軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

280話 計画

「年のせいか耳が遠くなったかな?」

そのまま庭の真ん中に座り込み、簡潔に世界の終わりの神託に関する説明をしたところで、少し考える様子を見せた挙げ句のこの返事だ。今まで耳が悪い素振りなんか見せたことがないだろうに、頭が理解を拒否したのか? とにかくここをまず理解してもらわないと話が進まない。

「イトゥウースラ神のお言葉によると、一九年後にこの世界は滅ぶそうです」

「……真面目に言っておるのか?」

「嘘や冗談だと良かったんですけど間違いなく神託ですし、それに滅びを回避するために俺が来たんですよ」

救っても救わなくても好きにすればいいと言われたのは黙っておこう。

「か、回避できるのだな?」

回避はできるだろうが、問題はどれくらい被害を減らせるかだ。元々負けるはずの戦いだったのだ。勝ったとしてギリギリ滅びる寸前までいきました、王国やヒラギスは壊滅して帝都まで攻め寄せられました、では話にならない。

「それはこれからの働き次第でしょうね」

帝王陛下はその言葉に唸り、気が付いたようにウィルを睨みつけ声をかけた。

「ウィルフレッド、知っておって黙っていたのか?」

その言葉にウィルはひどく気まずそうな様子で目をそらす。

「ウィルを責めるのはお門違いですよ。口止めしていたのは俺ですし、たとえば半年くらい前とかに突然俺とウィルがやってきてこんな話をされたとして、どの程度信じられましたか?」

そもそもがウィルが神託ほかもろもろを知った後、すぐに帝国入りはしたのだが、ビエルスでの剣術修行にヒラギスでの戦いにと、帝都に立ち寄る暇もなかったのだ。

それでも無理をして知らせたとしてどうなっただろうか。家出した無能と言われていた孫と無名の冒険者の言葉だ。

「実績や信頼関係がないとおいそれと話せるようなことじゃないでしょう」

必要なのは何よりも力だ。神殿の審問会でも言ったことだが、利用や干渉を跳ね除けるだけの力がないと、迂闊に大きいことは言えないしできない。エルフの後援があってもヒラギス奪還作戦の前では、帝国に何かを要求しても鼻で笑われるのがオチだろう。

「それに以前は何の計画もなかった。話すのは無用な混乱を招くだけだとの判断ですよ」

「それが月かね?」

帝王陛下の言葉に頷く。魔物だけの話なら現状維持でも良かった。もともとどの国もその脅威は十分に認識して対策も考えていたから、わざわざ俺が注意喚起して回る必要もなかったのだ。

「ええ。今朝方新しい神託をもらったんです」

そう言って三二〇〇年前の神との契約のことを話し始めた。生き延びて強くなれ。そして神々の事業への参画をする。神々ですら逃れるのが困難な宇宙の終焉。

「俺も最初のうちは魔王を倒すか、魔物を殲滅すればいいと単純に考えてたんですよ」

だけども思ったより魔物の勢力は強大で、しかも魔王を倒したところで状況が覆せるとは思えなくなった。じゃあどこまで戦うのか? 魔物が全滅するまで殲滅を続けるのか?

俺たちが全力でなりふり構わず攻撃を加えれば、あるいは勝算があるかもしれない。しかしそれで魔物を刺激してしまえば? ダークエルフの話によると俺たちとの戦力比は一対一〇〇〇。世界各地で一斉に反撃されれば為す術はない。

「しかしこの神託によって状況は変わりました。魔物との戦いは通過点に過ぎないんです」

「だから魔物のおらぬ月へと逃げるのか? いや、力を得るのだと言っていたな。どのような力なのだ?」

「そうですね……月までの三十八万キロメルテを短時間で踏破できるなら、帝国の端から端までは二〇〇〇キロメルテくらいですか? 朝に出発して昼には到着するなんてことができるようになるでしょう。それも一人頭銀貨数枚といった費用でです」

月へ行く過程で航空機くらいはなんとかなるだろう。

「どうやってだ?」

「大まかな説明はできますが、今は可能であるとだけ言っておきしょう」

「では大まかな説明を聞きたい」

そう言うなら納得がいくまで話すしかない。

「帝王陛下が剣や盾の作り方をまったく知らない、鉄すら見たことのない人間に説明せよと言われたらどうします? 鉄鉱石を掘って精錬をしてと大まかな説明はできても、実際に鉄鉱石を探して、どうやって精錬するか、詳しい説明はできますか? つまり俺は専門家ではないんですよ」

