軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

290話 ミレニアム・プロジェクト その5

帝都での治療は五日目。また新しい場所に会場を移しただけで特筆すべきことは何もなく、極めて順調である。現場はそれなりの忙しさであるが、俺の周囲は実に静かなものだ。出来得る限りの仕事を周囲に丸投げした成果であろう。

「これが電気モーター? なんだか地味ね」

午前中の努力の成果、くるくると回る銅線を巻いたコイルを見て、ふーんというそっけない感じのエリーの感想にまあそうだなと頷く。試作品で夏休みの工作レベルだし、回すのに自分で電気を作らなきゃならない面倒さである。しかし電気を基礎とする現代文明がここから始まるのだ。

「逆にこっちを手でこう、回してやると電気が発生するんだ。これが発電機だな」

こいつはフレミングの左手の法則。力と磁界と電流の向きで説明ができる。

問題は電池だな。プラス極とマイナス極があって、電解質な液体がある。そこに電気が溜まる。電極は鉛だったか? 鉛蓄電池。リチウムイオン電池にマンガンは乾電池。電解液は食塩でもいけたはずだ。

電気が作れるようになれば、まずは電灯か? それからポンプを電動にして、クーラー、冷蔵庫が作れるようになれば、食品の保存に革命が起こる。缶詰も作らせてみるか。

しかしどれもこれも魔法があれば出来てしまうことばかり。科学を一気に発展させるのに、魔力開発法が普及する前でタイミングが良かったのだろうか。

あまり魔法使いが増えると科学に対する興味が薄れるかもしれない。もっと科学でできることをアピールしておいて、進捗を加速させるべきだろうか?

うーん。今日のところはまずは電気と磁力の説明をして、それから質疑応答だな。

「ちょっと早いがエルフの里へ移動しよう」

昼食は会議も兼ねたお偉いさん方との会食の予定である。アンたちに声をかけて転移をする。

そしてそんなことをすると新しく生まれた科学の徒たちに捕まってしまう。これまでの話だけじゃ手探りすぎてもっと情報がほしいのだろう。相手をしてもいいが、たぶん切りがない。

「話は午後からだ」

そう言って用事有りげに移動をする。部屋で休憩でもするか?

「サティ、昨日の復習をしようか」

よっぽど忙しくでもない限り、ちょっとした隙間時間に修行をしているのだ。

エルフ城の庭に移動してサティと向かい合う。体術に剣術を応用する。その程度のことはすぐに思いつくことだが、師匠から伝授されたのは剣術の動きをもっと直接的に体術に導入する手法だ。体を武器に見立てて動き、攻撃し、回避する。

それは剣術でも通常の体術でもない、似て非なる何かだった。

昨日の師匠の動きを実際にトレースする。そしてどのような状況で使うか。一〇〇パーセント模倣するのか? それとも多少は自分なりにカスタマイズしてみるべきなのか?

サティを相手に実践しながら探っていく。普通の相手なら簡単に圧倒できるだけの技量はすでにあるはずだが、相手はサティだ。サティの動きを読み、自分の動きを最適化しないと互角にすら戦うことはできない。

ミリアムも相手にしてみたが、回避はそれなりに上手いが体術での攻撃は苦手なようだ。というより超近接の攻防になるので、読みがより複雑になり攻撃にまで気が回らないのだろう。経験不足だな。

師匠は俺たちの修行を特に何か言うこともなく眺めている。基本的に自分の修行は自分で考えてやれというスタンスだ。もちろん何か聞けばきっちり答えてくれるが、結局のところ自分で考えて動けなければ伸びないとの指導方針である。

軽く汗をかいたので修行を終える。ミリアムにはもう少しがっつり剣術の修行をさせたいところなのだが、護衛としての仕事には優秀で中々外せないし、剣術の腕が物足りないといっても、それは俺やサティと比べてのこと。現状で不満という不満もないのだ。

