軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

281話 レンズ作成依頼

「すいへーりーべーぼくのふね……」

水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム……ぼ? ぼくのふね? BOKUNOFUNE……

BOはわからん。KはCで炭素だったはず。Nが窒素。Oが酸素。Fがフッ素。Neがネオン?

ようやく三日目の大治療大会はまた新たな場所に会場を移し、たんたんと進んでいった。現場の神官たちが手慣れてきたのと、応援が続々と到着したこと。俺たちの回復能力もしっかり把握してくれて、呼び出されて行って何度か詠唱すれば終了といった効率の良さで、ほとんどの時間を休憩して過ごしているような感じだった。

まあのんびり休憩とかできる状況でもないんだけどな!

俺は用意された専用の豪華な控室の隅で、必死で中学高校と勉強してきた内容を思い出し、出来得る限り紙に書き付けている。

「なあにまがあるしっぷすぐくらあ?」

NANIMAGAARUSIPSUGUKULA……Naがナトリウム。Niはニッケルか。MAGはMgでマグネシウム? マンガン? ARUはアルゴン? Siはシリコンだな。Pはなんだったか……KURA? CULA? わからん。

「すこっちばくろまんてつこにどうしてあえん……」

スカンジウム? チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛。

この部分はそこそこしっかり覚えてる。いや、ニッケル出てくるの二度目だぞ。どうすんのこれ……

元素の周期表考えた人って一体どうやって調べたんだ???

金、白金、銀、水銀、鉛、錫、ラジウム、セシウム、リン、硫黄、アルゴン――

頭を抱えつつとにかく覚えている限りの元素を書き出してみる。

元素が終われば次だ。まずは知識をすべてリスト化する。

気体液体固体。物質、元素、原子核と電子陽子中性子。分子。化学反応。酸性アルカリ性中性。リトマス試験紙。酸化、電気分解。

物理。エネルギーと質量の関係。E=MC2。重力と加速度。万有引力の法則。時間と空間。作用と反作用。熱力学。空力学、流体力学。光と波。電気。磁力と電力。磁気と電動モーター。

生物。細胞。呼吸。光合成。遺伝子。DNAとミトコンドリア。免疫。生態系。食物連鎖。栄養学。

数学。因数分解に方程式。一次関数に二次関数。三角関数。数列。円周率。微分積分。

農業、医療、天文学に宇宙論。コンピューター。

コンピューターは最初は真空管だったのがトランジスタ、そして半導体に置き換えられた。戦争中に敵国の暗号通信を解析する話を映画で見たことがある。0と1にスイッチする回路が基本? いやわからん。半導体どころか真空管もわからんし、どうやってパソコンまで進歩させればいいんだ?

まずは電気をどうにかするか。電気は魔法で作れるからそこは色々楽だろう。

一〇〇〇年分を進歩させると大口を叩いたものの……これ、無理じゃね?

もっと身近な場所から考えてみるか。

電気ガス水道。上下水道。家。建築。交通機関。蒸気機関。内燃機関。石油を精製してガソリンを作る。車、航空機、列車、バイク、自転車。ゴムもいるな。ダンボールにプラスチック、ビニール。塩化ビニル? ポリカーボネイト?

通信は電気からだな。写真や映像を記録する技術も必要だ。レコードなら作れないか?

印刷技術にテレビ冷蔵庫洗濯機。電話、スマホ、ゲーム機。

まずは電気とモーターか。火力発電。原子力発電。太陽光発電に水力風力発電。

エアコンの仕組みってどうだったか。服。紡績の機械化自動化。

兵器。戦闘機、爆撃機、戦車、艦船、潜水艦、ミサイル、銃。ダイナマイトに火薬。

やはり火薬は作るか。作るのは簡単だし派手だし実用的だ。火薬の材料は……なんだっけ? 確か日誌にも書いてあったはず。

……黒塗りされている? 検閲? なんでだ?

