作品タイトル不明
294話 帝都、秋祭り一日目 帝城レセプション
レセプションは俺とエリー、ティリカとサティで参加することになった。師匠の姿は見えないが一緒に会場入りはしていたから、きっとどこかにいるんだろう。
アンは聖女様としてリリアたちとレセプションで挨拶をする関係で、事前の打ち合わせが必要とかで別行動で帝城入りしていて、ミリアムはパーティは無理と言うのでエルフの護衛団と会場外での警備だ。
シラーちゃんはビーストの町で獣人の指揮を取っているし、ルチアーナとシャルレンシアは転移ポイントの開拓。休暇であるからほどほどにとは言ってあるが、俺も午前中はずっと千年計画。午後からはレセプションだし、あまり人のことは言えない。
イオンは他国の王族、それも皇帝陛下がくっついて来てしまうとややこしいのでお留守番である。
エリーはいい感じのパーティ衣装。俺とティリカとサティは地味な付き人風の服装でエリーの後ろで大人しくしている。一応何かあった時のために俺は着替えや豪奢なマントなんかも用意してあって、それを装備すればそれなりに見れる風にチェンジも可能だ。武器は当然なしだが、服の下は鎖帷子で刺された程度では平気なようにしてある。
「まだ始まってないのか?」
エリーに言われて時間通りに来たんだが、会場に人はまばらだし、俺たちの後からやってくる人もゆっくりと余裕を持ってやってきている。
「今は会場が開く時間で、式典の開始はもっと後ね。陛下の来訪はその後になるからそう急ぐ必要もないのよ」
「それなら先に鉱毒の調査結果を聞きに行けば良かったかもな」
全部ではないが、現時点での調査結果が出たからと、レセプションの後に教えてくれることになっているのだ。
「というかよく考えれば、リリアたちが挨拶してくれるなら、俺がレセプションに出る必要ってなかったんじゃないか?」
「まあまあ。何事も経験よ。とりあえず軽食でもつまんで待ちましょう」
まあいいか。リリアたちに挨拶は任せたのだ。見守るくらいはしておくべきだろうし、気配を薄めているせいで、俺たちが目立った様子もないから、面倒なこともなさそうだ。
うきうきした様子でエリーが続けて話す。
「ここの料理は宮廷料理人が作っていてね。すごく美味しいって評判なのよ」
エリーはこれが目当てで、他の早めに来た人たちも料理のほうへと流れていってるのか。会場の人はまばらに見えたのは。料理のテーブルに人が集まってるせいもあったようだ。
「十分に量はあるけど、あんまり取り過ぎちゃダメよ」
会場中に散らばるテーブルにはところ狭しと料理が並べられており、一つとして同じ料理はなく、なくなったらそれで終わりらしい。だから他の人にも回るように少量ずつ取るのがマナーだとエリーに教えられる。
「ほうほう。そりゃいいな」
サティとティリカもエリーの説明に目を輝かせている。少しずつだとしても全部を味見するには大変な量だ。
「でもこれはまだ軽食でね。陛下のご挨拶の後はお酒も出るし、もっと豪華な料理が出てくるらしいわよ」
エリーも実際に見るのは今日が初めてでも、兄や父の話を良く聞いていたのだと少し悲しそうに話してくれた。
「お義兄さんはやっぱり来ないの?」
「最近のことを話したら二度と帝都には行きたくないって」
俺が拉致されてエルフと帝国軍が帝城でガチな戦闘になりかけて、無事解決したあたりの話はすでにしてあったのだが、その後も色々あった最近の情勢を知らせたらしい。帝王陛下とはすっかり仲良くなったし、次期帝王のウィルパパともため口で話せるくらいの仲だし、神国皇帝とも親戚になりそうだって……無理か。紹介されても困るだけだよな。
「お義兄さんはしばらくそっとしておこう」
そうねと、エリーも頷いた。もし俺と関係の無いところで親戚がそんなことしていたら、俺は絶対に関わりたくないなと、そんなことを話しながら比較的身分の低そうな貴族たちに混じって料理を取っては、味見をしていく。
普通にうろうろしても誰も俺が勇者だとか指を差さないのは、案外顔や姿は知られていないからのようだと、安心して食べ放題に勤しんだ。
「全部取ろうとしたのは失敗だった。もうちょっと選別するべきだったな」
しかし半分ほども制覇しないうちにお腹がいっぱいになってきた。
「でも満足したわ。少しどこかで休憩して……」
エリーの言葉が止まり、その顔色が変わる。俺たちの近くのテーブルを狙って移動してきたグループの先頭に居たでっぷりと太った貴族も、エリーのその視線に気がついて足を止めた。
「んん? どこかで見た顔だな……」
ギラついた豪華な服装に身を包んだ太った貴族が、口をくっちゃくっちゃさせながらそう言って首を傾げる。こいつも食い歩きをしてた口か。
