作品タイトル不明
286話 兄妹
意を決して工房に入ったのだが、皇帝陛下は望遠レンズを夢中で覗き込み、俺たちに気付く様子もない。仕方なくその前まで移動し、軽く咳払いをして声をかける。
「皇帝陛下?」
それでやっと気がつき、望遠レンズから顔を上げた皇帝陛下の機嫌の良さげな顔が一瞬で凍る。一緒に入ってきたイオンは俺の神官服を掴み、体はわずかに離れているものの親しげに寄り添っている。妹の外泊を心配して探しに来た兄がそれを見てどう思うか。しかし不安そうにしているイオンに離れてろなんて、もちろん言えない。
「気に入りましたか? よろしければそれは差し上げましょう」
「……面白い道具だ」
俺の言葉に皇帝陛下はそう言うと、望遠レンズを随伴の者に手渡し言った。
「イオン、帰るぞ」
俺を見て何か言いかけた感じだったが、とりあえず俺のことは無視することに決めたようで、イオンに手を伸ばしてそう言った。
「まだ治療がありますので、お兄様」
イオンはさらに俺を盾にして、そうにべもない。静かに怒気を発する皇帝陛下にびびって俺の後ろに隠れてなければ立派なんだけど。あと護衛の二人。そんなに後ろに居てどうする……
「もう十分に働いただろう?」
皇帝陛下は一転してやさしげに言う。だがそれはまるでもう十分遊んだだろうと子供にでも言う物言いだ。
仕事なのだ。二日や三日やって終わりなんてあるわけがない。
「治療は今日を含めてあと四日もあります。その後もイオンには役目がありますし」
そう俺が言うと、皇帝陛下は努めて意識しないようにしていた俺にゆっくりと視線を合わせる。眼力だけで周囲の温度が数度下がったようだ。
「なんだ、お前は?」
皇帝陛下は体格、物腰からすれば腰の剣は飾りではなさそうだ。おそらく相当にやる。だが発する怒りは殺気というには弱い。たとえ相手が皇帝であろうとその程度では俺をびびらせるには程遠い。
「俺の名はマサル・ヤマノス。勇者ですよ」
淡々とした調子でそう言う。もう一般冒険者ですはさすがに無理がある。使徒でも良かったが勇者の名はインパクトがあるし、どうせ事情に詳しくない者は俺を勇者として見ているのだ。
勇者が旗振りをしているとなると、計画への弾みもつくだろう。それで千年計画が上手く進めば俺が魔王を討伐しに行く必要がなくなる。勇者がエルフだと思っている魔族に俺の存在がバレるリスクは大きくなるが、その程度は許容すべきだろう。
たとえ俺がどこかの時点で倒れたとしても千年計画さえ走り出せば、俺の存在はそれほど重要でなくなる。
「ヒラギスの……本物だったのか?」
皇帝陛下もその噂くらいは聞いていたようだ。そうしてイオンもそうですと頷いた。ならば話は早い。
「イオンは俺の仲間、パーティメンバーの一人となるんです。今後は神国から離れて活動することになるでしょうね」
イオンは俺の仲間となる。そこが一番重要だ。
「話にならん。帰るぞ、イオン」
ふんっと鼻を鳴らして再びそう言い、イオンのほうへと手を差し伸べる。
「帰りません。私はマサル様と共に歩むと決めたのです」
そう言って俺の後ろに一層隠れる。皇帝陛下はイラっとした様子を見せたが、口調を和らげて言葉をつなぐ。
「冷静になれ。たとえ他国だとしても治療の手伝いくらいならまだいい。しかし勇者の仲間? お前は体が弱いのだ。それに神託の巫女のお役目を投げ出すのか?」
体が弱いなどとぼかしてはいるが、目が見えず、片手が使えないのは確かに致命的だ。というか治ったことすらまだ知らせてないのか……
まあ知ったら知ったでもっと早くにリアクションがあっただろうしな。
「それは……」
「いえ、マサル様。これはわたくしが話します」
そもそも今この場で話すようなことなのか? 場所を変えたほうがいいような気がとてもするんだが。