「時間が足りない。体がもうひとつほしいな」

みんなでお風呂で汗を流しながらそんなことを呟く。そうしたらサティとミリアムに一人ずつ……いやキモいな。やっぱ体は一つでいい。

「わたしがもっとマサル様のお仕事をお手伝いできたらいいんですけど」

ミリアムもその言葉にぶんぶんと頷いている。

「俺たちは武闘派だから千年計画は難しいよなあ」

まだ勇者のほうがマシまである。エリーですら訳の分からない話が多すぎると理解するのを諦めかけている。

「サティはそのままでいいぞ。師匠ぐらい強くなるんだろう?」

ミリアムもよくがんばってくれてるとほめておく。人生どれもこれもというわけにはいかないのだ。

「なかなかうまくいきません」

そりゃそうだとしか言いようがない。加護を得た俺たちからしても師匠は化け物だ。たった半年や一年ではどうにもならないだろう。

それに千年計画が進んだ暁には、剣術など無意味ということになるのだろうか? 師匠の作り上げた剣術が時代遅れと廃れていく、それは十分に考えうる未来だ。だが師匠はそれを目にすることはあるまい。しかし俺やサティは?

それとも案外剣術は生き延びるかもしれない。そもそも日本で剣術が廃れたのは刀の所持を禁じられ、平和になったからというのもある。魔物との闘争が終わらない限り、剣術の需要は消えはしないだろう。

「色々落ち着いたらどこかでがっつり修行の期間を作ろうな」

そう言ってお風呂を出て、サティとミリアムに着替えを手伝ってもらい、昼食の会場へと向かう。

すでにお歴々は揃っていて、すぐに今後の方針に関しての協議が始まった。エルフと帝国に加えて神国と真偽院も計画に参入したから、それぞれの立ち位置や関係の調整が必要なのだ。

参加者はだいたいいつものメンバーである。エルフ王、神国皇帝、ウィルパパ、オーグレン氏。あとは名前を知ってたり顔だけ知ってるもろもろの人たち。

真偽官の施術法はさっそく試して成功したようだ。さすがに昨日今日の話なので、手術からの回復と能力の確認で、まだ数日は様子を見る必要があるようだが、俺が渡した本は大至急複製を作成中で、各地の真偽院に配布され厳重に保管されることになる。もはや二度と情報が失われることはないだろう。

千年計画の中心地はここ、エルフの里になる。いまエルフ城の横に新しい建物、研究所を建設中だ。帝国は王家の森に、神国も独自に作る予定だ。

当面はこの三国で研究を行い、その成果は三国ですべて共有する。研究に必要な物資、資金、人材は三国で融通し合う。

三国以外の参加は当面見合わせる。人材も資金も十分だし、参加国が増えると情報統制が大変になる。神殿に関しては魔力開発法の普及をしてもらうので、組織として千年計画への参加はしない。

俺はもぐもぐと食事を取りながら、決まった話に頷くくらいだ。

とりあえず決まったのはその程度で、その他の細かい取り決めはその都度話し合う。

調整と取り決めの遵守は真偽院が請け負うことになる。

千年計画の期限は二〇年。もし我々が無事生き延びられれば、その時また何らかの話し合いがもたれることになる。

計画の総責任者は俺だ。使徒で勇者である俺がトップだと何かと便利だろうし、たぶん名誉会長みたいなものだろう。そうであってくれ。

「もう 顕微鏡(マイクロスコープ) できたの?」

会食で合流したが話す機会がなかったイオンが、食後にやってきてそう教えてくれた。

「はい。倍率はまだまだですが、とりあえず使えるものを作ったと言っておりました」

最初の一つはすでにエルフの里へと持ち込まれ、研究者が使い始めているらしい。やはりウルケルは優秀だな。

「顕微鏡では奇妙な物がたくさん見えた。今なら貴様の言った事が少しは理解できる」

そうイオンを今日もがっちりガードしている皇帝陛下が言う。

「それは良かった。レンズの製作はお任せしましたので引き続きお願いします」

「言われるまでもない。それで今日はこれから質疑応答をするのか?」

また最前列で話を聞いて質問もする気かね。質問も最初は一人一つとかに制限するか。

「いえ。電気モーターの試作品ができたのでまずは電気と磁力の話ですね」

しかし手のひらサイズの試作品で、大人数にどう見せれば理解を得られるだろう? とりあえずイラストでも描いて、それから実物を見てもらうか。そんなことを考えながら講義するホールへと向かう。