「もしかしてこいつは落ちぶれたブランザ家の小娘ではないですか、叔父上?」
太った貴族の後ろの取り巻きらしき若者が正解を言い当てる。
「おお、そういえばそんな者がいたな。せっかく斡旋してやった縁談を断って出奔した恩知らずの小娘だ」
「うそ……」
エリーはショックを受けた様子である。
「しかし男爵家の家人風情がこのような場所に来ていいと思っておるのか?」
明らかに蔑んだ言葉はケンカを売られてるんだろうなと、俺が前に出ようとするのをエリーにいいからと止められた。
「正式な招待よ。ゴールドハウブズ伯」
ゴールドハウブズ伯爵。これが例の豚伯爵か。確かにこの世界ではあまり見ないほど肥え太っている。なるほど。エリーは縁談が親の仇の斡旋だとは知らなかったのか。
「ゴールドハウブズ伯爵様であろう? 膝をついて頭を下げよ!」
その言葉にエリーはようやく気を取り直し、ツンと偉そうな態度になって言う。
「あいにくと成り上がりの豚に下げる頭は持ってはおりませんのよ」
成り上がりの豚という言葉に、遠巻きに様子を伺う周囲の貴族たちから笑いが漏れ、伯爵は顔を真っ赤に染めた。
これはどっちが無礼か、意見の分かれるところだなと、完全に傍観者の気分で考える。格でいえば俺たちは他国の王族クラスだろうが、伯爵は俺たちのことを知らないようだし、名乗ってもいないのだ。この程度の暴言は怒るほどのものでもない。
「伯爵になんと無礼な!」
「口の利き方も知らないと見える」
「やはりクズの子はクズですな」
取り巻きの言葉に伯爵は気を良くしたのかまたしゃべりだした。
「うむうむ。無能の血筋だな。だから領地の維持もろくにできぬ、貴族の足元にも置けんクズの後始末にわしが苦労するのだ」
これは完全に伯爵が無礼だな。エリーはブチ切れてもいい。
「あらあら? 領地の取りまとめもできない無能を人のせいにされましてもね」
「貴様のところの領民はなっとらん。文句ばかりだ」
「どうせ文句を言われるようなことをしてるんでしょう?」
「少し税を増やしただけで生活できないだの食うにも困るだのと軟弱にすぎる。貴様らが甘やかしすぎたせいだぞ!」
「税は適正だったはずよ」
エリーが眉をひそめて言う。
「知らんな。税が払えないと直訴してきた愚か者は鉱山送りになって、今頃たっぷりと悔い改めていることだろうよ」
そう言って、ガハハハはと取り巻き共と笑い合う。
「そうだ。貴様の無礼の代償に、戻ったらたっぷり税を課してやろう。搾り取るだけ搾り取った後に理由を聞けば、さぞかし貴様は恨まれることだろうなあ」
そろそろ俺もサティもブチ切れそうだが、まだ待てらしい。冷静にエリーが言い返す。
「そんな理由での税の取り立ては問題になるわよ?」
「新しく得た領地の整備とでも名目を立てればどうとでもなるのだよ。後ろ盾もある。ブランザ家の領地も奪い取った。何年か後にはわしは侯爵よ」
「やはりお前か。父を陥れたのは」
「何のことやら知らぬなあ。訴えたが何も出てこなかったのであろう? そのような根も葉もない虚言。余計に罪が増えたぞ、小娘」
ニヤニヤして言う伯爵。
「あれは何か知っている」とのティリカの呟き。
「ブランザ家も同罪だな。今度こそ念入りに潰してやろう。それとも……貴様は見た目が良いな。わしの妾になるなら許してやっても良いぞ?」
そう言ってグハハハハとまた下品に笑う。こいつは消そう。確定だ。
「リントリッジ・ゴールドハウブズ伯爵様」
そうエリーが静かに声をかける。言葉自体は丁寧だがこれはブチ切れる寸前だな。
「ご自分の姿を鑑みて発言されてはいかがですか?」
そう言ってぺっとツバを吐き捨てる仕草をして続ける。
「お前ごときの相手はオーク程度がお似合いだわ。今度一匹捕まえてきて差し上げましょうか?」
その言葉にまた周囲から笑い声が起こる。
「き、貴様ぁ!」
伯爵はまた顔を真赤にして、今度はエリーに掴みかかろうとしてぶん殴られ、派手に転がっていった。細腕でも加護持ちの冒険者なのだ。パワーは並じゃない。
「あらあら。こんな小娘に突かれた程度で倒れるなんて、それで本当に帝国の貴族様なのかしらね?」
殴った上に、さらに容赦なくエリーが煽っていく。
「こ、小娘が! もう許してはおかぬぞ! 牢屋にぶちこんで惨たらしく殺してやる!」
「そんな格好で言っても説得力がなくってよ、伯爵様」
太りすぎたせいか、一人では起き上がれもせずそう喚く伯爵に馬鹿にしたようにエリーが言う。
「覚悟しておけ。貴様の家族もろとも帝国から消し去ってやる! 領民共もただではすまさん!」
おっと。こいつはブランザ家のことを言っているのだとは思うが、これは明らかに俺へ対する脅迫だな?