「マサル様は素晴らしい御方です。その仲間に加えてもらえるのは望んでも簡単には得られない誉れなのです」
「こいつが勇者だからか?」
顎で指してこいつ呼ばわりか。皇帝陛下はせっかくの勇者の名乗りにもあまり感銘を受けた様子はなさそうだ。
「それは関係……いえ、それもありますが……」
ようやく覚悟を決めたのか、イオンが俺の後ろから皇帝陛下の前に出てきた。
「これまでお兄様は本当の妹でもないわたくしに、とても良くしてくださいました」
「本当も嘘もない。お前は俺の妹だ!」
今にも別れを告げそうなイオンの言葉に皇帝陛下の声も切迫感が増す。
「ありがとうございます。そう言っていただいてとてもうれしく思います。ですがもうわたくしのことを重荷に、罪悪感を感じることはないのです」
動かないはずのイオンの右手が、皇帝陛下の胸にそっと置かれる。すぐには気が付かなかった皇帝陛下の顔が疑問符を浮かべ、やがて驚愕に目を見開いた。
禁呪により動かなくなった、もう二度と動かないはずの右手を皇帝陛下がその手に取り、イオンはほら、と嬉しげに動かしてみせた。
「手が……そんな馬鹿な」
「ふふっ、そんな顔をなされると素敵な顔が台無しですわよ」
そう言って目も治ったことを暗に示した。とうとう皇帝陛下は顔を歪め、涙をこぼし始めた。
「イオン。俺は……ずっとこれでいいのかと、間違っていたのではないかと……」
「すべてわかって協力したのです。そのことに後悔などありません」
その言葉に皇帝陛下がイオンをそっと抱きしめる。
「そうだ。お前はどんな時でも我儘も、恨み言一つ言わず、ただ運命だと受け入れて……俺はそれを……」
「良いのです、お兄様。元より救われた命です。お役目を引き受けた時にすべて覚悟はしておりました」
少ししてようやく落ち着いたのか体を離し、イオンに問いかけた。
「だがなぜだ? それは……」
それは禁呪による不具で、決して治るような性質のものではないはずなのだ。
「続きはもう少し落ち着ける場所でしませんか?」
空気を読んで静かにしていたが、そろそろ話題が危なくなってきたと口を出した。横からの口出しにすごい顔で睨まれる。
「良かろう。人払いをせよ」
皇帝陛下は場所を変えるよりその場で話すことを選び、俺たち以外は工房から追い出された。
残ったのは俺の護衛、イオンの護衛、皇帝陛下の護衛。そしてオーグレン氏である。オーグレン氏をちらっと見て、軽く肩をすくめる。まあいいだろう。どうせ話すことになるとは思っていたから、手間が省けるというものだ。
適当な椅子に座って皇帝陛下と向かい合う。イオンが当然のように俺の隣に座るのを見て皇帝陛下がまた俺を睨む。俺に怒っても仕方ないと思うんだが……まあ俺が原因か? 理不尽な気はするが。
「一年ほど前、神託がありました」
そう前置きもなくいきなり話し始めた。ちまちまと情報を小出しにしても仕方ない。こうなったらなるべく早く事態を把握してもらう。その俺の言葉に皇帝陛下はイオンのほうを見た。
「わたくしのではございません。マサル様の授かった神託です」
「俺は神と契約を交わし、リシュラ王国へと降り立ちました。そこで告げられたのが二〇年後の世界の終わりです。対策を取らねば、もう一年は過ぎたので後一九年で、人族は魔物の手により滅ぼされるでしょう」
魔物の攻撃による滅亡が確定したわけではないが、それに関しては時間のある時に説明すればいい。
「それは……真偽官よ、こやつは本当のことを言ってるのか?」
皇帝陛下はさすがに信じ難いようで、俺の後ろに立つオーグレン氏にそう尋ねた。
「少なくとも嘘ではありませんな。マサル君、その神託を証明できるかね?」
「メモは取りましたが、俺一人が聞いたので」
「狂人が自分は神の言葉を聞いたのだと心から信じて騒ぐことは稀にあることです」
