持ち込んだ日本文化が評判となるのは正直嬉しくもあるし、儲けが折半なら俺にも利益がある。何曲か定期的に教える程度なら手間もそれほどかからない。

「つまりチャド氏の曲はマサル君が作ったと?」

「ぶっちゃけると俺の故郷の曲ですね」

それでデランダルさんはなんとなく察してくれたようだ。他人の曲で儲けたりするのはどうかと思うし、だからこそチャド氏に教えた時も自由に使っていいと言ったのだ。

俺が布教しなければ元の世界の曲がこの世界で知られる可能性はゼロなのだ。千年計画と同じことで、俺は知識の運び屋に過ぎない。この世界で必要とされるなら伝える。それでいいと思うのだ。

「儲けは折半にしておこう」

俺も手間をかけるんだし、無償でやるほどお人好しでもない。お金はいくらあっても困ることはないのだ。お金はエルフにでも届けてもらうか? 帝都以外だと商業ギルド経由? ちまちま受け取るのも少々面倒だな。

「俺の分の儲けはどこの神殿でもいいから養育院に寄付しておいてほしい」

思いついて言う。チャリティ。慈善事業だ。恵まれない子供たちのためになるなら、元の世界の音楽家たちも悪い気はしないだろう。

「劇場内にスタジオがある? じゃあそこでやろうか」

ロボット物縛りでもまだまだたくさんあるからな。チャド氏にはたっぷりと儲けてもらって各地の養育院を救ってもらおう!