作品タイトル不明
288話 兄妹 その3
「何を考えてるんですか、お兄様」
「いやしかしだな……」
俺が師匠に抵抗虚しく倒されたところで、後ろのほうでそんなやり取りが聞こえてきた。
「マサル様は世界を救うために働いている使徒なんですよ。それを斬ろうとするなんて」
「斬ってはおらんだろう。殴っただけだ」
もう一回やったら完封できるかね。アンに治療してもらって立ち上がりながら考えた。師匠に体で教えてもらって戦い方は把握した。格闘と考えるからダメなんだ。俺は剣士なんだから剣士向きの戦い方が必要となる。
つまり体を武器に見立てて、攻撃と回避を行えばいい。多少調整が必要となるが、そう意識してやると、体に染み込んだ剣士の動きで自信をもって戦える。格闘専門でやるよりか強さでは劣るだろうが、訓練したりスキルを上げたりするつもりがないなら、それが最適解となる。
「これ以上何かするとお兄様のことを嫌いになります」
「俺はイオンのためを思って……」
「わたくしのことを思うなら、いえ。わたくしのことはどうか死んだとでもお思いくださいませ」
「そんなことできるわけがなかろう! それにお役目はどうするのだ!?」
「神託の巫女はわたくしである必要はありません。もし不都合があるというのなら交代しましょう。お役目は必要ならばお呼びください。いつでも戻れるようになりましたので」
「いや待った」
そう言って割って入る。
「お役目はダメだ」
その言葉にイオンは悲しげに首を振る。
「マサル様のお気持ちは嬉しいですし、仲間として活動するのに支障がでるかもしれませんが、お役目はわたくしの契約なのです。違えるわけにはいきませんし、誰かに押し付けることもできないのです」
契約か。イオンは普通の回復魔法で治らないのを先代の神託の巫女の禁呪により健康体になれた。次の神託の巫女、禁呪の使い手になることを条件として。
確かにそれは理由があったとしても放り出せるものでもない。しかし世界の終わりを救うためにはイオンの力も必要なのだ。
「なんとかならないんですが、皇帝陛下?」
「神託の巫女は代理で良い。どうせイオンが詰めてない時間は他の者が見ているのだからな」
皇帝陛下は俺の言葉に素直に答える。やはりイオンのことが何より優先なのだろう。
神託の巫女はイオンをそのままにして代理にやらせてもいいのか。
「加護というのは実際のところどの程度の力が得られるのだ?」
「今した俺の転移と同等のことが、イオンもすぐにも可能となります。攻撃魔法も人族で最強レベルとなるでしょう。魔力自体も強大になりますし、魔力の回復も早い。一人で魔物の大規模襲撃に対抗できますよ」
まあそれでも足りないことがあるからイオンの力もほしいんだが。
「さらにもっと変わった力も得られます。少々コストが高いんでおすすめはできませんが、召喚魔法とかですね」
そう言って俺のフクロウを出して見せてやる。召喚には驚いたようだが、それよりもイオンが大事なようだ。
「コストとは?」
「魔物を倒すことでスキルを得るポイントが手に入るんですが、ある程度成長限界みたいなものがありまして、あれもこれもとやると中途半端になるんですよ」
そう言って剣士は剣士系、魔法使いも系統を決めて集中して加護を取るのだと説明をする。
「イオンは風魔法の強化と空間魔法を取りましたし、空間魔法は便利な分ポイントがたくさん必要なので、加えて召喚とかを取るのはあまりおすすめできないんですよ」
当面は今イオンが使える魔法。回復、風、空間魔法の強化をしていくのが無難なのだと説明をする。
「勇者の仲間というだけでは弱い。世界の終わりを触れ回るわけにはいかんしな」
それはそうだが……
「加護の力のデモンストレーションが必要だ。誰もが認めざるを得ない戦果。それがあれば、お役目の要請も撥ね退けられるであろう」
転移は便利であるが、それこそ目をなくし、両手両足が使えなくとも運用に問題はない。攻撃面での戦果がいる。
「ヒラギスの国境で魔物の残党が相当数います」
「できれば南方国家が良いのだが……」
そう都合よく戦果は稼げないか。ヒラギスのは魔境へ少し遠征するから、観戦させるのも簡単じゃないし。
「いまうちの者が南方国家方面の転移ポイントを作りに行ってます。もしどこかに魔物がいる場所があるなら魔境沿いを探索してみてもいいかもしれません」
まあもう少し暇になってからだが。
「それかもう派手に魔法を使って見せるだけでも、最高レベルの攻撃魔法というのは、通常と隔絶した威力があるものです。それなりに納得させられると思いますが」
ふむと、皇帝陛下も考えている様子だ。
「いっそお役目を廃止するわけにはいかないんですか?」