「方位磁石というものを知っているだろうか? あれは常に一定方向、北を指し示す。動くからには何らかの力が作用していて、それを磁場という」

電気と磁気の話を午後の半分ほども使って説明していき、そこから質疑応答に入る。当然、質問は大量すぎて夕食後、そして日付が変わって俺の限界が来るまで続き、翌日へと持ち越す。

翌日は帝都での治療をしながら答えきれなかった部分や、新しく思いついた技術や科学の学説を書き記し、そしてまたエルフの里で科学者たちを相手に、深夜まで質問攻めに合う。

その翌日も。

計画が始まってたった数日であるが、成果は順調に増えている。布と革と木でできた無動力グライダーの飛行に成功したし、電動モーターと発電機もまともに動くモデルが作られた。

趣味で数学を研究しているという人物や、この世界での錬金術師にあたる学者も参加し、俺の知識の補完がかなりできたのは朗報だった。

レンズは日々改良が進んでいるし、俺が話をした印刷やポンプ、蒸気動力の試作。農業だったり天文学だったり遅々として進まない分野もあるが、作るものがはっきりしていれば、割とあっさり出来てしまうようだ。みんな優秀である。

そうして帝都での治療もつつがなく終わり、気がつけば三日ほどエルフの里に泊まり込んで、千年計画に掛かり切りになっていた。

「ヒラギスから魔物をどうにかしてくれと、催促が来ておるぞ」

その日の夕食時、リリアからそんなことを知らされた。

「あー」

ヒラギスの魔物か。考えてみれば、ここでこうして千年計画に掛かり切りになっても、直近の問題は何一つとして解決していないのだ。

そりゃみんなが俺の代わりで動いてくれているから停滞はしてはいないが……

「明日は……いや二、三日、計画から離れよう」

三日間、長時間の質問攻めにあって、答えられないようなことがだんだん多くなってきた。重複した質問も何度も出ている。一度、科学者側も情報を整理すべきだし、俺も休息や他の仕事をする時間もほしい。

俺の知識は案外広いようで三日間語り倒したところで、まだ触れてないような知識がいくつもあったが、重要だと思う部分はすべて吐き出したはずだし、もうこの時点で俺が抜けても千年計画は間違いなく進行するはずだ。

千年計画は最重要であるが、もはや俺の存在は不可欠とはいえなくなった。さすがは頭がいいという条件で集められた人材たちだ。俺なんか足元にも及ばない、一を聞いて十を知る天才がごろごろしている。

つまり丸投げする時期が来たということだ。

夕食後、研究所でそんな理屈を開陳して俺は自由を得た。むろん随時研究所へは足を運ぶが、不在時の質問は書面へとまとめてもらうことになった。俺は空き時間にそれを見て、答えられることは答える。そんなことを聞かれても答えられない、困るといちいち回答する手間も省ける。

「それでヒラギスはどんな感じなんだ?」

翌日朝、朝食に全員を招集して詳しく話を聞く。

「兵士や冒険者を回して対処はしてるんすけどね。範囲が広くって、どうしても抜けてくる魔物を防ぎきれないんすよ」

ヒラギスで魔物駆除に関わっているウィルがそう説明してくれる。範囲はヒラギスの東の魔境沿いすべて。距離にして二〇〇キロメートルは最低でもあるだろうか。そして帝国や東方国家に近い西側と南側と違って一番人口がまばらな地域だ。どうやっても目が行き届かない。根本から叩かねばどうしようもない。

「被害は少ないんすけど、それより住民の帰還が進まないのが問題っすね」

故郷であっても確実に魔物が来るという場所に戻りたい者は少ない。今のヒラギスは復興作業で手一杯で、外征する戦力も余力もない。むろん俺たちが動かないなら、自分たちでやるしかないと覚悟はしていると宰相は言ってはいるが、できれば俺たちでなんとかしてくれと。

