作品タイトル不明
284話 ミレニアム・プロジェクト その3
「どうしてそのようなことがわかるのでしょう?」
図解も加えて俺に出来得る限りの太陽系の解説を終えたところで弟君がそう尋ねてきた。
「望遠レンズは見たか? まずはあれの性能を上げるんだ。そうして注意深く夜空を観察すると、多くの星々とは違う動きをする星がある。俺の世界の天文学者たちが生涯をかけてそれを調べ上げたんだ」
「生涯をかけて……」
生涯という言葉に弟君は感銘を受けたようだ。エルフの生涯は五〇〇年。それと同列には語れはしないにしても重い言葉だ。
「人間族の生涯だから一〇〇年にも満たないんだけど、多くの天文学者が何代、何百年もかけて一生懸命調べた結果だな」
望遠鏡だけを手に成し遂げたと考えるとそれは偉大な功績、偉業だ。
「僕にもできるでしょうか?」
「興味があるなら明日ドワーフのところに一緒に行こうか。まずはレンズの作り方を教えてもらって、自分専用の望遠レンズを作るといい」
次はお兄さんの質問の蒸気機関車か。これも図解を交えて解説をしていくと、お兄さんから根掘り葉掘りといった具合で質問が矢継ぎ早に飛んでくる。それでエンジン、内燃機関から、地上を走る蒸気機関車からどうやって月へと行くのかと話が進み、とうとう航空機へと話が及んだ。
「鳥はなぜ魔法もなしに飛べるのか?」
この世界、魔法があるせいか航空機を作るという発想すらないようで、何から何まで説明する必要があった。なぜ飛べるのか。空力と形状、動力とプロペラ。紙飛行機を作っての実演もした。
「動力が進歩するとフライの一〇倍二〇倍は出せるようになる。そうなるとここから王都まで 一刻(二時間) だな」
「ならば蒸気機関車は不要ではないか?」
紙飛行機を手にそんな事を言う。
「地上を走る蒸気機関車より航空機を作るほうが早いし速度が出るのはその通りなんだけど、軽くないとダメなんで大規模な輸送にはまったく向かないんだよ」
輸送力も少ないし燃料も大量消費する。速度が一〇分の一でも一〇〇倍運べて燃料が一〇分の一で済むならエネルギー効率は一〇〇〇倍だ。
「それはアイテムボックスで補えばいいのではないか?」
なるほど。現状、道路も鉄道も整備がまったくされてない。十分な高空を飛べば魔物はまったく手出しもできないし、もし十分な数の空間魔法の使い手が育てられれば、それも有りかもしれない。
そういえば空間魔法の習得もエルフでやってたなと思い出し、リリアに進捗を尋ねてみる。
「空間魔法の習得は始めたばかりじゃし、まだ難しいようじゃのう」
エルフの魔法修行は一〇年単位で考えるらしいし、空間魔法は特に難易度が高い。
「そっちもゆっくりでいいから進めて……」
「決めた。俺は航空機を作るぞ!」
お兄さん、リリアと話していると突然そんなことを言い出した。
「お前は王位を継ぐのだぞ。政務はどうする?」
それにエルフ王が冷静に指摘をする。お兄さん、そろそろ王位を継ぐっていうんでエルフの里の政務をかなりの部分受け持っていて、それだけがかなり忙しいようだ。ただでさえ最近は俺が色々無理難題を持ち込んで来るしな……
「父上にはあと二〇年ばかりしっかりと働いていただきたく」
「二〇年だな?」
「はい、二〇年で空を我らエルフのモノとしてみせましょう」
人族じゃ兄上、とリリアが訂正をする。
「そう、人族だったな。航空機が完成すればハーピーどころか、ワイバーンや飛竜ですら恐るるに足りぬようになる。そうですな、マサル殿?」
「間違いなく」
とりあえず最初の開発方針、まずは無動力飛行のできるグライダーの制作から始めるべきとの助言をする。飛行機に搭載できるくらいの動力の開発にはそれなりに時間がかかるだろうし。
お兄さんの話はそれで終えて次の話に移る。知識を拡散するのに印刷技術も必要だ。
「活版印刷という技術がある。これは文字を一つ一つ金属で作って――」
俺の言葉をエルフ三姉妹が書き取っていく。万年筆か鉛筆も作ったほうがいいだろうかと、それも説明していく。鉛筆は炭と粘土を固めたもので作るのは難しくないはずだ。万年筆はペン先とインク入れ。そしてそれをつなぎインクが移動する機構。
「ペン先だけでも作れれば、羽より書きやすい付けペンになるはずだ」
俺の使っているボールペンに関しても質問が出たので、それの構造も説明しておく。ボールペンも万年筆とペン先以外はそう変わらないが、ペン先のボール部分がかなり繊細で作るのに技術力が相当必要だろうと付け加えておく。
