作品タイトル不明
282話 ミレニアム・プロジェクト
三日目の治療が終わった日没後、エルフ屋敷に集合して全員でエルフの里へと転移した。
帝王陛下のエルフの里訪問は二度目になるが、前回はお忍び。今回は正式な訪問ということで、エルフ王の出迎えもあった。
「よくぞ参られた、ガレイ帝国帝王、エルドレッド・ガレイ殿」
そう言ってエルフ王が軽く頭を下げる。
「エルフの里への訪問、歓迎はするが事情が事情ゆえ、式典などは省略させてもらった」
「構わぬ。こうしてエルフの里へと迎え入れてもらえただけで今は十分だ」
場所はいつものエルフの里の転移ポイント、王城のテラス。出迎えたエルフも王と随伴の者程度でひっそりとしたものだった。
ゆっくりと歓迎式典などやっている時間がないのもあるが、帝国とエルフの関係は複雑だ。というより帝国でエルフは相当悲惨な目にあった歴史がある。村を焼かれ略奪、エルフの奴隷化に、死者もむろん大量に出た。そして俺たちにとっては歴史ではあるが、王国成立が三〇〇年前なのだ。
三〇〇年前の王国独立戦争で、早いタイミングで和平が結ばれたのはエルフの尽力が大きかったのだという。恨みを晴らさんと激烈で容赦のない戦いを繰り広げたエルフに、帝国の被害は甚大だったのだという。そして早期の和平で主戦派のエルフの不満はくすぶったまま。今も存命で帝国に恨みを持つエルフは多い。
帝王陛下の訪問に関してエルフ側から一悶着あった。帝国に追い立てられようやく手に入れたエルフの聖地。そこに帝国のを招き入れるのか。必要ならばエルフ側が出向いても良いとのリリアからの申し入れである。国の格から言えばそれが当然でもある。だがそれでは駄目なのだ。
俺は帝王陛下のエルフの里への訪問を強硬に主張した。帝国との協力関係はどうしたって必要だ。問題があるなら今のうちにあぶり出す。
「まずはお二方に贈り物を」
そう言って二本の筒、望遠鏡を一本ずつ微妙な緊張感が漂う二人に手渡す。
「これは望遠レンズ。遠くを見るための物です」
名称はレンズ、そのまんまの英語発音で統一してしまうことにした。よくわからない筒を渡されて首を傾げる二人に使い方を、サティに実演しながら説明させる。
戸惑いつつ教えられた通りに望遠レンズを覗き込み驚きの声を上げる二人。エルフ王はひとしきり見た後、王妃に手渡していたが、帝王陛下は色々な場所へ望遠レンズを向け、そして上り始めた月へと向け、しばらくじっと観察していた。
今の望遠レンズの倍率では変わったものは見えないだろうが、それでも肉眼以上で月を見て何か思うところがあるのだろうか。
「おもちゃで遊ぶのはそれくらいにして話をしにいきましょうか」
帝国の随員にも帝王陛下の手から望遠レンズ回りきったところで、望遠レンズが渡らない者に回していた拡大レンズを回収していく。
「これがおもちゃかね?」
「楽しかったでしょう?」
俺の言葉に帝王陛下が頷く。
「だがこれの使い道は……」
「まあまあ。そのあたりも今日これからの話です」
そう言ってエルフの誘導で王城の広い会議室へと移動をする。今日のメンツはエルフ王夫妻に王弟のエリオン将軍。王太子でリリアの兄のアルスさん。弟のエミリオ君は不在でまだ今回の話には早いとの判断だろうか。
神殿からはフローレンス神殿長が何人か連れてきていたが、最初の会議にはフローレンス殿だけ。そして帝国からは帝王陛下の他に、帝国軍総司令でウィルの父親であるランディーズ氏にエルド将軍の二名が神託の話を聞くようだ。
俺の側はリリアとエリーとティリカ。それと護衛のサティと師匠だ。
イオンはもちろん付いてきているが、神託の話は何度も聞いても仕方がないので嫁やエルフたちとの交流を深めてもらっている。
「今日は急な呼びかけにも関わらず集まってくれてありがとう。初顔合わせの者もいると思うのでまずは自己紹介をどうぞ」
エルフ側には俺の情報は筒抜けなので、帝王陛下や神殿長のことは把握しているだろうが、引きこもりがちのエルフの情報はほとんど外に漏れない。
「では本題に入ろうか。知っての通り俺は使徒で、イトゥウースラ様に一年前、この地へと送り込まれた」
一通りの紹介が終わったところで、おもむろに話し始める。もう面倒なので敬語もなしだ。ここ最近も何度も話した内容である。世界の破滅から流れるように神との契約も話し終える。要点を抑え、以前に出た疑問点も含めて不足なく情報を開示する。もちろん魔力開発法も含めてだ。
こうして少人数になら話すのは平気なんだけどな。大人数相手となると未だに緊張する。青い顔をしているウィルパパを見ながらこの後のことを考える。大人数相手にあやふやな知識での科学の講義だ。頭が痛いし、胃にもくる。
「以前のことは終わった話だ。もう気にするな。俺たちはこれからのことを考えねばならん」