日誌の火薬に関する記述の該当部分はすべて黒く塗りつぶされていた。アイテムボックスに入っている日誌ノートだ。誰がやったかは明白である。

火薬は都合が悪いのか? 思えば火薬の製法を俺は知っていたはずなのだ。その時はど忘れしたのか程度に思っていたのだが、今は完全に思い出せない。知っていたはずなのに記憶がない。この感覚はスキルをリセットした時に覚えがある。

『火薬の作り方が記憶から消えているのですが?』

【火薬の使用は魔法技術の発展を遅らせる。それでも良ければ解禁してもいいが】

なるほど。確かに火薬の存在で攻撃魔法が不要になりかねない。神様は魔法を発展させることを望んでいるのか。

『他の技術や知識に関して禁止事項はあるか?』

【すべて許可する。火薬も自然に発見される分には構わない】

誰かが発見したとして、初期の火薬の威力などたかがしれている。その頃なら魔法使いは十分に増えているだろうし、火薬はさほど重要視されまい。

俺の知識に関しては、どのみち何もかも一からの研究開発ということになりそうだし、魔法との併存は可能という判断なのだろうか?

『火薬の知識に対する補填、補償がほしい。』

リセットだってスキルポイントに変換できるのだ。有用な知識を消しておいて何もないは許されない。

【考慮しよう。希望があれば述べよ】

『考えておきます』

今は欲しい物は特にはないし、後でゆっくりと考えよう。魔力の指輪をもらうか。禁呪一回分にしてもらうとか、農作物の種か、何かの技術でもいいかもな。

神様からの補償はさておき、後はこのリストの内容に関して思い出せる限りの知識を書き込んでいくことになるのだが、一旦ボールペンを置いた。今日は治療があるのはもちろん、他にすることがある。レンズ作りだ。

メガネ、顕微鏡、双眼鏡、望遠鏡。レンズ一つでこれだけのものが作れるのだ。

「そろそろいいかな?」

そう言って立ち上がり、書き付けた紙をまとめてアイテムボックスに放り込む。ガラス職人は帝国にも居るのだが、本場はミスリル神国だそうだ。職人をこっちに呼んでもいいのだが、すぐにでも作り始めたいので俺が現地へと赴くことにしたのだ。

随伴は俺の護衛にサティとミリアムと師匠。リリアとエルフの一団、イオン一行だ。

「そうですねございますね。もう移動しても良い頃合いでしょう」

朝から使いを出していて、イオンの伝手でガラス職人に渡りをつけてもらう手筈となっている。返事の確認はしてないが、仕事の依頼があると連絡を取るだけなので問題ないだろう。

神国へと転移し、訪問の確認が取れたのでリリアのフライでさっと移動する。場所は神国首都の郊外だ。職人街の目的地へと到着し、イオンを先頭にスムーズに目的のガラス工房、職人の前へとたどり着き、今回の依頼者であるとイオンから紹介される。

「まず今回作成を依頼する品の権利は俺にあるということを確認したい」

「神託の巫女様たってのご依頼だ。構わんぜ」

ドワーフのガラス職人はドワーフらしいがっしりとして立派なヒゲをたくわえたおっさんで、イオンの前ではひどく緊張していたが、俺が依頼者で冒険者だと告げると安心して態度をずいぶんと和らげた。

「独占しようって話じゃない。上手くいくようなら製造方法を大々的に広めてほしいんだ」

その時、作成者のドワーフが権利だ金だなどと言い出すと面倒だ。実際ガラス作りはドワーフが独占しているらしい。だから高級品であまり出回っていないようなのだ。

「製法もか……」

「そうだ。俺が想定している生産規模だと今いるガラス職人ではまったく足りなくなる。もし技術流出が嫌なら今回の依頼は別の者に頼むことになる」

「絶対に損はしないと約束いたしましょう。もし損失が出た場合は、わたくしの名においてその補償をいたします」

神託の巫女で現皇帝の妹であるイオンの補償である。そういうことならと、そのドワーフは依頼を受けてくれた。

「ガラスはこれまで一部の者が使う高級品、嗜好品だっただろう? それが日用品にまでなるんだ。剣を打つ鍛冶屋のように、ガラス職人の地位は国にとって、なくてはならないものになる。大儲けできるぞ」