オーグレン氏ひどい。確かにそこらへんのことは証拠も何もないけどさ。
「だがこの者は勇者ではないのか?」
「勇者である可能性は確かに高いですが、真偽院として確認できたわけではありません」
そもそもが俺の周囲があっさり信じすぎなのだろう。ティリカが居るからとか付き合いがあって人柄がわかるとか、加護の力を間近で見ているとか。そういう部分をすべて取っ払ってしまうと、俺の言葉は狂人の戯言と区別が付かないと言われても仕方のない話なのだろうかね。
「狂人の戯言だったほうが、世界の滅亡よりマシなんですが、そうか。証拠か……」
「わたくしは昨晩、神託が下されるのをこの目で見ました」
そうだった。ついでにそのことを話しておくか。
「その神託の内容ですが、もし真偽院が失伝した真偽官を生み出す施術、取り戻せるとしたらどうします?」
後ろのオーグレン氏を振り返りながらそう言う。
「もしそのようなことができれば、その時は真偽院はマサル君の前に膝を付き、どんなことでも協力すると約束しよう」
何か協力を要請したい程度のことは知らせてあったようだ。
「昨晩、神託によりその知識を、あー、とあることの報酬としていただけると約束してもらいました」
「とあることとは?」
「少々扱いが難しいモノなので、それを封じる代わりの報酬としてです」
だからそれに関しては神との約束でこれ以上話すことはできないと言っておく。まあ話せと言われてももはや火薬という名前とその効果くらいしか語れない。
「それで真偽院に協力してほしいことがあるんですけど、少々話が長くなるかも……」
オーグレン氏は私は問題ないと頷き、皇帝陛下も異論はないようだ。
「構わん。真偽院の歴史くらいは俺も知っている。面白そうな話だ」
「では今後現れる、新しい知識に関する権利とそれを守る方策について話をしましょう」
そうして知的財産権に関する話をオーグレン氏からの質疑を交えながら話していった。どうせ皇帝陛下も知ることになるからと千年計画についてもちらっと触れておく。
「なるほど。確かに真偽院が関わらねば運用は難しくなるだろうが、それは真偽官が関わるべき案件なのか、はなはだ疑問がある」
「どんな点でです?」
「つまるところそれは商人や学者の金銭的利益を保護するための仕組みであろう?」
金銭絡みというのがダメなのか。真偽官は賄賂だ利益だなんて話は忌避感が強いのだろう。倫理的にか心理的にかお金儲けの手助けは難しいと。
「それは一面的な見方ですよ。たとえば農夫が努力して広い農地で品質の良い作物を作って売る。その努力に対する対価は金銭で渡すのが一番効率がいい。だけど学者が一〇年かけて考え出した、たとえばこんな道具があったとして、その利益は誰が保証してくれるんです?」
望遠レンズを渡して見てもらう。
「それがあれば遠方の豆粒のようにしか見えない魔物の動きでもつぶさにみることができる。しかしその仕組みと作り方は知ってしまえば単純です。ドワーフのガラス職人は教えたら一日で作ってしまいましたよ」
そして今日、ドワーフの長老会議がそれを奪って利益を独占しようとした話もする。知的財産権に関してはゆっくり整備していけばいいと考えていたが、すぐにでも手をつけておくべきかもしれない。
「知識や有用な技術を考え出しても弱者はその対価を得ることすら今は難しいんです。その状況は是正されねばなりません」
ふうむとオーグレン氏は考え込む様子だ。
「説得などとまどろっこしいことをせずとも、真偽官を生み出す施術を対価にやらせればよいではないか?」と皇帝陛下が身も蓋もないことを言い出す。
「俺もそう思っていましたが、もし知的財産権に関することで真偽院が協力を拒否しても、施術に関することは渡しましょう」
真偽院の強化は世界に対する利益になる。それにもし交渉が決裂したとして、じゃあ渡さないという選択肢がありえるのか? ないな。ありえない。
