軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

287話 兄妹 その2

皇帝陛下の怒りが伝わってくる。殺せるなら殺したい。そう感じられる殺気は、勇者と名乗ってなかったらその場で斬り捨てられたまでありそうだ。

これを説得しなければならない。イオンが手に入っても神国が敵に、敵に回らないまでも皇帝陛下が非協力的になっても困るのだ。

説得……できんのか? 人族が滅亡するから勇者の仲間にするって言ってもダメ。イオンもきっぱり意思表示した。

皇帝陛下にとってイオンは大事な義妹で、神国にとっても神託の巫女で禁呪の担い手。手放すことは俺が何を言ったところで絶対に容認できまい。

「これは俺が悪かったです。イオンほどの人材、神国は手放せないでしょう」

皇帝陛下は俺の謝罪に多少表情を和らげ、イオンが息を呑む気配がしたが、そのまま続ける。

「ですが帝都での治療はそのまま手伝ってもらいたい」

俺の申し出にまた渋い顔になる。だが即座に反対とは考えなかったようだ。

「転移魔法があるんですよ。簡単に行き来ができますし、これは神殿主催の聖女様の手伝いなんです。先頭に立って参加してくれていたイオンが急に来なくなると、なにか問題があったのかと勘ぐられるかもしれませんし、心配ならそちらからも人を寄越せばいいでしょう?」

むしろ今日まで監視がなかったのが不思議……って護衛の二人レーダとトニエラがそうだったのか。それもあって皇帝陛下への情報が遮断されてたんだな。

「うむ。まあそれなら……」

よしよし。あっさり妥協したな。それならもうこっちのものだ。

「イオン、勝手に決めて悪いが空間魔法を覚えてもらえるか?」

転移魔法の使い手をどうやって捕まえておける? まさかイオンに隷属や魔法封じの首輪をつけるわけにもいくまい。

俺は別にイオンを仲間にしないとも、帝都での治療が終わった後に縁を切るなどとも言っていない。単にイオンを神国が手放せないでしょうねと、そう言ったのみだ。

「もとより空間魔法は覚えるつもりでした」

問題の先送りではあるが、周囲をねじ伏せるだけの実力を示せば自ずと道は開ける。今でさえイオンの権力は相当に強い。ここに転移魔法と攻撃魔法を覚えたらどうなるか? しかも勇者の仲間に神託への協力という大義名分があるのだ。

「あと必要なのは風魔法ですね。お願いできますでしょうか?」

本当なら俺が相談に乗ってやれれば良かったのだが、スキルに関して必要なことは嫁たちが暇を見つけて教えてくれていた。

「待て。何の話をしている?」

目の前で自分を無視して進められる意味不明な会話に皇帝陛下が口を挟んできた。

「これから起こるのは神の奇跡です」

「なに?」

「イオンは回復魔法の腕は他に並ぶ者が居ないほどですが、風魔法は初級レベルで、もちろん空間魔法はまったく使えない。そうですね?」

こっそりやったところですぐにバレるし、どうせ後から根掘り葉掘り聞かれるのだ。だったら最初から大々的にやってしまうほうがいい。まあこの場が関係者のみだからできることであるが。

「そうだが……」

「そして元々は少し優秀な程度の治癒術師だった」

その言葉には答えない。禁呪での強化はおいそれと話せることではないのだろう。

「今からイオンに転移の使える空間魔法と、強力な風魔法を与える」

「まさか……いや、待て! それはいかんぞ!」

禁呪には必ず代償が必要だ。それも本人のではなくてはならない。それは知っていたのだろう。皇帝陛下が血相を変えている。

「邪魔をなさいませんよう、お兄様」

詰め寄る皇帝陛下にイオンが冷静に言う。

「だが!」

「誓ってお兄様の心配されるようなことはありません。これは紛うことなき神の奇跡。すばらしき祝福なのです」

そう言って加護の力によって動くようになった手を掲げた。

「もう二度とわたくしの犠牲は求めない、求めさせない。マサル様はそう言ってくださったのです」

「皇帝陛下の下に戻したとして、貴方はイオンを守れますか?」

俺の問いかけに皇帝陛下は答えない。答えられない。なぜなら禁呪を使うことこそイオンの最大の役目なのだ。神託の巫女は重要であってもおまけにすぎない。そしてそれは皇帝の一存で決められるようなことではない。

