作品タイトル不明
276話 帝都大治療大会二日目午後、帝王陛下の来訪
「すまん。ウィルにもらったお金、もうなくなったわ」
「ええっ!?」
ウィルが実家に向かって二時間ほどだろうか。いやー、お金って怖いね。なくなる時は一瞬だわ。俺の言葉にウィルは、さすがに信じられないという顔をしている。
「嘘でしょう?」
「まあ聞け。貧民窟の支援するって話を頼んだよな。あれから養育院も作ろうって話になってさ。あそこの状況だと早くしたほうがいいだろ? それで手持ちのお金を渡してすぐに取り掛かってもらうことにしたんだ」
「ええ、はい。そうっすね。じゃあそれもうちで面倒見るんで、お金は……もう一回明日にでも持ってきます……」
「おお、そうか。さすがは俺の舎弟だ! 有能で助かるわ」
「ほんとにそんなこと思ってますか!?」
「まあ聞けって。さっきな、リリアが例のアレ、上手くいったって知らせに来てな」
貧民窟の人間で魔力開発を試して魔法使いを生み出し、貧民窟の状況を変えるという話をする。養育院の子供を優先するということにすれば、貧民窟の住人はこぞって子供を養育院に送り込むはずだ。子供が成長して稼げば親も貧民窟から抜け出せるし、子供が居なければ貧民窟はいずれ縮小して消えるかもしれない。
「上手くいけば金貨五〇〇枚くらい安いものだろ?」
「確かに。貧民窟は頭の痛い問題っすからね」
俺の説明にやっと納得したようだ。
「じゃあまた戻って兄上に話して……」
「ああ、魔力開発の話はまだしばらく伏せておいてくれ。思ったより難しくて時間もかかるらしくてな。ちゃんとテストしてから公表する予定だ。ていうか、兄上ってあの兄上か?」
こいつの兄上というのはエリーの実家の没落の原因となった豚伯爵の派閥の長だ。ウィルと同腹の兄で、小さい頃から可愛がってもらっていたのだという。
「俺が頼める中で一番有能ですし、大きなお金も動かせるんすよ」
ウィルはまだ若くて帝国の政務などに関わってなかったのもあったが、無能だと見られていたのと、一年ほど家出していたのもあって人脈がまったくない。父親に頼もうにも俺の件で神国に単身赴任の予定で論外だし、祖父の帝王陛下へ気軽に物を頼むのは恐ろしい。新たな人脈を作るにも、ウィルは俺に協力して冒険者として活動中だし、フランチェスカと結婚してリシュラ王国へ婿入りするつもりでいるからなかなか難しいし、今からやっているような時間もない。
高位についている親類縁者を頼ることもやろうと思えばできたのだが、これも手間暇がかかるので、結局一番親しくて力のあるウィル兄になったと。
有能って言ったのは取り消しだ。
「信用できるのか?」
「できます。我が家の家訓は帝国の繁栄と存続はあらゆる事に優先される、っすよ」
だから帝国の利益になることに関しては間違いなく遂行してくれるはずだという。
「だって真偽官がいるんすよ?」
帝国では中央の権力のある地位につきたいなら漏れなく真偽官の審査にかけられるそうだ。それは帝王家とて例外ではないとウィルは言う。むしろ後継者にふさわしいかどうか、通常よりはるかに詳細に真偽を問われることになる。帝国の王家はそうやって何代も代を重ねてきた。
地方貴族や低位の役職でやらないのは、それをやって真偽院への大規模な攻撃に繋がったことがあるからだ。有能であっても清廉な人物ばかりではない。ならば有能であるなら多少は目をつぶろうというのが今の情勢のようだ。真偽官の数自体がどこにでも派遣できるほどの数が居ないこともある。
通常、真偽官は王が配下の忠誠を測るための道具となっていて、それで国は安定するだろうが、王自身の暴走は止められない。しかし巨大な帝国の安定のため、帝王家は真偽官を招き入れてでも自らを厳しく律する必要があった。それは決してどの国でもやっているようなことではない。
「だから父上も兄上も、兄貴から見れば問題のある行動を取ったかもしれないっすけど、それはすべて帝国のためになると考えてのことなんすよ」
エリーの実家は東方国家群との交易を活性化したいウィル兄にとって障害となっていたから、恐らく謀略によって排除された。謀略だと訴えはされたがその証拠は見つからなかったし、そしてその後の交易で帝国が大きな利益を得たことでウィル兄は評価され、次世代の後継者の有力候補となった。
状況的にウィル兄が関わっているのは間違いないのだろうが、それも帝国の利益の前では些細なこととされた。むしろ証拠もなくやってのけたことで評価が上がったまである。
ウィルの父は必要とあれば帝王を切り捨てるのも躊躇しなかったし、帝王も後継者であるはずの息子の処刑をも不始末を理由に選択肢としたことにも表れている。帝国の利益のためならば手段は問わない。きれい事だけでは帝国は維持できない。
だから配下の貴族も兵士も躊躇わずに帝王へ忠誠を誓えるし、ウィル自身、父や兄の仕事ぶりを間近で見てきたのだ。
「とりあえず貧民窟の件は俺も注意しておくんで、それで納得してもらえると……」
「いや疑って悪かった。そっちはウィルに任すよ」
帝都のお膝元を改善しようというのだ。俺たちと因縁があるからといって、妙なことをする理由はない。
「一度あの件に関して兄上とじっくり話をしてみるっす。なんなら兄貴もご一緒しますか?」
俺が行ってもなあ。エリーはともかく、俺自身に何か確執があるわけでもない。エリーもエリーの兄ももう終わったこととして、無理に蒸し返す気はないのだ。
「エリーが何も言わないなら俺からも言うことはないよ。まあまったく気にならないとまでは言わないけど、帝国とは仲良くやっていきたいんだ」