「それは無理だろうが……お役目の行使の条件をさらに厳しくするか、誰か……」
他の適任者にお役目を引き継ぐか。その言葉はイオンに睨まれてたち消えた。このお兄ちゃんなら、誰かに譲れるくらいならさっさと譲らせていたことだろうし、今のやり取りを見るに、そういう話が出たこともあったのだろう。
それにイオンがダメになった時のため、次の候補者の選定は行われているはずだ。
「お役目の行使を厳しくするのはできれば進めてください。それでもしイオンにお役目の話が来たら、俺にお知らせを。出来得る限りの協力はします」
「マサル様、それは……」
イオンが困ったような声をあげる。
「イオンがお役目を降りることはできないと考えているのと同様に、俺も俺の仲間を守るのは絶対に譲れないことなんだ」
いざとなったら連れて逃げるか。いや……
「医療の研究の話をしてたよな?」
はい、とイオンが頷く。神国では禁呪の関連で、厳密には医療ではないが、回復魔法の研究が行われているそうだ。
「千年計画では医療の研究もやる予定なんだ。それで回復魔法で治せる病を増やせれば、お役目もいずれは無くせるかもしれないぞ」
「詳しく聞かせろ」
それに皇帝陛下が食いついたので、腰を据えて話すことにした。
「いいですか、病にはすべからく原因があります。それでこいつです」
そう言って望遠レンズを取り出す。
「望遠レンズ?」
「このレンズというのは小さいものを大きく見るための道具です。こいつで体の中を見るんですよ」
いまいちわかってない様子だ。
「たとえば怪我をして治っていく様子とか、病になった時の体内の様子を観察するんですよ。レンズで光景を一〇〇倍に拡大してね。ああ、こいつは遠くを見る用なんで、小さい物を拡大して見るのは別のレンズが必要になります」
一応こいつでも見れますがと拡大眼鏡を渡す。
「レンズの基本原理は同じですが、体内の観察には専用の道具、もっと性能のいいレンズを開発する必要があります」
そう拡大鏡を見ている皇帝陛下に説明をする。
「つまりね。レンズで病の根本原因を特定できるんですよ」
「原因が分かれば対処もできる、か?」
ようやく理解に及んだのかそう皇帝陛下が言う。
「そうです。病といっても色んな種類がある。それを神官たちが症状を見て分類しているのが現状です。咳き込むから喉の病気か、それとも風邪か。それをもっと詳細に特定できれば、治療法も自ずと見えてくる。あるいは回復魔法で治せない病気でも、その原因が特定できれば、回復魔法を使わずとも治療ができるかもしれない」
かもしれないばかりであるが、俺の居た元の世界では実現していたことだ。進歩しても治療が無理な難病は残るだろうが、魔法があるのだ。現代日本より治せる病気は多くなるんじゃないだろうか?
「病に対して薬を用いることがあるでしょう? もし薬が病を攻撃している様子が目に見えれば? どの薬がどの病に一番効果があるか。あるいは今まで効果がないとされていた薬が、弱いながらも病に効果があって、それを強化すれば病を根治できるとか。新しい薬も、そういった様子が目で見えれば、もっと簡単に作ることができるようになる」
とにかく顕微鏡があればできることが増えるのだと力説する。
「そんなことが本当に可能なのか?」
「神に誓って可能です」
「その小さい物を見るレンズはどうすれば作れるようになるのだ?」
「先ほどのドワーフに依頼してますから、そのうちできると思いますよ」
そう聞くと皇帝陛下が立ち上がったから、まあまあともう一度座らせる。
「ウルケルは有能ですから任せておきましょう。俺からも小さい物を見るレンズを優先するように後で言っておきますから。それでもし医療の研究を神国でやりたいなら、相談に乗りますよ?」
「神に誓ってと言ったな? もしそれが嘘や偽りであれば……」
「真実を語っておりますぞ、皇帝陛下」
そうひっそりと佇んでいたオーグレン氏が口を出す。
「望遠レンズという現物もある。もちろん簡単じゃないですよ? なぜ計画に千年計画と名付けたか。それは千年分の進歩を短期間で世界にもたらそうという計画だからです」
「一九年後に向けてか?」
「ええ。そこが一つの目標となります」
俺の言葉に皇帝陛下は厳しい顔をして頷き、言った。
「よかろう。神国は勇者殿を全面的に支援する」
これで医療技術は皇帝陛下が必死で進めてくれるだろう。棚からぼた餅だな。ありがとうございますと頭を下げる俺に続けて言った。
「だが貴様のことを認めたわけでは決してないからな! もしイオンに……」
「お兄様! 嫌いになりますと言いましたよね?」
「し、しかしだな……」
このお兄ちゃん、諦めが悪いなあ。