「貴様に……貴様などに何がわかる!?」

絞り出すような言葉に俺も答える。

「俺は回復魔法も得意なんです。そしてアレも使えるし、一度使ったことがあります。神殿はえらく腹を立てていましたよ」

俺の発言に皇帝陛下はさすがに言葉に詰まったようだ。

「だからこそわかる。アレを使わざるを得ない状況というのは絶対にある」

もし神国としての必要があれば、皇帝とて簡単には止められない。

皇帝陛下はどすんと乱暴に椅子に戻って、ようやく言った。

「……貴様の代償はなんだったのだ?」

それを聞くか。というか俺が代償を払ったようには見えないのだろう。じろじろと俺を観察している。

「俺は使徒ですが不信心者でしてね。神に敬意は払えど信仰心というものが元々あまりなかった。それで祈ったのです。信仰心を捧げる、今後は敬虔な信徒になると。それが代償です」

その節は助かりましたと軽く祈りを捧げる。

「それだけで済んだのは運が良かったのか、それとも使徒としてよく働いていたのでお目溢しをしてもらえたのか」

初回サービスがあるという話だったし、それかもしれんな。

「マサル様の信仰心にそれだけの価値があったのですよ」

そうかもなと、イオンに頷く。

「それで俺の仲間になればもちろんアレは使わせませんし、勇者の仲間で転移魔法まで覚えた者に犠牲を強いるのは難しいでしょう。前線に出ることにはなりますが、後衛は優先的に守られますし、それが転移術師なら尚更です。本当に危険になったら簡単に脱出できますし、言うほどの危険もないですよ」

戦場なら突発的な危険はあるし、俺の仲間になることでのリスクも無論あるが……

「神の奇跡と言ったが、本当にリスクはないのか?」

「ありませんね」

代償(リスク) は強いて言えば魔物の命か。きっとやつらの魂をすり潰して経験値に変えているんだな。なかなかに業が深い。

「ならば尚更イオンである必要はないではないか!」

「誰でもいいって訳でもないんですよ。代償がない分、条件が厳しいんです」

単純に俺にものすごく好意があるという程度じゃダメなようだ。それならもう少し増えてもいいはず。

「条件とはなんだ?」

「俺への忠誠心です」

忠誠心。俺はそう訳したがどうも異世界のこの言葉はもう少し意味が広いらしい。

「忠誠心? それはおかしいではないか。イオンが貴様と会ったのは……まさかこっそり会っていたのか!?」

「いやいやいや。誓って数日前が初対面ですよ」

また激高しかけた皇帝陛下をそう言ってなだめる。

「想いに日数など関係ありません」

かなり前から俺のことを情報収集してたにせよ、会った瞬間に加護が付いた。新記録だ。

「……忠誠心とはなんだ? 勇者に仕えることか?」

俺が思うに、それは俺のために自分の命を賭けられるかどうか。イオンは俺と出会う前からお役目に殉じる覚悟があった。それが俺と出会って俺への、命をも賭けられる忠誠へと転じた。俺は神の使徒で、しかも自分と同じように禁呪をも使っていたのだ。違和感なく受け入れられたのだろう。

だがそんなことは、妹さんは俺のために必要なら命をも投げ出す覚悟ですとかこのお兄ちゃんにはとても言えない。

しかし皇帝陛下の疑問にイオンが答えてしまう。

「すべてを捧げることです」

「すべてだと」

「はい。この身、命、何もかもです」

そうイオンはきっぱりと言い切る。

「それは……それではお役目とどう違う?」

まったく違うに決まっている。

「その上でマサル様は犠牲は必要ないのだと、わたくしも普通の幸せを得てもいいのだと、そう仰ってくださいました」

その言葉に皇帝陛下は悲しげな表情を浮かべて言う。

「俺の下では普通の幸せは得られんか?」

「そうではないのです。お兄様」

そう言ってイオンは首を振る。

「お兄様の庇護の下での暮らしに不満はありませんでした。いえ、幸せがそこには確かにありました」

「ならばそれでいいではないか。俺の下へと戻って、今まで通りに暮らそう」

皇帝陛下の懇願は今までになく弱々しかった。

「ごめんなさい、お兄様。わたくしはどうしようもなくマサル様に惹かれてしまったのです。たとえ幸せなどなくとも、それが魔境へとはっきり続く道だったとしても、わたくしはマサル様に付き従ったでしょう」

その言葉にゆらりと皇帝陛下が立ち上がった。そして腰の剣を素早く抜き打ち、俺の肩へ当たる寸前に止めてみせた。

「使徒だ勇者だと言ってもこの程度。こんな男にどれだけの価値がある?」

剣に無反応だった俺を軽蔑するように言う。

「お兄様!」

「いやいいよ。本気で斬るつもりもない剣だ」

当たったとしても肩にはしっかりとした防具があるし、反応はしかけたが、これでは派手に動いたほうがむしろ恥ずかしかっただろう。むろん皇帝陛下の剣が予想以上の切れ味で、俺がダメージを受ける可能性はあったが、剣に殺気はまったくなかった。ただの脅し。殺すつもりのない、速さだけの軽い剣だ。