「だがその物の権利はあんたがもつんだろう?」

「俺はその品、レンズというんだが、それがほしいだけだ。利益は作った者が取ればいい」

俺の言葉に感銘を受けた様子はまったくないが、仕事を受ける気はあるようで尋ねてきた。

「で、どんな物がほしいんだ?」

その言葉に工房の中を見回す。客を通す場所のようで棚には様々なガラス製品が陳列されていた。グラスや皿などの食器類が多い。あとは箱や、様々な形の装飾品。ガラスの剣や盾なんてものもあった。部屋に飾りたくなる格好良さで、確かになんでも作れる腕がありそうだ。

だいたいがカラフルな模様付きだが、中にはちゃんと透明な品もあって、棚から透明なグラスを手にとる。

「これくらいのまったく透明なガラスがほしい。形とサイズはこんな感じだ」

そう言って用意してあったレンズの図面を見せた。

「大まかな形を作ったら、あとは削って曲面を綺麗に出すんだ。なるべく滑らかに」

「ふむ。簡単な仕事だな。こんなもの、何に使うんだ?」

その言葉にグラスに水を作って注ぐ。

「グラスを通すと向こう側が歪んで見えるだろう?」

ドワーフは当然だとでも言う風に軽く頷く。

「それは光が曲がっているからなんだ。よーく見てろよ」

そう言って水魔法でコップの水を持ち上げ、ドワーフの目の前でレンズ状に形を整える。

「レンズの向こうに何が見える?」

「歪んだ景色だな」

水がきっちり静止しないのもあるが、形が悪いのか。もう少し曲面を小さくして、その前で指を色々な位置に動かしてみる。

「位置によっては指が大きく見えないか?」

「む……確かに……」

なんとか理解が得られたようなので水をコップに戻し、魔力の集中を解く。

「これは水だし、綺麗な曲面が作れなかったから歪みが大きかったが、もし求める完璧な曲面をガラスで作れたら、手元の小さな文字や細工なんかを拡大して見ることができるんだ」

まず最初に作るのは拡大鏡、虫眼鏡だな。

「ふうむ。とにかくやってみるか。時間もそうかからんはずだ」

「出来たら次はサイズを変えて試作してくれ」

なるべく早くほしいから急がせるか? だがそれよりも完成度のほうが必要か。

「夕方くらいに見に来るよ。依頼料は……」

「いらん。その、レンズか? 面白そうな道具だ。それに成功すれば大儲け確実なんだろう?」

間違いなくと頷いて続けて言う。

「最初の一つはガレイ帝国の帝王陛下に献上する予定だ。お年だし、手元の文字が大きく見える道具はお喜びになるだろう」

目に見える成果物があれば、俺の言葉の説得力も増すだろう。

「そいつはゴキゲンだ!」

そう言うとドワーフは立ち上がり、ブツブツと作業手順らしきことを呟きながら工房の中のほうへと歩いていった。俺もついていって制作を見学したいところだったが、治療をアンとティリカに任せっきりにするわけにはいかないし、計画の資料作りも進める必要があると、転移で帝都へと帰還する。

特に今日はエルフに計画の触りを話す予定だ。帝王陛下も聞きに来る。天文学と宇宙論の概要。それと物質と重力のことを話すつもりだ。

まずは地球や太陽がどんな存在か。我々を構成している物質とは何かということから教えねば話は進まない。

それでさすがにぶっつけ本番ではぐだぐだになりそうなので、ちゃんと原稿を作っている。最初に作ったリストは思い出しつつなので日本語で、今書いている原稿はこちらの言語だ。時折存在しない単語とかもあって、思ったより時間がかかっている。

「マサル様」

サティが俺に呼びかけてきた。どうやら次の治療時間のようだ。応援は増え、現場も効率的に動いているのだが、どうやら治療希望者は一日目二日目よりさらに増えているらしく、俺の出番もそれなりにあるという感じである。