「知ってしまえば簡単に思えることもあるが、正直どこから手を付けたらいいやらわからぬな」
そう言う帝王陛下に、そうですねと同意をする。
「話した内容で興味のあるところから手を付けていけばいいでしょうね。ある程度人数がいれば分散するだろうし」
他に何か話すべきことはあったかな? 教育は気が早いし、教師ができるくらいの人は研究もできるだろうし難しいところだ。あとは医療だが、これは顕微鏡が作れるようになってからがいいな。神殿にはまずは魔力開発法の習得を進めてもらわなければならない。
「ところでこの世界には開発者を保護する制度とかないのか?」
印刷で思い出したが著作権とか特許権の保護はいずれ必要だ。
「たとえばその望遠レンズだ。構造は簡単だからレンズ部分を真似れば作るのは難しくない。現物を手に入れた誰かが丸っと同じものを作って売ることもできるわけだ」
レンズくらいならまだいいと、話を続ける。アイデアだけで開発に資金がかかってない。
しかし仮に開発期間一〇年、資金一億ゴルドをかけて王都まで半日で到達できる蒸気機関車を作ったする。そいつを売るなり運用するなりしてかけた資金は回収して利益を上げないと破産してしまうし、さらに研究を進めるのに資金を投じて、新しいもっと性能のいい蒸気機関車は作れない。
「そこでもし誰かが構造を見て、真似るだけで蒸気機関車を作って、そいつは研究開発費がない分、半額とかで売ってしまえばどうなる? 開発者の蒸気機関車はまったく売れなくなる。開発するだけ損になって、そんな状況が続けば誰も研究開発に資金を投じようとしなくなる。だから開発者を保護する法が必要なんだ」
確かにと、王様たちが頷く。この世界は技術開発が長く停滞していたせいで、特に問題にならなかったんだな。
「具体的にはどのような法が必要となるのだ?」と帝王陛下。
「一〇年なり二〇年なりの保護期間を設けて、その技術を使いたい者は、開発者に許可を得て一定のお金を払うんですよ。売上の一割とか二割かな。そして無断で技術を盗用した者には重い金銭的罰則を課す。
そうして二〇年とかの保護期間が過ぎれば、その技術なりアイデアは自由に使ってもいい。もちろん特許の登録をしなくてもいい。俺が教えた避雷槍や鉄筋工法は特許を取るつもりはないし、レンズもそうだ。基礎的な技術に制限をかけるのは良くないことが多い」
なるほど、と頷くエルフ王や帝王陛下に続けて話す。
「最初は自由にやらせる必要がありますね。もし俺が今日話した内容とか、それで開発できる品についていちいち権利を主張なんてしたら面倒この上ないでしょう? だからこの保護は技術開発が民間の間に広まってから重要となりますね」
当面は帝国とエルフが開発主体となって利益は度外視でいいから問題にはならないだろうが、将来的には絶対にトラブルの種になると話す。
「そもそも歌とか物語とか、勝手に模倣して儲けるとかされないんですか?」
俺もこっちに来てから物語の手書きのコピー品を読んだことがあるし、文字の練習がてら物語の書き写しをする養育院の子どもをみたことがあるが、それが問題だとは聞いたことがない。
「それは商業ギルドが目を光らせておるはずだ。大っぴらにやると排除されることになるのだろう」
ある程度は黙認して、商売として派手にやったら制止する。そんな感じか。
「当面はそれでいいとして、いずれ法としてすべての創造的な作品、開発品に正式に保護を与える必要がありますね」
知的財産権、著作権と特許権という概念をなるべく詳細に解説していく。
「今はまだまったく問題にはなってませんが、印刷技術に移動と輸送、通信が便利になるとたとえば東方で作った物が次の月、次の日には南方で模倣されて売りさばかれるなんてこともありえるようになります。だからやった者勝ちを防ぐ仕組みが必要なんです」
気が早いが、後々知的財産の話は国家規模の争いの種にすらなるのだ。あらかじめ仕組みを作って全員に押し付けておいたほうがいい。
著作権は申し立てがあれば対応すればいい。必要なのは特許庁、特許院か。特許はきちんと審査する必要があるから真偽官を頭に据えたい。真偽官がいれば下手なことをする者は激減するだろう。特許権の侵害だけなら金銭的罰で済むが、真偽官への偽証は重罪だ。
「これは真偽院に話を持っていく必要があるな。ティリカ?」
「歌や物語も?」
「そっち方面は当面今のままでもいいかな。法だけは作っておいたほうがいいかもしれんが、それも実際にそれで稼いでいる人に話を聞きつつやったほうがいいし」
それでも問題が発生した時に平等に裁定する組織が必要で、それにはやはり真偽官が適任だ。