「躱す必要もなかった」

そう言って立ち上がった俺に、皇帝陛下が青筋を立てる。こうして正面に立つとやはり上背がずいぶんとある。190センチは越えていそうだ。視線を合わせるのに俺が見上げる必要があるくらいで、まるで大人と子供。さぞかし肉体的な力にも自信があるのだろう。だが……

「つまらないな。神国の皇帝ともあろう者が、剣に訴えますか?」

やれば俺が勝つに決まっているのだが、あちらが先に剣を抜いて攻撃する姿勢を見せたのだ。やり合うことにでもなれば願ってもないと挑発を入れてみる。

「なんだと」

「お兄様、お止めください!」

たまらずイオンもそう言って立ち上がり、俺を守るように動いた。

「さっそくイオンを盾にするか? なんと情けない」

ではお相手をして差し上げましょうか、そう口を開こうとしたところでやはりイオンが止めに入った。

「違います、お兄様。レーダとトニエラが二人掛かりでもマサル様には勝てなかったのですよ!?」

なに、と皇帝陛下が声を上げ、部屋の端で身を潜めるレーダたちを見る。

「見た目に騙されてはいけません。マサル様は化け物です、陛下」

皇帝陛下の問いかけにレーダがそう答える。化け物はひどい言い方だが、一般人から見ればそうかもしれない。まあここで皇帝陛下をぶちのめせば気持ちはいいだろうが、それはそれで何かと問題がありそうだし、諦めるか……

「剣術ではまだ師匠、剣聖には敵いませんが、強さだけなら俺は間違いなく世界最強ですよ。それだけの力を神からもらっているんです」

そうだ。イオンに加護を与えるって話をしてたんだ。

「もし神の加護がなければ俺は見た目どおりか、それ以下の強さしかなかったでしょうね。それを今からイオンにも分け与えるんですよ」

いいや。もうやっちまおう。このまま話し合ってもいつまでもぐだぐだ言ってそうだし、皇帝陛下も振り上げた拳の落とし所を無くしてお困りのご様子だ。

「じゃあイオン」

「あ、もうやるんですね」

イオンのステータスを開いて空間魔法をレベル4に。風魔法もレベル4だな。結構ポイントが余るが、空間魔法を5にするには足りないし、他にもほしいスキルがあるかもしれないから保留でいいな。

もっと荘厳な感じでやりたかったんだが、まあいいだろう。魔法の知識が急に流れ込んで挙動不審になっているイオンに声をかける。

「短距離転移を試してみろ」

俺の言葉にイオンは部屋を見渡すと、詠唱を始め、ふっとその姿がかき消えた。

「ひゃぅ!?」

トニエラの目の前に転移し、驚かせたことで満足した様子のイオンが戻ってきた。

「風魔法は後で休憩時間にでも試すといい。フライは中々楽しいぞ」

はい、楽しみです。そう嬉しそうに答えたイオンに、俺もにっこり笑いかける。

「よし、じゃあ治療に戻ろうか」

皇帝陛下が混乱気味なこの隙に……

「待て待て待て!」

ってダメか。

「俺今日は忙しいんですが……あ、じゃあ一緒に来ますか? 千年計画のことも話したいですし、最大限協力すると言ってくれましたよね?」

「いや、それは……」

違ったかな? イオンを神国から出さない代わりって話だっけ? まあどっちでもいいが。

「ああ、忘れてた。ドワーフだ」

そもそもそのためにここに来たんだった。

皇帝陛下を無視して工房を出て店舗のほうに行くと、ウルケルとエルフたちが何やら話し合っていて、それを長老が憮然とした様子で見ていた。長老会議のドワーフ兵は相変わらず捕まったままなので、止めようにもどうしようもないのだろう。

「こっちの話は終わったけどそっちは何をしてたんだ?」

「ウルケル殿に望遠レンズの仕組みを教えてもらっていたのです」

そう弟君が教えてくれた。ガラスの製法に関してはまだ長老会議の同意は得られていないから、俺からの知識の分を伝授していたようで、長老もちゃっかり聞いていたのか。

「陛下! お聞きください。こやつらが我らドワーフからガラスの製法を奪おうとしているのです!」

長老は俺の後からやってきた皇帝陛下を認めると、そんな勝手な主張をし始めた。しかし皇帝陛下には長老会議の行動はすでに説明済みである。

「なるほど知的財産権か……しかしこの場合はどう判断するのだ? レンズは貴様の技術だが、ガラスの製法はドワーフのモノであろう?」

「技術の権利が認められるのは長くて二〇年ですし、ガラスの製法のように古い技術に権利は認められません」

実際にはドワーフのガラス製法に独自の新しい技術があったりすると話はややこしくなるし、権利がないとはいえ開示する義務はどこにもないのだが、当事者の職人のウルケルがいいと言ってるのだから問題はないと考えよう。