そうウィルパパに声をかける。エルフたちはショックを受けた様子はあるものの、平静を保っている。ある程度予想はしていたのだろう。神殿長も昨日警告したばかりなせいか、表面上は冷静に俺の話した内容でも考え込んでいるようだ。
「そのことに関してだが、今後のマサル殿への対応はこやつに任そうと思っておる。ウィルフレッドも考えたのだが、重みが足りんのでな」
ウィルパパは俺を誘拐して奴隷化しようとした罰で、次期帝王、それもそろそろ帝位を譲られようかというのに神国で一年間の修行を言いつけられていたのだが、無駄に一年間遊ばせるくらいなら働かせたほうが有用だろう。
「了解した。馬車馬のように働いてもらおう」
有能で権力があって、俺に逆らえない。理想的な手駒だな。精々こき使ってやろう。それで当面帝国軍総司令の職がまっとうできないので司令代理のエルド将軍も来たのか。
「それでこれからのことだ。魔物に対する最終的な勝利を目指すため、俺たちは月を目指すことになる」
そうして持ち込んだ昨日作った地球儀と月を出して見せ、同じ説明を繰り返す。
「何年かかるかわからないが、エルフのもたらす魔力開発法と俺の知識と技術で魔物を圧倒する」
その一つがこれだと、望遠レンズを指し示す。
「こいつはね、今朝方ドワーフのガラス職人に頼んで作ってもらったものなんだ。このレンズを初めて知った職人がたった一刻程度で作った」
しかもこれは試作品。今の倍率は五倍がせいぜい一〇倍程度だろうか。それが一〇〇倍、一〇〇〇倍にもなると説明する。たとえば、と地球儀の上、軌道上を指し示す。
「魔物の絶対届かないこんな場所に、一〇〇〇倍の望遠レンズを置いておけば?」
魔物の動きは筒抜けだし、そこまで移動できるなら魔物の領地への侵攻も簡単なものだ。魔物の集結地や大きな都市、魔王の居そうな場所に強力な魔法使いたちを直接送り込んで打撃を与えればいい。
現物があると説明も楽だな。まったくドワーフ様々だわ。
この話にはさすがに感銘を受けたようだ。質問を飛ばそうとするのを手で制して話し続ける。
「もちろん言うほど簡単な話じゃないが、俺の元の居た国では可能だった」
それに便利な魔法がある。魔法主体の文明は相当俺の想像と外れた形となるだろう。
「俺の世界の一〇〇〇年分の技術革新を二〇年で成し遂げる。少なくとも月へ行って戻れるようにする。それが俺の計画、 一〇〇〇年計画(ミレニアム・プロジェクト) だ」
せっかくだから大仰なプロジェクト名も付けた。一〇〇〇年分の技術革新を行う計画。一〇〇〇年計画。
「帝国は計画への参加を決めた」
俺の言葉に帝王陛下が頷く。
「むろんエルフも参加する。我らはとうにマサル殿にすべて賭けておるのだ」
ありがとう、そう言って頭を下げる。
「では帝国とエルフ、それに獣人とドワーフにも綿密な協力関係を築いてもらうことになる。今日みたいな、ひっそり迎え入れて軋轢を回避するなんてことは無いようにしてもらう」
「それは……」
当然エルフが難色を示す。
「別に好きになれとか、すぐに全面的に交流しろとは言わない。だが過去の軋轢や好悪の感情で協力できないでは困るんだ。説得するなり邪魔にならないように引き離しておくなり対処して、少なくとも計画の障害にならないようにはしておいてくれ」
「出来得る限りの協力はしよう。だがエルフの歴史はマサル殿も知っていよう? 老人は変えることはできぬし、我らも帝国には思うところはある。やはりすぐにというのは確約はできぬ」
こうまで強く言う必要はなかったかもしれない。問題が起こればその都度対処すればいいだけのことかもしれない。
「徐々にやれればいい。だが今はもう人族同士で足を引っ張り合うような状況じゃないのは理解してくれ」
「もしそのような者がいれば切り捨てよう」
帝王陛下がそう言ってジロリと息子を睨む。たとえ肉親であってもという警告であろう。
「エルフもそうせよと?」
「エルフはエルフのやり方で対処すればいい。もちろん帝国と協議して協力しあってもいい。とにかくうまくやるんだ。大事なのは結果だ。当面一〇〇〇年計画はエルフと帝国で進めて行くことになる。少数の跳ねっ返り者や犯罪者程度の行動で小揺るぎもしない協力体制を相談して作ってほしい」
細かいことは後で話し合ってくれ、そう言って話を続ける。
「何もしなければ一九年後には滅びるんだ。むろん俺は全力を尽くす。命も賭けよう。それでもし滅びを回避できても、ギリギリの勝利ではどれほどの被害が出る? 俺たちは滅びの預言を覆し、圧倒的な勝利を得るんだ。この程度の無理は飲んでもらうぞ」
一九年もある。しかしたった一九年の猶予とも言える。
「それにいいか? 一〇〇〇年計画がうまくいけば、俺たちの力、戦力は一〇倍、一〇〇倍にもなる。この程度の軋轢、適切に対処できない国や種族にそんな力、危なくて持たせられない」
それに将来的には宇宙に乗り出すのだ。おそらく他の種族も居るだろう。力も必要だが外交力も必要となる。それに力を得た後魔物はどうする? 殲滅するのかそれとも……