「対価なしでもかね?」と、オーグレン氏。
「真偽院はすでに多くを、とても多くの代償を払っているでしょう?」
死の危険のある施術。人々に感謝されるどころか恐れられ、友達の一人も作れない。厳しい真偽院の法を破れば最悪、目を奪われるという。物理的にだ。
それでも世界の秩序を維持するために、長年組織を維持してきた。それが世界を良くするためだと歴代の真偽官たちが信じてきたからだ。
それを俺の一存で対価にしてもいいのか? 最初はそのつもりだったがこの情報は無償で渡さねば筋が通らない。
「だからできれば進んでの協力がほしい」
そう言ってアイテムボックスから一冊の本を取り出した。厚みは雑誌程度だが革の立派な装丁でタイトルとかはまったくない。
中身は……医学書だな。カラーの写真や図解が多く目の手術をしているのはわかるが、専門用語らしい言葉も多く、一見した程度では何をやっているのかほとんど理解もできない。
「真偽官を生み出す完全な施術法です」
そう言ってオーグレン氏に手渡す。オーグレン氏は難しい顔をして本を開こうとして手を止め言った。
「志は高尚だが真偽院が進んで協力するには少々弱い」
本を読んでしまえば協力する以外無いから先に話をしようということか。結局この人も俺のことを本物だとわかっているのだ。
「世界を救うために必要だと言えば?」
「それに納得できれば真偽院は協力するだろう」
「我々は魔物に対して有効な手がまったくないのが現状です。このままでは一〇〇年経っても一〇〇〇年経っても状況は変わらない」
実際三〇〇〇年戦ってるのだ。
「ところがその状況が魔物側に傾こうとしている。南方国家はどうです? 戦線を維持するのが年々厳しくなってませんか?」
俺の言葉に皇帝陛下は答えなかったが、何か心当たりはあるようだ。
「俺が介入しなければヒラギスでは今頃泥沼の戦いが続き、リシュラ王国は魔物に蹂躙されていたでしょう。しかしその勝利も薄氷を踏むようなものでした。それも魔物側が俺の存在を知らなかったからこその勝利です」
しかし俺の存在はバレた。暗殺もされかけた。次の本格攻勢は俺の存在を、力を考慮した上でのより激しいものとなるだろう。
「勇者の力だけでは到底足りないんですよ」
「それで新しい知識や技術か?」
皇帝陛下の言葉に頷く。遠くから魔物を発見する技術。魔法に頼らず飛竜ですら撃ち落とせる攻撃。大型のドラゴンの突進でもびくともしない城壁。
攻撃に関してはこれからだが、望遠レンズと城壁強化に関してはすでに実用化に至っていて、しかもこれはほんの手始めにすぎないと説明する。
「知識の探究には長い時間、たくさんの労力、それにお金もかかります。だから十分な見返りを保証するシステムが必要なんですよ。働き者の農夫が居たとして、毎年の収穫を食うや食わず程度を残して奪われるとしたら、それで真面目に働く気になれますか? 不当な利益を確保しようということではないんです。農夫や職人なら作った物に対して報酬をもらえばいい。では有用な知識には? これは人々が働きに対する正当な対価を得るための組織です」
俺の説得にオーグレン氏はまったく表情を変えない。
「それに知的財産権の保護に関しては真偽院の参加がなくとも、組織は作る予定です。絶対に必要ですからね。最初から参加と途中から参加では発言権も、組織の在り方への干渉も全然違ってきますし、法の整備と運用もまだこれから考えることになります」
もしどこかの王や特定のギルドが強い力を持ってしまえば公正さなんて簡単に消し飛んでしまう。だから真偽院の関与はどうしたって必要だ。
「真偽院が関わらないというのならそれでも構いません。ですがある日突然、知的財産権で揉めたから裁定してくれと依頼が来ますよ。真偽院が関与してない組織、真偽院の知らぬところで議論されて作られた法でです」