「わたくしの身をどうするかは、わたくし自身で決めることです」
誰に捧げるか。そして犠牲にするか。犠牲には俺がさせない。お兄さんも協力してくれるだろうしな。
「とにかく。医療技術の研究は早めに立ち上げましょう、お兄さん」
「お兄さんなどと二度と言うな!?」
しまった、つい口に出た。
「お・兄・様?」
切りがない。
「皇帝陛下、とにかく優秀な者、頭のいい者が必要です。千年計画は今のところエルフの里で進めてますから、何人か寄越してくれますか?」
よかろうと頷く皇帝陛下に思いついて頼んでおく。
「それとレンズですが、なるべく早く生産体制を整えたいので、陛下のほうでウルケルの面倒を見てもらえると助かります」
「いいだろう。長老会議を締め上げてくれよう」
俺がちまちま様子を見るより皇帝陛下にお任せしたほうが効率的だろう。皇帝陛下の邪魔をしようって者は居ないだろうしな。業務のぶん投げもできて俺も大助かりである。
それから加護と預言の口止めと、千年計画もなるべく情報漏洩をしないよう、ダークエルフのスパイの可能性も交えて話しておく。
「暗殺か……」
「まあ次は簡単にはやらせませんが」
サティや師匠も注意しているし、毒対策にエルフの護衛も分散して俺の守りに付いていてくれている。その分通常の襲撃に弱くなるかもしれないが、俺は自分で自分の身くらいは守れるから平気だしな。
話すべきことは話したかとため息を吐く。なんか疲れた……って、疲れたのは皇帝陛下との取っ組み合いと、師匠に揉まれたせいか。
いい加減働くかと、立ち上がる。治療にそろそろ俺も参加したほうがいいだろう。
「どこへ行く?」
「仕事です。見に来ますか? 皇帝陛下もそのために来たんですよね?」
治療の視察という名目で来たはずだ。本題ではないが、視察をしていっても良かろう。どうせイオンも俺に付いてくるのだ。
そうしてまずは向かったのは神官たちの待機所である。俺が部屋に入るとざわめきが起こる。
「あれが勇者様」「聖女様の旦那のマサル殿か」
総合するとそういう反応である。それを聞き流しながら光魔法をかけていく。一般魔法使い相手だと 加護(ブレッシング) の魔力回復効果もさほど期待できないが、チリも積もればというやつである。それより何より光魔法を体験できるというのが喜ばれるのだ。お手伝いに来てくれる、せめてものサービス的な何かであろう。
そして次は治療である。いまだに減る様子のない病人をてきぱきと治療していく。終われば二周目が集まり始めているので、今度はゆっくりと対処していく。
今は治療が一番楽まであるな。まあそれも手伝いが増えたからで、俺とアンたちでやっていたら、楽なんて言っていられなかったことだろう。
休憩のつもりで軽い食事を挟みつつ、三〇分、一時間と治療を続けていく。皇帝陛下とも色々話したいことがあったが、人のいるところでできる話じゃないと会話もほとんどなしである。
「いつまで続けるんだ?」
「あと一刻くらいで終わりにして、そのあとはエルフの里ですね」
ようやく痺れを切らした皇帝陛下が聞いてきたのでそう答える。
「それまでずっと治療を続けるのか?」
驚いたような言葉にもちろんですと頷く。
「回復魔法でもわたくしはマサル様に遠く及びません」
魔力量が違うからね。
「イオンもすぐに俺くらい、とまではいかないけどこれくらいはできるくらいに魔力量が増えるよ」
そう言ってイオンのレベル上げをどうするかと考えていると、変わった人の流れが探知にかかった。
特に探知に注意を払っているわけではないが、異変があればわかるよう、常時動作を心がけているのだ。師匠とサティも気がついてさり気なく動いている。
だが動きからして危険はなさそうだし、人数から見て帝王陛下が随伴を連れてやってきたってところだろうか。
「あれはランディーズ・ガレイ殿下ですね」
ウィルパパの姿が見えた段階で声に出し、こそっと皇帝陛下に伝えておく。
「ほう。あやつが次の帝王か」
さり気なく皇帝陛下が腰に手をやり、そしてウィルパパが目の前に来た時、抜こうとした。
俺はそれを抜く前に腕を抑えて止める。
「なに考えてんですか、こんなとこで」
裏で一般人は居ない場所とはいえ、周囲に治療スタッフはいっぱいいるのだ。次期帝王に斬りかかるとか大騒ぎになるぞ。
「な……後ろで見えなかったはずだ」
「剣聖の弟子を舐めないでいただきたい。剣でなら目をつぶってでも貴方に勝てます。さっきも動けなかったんじゃなくて、わざと動かなかったんですよ?」
拳で有利に戦えたからって勘違いしたか。しかしこいつは事あるごとに剣を抜くな。癖か? 地元でも毎回こんなことしてんのか?