「よし、さっさと叩こう。作戦とかはあるか?」

ダークエルフとは半年の休戦協定を結んだが、ほんと無意味だったな。

「やはり北方砦と東部砦周辺の集団が一番多いっすから、そこを叩いておけば、かなり戦力は削れるはずっす」

その後は北から東へ向かって国境沿いを殲滅していく。

「それくらい徹底的にやればさすがにびびって、ヒラギス側にはもう近寄っては来ないんじゃないすかね?」

「いいだろう。じゃあ今日は休養にして、作戦は明日と明後日の二日間にしよう。誰かヒラギスへの連絡を頼む」

やるなら早い方がいい。もう数日で帝都のお祭りが始まるし、そうしたらウィルには剣闘士大会への出場がある。俺もお祭り期間は休みにしたい。

「私たちだけでやるのね?」

そうエリーが聞いてくる。

「そのほうが動きやすいだろう? 攻撃のメインはイオンとエルフたちだな。たっぷりと経験値を稼いでもらおう」

俺の言葉に皇帝陛下が俺も行くと宣言をする。家族会議になんでいるんですかねえ? 俺とイオンがくっつくならそりゃ義理のお兄さんってことになるんだけど、俺が忙しかったせいもあってまだ指一本触れてないし、そういった話もまったく進んでいない。

イオンにはだいたい皇帝陛下がくっついてるし、そうでない時も完全に監視役な護衛が付けられていた。

「俺以外にも何人か連れていきたい」

そう皇帝陛下が続けて言う。観戦してイオンの力を、禁呪の使用許可に関わる者に見せつけるって話か。

「二、三人なら問題ないでしょう」

「うちから風精霊使いを何人か出せば人数が居ても問題はなかろう。それで我らの力をたっぷり見せてやれば良い」

「じゃあ帝国とヒラギスからも希望者が居たら連れていくか。もちろん戦場ですから、何が起こるかわからない。多少の危険は覚悟してもらいますが」

「大型種の姿は探った範囲では見当たりません。オークとあとはハーピーですね。危険はさほどないと思われるっす」

「戦場に観戦に行くのだ。危険があることくらいは理解している」

まあ俺たちの後ろから付いてくるだけなら、まず危険はあるまい。

明日の集合は北方砦に近いビーストの町。各国への連絡や人数調整はリリアがやってくれることになり、朝食兼家族会議はお開きとなった。

さて。今日はどうしよう。ごろごろしてもいいが、あんまり暇そうにしていると師匠が修行するとか言いそうな気がする。

「私、帝都に行きたいんだけど、マサルもどう?」

考えているとエリーからのそんなお誘いがあった。今日は休みと決めていた俺とその護衛のサティたち以外は何かと仕事があり、三々五々出かけていった。

「何をしに?」

「冒険者ギルドでSランクの申請をするのよ」

「それは帝国で申請していいのか?」

俺は王国民だから王国でランクアップの申請はしたほうがいいのだが、エリーは元帝国民でもあるし、そのあたりはこの世界でははっきりしない。戸籍や国籍がきっちりしてるわけじゃないしな。

「王国でしてもいいけど、こっちのほうがコネが多いでしょ? ヒラギスの戦果は帝国のほうが正確に伝わっているだろうし。マサルもついでにやっとけば?」

すでにヒラギスとエルド将軍からの推薦状は入手済みだから、形式的な確認だけで認められるだろうということだ。

もちろん後日王国でも手続きをする。Sランクともなると、活動する国すべてでの認可なり追認なりが必要となるようだ。

うーん。俺も希望すれば認められるだろうけどなあ。もう冒険者のランクをあげるメリットはほとんどない。面倒なだけだな。

「俺はいいわ。でも付き合うよ」

その後は貧民窟の養育院の様子を見て、レンズ作りとかも視察に回るか。それで午後は研究所に少し顔を出して、あとは休息と軽い修行か? ビーストの町も一度見て回っておこうかね。魔法の練習をしているゴケライ団の様子とかも。

ヒラギスが片付けば、千年計画以外はだいたい丸投げで、報告を受けるだけで十分な案件ばかりだな。

「ヒラギスを片付けたら帝都の祭りの期間はゆっくりしような」

俺の言葉にエリーがうーんと考えて一言。

「できればいいけどね?」

おい、不吉なこと言うなよ……