「ごめんね、マサル。少し迷惑をかけるわ」
喚き散らす伯爵を無視してエリーが俺にそう声をかけた。
「夫婦だろ。気にするな」
俺はいいが、お義兄さんが憐れすぎる。
「で、どうするんだ?」
「一人でやるわ」
ふむ。もし危なそうなら助ければいいか。
「やるならわたしが相手になるわよ? それとも伯爵様はこんな小娘一人がお怖いのかしら?」
エリーがそう言って取り出した杖をくるくるしながら挑発する。
「お前ら、この小娘をひっ捕らえよ!」
伯爵は自分で来ないのか。まあ立ちあがったけど、まだ足元がふらついてるものな。じりじりと伯爵の取り巻きがエリーを捕まえようと接近するが、そこにウィルが騎士の一団を引き連れてやってきて、エリーも取り巻きも騎士に引き剥がされて矛を収めた。
さすがに口喧嘩程度では周囲で見ていた者も静観していたようだが、騒ぎが大きく、ケンカになりそうだってんで、誰かが騎士に通報したようだ。それともウィルの様子から、俺たちを見知ってる者がまずいと思って知らせたか。
「これは何の騒ぎか」
声を発したのはウィルではなく知らない貴族だ。格好からして王族だろうか。
「おお、クライアンス様。例のやらかしたブランザ家の小娘が、公の場で伯爵である私に突然殴りかかったのです」
「そうなのですか、エリザベス殿?」
と、これはウィルが尋ねてきた。
「先に手を出そうとしたのはあちらですわ、殿下。それを避けて軽く小突いただけで、派手にまあお転びましたこと」
軽くにしては力強かったが、まだ本気の殴りじゃなかったか。
「理由はどうあれ、高位の帝国貴族に対する暴言、暴力。捨て置けませぬぞ、クライアンス様! 騎士たちよ、この小娘をひっ捕らえよ!」
もちろん城勤めの騎士ともなれば、俺たちのことを知らぬはずもなく、伯爵程度の指示では動かない。で、ウィルと一緒に来たのはウィルの例の兄ちゃんか。ウィルと仲のいい、伯爵の派閥の長。クライアンス・ガレイ王子。
「どうした! 捕まえぬか!」
「少し黙れ、ゴールドハウブズ伯」
クライアンス殿下が強い口調で言う。さすがにクライアンス殿は俺たちのことは知っているようだ。
「それで何がどうなっているんですか?」
エリーと伯爵の説明だけでは状況がわかるはずもなく、ウィルがそう俺に尋ねてきたからちょっと考えて答えた。
「最初に向こうが突っかかってきたからエリーが言い返したんだけど、それに腹を立てた伯爵が掴みかかってきてエリーに殴られた」
色々と酷い内容があったが、端的に言うとそんな感じだろうか。まあそこまではいい。問題はここからだ。
「で、怒った伯爵がエリーを家族もろとも帝国から消し去ってやると言った」
「うっわあ。マジっすか……」
ウィルが信じられないとばかりに伯爵を見て、俺の言葉を聞いていたクライアンス殿下が俺の方へとやってきて話す。
「申し訳ありませんが、後ほど改めて話をするということで、一旦この場は納めていただきたい」
俺に言われても仕方ないので、エリーにどうすると聞いてみる。
「無理ですね。家を潰し、惨たらしく殺すとまで公の場で宣言されたのですわ。この場ではっきりと白黒付けるか、もしくは……」
杖を伯爵に向ける。
「杖と貴族の誇りにかけて戦うこととなりましょう」
決闘かな? 戦争かな? どっちにしろ伯爵をここまで怒らせてしまったのだ。野放しにしては禍根が残る。俺たちはどうにでもなるが、ブランザ家には迷惑はかけられない。
「男爵風情が調子に乗りおって!」
「黙れ、リントリッジ。お前は屋敷に戻って謹慎だ」
「な、なにゆえ……」
「処分はこちらで必ず下します、エリザベス殿。ですからこの場はどうか……」
しかしその言葉は続かなかった。
『静まれ。ガレイ帝国国王。エルドレッド・ガレイ陛下のご来臨である!』
その宣言にある者は頭を垂れ、ある者は膝をついていく。
「マサルたちは軽く頭を下げておきなさい」
そうエリーが言うので頭を下げておく。どうやら身分差で対応が違うようだ。伯爵は頭を下げるだけで、取り巻きたちは膝を付いている。
「皆の者、面をあげよ」
帝王陛下はそう言うとまっすぐ俺たちのほうへとやってきた。面白がって見物していた貴族たちは蜘蛛の子を散らすように距離を取り、ぽっかりと大きなスペースが開いた。
「これはなんの集まりか?」
「へ、陛下。こやつが私を侮辱したのです!」
そう伯爵が止める間もなく声を上げたことで、クライアンス殿下が頭を抱える。帝王陛下の知るところとなった以上……ふむ。どうなるんだ? 帝王陛下が何かしらの裁定を下すということになるのだろうか?