立ち上がり入り口のほうへと移動すると呼びに来たのはフローレンス神殿長だった。

「貧民窟の養育院のほうはどんな具合ですか?」

そう歩きながら尋ねる。

「聖女様の肝いりということで色々なところから協力の申し出がありまして、国も全面的に資金提供をしてくださるということで、もう今日から子どもたちを受け入れる手筈となっております」

昨日立ち上げることを決めたばかりなのに思ったよりスピーディだった。まあ俺が建物を作ったのもあるのだろうけど。

「マサル様はなにやらずっと書き物をされていたようですが」

「そうですね、神殿長にもそのうち……」

いや。神殿長にも教えるか? 歩き話もなんですしこの後話をと神殿長に言って、治療に取り掛かる。

エルフ王にはすべて話す。神殿長にはその後の一般エルフたちへの講義だけでもいいのだが、神殿にも全面的に協力を願うならすべてを知っている者が居たほうがいい。

「実はここ数日、いくつか神託を受けておりましてね」

控室に戻って神殿長にそう話し始める。

「いくつか!?」

「少し問題のある内容もあってなかなか表に出せそうもないんですが、フローレンス殿だけになら話してもいいかなと考えているんです」

「問題のある……それに神殿にでなく、私にということでしょうか?」

「そうです。フローレンス殿個人を信用してということです」

神殿自体を信用できるかといえばまったくできない。しかし神殿にまったく伝えないというのも問題がありそうな気がするのだ。帝王陛下もなぜすぐに知らせなかったとご立腹だった。

神殿長は今でも十分協力的であるが、それでは足りないかもしれない。神殿には魔力開発法に協力してもらうことになる。理由を聞けば身が入るというものだろう。

「俺のような存在がなぜ現れたのか。考えたことくらいあるでしょう?」

俺の言葉に神殿長は真剣に頷いた。目端の利く者なら俺のような使徒、勇者が現れた意味など容易に察しがつく。だがそれで魔物との戦いに前のめりになられても少々困るかもしれない。

「俺はこれから大々的に動こうと思っているんです。フローレンス殿にもぜひともご協力を願いたい」

「これより大々的にですか?」

「これはただの治療行為でしょう。あと数日で終わりますし、その後俺たちがどうするかという話です」

「どうなされるのでしょう?」

「それを今日の治療が終わってからエルフ王と話し合う予定なのです。ごくごく少人数で内密に」

「それが問題のある内容なので表に出せないと」

「禁呪のようなものです。一般に流布すると問題が大きいですが、ごく一部の者は知っておいたほうがいい。そのような種類の話なんです。どうします?」

「もちろん伺いましょう」

よし。これで有力な協力者がまた増えたな。むろんそれだけ情報漏えいのリスクは増えるが、神殿長は大丈夫だろう。

他に話すとしたらフランチェスカか。ウィルとの決着がついたら、仲間にして全部話そう。それでリシュラ王国はフランチェスカの判断で伝えさせる。ヒラギスはどうするか……あそこは復興が優先で自分のことで手一杯だろうし、いずれタイミングを見て話せれば話すということにするか。

そうして治療や原稿を進め、お昼を食べた後、ドワーフの様子を見に行くことにした。サティたちだけ連れて転移で直接工房に飛び、返事がないのでずかずか入っていくと、もう数個完成させていて、こりゃすげえ道具だとえらく興奮した様子で俺に捲し立ててきた。