「申し訳ありません。お兄様は気軽に剣を抜くようなところがありまして……」
それで俺への攻撃未遂もあんなに手慣れた感じだったのか。ウィルパパも見た感じ戦闘能力はありそうだもんな。試してみたくなったのだろう。実に傍迷惑である。
「ここは帝国です。少しは弁えてください」
「どうしたというのだ?」
そうウィルパパが自分そっちのけでの話に疑問を呈する。どうやら襲われそうになったことには気が付かれずに済んだようだ。
「あー、何か話があるんですよね? ここじゃなんですから、部屋に戻りましょう」
そう言って一旦控え室へと移動する。
「千年計画に携わる者と、レンズ作りを担当する者を連れてきた」
そう言われて一人ひとりを紹介される。一〇名ほどの人員はいちいち名前を覚えてはおけないが、顔くらいはと記憶に留めておく。
「イオン、神国へ送って行ってくれるか?」
転移の練習だ。皇帝陛下はイオンに命令みたいに指示をした俺へ不満そうに、イオンは魔法を試せるので嬉しそうに、転移の準備を始める。皇帝陛下はイオンに付いていくようだ。
「エルフの里へは俺が転移しましょう。ってちょっと待った」
何を何事もなく転移しようとしているんだ。
「紹介くらい必要でしょう?」
皇帝陛下は俺の言葉に不愉快そうな顔をするが、それでも居住まいを正し、ウィルパパに向き直った。
「ファムルーク・ファイマウル・ミスリルだ。以後良しなに、ランディーズ・ガレイ殿」
そんな名前だったのか。始めて知った。
「神国皇帝……」
「ええ。皇帝陛下も俺への全面的協力を申し出てくれまして。帝国での千年計画はランディーズ閣下が担当となります」
俺がそう言うと睨み合うというほどではないが、二人の間にピリピリした空気が流れてしまう。
ウィルパパからすれば年下の若造だし、皇帝陛下からすればいまだ王ですらない格下。放置しておけばマウント合戦でも始まりそうだ。
「共に戦う仲間になるんです。仲良くしてくださいね」
何と戦うかは二人とも事情は知っているから言うまでもない。そう笑顔を作りながらも力を込めて言う。
ケンカしている余裕なんてないんだからな?
俺の言葉に二人して俺へ向けて嫌そうな顔をする。皇帝陛下は露骨に。ウィルパパはわずかに眉をひそめる程度で。
皇帝陛下の表情に気がついたウィルパパが緊張を緩める。敵意は自分じゃなくて、俺へのモノだと気がついたからだろう。
「よろしくお願いいたします、ファルムーク陛下。できればどこかで会合を持ちたいですな」
「余は午後からエルフの里へ行く予定であるが……」
「ならばそこでお会いしましょう」
それで話は終わったと、皇帝陛下はイオンを促して、神国へと転移していった。
「気難しい人物と聞いていたが、もう仲間にしたのか」
それを見送り、今度は俺たちが転移の準備をしながら、ウィルパパが言う。
「なんとかですね。俺自身は大事な妹を取ったってんでものすごく嫌われてしまいましたが」
あの態度で協力態勢に問題があるとか思われても困るから、正直に伝えておく。
「そうだな」
そう納得したようにウィルパパが頷く。ほんとそうだよなあ。こればっかりはどうしようもなさそうだ。
「あの皇帝とは上手くやれそうだ」
なんでそう思ったとは聞けずに、俺はエルフの里への転移を発動させた。