だが出てきたのはこの場の出来事とはまったく違う話だった。
「ゴールドハウブズよ。貴様は鉱山をいくつも経営して、ずいぶんと羽振りが良いらしいな?」
鉱山と聞いて、俺とエリーは顔を見合わせる。
「その通りでございます陛下。私は常に帝国のため、良質の鉱石を……」
「イルバスラ鉱山、貴様の持ち物だったな?」
「そうでございます」
「鉱毒が垂れ流しになっているとの報告があがっておる。そのせいで帝都の水源が汚れ、大量の病人が出た」
「ま、待ってください。そんなはずは! 鉱山はドワーフに任せて適切に管理しているはずです!」
「はず? 自らは確認をしておらぬのか?」
「は、いえ。我が家に長年仕える者がそう報告を……」
「その者はどこにおる? 帝都か。いや、呼び出すには及ばぬ。騎士隊を差し向ける。名と姿を言うのだ」
「な、名はグリンダ。女の……その、エルフにございます」
伯爵が言い淀んだのはエルフを雇っているというのが、帝国貴族にとっては外聞の悪いことだからだろう。しかし優秀な魔法使いは、帝国人が下賤と蔑むエルフだったとしても貴重だ。
「伯爵殿、そのエルフの胸は大きいか?」
俺の言葉にさすがに怪訝そうな顔をする伯爵である。事情を知らねば、帝王陛下もいるこの状況で女性の胸の大きさを尋ねるただの変態である。しかし帝王陛下が答えよと言ってくれたので助かった。
「胸の大きい、豊満な美女でございます、陛下」
ダークエルフじゃん……
「絶対に逃がすな。生死は問わぬ。必ずひっ捕らえよ」
「おい、胸の大きなエルフだ。間違えてうちのエルフを捕まえるなよ!」
帝王陛下の言葉にすぐにでも駆け出しそうな騎士にそう言って、行けと指し示す。
「ダークエルフと繋がりが……」
小さくエリーが呟く。エリーの父はタイミングの悪い魔物の襲撃で砦を一時、陥落させてしまい、魔物から砦を奪還するために命を落とした。
砦の守備隊の入れ替え時に連絡の行き違いがあって、砦が無防備になったところでの魔物襲撃。
さすがに偶然だろう。運が悪すぎたと誰もが思ったらしいが、ダークエルフが居るならその説明がつく。ダークエルフが魔物を手引きしたのだ。
「こやつを捕縛せよ。じっくりと話を聞く」
「お、お待ち下さい陛下! これは何かの間違いです! 私は帝国、陛下の忠実なる下僕でございます!」
「連れて行け」
帝王陛下の言葉に騎士たちが喚く伯爵を黙らせ、取り巻き共々連行していく。伯爵も騙された……いや、さすがにダークエルフだとは知らなかったかもしれないが、エリーの父を嵌めるのには確実に関与をしていたはずだ。
鉱毒も騙されたにせよ、その影響を考えれば擁護はできないし、したくもない。
「これはすぐにでも話をする必要がありますね、帝王陛下」
「そうだな。式典はランディーズに任せる」
俺の言葉に頷きそう言うと、帝王陛下はマントを翻し来た道を戻っていく。その後に付いていきながら考える。
鉱毒の件とエリーの父の件は後回しでもいい。調べればおいおい判明することだろうし、もう終わった話だ。
だが帝都にエルフに偽装していたダークエルフが一人。しかも長年伯爵家に仕えていたときた。一体あと何人居る? どうにかしてあぶり出して捕まえないと。