「この短時間でどうやって作ったんだ?」

「あんたも水でやってみせただろう?」

魔法か! 魔法で成形したのか。それならば精密に作れれば研磨での修正の必要すらないかもしれない。

一つを手にとって覗き込む。傷やにごりもなく、完全な透明。像の拡大もきちんとできている。

土魔法で枠と持ち手を作って、ささっと拡大鏡……拡大レンズの完成だ。

「ほう。そうすれば使いやすいな。しかしなぜ物が大きく見えるんだ?」

俺の手元の拡大鏡を一緒に覗き込みながら尋ねてくる。

「物が見えるのは光の反射で、光ってのは粒なんだ。太陽や火や魔法の光から発した粒が飛んできて、それがレンズによって曲がる。こんな感じだ」

図にするとわかりやすい。光の線がレンズを通り焦点を結ぶ絵を描く。そこに目のイラストを置く。

「粒……ふうむ……理屈はあっとるようだが、なぜこうなる?」

「俺も知らん。魔法みたいなもんだ。そういう風に動くし、一〇〇〇回繰り返そうが変わることはないんだ」

そう言いながら手頃なレンズを二つ取って、筒状にした石にはめ込んで、レンズとレンズの間を動かして距離を調節できるようにする。魔法は便利だな。あっという間に望遠鏡……なんで鏡なんだ? 望遠レンズの完成である。

覗き込んで見えたは見えたが上下反転している。そうか。それで確か鏡を使って反転させて見やすくしていた。だからレンズなのに鏡の名称か。

「これも見てみろ」

「レンズを二つ組み合わした? おお、こりゃあ……すごいが上下が逆だな?」

「太陽は絶対に見るなよ。光の強さで失明する。それでそいつはこんな具合になってる」

光のラインが交差し反転する。その光を目の側のレンズでまっすぐに戻すのを図解して見せる。

「この光がこっちに来るからな。ここで反転するんだ。ちゃんとした光景が見たいなら鏡でさらに反転とかさせるんだが……」

望遠鏡とか双眼鏡もそうしてたんだよな? あれってどうやってたんだろう。天体望遠鏡は持ってたからなんとなくわかる。円筒から九〇度の場所で覗くんだ。あれは鏡の反射を使ってたってことなんだろう。そして鏡とつくからには望遠鏡も鏡を使った構造のはずだ。

「鏡は作ってないのか?」

「鏡は鍛冶屋の領分だな」

「ガラスを使った鏡は?」

「鏡は金属製だろう?」

ガラスの鏡はないのか。そういえば見たことなかったな。鏡の作り方ってどうだったか。ガラスに銀だか水銀だかを蒸着? なにかの化学反応でメッキさせる? そこからやらんといかんのか……

「ガラス鏡も開発するぞ」

たしか天体望遠鏡の大きいやつは反射鏡とか名前が付いていた。鏡は必要だ。

「ガラス鏡? どうやって作るんだ?」

「透明な板ガラスに銀か水銀をうまいことやって塗り付けるんだが、俺もあんまり詳しくはないんだ」

あんまりどころじゃないな。これだけの情報で作れるのか?

「他のガラス職人も呼んでくれ。レンズは作り続けてほしいし、ガラス鏡の開発にどれだけかかるかわからん」

「人は呼ぼう。だがガラス鏡の開発も俺がやる。こんな面白そうなこと、他に譲れるか!」

「レンズはどうするんだ?」

「レンズの仕組みはもうわかった。慣れれば弟子でも作れるし、今も作らせている。製法が漏れても構わんのだろう?」

奥の工房には二人の気配があって、何か作業をしているようだ。仕上げの磨く工程に手間がかかるようだ。

「むしろ生産を増やすためならバンバン拡めてほしいくらいだ。そうだ、エルフを何人か連れてくるからレンズの作り方を伝授してやってくれないか?」

「構わんぞ。それでガラス鏡の作り方だが……」

知る限りの情報をドワーフに話す。板ガラスに銀か水銀を何かの溶液に溶かして塗りつけ、定着させる。もしかすると熱して気体化して吹き付けていたかもしれない。

「つまりその溶液がわからんと?」

「全然わからん。なんとかなりそうか?」

「色々試してみるしかあるまい」

「レンズのほうも頼むぞ」

鏡のほうはあくまでもそのためのものだ。

「ほしいのはその望遠レンズか?」

「そうだ。望遠レンズはなるべく数がほしい。砦とかにあれば魔物の接近にも早く気がつけるだろ? それとこの反転をなんとかしたいのと、より遠方が見れるようにレンズのサイズや曲面を試してほしい」