「それでどうにかなるのか?」

「だから助けが必要なんですよ。しかし原理と完成形がわかっていれば、なんとかなると考えています」

「完成形を見たことがあり、知っていると?」

「ああ、言ってませんでしたね。俺はこことは違う遠い世界から神様に連れて来られて、そこは一〇〇〇年ばかり技術が発達しているんですよ」

そう言ってアイテムボックスからボールペンを取り出して、帝王陛下に差し出す。

「それはペンです。内部にインクが入ってて、いちいちインクに付けないではいくらでも書けるんです」

帝王陛下はボールペンをためすがめすし、実際に書いてその書きやすさに驚いてた。

「面白い品だが……」

精巧な品ではあるが、つまるところ文字がすらすら書けるという、ただそれだけのものだ。

「それが高くても 銀貨一枚(一万円) 。安い品だと 銅貨一枚(一〇〇円) ほどで、誰にでも手に入るとしたらどうです?」

高級品でも一万円ほど。安いボールペンなら一〇〇円で三本入ってたりするしな。それから神様からの支援物資を箱ごと出して見せた。

「これらの品はどれも平民が日常的に購入できる物ばかりです。どれか一つでも見たことがありますか?」

プラスチックやビニール、アルミ缶一つとってもこの世界ではオーバーテクノロジーだ。自分で要求しといてなんだが、こんなものを持ち込んで大丈夫かと思ったものだ。

「話が進まないのでそこまでで。ああ、それとそれは差し上げましょう」

がさごそと支援物資を一つずつ取り出しては調べていた帝王陛下に、そう言ってチョコレートと日本酒を押し付ける。

「変わった紋様だ。これは文字か?」

今度は板チョコや酒瓶のラベルを調べてそう聞いてくる。

「俺の国の文字です。中身がわかるように詳しい説明が書いてあるんですよ」

「大変な手間ではないか?」

「少ない人手で安価に大量生産する方法があるんですよ。平民が普通に買えると言いましたよね? そっちは 銅貨一枚(一〇〇円) 。お酒はちょっと良い品なんで、たぶん 半銀貨一枚(五〇〇〇円) くらいですかね」

「豊かな国なのだな」

「ええ。軍事力もとんでもないですよ。戦えば帝都でも一日ともたないでしょうね」

「ならばそれを持ち込めば良いではないか」

「自分で作れなきゃ意味がないでしょう。さっき言った剣と盾の話です。何本か剣を持ち込んだところで、鉄の作り方すら知らない国でどうなるもんでもないでしょう?」

そして剣が作れればナイフも作れるのだと話を続ける。武器と言うだけじゃない、刃物は便利な道具だ。斧を作れば木も簡単に切れる。のこぎりやノミで木の加工も可能だし、鉄筋工法みたいに城壁の強化にも使える。鉄を知らない国で剣を作るということは決して軍事だけの話じゃないし、ありとあらゆる利用方法が増えるということなのだ。

「その品は一つの大きな工房で、一日に一万個でも作れます」

そう言って同じ板チョコの残り九枚を見せる。

「外装は紙です。それも含めて銅貨一枚ですし、紙もとても安い。それに文字です。一万枚の紙にすべて同じ文字。要は版画なんですが、とても高品質でこれも安価です。その技術で本なんか一〇〇万冊でも同じ物が作れますし、それも一冊で銅貨数枚といった価格なんです」

俺の言葉だけじゃない。現物を示されてさすがに衝撃を受けたようだ。

「一〇〇〇年進んでいると言ったな。このような品、我々が作れるようになるまでどれほどの時間が必要だ?」

それに関してはやってみないとわからないと首を振るしかない。果たして俺が生きているうちに実現するのだろうか? そもそもそこまでやっていいのかという話もあるが、まあ問題があれば神様が止めに入るだろう。

「それに魔物の脅威はどうするのだ。やつらは我々がこのような品を作ったり月へと行ったりするのを指を咥えて待ってくれるわけではないぞ」

それはそうだ。劣勢な魔物との戦いも続行する。月へも行く。両方やらなきゃならないのが辛いところだ。

「正直に言うと帝国とてさほど余裕があるわけではないのだ。そのような力が手に入るなら有り難いものだが……」

リシュラ王国では二年連続の天候不順で不作になって、地域によっては身売りや餓死が相次いだ。隣国である帝国の気候も当然ながら大きく変わるものではない。ヒラギス避難民への支援を見ても、帝国もあまり余裕のある状況じゃないのは見て取れる。