そもそもレンズの技術を無償で提供しているのだから、ガラスの製法と相殺だな。

「ドワーフは勇者殿に協力せよ」

俺の言葉に頷くと皇帝陛下がそう告げた。

「し、しかし……」

「余は協力せよと言った」

抗弁しようとする長老は、皇帝陛下の重ねての言葉に膝を折り、頭を下げた。おかしいな。ドワーフの長老会議は結構な権力があるって帝国で聞いたんだけど……

それより皇帝陛下の権力がさらに強いのか?

「まあまあそんなにがっくりしないでも。エルフも帝国もレンズ作りを学ぶのはこれからだし、一歩先んじてるうちに生産を安定させれば、大儲けは間違いなしだぞ」

俺のその言葉に長老もはっとした様子だ。長老会議主導で気合を入れて生産してくれれば、レンズなんていくらあっても困らないのだ。

「ここは任せても大丈夫か? んじゃ俺たちは帝都へと戻る。また後で様子を見に来るよ」

おっと。望遠レンズの完成品もいくつかもらっていこう。それで忘れ物はもうないな?

ドワーフと皇帝陛下の件は片付いたし、イオンにスキルも与えた。イオンの転移ポイントを増やすのは……後でいいか。イオンのことがどうなったか、みんなも心配していることだろうし、何はともあれ帝都だな。

「おい、護衛は連れていけるのか?」

どうやら帝都へ行くつもりになった皇帝陛下がそう尋ねてくる。

「俺の転移は一〇〇人までなら問題なく運べますよ」

「では半分残れ」

帝都行きには皇帝陛下の護衛でずいぶんと人数が増えたが、エルフが残った分、行きから少し増えた程度だ。

「お忍びですか? それとも堂々と行きますか?」

転移のため集まったところで思いついてそう聞いた。皇帝陛下の格好は少々派手だ。転移してうろうろしようものなら、すぐに騒ぎになりそうだ。俺の思ったことは伝わったようで、皇帝陛下は部下の装備を奪い取って、護衛の一人に扮することにしたようだ。

「この訪問は神国からの……ただの視察ということにする」

普通の格好をしてても体格はごついしなんかオーラも出てて目を引くが、その程度なら問題はなかろう。

そうして帝都へと転移したのだが、皇帝陛下が変装したとはいえ、元が皇帝の護衛団である。かなり物々しくて装備も上質なので、帝国軍や神殿騎士団がいる中でも集団自体がかなり目立つ。

「大丈夫だ。神国からのお客さんですぐに帰るから気にしないでいい」

それで少しざわついたのは収まったが、皇帝陛下は堂々としてるもんだから、神国からの応援で気が付く者が居て顔を引きつらせていた。顔を見れば一発だもんなあ……

それでも特に騒ぎになるようなこともなく、控え室にたどり着いた。

「お帰りマサル、イオン。どうなったの……ってそちらの方は?」

部屋に入るとアンが真っ先に俺に声をかけ、続けて入ってきた皇帝陛下に気が付きそう尋ねてきた。

「イオンのお兄さんだよ。イオンの職場の視察がしたいって」

「うむ。余のことは気にせずに職務に励むがいい」

余とか言ってるし、ぶち壊しだよもう。まあイオンのお兄さんと言ってる時点で俺も取り繕うつもりもないんだが。

「こちらが今回主催のリシュラの聖女、アンジェラです」

「アンジェラ・ヤマノスでございます、皇帝陛下」

そう頭を下げるアンに、部屋は関係者だけだったので言っておく。

「さっきイオンに加護を与えて、お兄さんにも大体のことは話しておいた。ああ、わかっていると思いますが、加護の話も含めて絶対に外には漏らさないでください。ここにいるのは関係者、俺の仲間なんで大丈夫ですが」