やはり感情より理性を優先して事に当たる力が必要となる。
「もし俺が粗暴で犯罪や殺しを平気でするような危険人物だったら? あるいは好き嫌いだけで物事を判断するような者だったら? そんな者に使徒の力を安心して預けられるか?」
まあそんな人物がハロワに行って職探しはしないと思うが。
「それで今後の話は場所を移して大勢に聞いてもらうんだが……ドワーフはどこに話を持っていけばいいんだ?」
獣人には国や政府はないし、彼らは強い者には従うから問題はないだろう。今もヒラギスから俺の部下の獣人が来ているから俺の講義には参加することになっている。
「あやつらは国や地域ごとの長老会議で方針を決めているようじゃな」
帝王陛下からそんな答えが返ってきた。ドワーフとしての危機には各地の長老会議が一致して対抗するそうである。しかし通常はその国に溶け込んでほとんど存在感を示さない。動くのはドワーフが不当に扱われた時くらいだそうだ。労働組合みたいな感じなんだろうか?
「帝国でドワーフが問題を起こしたことはないな。時折何かの申し入れをしてくることはあるが、それは大抵が筋の通った話だ」
犯罪者すらほとんど自前で処分してしまうのだという。職人としてよく働くし、税金もきっちり払うし兵役もちゃんと担う。
地方領主などでドワーフを雑に扱うと、一斉に逃げられてその領地の産業が壊滅するのが通例なのだという。だから帝国ですらドワーフに関しては強くは出ない。その必要もないくらいドワーフがうまく立ち回っているのもあるようだが。
ウルケルはもの造り以外には興味がなさそうな職人気質の人物だった。ドワーフ全体がそんな感じなんだろうか?
「なら問題はないのか? まあそのうちその長老会議とも顔合わせする必要があるかもしれんが……とりあえずはこのレンズだ。神国のドワーフが作っているから、エルフから職人を送って作り方を習得してくれ。ああ、もちろん帝国もだ」
「ドワーフに教えを請うのか……」
「断ったらずっとドワーフからレンズを買うことになるぞ。自分たちで作れたほうがいいだろ?」
俺の言葉にエルフ王はそれもそうだとあっさり頷いた。レンズはそれでいいが、今後の計画だ。
「フローレンス殿。神殿にはエルフの魔力開発法を学んでもらおうと思っている。各地の神殿から神官を派遣する手筈を整えてくれ」
神殿長が頷く。 人間族(ヒューマン) にも魔力開発法は成功した様子だ。ドワーフにはまだ試していないが、まあ四種族中三種族で成功したのだ。問題はなかろう。
「それで知識や技術の研究が必要なんだが、エルフの里と、帝都のエルフが譲られる予定の王家の森に必要な施設を作って機密を高めよう」
ダークエルフがどこに紛れ込むともわからない。すでにレンズは適当にやってしまっているし、ある程度は仕方ないにしてもなるべく魔物側への知識の流出は遅らせたい。
「それで具体的には何の研究をするのだ?」
俺にもわからん。だから俺の知る限りを話して、後は頭の良い者に考えてもらうことにした。
「では場所を移してもう少し具体的な話をしようか」
城の何度か使ったことのあるホールにはすでにエルフがひしめき合って、俺たちを待っていた様子で、俺たちの到着を見てざわめきがすぅと静まった。エルフの今後を決める大事な話があると予告しておいたからだろう。
「まずは紹介しよう。ガレイ帝国エルドレッド・ガレイ帝王陛下、帝国大神殿フローレンス神殿長」
俺の紹介にエルフたちは一気にざわめき、一部の者は色めき立った。帝国はもちろん、神殿もエルフの間で人気がない。帝国でのエルフへの迫害を追認したと考えられているし、エルフへの迫害に歯止めがかからなくなったのも神殿の出した神託が原因なのも確かだ。
「静まれ!」
俺の強い言葉におおむね静かにはなったが、一部の者は立ち上がり叫ぶような声を上げた。
「いいや、黙らんぞ! このエルフの聖地に……」
「黙れと言っている。貴様は俺の、使徒の言葉を遮るというか?」
俺の剣幕にそのエルフはぐっと黙る。
「今回の件はイトゥウースラ神よりすべて許可するとのお言葉を頂いている。その邪魔をするということは神への……そう。反逆である」
俺の言葉にさすがに反論はないが、それでもぶるぶると怒りに震えて俺たちの居る壇上をにらみ付けている。
「エルフと帝国のことは俺も聞いている。帝国を許せとは言わん。だがエルフの不幸のそもそもの原因はなんだ? 魔物との戦いだ」
それだけとも言えないが、大きな要因ではある。
「魔物との戦いは、俺だけの力では勝利はおぼつかない。エルフの力を得てもまだ足りない。帝国の力がどうしても必要なんだ。だから……」
神託だから協力しろと? 肉親と同胞を帝国に蹂躙されつくされたであろうあのエルフにか? それとも出て行けとここから追い出すのか?