「一〇年二〇年じゃ無理でしょうね」

「それでは時間がかかりすぎる。民には明日食べるための食物が必要なのだ。この厳しい状況でさらに負担をせよとはとても言えんぞ?」

「だから打つ手は打ってあるんですよ。一つは鉄筋工法。あれで多少の時間稼ぎくらいにはなるでしょう?」

帝王陛下は頷くが、あくまで時間稼ぎ。納得はできてないという表情だ。

「そしてもう一つ、エルフが秘術を提供してくれました。リリア」

「うむ。どんな者にでも魔法を目覚めさせる方法があるのじゃ。いくらでも魔法使いを増やせるぞ」

「なに? いくらでも!?」

「ま、まあいくらでもというと言い過ぎかもしれぬが、十分な人員さえ確保できればじゃな?」

思わず立ち上がってリリアに詰め寄るほど食いついた帝王陛下にリリアが引き気味に答える。

「一日でどのくらい増やせるのだ?」

「今のところは二〇か三〇。がんばれば五〇人くらいいけるやもしれぬが、実際のところはやってみなければわからぬ」

魔法が使えないエルフなど、数十年に一人や二人といったレベルなのだ。大人数に術を施すなど初めての運用である。それでもエルフに関して失敗したという記録はないし、獣人に試して成功したとリリアが説明する。

「まずは術師を増やさねばならん。剣を打つのに鍛冶屋の育成から始めるようなものじゃな。実際に育てて見んとどれほどの手間と時間がかかるかはわからん」

「しかし魔法使いの数が今の二倍か三倍には確実になります。魔法使いが増えれば魔物との戦いが楽になるし、食料生産も増やせる。それでできた余力でもって月へ行く挑戦をすればいいんですよ」

この世界の食糧事情が悪いのは決して彼らが無能だからというわけではない。根本的に人手が足りないのだ。魔物との戦いで恒常的に働き手が戦士として取られ、死んでいく。苦労して農地を開拓し、作物を作っても魔物の襲撃だ。これでよく社会を維持してきたものだと感心するほどだ。

「術師を増やすのは神殿に協力をお願いする予定です。いずれは望む者すべてが魔法使いになれる時代が来るでしょう」

「ならばその力をもって、魔物を殲滅してしまえば良いではないか」

それで勝てればいいが、勝ったとしても泥沼の戦い。長期戦になるのは必至だ。

「それでも勝利は確実じゃありません。もう一度地球の大きさを見てください。七割八割が魔物の領土なんですよ。これでどうやって勝てますか?」

そう言って俺の脇に鎮座する自作地球儀を指し示す。もし総力戦を挑まれればどうなるか。俺たちが十分に力をつける前に本気で攻め込まれると、きっと数で押しつぶされる。

おそらく魔物側、邪神陣営も種族の強化育成という観点から戦いの継続を望んでいるのだ。しかし時折バランスが崩れてしまう。戦意旺盛な魔物が暴走するのだろう。その調整のために俺のような使徒が派遣される。

「魔物との戦いは現状維持に努めましょう。ここでの話は絶対漏れてはいけません。もし魔族側に漏れたら大変な事態になる」

「魔族か。やはり魔王は実在するのか?」

「実在します。部下と名乗る魔族と話したことがありますし、その場には真偽官も居たんです」

「真偽官は欺かれない」

そうティリカが厳正に告げる。

「あいつらは圧倒的優位を確信していて、俺たちを騙す気もないようでしたけどね」

「そして我らを滅ぼすと宣言しおったのだ」

憤懣やるかたないといった様子でリリアが言う。

「我らは勝てるのであろうか?」

しばしの静寂のあと、帝王陛下はぽつりと言った。

「何をもって勝ちとしますか?」

「滅びの回避、か。ならば無理に戦う必要もないということか?」

その言葉に頷く。少なくともこちらから攻め込む必要はない。

「状況の整理をしましょう。まずは一九年後の滅びの預言。しかしこれは俺たちが動いているのでもはや確かな未来とは言えません」

「マサルがおらねばエルフの里は陥落し王国は魔物に蹂躙。そしてヒラギスは今頃泥沼の戦いを繰り広げていたことじゃろうな」

リリアの言葉に帝王陛下も頷いた。

「ヒラギスでの初戦の顛末は聞いておる」

北方攻略軍は峠でオークキングの軍団に進路を阻まれヒラギス入りにすら手間取り、南方攻略軍は俺たちの介入がなければエルド軍は壊滅。ヒラギス奪還作戦は序盤から大混乱に陥っていたことだろう。

「そして俺たちの魔法や鉄筋工法、エルフの魔力開発法でなんとか戦線を維持する。ですがそれだと負けないだけで状況は変わりません。未来永劫、魔物との戦いが続くことになる」

「そのための月か」

「月はわかりやすい象徴にすぎないんです。より強い武器、安定した食料生産、魔法使いの増加。たとえば帝国は東方国家の小国の一つ、ヒラギスなんかが多少吠えかかって来たところで歯牙にもかけないでしょう? 時間を稼いでそれだけの力を身につける」

「できるのか?」

「できるかできないかじゃありません。やるんです。何があろうとも。他に道はありません」

たぶん。俺にはわからん。だが他にいい方法も思いつかない。いいよな? 止めないとこのまま進めちまうぞ?