「反転と遠方だな。わかった」

すでにドワーフは心ここにあらずといった様子だ。大丈夫かと思ったが、レンズもあっさり作ってのけたのだ。鏡もなんとかするだろうと信じたい。

「そういえば名前を聞いていなかったな」

「おお、俺の名前はウルケルだ。お前は?」

「マサル。マサル・ヤマノスだ」

俺たちは初めて自己紹介しあい、がっしりと握手を交わした。

またブツブツと独り言をいいながら工房へと歩くウルケルを見ながら、ドワーフってみんなあんなのだろうか。それとも当たりを引いたのかと考えた。

「いい職人を紹介してくれたんだな。イオンには礼を言っておこう」

まさかほんの二、三時間で望遠鏡ができるとは。だがこれで色々と捗るな。

しまった、先に顕微鏡を頼むべきだったか。そう思って数時間後、夕刻くらいに再び工房を訪ねると、ウルケルに望遠鏡を差し出された。

「反転をなくした望遠レンズだ」

マジカヨ。マジだ。ちゃんと反転がなくなっている。

「思いつけば簡単なことだった。レンズが二枚で反転するならもう一枚追加してさらに反転させればいい」

お、おお? 確かに。天才か!?

「より遠くを見る方法に関しては色々試しているところだ。それよりもこいつを見てくれ!」

見せられたのは手のひらに収まるくらいの小さなガラスの器に入った、これは水銀か?

「下から見るんだ。見ろ、この美しい反射を! 金属でできた鏡など話にならんレベルだ!」

ガラスに定着うんぬんは置いて、まずは水銀を手に入れて試してみたらしい。

「定着法を探るのはこれからだが、このまま水銀を封じれば……」

「ガラス鏡ができるな」

下から暫定ガラス鏡を見ながらそう言う。このドワーフは間違いなく天才だ。

「よし。じゃあ次は 顕微鏡(マイクロレンズ) を頼む。顕微鏡というのはだな……」

顕微鏡とついでに眼鏡のことも話しておくと、面白いように食いついて根掘り葉掘り尋ねてきて、それにわかる限りの情報を与えてやる。

「眼鏡はわかった。だが顕微鏡というのは何に使うんだ?」

「そうだなあ。たとえば毛があるじゃないか?」

そう言って手や腕に生えている毛を示す。

「毛がなんで生えるのかとか、生え際がどうなってるか、興味がわかないか? 怪我や病気の治療にも使える。それから剣やガラスなんかの目に見えない微細な傷なんかも見れるな。使い道は多いぞ」

細胞だ細菌だのと言っても通じまい。そしてそう言って立ち上がり、完成品の望遠レンズ二本を手に取る。本職が作っただけあって、簡単な装飾すら施してあって本格的な雰囲気がある。一本は帝王陛下でもう一本はエルフ王だな。俺が作った反転望遠鏡はわずか数時間でもう用済みである。

「この失敗作は分解して拡大レンズにでも……サティがほしいの? まあいいけど」

「これも良く見えますよ!」

そう言ってサティが嬉しそうにあちこち覗き込むサティに太陽は見るなと改めて注意をし、完成品の二本も羨ましそうに見ていた師匠とミリアムに渡してやる。

「ああ、待て待て」

そう言って工房に戻りかけたウルケルを引き止める。

「とりあえずの報酬を渡しておく。人を雇ったり材料を買ったりするのに金が必要だろう? それに人も増やして工房も拡大する必要がある」

お金はイオンにもらった分でいいか。

「当面の完成品は俺のほうへ引き渡してくれ。生産数が安定してから一般への販売を考えよう」

差し出された金貨のぎっしり詰まった小箱を、ウルケルは見もしないで弟子を呼びつけ運ばせた。最初に工房に来た時はウルケルの他に二人だけだったのが、今は一〇人近くに増えてかなり手狭になっている様子だ。

「じゃあまた明日見に来る」

まさか顕微鏡はすぐには完成しないだろうが、医療分野の人材も先手を打って集めておいたほうがいいか? その前にレンズ作りにエルフを送り込むところからだな。明日と言わず、すぐにリリアに話そう。それから……

いや。一つ一つ処理していこう。今日もこれからビッグイベントが待ち構えているのだ。