紹介をしておきましょうと、一人ひとりと引き合わせていく。イオンが仲間になったし、イオン次第であるが親戚になるのだ。

「つまりこの者たちは全員が加護をもらっていて貴様の妻だと?」

早晩わかることだとちゃんと紹介したのだ。そして当然ながら事情を察したお兄さんが青筋をビキビキと立てている。

連れて来たのは失敗だったと思いながら正直に言っておく。

「あとここに居ないのがもう三人ほど」

リリアとルチアーナとシラーちゃんが不在で、シャルレンシアはまだ手出しもしてないから除外だな。

「貴様、まさかとは思うがイオンに……」

「まだ指一本触れてませんよ」

俺の言葉に一瞬安心したようだが、すぐに気がついたようだ。

「まだ、だと?」

だってなあ。どう言えばいいの? イオンが生涯独身を貫くつもりならともかく、結婚するならもう俺以外選択肢はないし、俺も今更イオンを誰かの嫁にやるなど我慢できるはずもない。

だからこそお兄ちゃんの気持ちもわからないでもないんだが。

「今はまだイオンは仲間になったばかりでそれ以上ではありませんが……」

「それ以上など今後も一切ない!」

「それはイオン次第でしょう。俺はこんな感じなんで、イオンがそれは嫌だって言うならこれからも指一本触れませんが……」

そう言ってイオンのほうを見る。

「皆様素敵な方ばかりで、家族の一員に迎えていただけるならとても光栄なことだと……もちろんマサル様がわたくしなどで良ければですが……」

そうイオンはもじもじしながら言う。

「むろん大歓迎だよ」

「絶対にダメだ! イオン、帰るぞ!」

うーむ。また振り出しに戻ったよ。

「お兄様、わたくしはマサル様に生涯お仕えするとそう決めたのです」

「イオン、考え直せ。こいつは自分が勇者なのをいいことに、他にもたくさん女を作っているに決まっている」

別に女漁りをしてるわけではないのだが、まったく反論ができないのがつらいところである。

「お兄様、マサル様はとても素敵な御方で、おモテになるだけなのです」

そうどこか嬉しそうに言うイオンの説得は諦めたのか、俺へと矛先を向けた。

「やはり貴様は先ほど斬り捨てておくべきだった」

「お兄さんの腕じゃ無理に決まっているでしょう?」

「お兄さんなどと二度と言うな」

そう言って皇帝陛下が剣を抜いた。

「相手をしてやればいいではないか。ああ、マサルは素手でやれ」

師匠はまたそんなことを……

「斬ってしまっても良いのですな?」

「可能ならばな」

「よし、死ね!」

うわ、ここで始めやがった。狭い室内で皇帝陛下の剣を躱していく。みんなは……避難したな。部屋の隅で机を盾にしている。

皇帝陛下の剣の腕はかなりいいが、それでも普通に戦えば余裕なのだが、部屋の狭さが問題で、しかも素手でどう戦うか? 相手はフル装備。拳なんか当ててもこちらの手を痛めるだけ。俺の装備も剣でもそう簡単には貫けないのは助かるが……

スピードは俺のほうが圧倒的に上なのだ。隙を見て剣を持つ手を捕まえ、ひねり上げて剣を手放させることに成功した。そのまま抑え込んで無力化をと思ったが、思いっきり顔をぶん殴られた。

やべ。頭を揺らされた。トドメとばかりに殴りかかってくるので、必死にガードで凌ぐ。

強い。というか拳の一発一発がゴンゴンと恐ろしく重い。その上至近距離から殴ってくるものだから、回復魔法も使えない。

一〇発ほどを防具付きの腕で攻撃を受け、ようやく頭がクリアになってきた。

もう一度腕を掴もうとするも、二度はやらせてくれないらしい。俺から殴ろうにも皇帝陛下の背が高すぎて頭が遠い。

ならばとローキックで膝を折ってやった。それでもう一度腕を掴み、もう片手も抑え……動きを抑えられない!?

パワーは俺のほうが上のはずだが、体重でひっくり返される。頭突きを食らいそうになるので仕方なく手を離すと、そのまま取っ組み合いになり――

格闘することほんの一、二分だろうか。ようやく俺の拳がまともに頭を捉え、皇帝陛下を沈めることができた。意識を刈り取るまではいかなかったが、立ち上がることはできないようだ。

肩で息をしながら考える。勝つには勝ったが、俺が殴ったのはたった一発。皇帝陛下の攻撃はさんざんもらってボロボロである。武器なしでも負けるわけはないと思っていたが、素手だと体格差がこんなにも響くのか……

「少々手間取りすぎだな。どれ、剣士の素手の戦い方というものを教えてやろう」

回復魔法を使おうとする俺の前にそう言って師匠が現れた。

「いや、待って」

「そら。しっかり避けて見せよ!」

もちろん回復など許してもらえず、俺が倒れるまで師匠の指導は続き、俺は素手での戦い方を体でわからされたのだった。