俺の言葉でさすがにオーグレン氏も眉をひそめた。一度組織が不正に手を染めてしまえば、その修正は難しくなるし、既存の強い組織、王や貴族には真偽院も簡単には手を出せないのだ。
「今協力しなくとも絶対に後から関わることになるんです。なら最初から手を出したほうが楽ができますよ? 今なら小さい組織から始めますし、真偽官は一人送り込めば、それも兼業で十分だと思います」
そう俺は話を締めくくった。
「いいだろう。協力しよう」
「ここで決めちゃっていいんですか?」
「一級真偽官にはそれだけの力があるし、最初は一人で良いのだろう? 私が出向くこととしよう」
そう言うとようやく本を手にした。
「中を見ても?」
「もちろん。それはもう真偽院の物です」
オーグレン氏の顔が、本をめくるにつれて厳しくなる。
「ティリカから聞いた可能性……いや、ティリカもこんな情報は知らないはずだ。そうか。ここが抜けていたから……」
そうして時間をかけて本を読み終えたオーグレン氏が言った。
「実際に試してみる必要はあるが、本の内容は完璧かつ詳細で瑕疵はまったく見当たらない。これは狂人に作れるような物ではない。よって彼は間違いなく本物だ」
「しかしその本だけでは十分な証拠にはならないのではないか?」
そう皇帝陛下が当然の疑問を口にする。やはり最終的には試さないことには確実なことは言えない。
「私は施術に関しても専門家であるし、その内容は真偽官以外知ることはない。そしてこれだけの内容が書ける者はこの世界のどこにも存在しないと断言できる」
「では世界の終わりも……」
「その預言を疑う理由はありませんな。そもそもティリカに引き合わされた時から間違いなく本物だと私は思っていた。しかし立場上、確定するには情報が不足していて断言できずにああ言っただけです」
事が事で、皇帝陛下相手だものな。迂闊なことは確かに言えまい。そうして俺のほうへと向き直り膝を付き、頭を垂れて言った。
「マサル殿、真偽院はこのことを、組織が存続する限り感謝するだろう」
「立ってください、オーグレンさん。その知識は真偽院が当然手に入れるべきものだったし、それにまだ試してもいないでしょう?」
「そうだな。礼は後日、改めてすることとしよう」
そう言ってオーグレン氏が立ち上がる。
「ティリカは良き伴侶を選んだようだ。いや申し訳ない。話の続きをせねばなりますまい」
そうだった。まあ寄り道というには必要な話ではあったが。
「預言が本物だとしても、だからといってイオンが必要だとはなるまい」
「お兄様!?」
その言葉にさすがにイオンも抗議の声を上げる。
「それほど危険だとしたら尚更だ。イオン、もう金輪際国を出ることは許さん。これは兄として、皇帝としての命令だ」
「お兄様……」
「お前一人が前線へ出て何になるというのだ。勇者への協力は神国として最大限行う。それで良いな?」
良くない。イオンの力は必要だ。いや、もし本人がそれでいいなら加護は与えて完全別行動も十分有りなのだが……
イオンを視線を交わす。イオンは厳しい表情で首を振り、言った。
「お断りします」
まあそうだよな。イオンのその言葉に皇帝陛下は激高した様子で立ち上がり言った。
「貴様っ!!」
何故か俺に向かって。いや、何故かもないか。皇帝陛下からすれば俺がイオンを誑かしたのだ。誑かした覚えはあんまりないが。
そしてイオンが皇帝陛下の剣幕を恐れて俺にすがりつくような仕草を見せたことで、一層火に油を注いだようだ。皇帝陛下、体格もいいし、それが目の前で急に立ち上がって怒鳴ったら、そりゃ怖いだろう。
「まあまあ、落ち着いて」
俺の言葉で皇帝陛下の目に殺意が宿った。いや、どうしろっていうんだこれ……