言葉など思いつかない。俺はその場に跪き、丁寧に頭を下げた。床にまで頭をつける。
この世界の土下座は多少は違うものだが、額を地面に擦り付けるという動作は同じだ。
「どうか協力してくれ。俺たちの子供や孫、子孫のために」
ようやくそれだけの声を絞り出した。
「立たれよ、マサル殿。帝国の悪行は承知している。そこなエルフよ。詫びが必要ならこの首、持っていくがいい」
「言ったな!」
そのエルフは人並みをかき分けて壇上に向かってきた。止めるために動こうとする周囲の者を帝王陛下が制し、ついにそのエルフがその前にたどり着いてしまう。
「出来ぬと思うてか?」
そう言うやエルフは帝王陛下の首を掴んだ。ウィルパパは丸腰だ。しかしエルド将軍は帯剣していて、剣に手をかける素振りもないが、帝王陛下のすぐ後ろ。完全に剣が届く間合いで、わずかに緊張し、いつでも剣を抜く気配が感じられた。
「帝国にあった俺の村はたまたま狩りに出ていた俺以外、全員が死んだ。俺の妻、娘、父母、祖父母。親戚同胞すべてがだ!」
首を掴まれ糾弾されても顔色ひとつ変えず帝王陛下が話す。
「この皺首ひとつでは到底足りぬであろうが、それでも多少の価値はあろう。それで帝国への怒りを収めよ」
そう言って目を閉じるのを俺は間近で為す術もなく見ていた。俺が始めたことだが、俺の立ち入る余地などあるのか? あってもどうすればいい?
「父上!?」
「後は任せる」
息子の声に短く応える。その声に反応したのか、エルフの手に力が籠もっていき、それにつれ帝王陛下の顔が苦しげに歪む。
帝王陛下は覚悟を決めたのか一切の抵抗もしない。エルフ側も誰も動かない。
俺とエルド将軍の視線が一瞬交錯する。ここで帝王陛下を殺させるわけにはいかない。それで誰が救われるわけではないのだ。
やるしかない。そう思って動きかけた時、ふっとエルフの手が緩み、帝王陛下は大きく咳き込んだ。
「……今はまだ殺さぬ。だが忘れるな。帝国がマサル様と道を違えた時、その首必ずもらい受ける」
そう言うや身を翻し、エルフの中に消えていった。
助かった。もし帝王陛下が死ねば、それともエルド将軍にエルフが切り捨てられれば、エルフと帝国の関係がどうなっていたことか。いや、冷静に考えれば回復魔法があるからそうそう死人は出ないし、エルド将軍もエルフを止めるだけなら手を切る程度でも良かったわけだ。
「どうやらこの老骨にまだ働けということらしいな」
ようやく落ち着いた帝王陛下が首をさすりながらそう呟く。帝王陛下は煽るようなことを言ったが、結果的に場は収まった。もはや帝国に文句を言う者は、少なくとも表立っては居なくなるだろう。計算してやったのか、それとも贖罪の気持ちが本当にあったのか、その表情からは伺いしれなかった。
そうだな。とにかく働くか。俺たちと子供たちの未来のために。
「それでは俺たちが魔物に勝つための計画、 一〇〇〇年計画(ミレニアム・プロジェクト) の説明をしよう」
気を取り直してエルフたちに向き直りそう告げた。