「物語や音楽、芸術作品や技術、研究、開発。最終的にはお金になるすべてにだが、順番に時間をかけてってなるだろうな。どのみち通信が整備されないと、各国の特許のすり合わせもできないだろうし」
少し思案した後、ティリカが答えた。
「仕事が増える。厳しいかもしれない」
「人が足りないか」
俺の言葉にティリカが頷く。そもそも今でさえ真偽院は十分な数の真偽官を揃えられていないのだ。しかし足りないなら増やせばいい。真偽官は魔力を扱えるという必須条件があるが、幸い魔法使いは増やせるようになる。後は……
「失伝した真偽官の施術法。復活させよう」
かつて真偽官になるための魔眼の施術は失われかけた。貴族のあらゆる犯罪行為を厳しく断罪したせいで、真偽院に対する大規模な襲撃、反乱が起こったのだ。生き延びた少数の真偽官がどうにか施術を復活はさせたのだが、不完全で失敗も多い。目をいじる施術だ。死人が出ることもあるし、ティリカも成功はしたもののしばらく予後が悪かったそうだ。
「できるの?」
「実は今回の件に関連して、神様から報酬を何かもらえることになっている」
「なら師匠に相談する」
ティリカの師匠で上役のクレメンス・オーグレン氏か。その前にこっちも確認しておくかと、日誌を取り出して質問を書き込む。
『報酬に真偽官の完全な施術法を教えてもらうことはできるか?』
【できる】
するとその場でそう返事が書き込まれた。文字はいつもの謎の発光現象を起こす。毎回必要なんですかね、これ……
「光った?」
「神託……」
「神託の間での神のお言葉もあのように光るのです」
「「「おお~」」」
そんな周囲のざわめきは気にしないようにして話を進める。
「神様から返事があった。真偽官の完全な施術法を報酬にできるそうだ」
「そう……」
ティリカはそれだけ答えて軽く頷き考え込んだ様子だ。あまり詳しくは聞いてないのだが、自身もそれで苦しんだし、オーグレン氏の身内で施術に失敗した者が居たとかで何かと思うことがあるのだろう。
「本当に神とやり取りできるのだな」
そう畏怖がこもった帝王陛下の言葉が発せされた。俺の身内は慣れたものだが、エルフにせよ帝国の者にせよ、さすがに目の前で神託のやり取りが為されるのは珍しい体験だったのだろう。
「そりゃそうです。神罰で湖ができた話くらいは聞いたことはあるし、俺は神の敬虔な信徒なんです。神の言葉を偽るようなことはしません」
それでさすがに疲れてきたのでそろそろ終わりますかと、明日の予定の確認に入った。治療の前に神国へ行ってドワーフの様子を見て、レンズ作りの弟子を送り込む。ティリカは王都に使いを頼むようだ。治療があるし、師匠の現在地がわからない。ヒラギスの魔物の動きには依然注意が必要だ。
そして夜はまた集まって千年計画の会合の続きになる。帝国側から何人か千年計画に送り込む相談をリリアとウィルパパが始めた。千年計画の責任者はこの二人になるようだ。
「これから大変だと思うが、各自の努力と奮闘を期待する」
そう言って締めようとして思い直す。
「仕事は一日 四刻(八時間) 程度で終わること。週一日は休みの日を作ることを守ってくれ。働きすぎると疲労で効率が落ちるし、それでも休まないと体を壊すことになる。一月とかならいいが、激務が長期になると体か心を壊して回復に何年もかかるなんてことになる」
ただこの世界は回復魔法があるから無理ができてしまうんだよな。
「それでも無理をすると行き着く先は過労での死だ」
「仕事のし過ぎで人は死ぬのか!?」
そう帝王陛下は驚いた様子だ。
「疲労で体にダメージが蓄積するんですよ。それで生きるのに重要な器官がある日突然壊れて倒れる。本人も周りも単なる疲労だ、疲れているだけだと甘く見るから、優秀だったり努力家だったりすると手遅れになることが多くなる」
しかし考えてみれば回復魔法があると言っても気軽に使える者などそう多くはない。しかも病状もない疲労だけとなれば尚更だ。常に人手不足の神殿の治療院に疲れたから回復魔法を頼むなどと言えば、それは確実に追い返される。
「あれはもしやそういうことだったのか……」
帝王陛下は何か心当たりがあるようで、顔色を少し悪くしている。帝国くらいでかい組織になると過労死とかもかなり居そうだ。きっと単なる病気とか突然死とでも考えられていたんだろう。知らないというのは恐ろしい。
「魔物相手ならそうも言ってはいられせませんが、千年計画みたいな長期の仕事に関しては、とにかく毎日十分な休息を取って常に万全の体調で臨むことが重要となります」