「何か懸念があるようだな?」

相当なしかめっ面をしていたのだろう。懸念が有りすぎて胃が痛くなってきた。

せっかくだ。問題点も聞いてもらって意見をもらうなり責任を分散するなりしてもらおうか。

「この件を進めるにあたっての懸念、問題点も話しておきましょう」

じゃないとフェアじゃないしな。

「まず俺の知識は中途半端です。例えるなら魔法の存在しない世界で魔法を使えない者が、魔法のことを聞き齧った程度で魔法使いを育てろと言われたようなものです。方針は示せますが、具体的な方法は一から模索しないといけません」

この世界の学問ってどうなってるんだろう? 数学とか。ウィルから魔法大学みたいなのがあるとは聞いたが。

「問題なのはそれが多くの分野に渡るということです。ほぼすべて、あらゆる分野ですね。ですから頭のいい人材が大量に必要となるでしょう。エルフだけでは到底手が足りません」

ざっと指折り挙げていく。

食料の増産、月への到達、魔法研究、医療研究、新たな交通機関と通信手段の開発。そしてそれを支える教育の拡充。

食料の増産だけでも品種改良や肥料や土壌改善、缶詰やフリーズドライ、冷凍技術開発など新しい保存方法、農地の新規開拓やダムなどの水の確保と多岐に渡る。

「それでまあ一〇年二〇年がんばって、首尾よく十分な成果が出たとします。魔法使いは増え、食料生産も倍増。人口は爆発的に増え、人々は豊かな生活を送る」

「いい事ずくめに聞こえるが?」

「豊かさとは経済力であり軍事力です。民衆が力を持つんですよ」

俺の言葉に帝王陛下は顔色を変えた。

「相対的に貴族や王の権力が小さくなります。社会は大きく変化するでしょう」

そして混乱が起こる。王が打倒され、国が生まれ変わる時には大量の血が流れる。しかし魔物といつまでも泥沼の戦いを続けるよりマシなはずだ。

「民衆に厳しい国、人気のない王は早晩倒れるか、国境を閉じたり統制を強めるか。積極的に新しい技術を導入しない国は今より貧しくなることもあるでしょう。それに全員が魔法使いで裕福な集団、たとえばエルフの里みたいなのが人間族にもできたとして、王や貴族に従う理由がありますか?」

鎖国は魔物がいるからうまくはいくまい。エルフとて王国とは協調し、貿易などは普通にやっているのだ。

「民衆が力を持つことを是認するか、統制を強めて豊かさを諦めるか、不満を持った民衆に倒されるか」

まあ実際はそこまで単純な話でもないが。

「少なくとも二〇年は猶予があるのであろう?」

「五〇年後か一〇〇年後かも。事態の推移次第ですかね」

魔法の存在が事態を加速する可能性もある。

「ならばそれは息子や孫に託すとしよう。帝国は豊かになるのだろう?」

「それには確信があります。俺の首を賭けてもいいですよ」

「その頃にはワシはくたばっておろう。で、何が問題なのだ?」

「多くの血が流れます」

「今でも血は流れておる」

それもそうだ。

「それにそのための使徒、マサル殿であろう?」

俺がやるのか。技術開発を進めつつ、各国の体制が穏便に変わるように、なるべく血が流れないように見守り、介入していく。俺以外、こんなことは……いや、案外どうにかできるか?

うちには聖女様や神託の巫女様がいる。神の代理として十分な影響力が行使できる。

「それで結局協力はしてくれるんですか?」

「是非もあるまい」

「歓迎しますよ」

帝国の影響力ももちろん有用だな。

「もっと詳しい話を聞きたいのだが……」

「続きは明日にしましょう」

エルフたちにも聞かせる必要があるし、どうせなら一度にやってしまったほうがいい。

「リリア、明日はエルフの里で話をしよう」

「神託に関してはマサルの口から説明したほうが良いじゃろうな」

リリアの言葉に頷く。帝国陛下に話したのだ。エルフ王にも当然話すべきだろう。

「神託は信頼のできる何人かにして、今回の計画に関してはなるべく多くに聞いてもらおうか」

「治療はこのまま予定通りにやるの?」

そうアンが聞いてくる。

「予定は変えない。祭りの間の休暇も無論ちゃんと取る」

俺たちは働きすぎだ。

「みんなもだ。今回の件は置いておいて、話し合った予定はなるべくそのまま進めてくれ。浮足立つのが一番いけない。いつも通りに、目の前の仕事をまずは片付けるんだ。いいな?」

休み、取れるかな。取れるといいなあ。帝国に来たのはそもそも新婚旅行だったはずなのだが……