医療の話はやっぱり早めにしたほうがいいな。健康のためには栄養の話もしないといけないし、あと時計がほしい。標準時間も必要だし、物理だ数学だのの前に度量衡の単位も統一しておく必要がある。重量、長さ、温度。機械化産業化するなら共通規格も必要。
そう思いついたことのリストだけを一気に話して記録してもらい、もう休む、詳細は明日また説明すると告げて席を立つ。
「露天風呂が完成してるの? じゃあみんなで入りにいくか!」
先日未完成で入ったエルフ城の、星が見える露天風呂に移動する。さすがにイオンたちは遠慮するようだが、偉いさん方とまだ相談事があると残ったリリアを除いての勢ぞろいはなかなか壮観である。
混浴で脱衣所から一緒なので、脱衣からじっくりと観察できるし当然する。恥ずかしがる娘もいるが、いつものことなのでみんな慣れたものだ。
二〇人に届こうかというハーレムを作っているのだ。今更取り繕っても無駄だと欲望に忠実になることにしたのだ。まあさすがに今日のこの状況では見るだけでお触りは我慢であるが。
それでも最高にご機嫌に体を洗ってもらい、広々とした湯船にゆったりと浸かる。今日はお湯の温度をぬるくしてもらったので三姉妹ちゃんたちも一緒だ。
やはりお風呂は最高の癒やしだなどと考えながら今日の感想を聞いてみた。
「ウチュウとブッシツの話は半分もわからなかったし、すごく不安になる内容だったわね」
そうエリーが言い、何人かが頷く。
「宇宙とか原子とか今までの知識からまったく想像できない内容だしな。まあ知っても何が変わるわけでもないし、そのうち慣れる」
いや、そうでもないか?
「魔法はイメージだ。世界や物質に対するイメージが正確かつ詳細になれば、魔法の扱いも上達するはずだ。ヒラギスで一度、雷魔法のすごいのをぶっ放したことがあっただろう? あれも俺が雷がなぜできるのかを知っていたからだな」
「あとあの農地作成魔法もかしらね?」
「そうそう。ただの水だって特性を理解すれば思いもよらない使い方ができる。たとえば蒸気にして馬車を走らせる動力にするとかな」
俺の言葉に魔法使いたちは少しは感心した様子だ。
「それよりも神託の話が初耳なんだけど?」
アンからそう発言が出る。報酬がもらえるのと計画への許可が出たってやつか。
「今朝の話だったし、バタバタしてたんで忘れてたんだ」
神託があった時の光エフェクトは何人か見てたはずだが、俺が黙ってたから言わなかった感じか。まあ控室以外じゃ人がいっぱいで内密の話はできなかったしな。
「計画への許可に関しては、すべて許可するって言われたけど、あれは自主性を重んじてるだけな気がするな。俺たちがやりたいって言えば大抵いいよって神様は言うと思う」
帝国でのエルフへの迫害ですら好きにしろとの神託だったのだ。
「じゃあ報酬は何に対する報酬だったの?」
火薬の話はできないし、なんと言ったものか。
「んー、たいしたことじゃないよ」
とりあえずごまかす感じでそう答えてみたが、即座にティリカに否定された。
「それは嘘。真偽官の施術法と引き換えにできるほどの報酬がたいしたことじゃないはずがない」
「それは……そうかもしれない」
有用な知識の一つ程度に考えていた。だが火薬があれば魔物との戦いを一気に優勢に持ち込めたはずだ。楽な勝ち筋、より犠牲の少ない勝利を俺は手放したことになるのか?
「俺にはわからん」
しばし考え込み、ようやくそう言って首を振る。長期的に見ると魔法技術の発展は確実に遅れるだろうが、短期的に見れば魔物に対する勝利に大きな効果は絶対にあるのだ。まだ報酬は受け取っていない。今からでも火薬を取るという選択肢もあるのか?
「マサル、顔色が悪い」
ティリカにそう言われて顔を上げた。みんなが俺を不安そうに見つめている。ダメだな。もう始めてしまったことだ。迷ってはいけない。神様が俺の記憶を操作するまでして火薬を制限したのだ。
「すまん。この件に関してはもう聞かないでくれ。いつか話せるようになったら話すよ」
努めて明るくそう言った。いつか誰かがこのことに対する代償を払うことになるのかもしれないが、神ならぬ身には未来の予想などできるはずもない。
「だいじょうぶ。わたしたちはいつだって、何があったって絶対にマサルの味方だから」
そう言ってティリカがぎゅっと抱きしめてくれる。ティリカの体の感触で何もかもどうでもよくなる。この空気でおっぱいを揉んだらまずいだろうな。そんなことを考えながらティリカによしよしと慰められるに任せた。