それでもウィル兄にはそのうち機会をみつけてそれとなく話をして、その結果を教えてくれるということになった。養育院の件は当面俺の出した資金でやって、帝国からの資金援助は魔力開発の結果を見て考えるということで、ウィルをヒラギスに送っていった。
ようやく腰を据えて治療に取り掛かれる。考えることはたくさんあったから、悩む必要のない仕事は歓迎だった。
魔物に対抗する。これが最優先事項だ。まずもって生き延びなければ何も成し遂げられない。
そのために俺たちが強くなる。加護持ちを増やす。それから俺たち以外の強化だ。
獣人の里。ヒラギスの防衛。鉄筋工法や魔力開発術。
魔法使いが増えれば色々なことが改善するはずだ。魔物に対抗する力になるし、生活や文明レベルは確実に上がる。エルフが空間魔法を覚えたり、ポーションを作れるエルフを増やしたり、俺の使う農地作成魔法を広めるのもいいな。そのうち誰かが使えるようになるかもしれないし。
魔法ってなんだろうな? イメージ的にはあらゆることが魔法を介して可能となる。遠隔通信もできるし、空を飛び、瞬間移動もできる。水や土や火を無から生み出しているようにも見えるし、召喚魔法とかもっと意味がわからない。
魔法が必要なければ、俺たちが元居た世界のほうが文明レベルは高いのだ。だったらそちらに手を加えて発展進化させたほうがいい。しかしこの世界の人が当然のように使っている魔法は、科学技術を知っている俺からすればその異常さは歴然としている。
神々の扱う万能の力。それに近づき発展させることこそ、俺たちに求められていることなんじゃないか?
中期目標としては魔法の研究を進める。医療の研究を進める。宇宙を目指す。
たとえば月なり火星なり、強引にでも一度到達してしまえば、転移で簡単に行き来できるんじゃないか? まあ今の段階では行ってどうするのって話になるが、ロマンがあるよな。
この世界で初めて宇宙に行った人族。あるいは月に到達した人族。勇者だなんだよりそっちのほうが後世に名前が残りそうだ。
アンとティリカは休ませているから、治療のために歩いて回る。治療を終え、感謝の言葉を口々に言う人々。とりあえず今は目の前の一人ひとりを救うことが俺の仕事だ。貧しく、医療もろくに得られない人々。果たして魔力開発術は救いとなるだろうか?
「あの、マサル様。治療を見学したいという方々がいらしておりまして……」
帝国の貴族や高級官僚などのお偉いさん方が団体でやってきているようだ。神殿長は俺の渡したお金を持って養育院建設に取り掛かっていて不在なので、俺に聞きに来たのだろう。
「手の空いた神官を何人かつけて、どこかの隅っこにでも案内して好きなだけ見学させておけ。多少見て回るくらいならいいが、俺は治療に専念しなければいけないし聖女様はお休み中だ。邪魔はさせないように」
今は考えることがたくさんあるのだ。相手はしたくない。
それでお偉いさん方は隅のほうへと誘導され、それでもきちんと案内の者が付けられ何かの説明を受け、多少の歓待を受けたことで静かにしているようだ。
貴族か。恐らく中世的な王政下では俺の望むような発展は得られない。しかし魔物に魔法の存在もある。この状況で王家や貴族を打倒して民主的な議会制度を作ったとして上手くいくのか。
奴隷制度もだが政治や国家の制度にまで手を出すのは俺では無理だ。政治や経済に関する専門知識がないし、そもそもなんらかの技術革新、工作機械や内燃機関がなければ、表面だけの資本主義や民主主義を導入したところで持続しないだろう。
それに真偽官の存在がある。帝国の繁栄と存続を優先するという帝王家の家訓は真偽官により保証され、帝国の腐敗をよく防いでいるように見える。やはり何の展望もなく政治に手を出し、安定した状況を引っ掻き回すほどの理由はない。
では経済面での発展はどうだろう。たとえば米は麦より面積あたりの収穫が多い。しかも俺が持っているのは品種改良された米だ。ヤマノス村とビースト領では栽培する予定だったが、こいつをもっと広めてみるか。
あるいは暇になったら辺境の開拓をしてみるのもいいかもしれない。整地をし、壁で囲い、家を作り、農地を作る。他にも細かい作業は山ほどあるが、それだけやってしまえば新しい村を作るのは難しくない。二日か三日もあれば、そこそこちゃんとした村の基礎が作れる。
これはビースト領でやっていることだな。村を一〇とか二〇。あるいは一〇〇でも作れば、持続的な食糧生産が見込める。だがそれも魔物からの脅威次第になる。
それまで魔物の被害がほとんどなかったような辺境に突如魔物が襲来して蹂躙される。そんなことがありふれた世界なのだ。
強固な壁を備えた村に、防衛のための魔法使い。なんだ、結局俺がいまやっていることじゃないか。
そんなことを考えていたら、神官が俺のほうへと慌てた様子でやってきた。
「どうした?」
「て、帝王陛下がご視察に参られました!」
見れば帝王陛下御一行が治療待ちの人々や神官を押しのけて、こちらへと向かってきていた。そして隅っこで大人しくしていたお偉いさん方も、帝王陛下に合流すべく移動を始め、治療場はすっかり混乱状態となっていた。
「陛下」
「おお、マサルよ。やっておるようじゃな」
「治療の邪魔です」
不躾な発言に周囲は騒然となったが、そう言われてやっと自分が来て引き起こされたことに帝王陛下は気がついたようだ。
「あそこの隅っこにでも移動して治療の邪魔にならないようにしていてください」
無礼だなんだという非難を無視してそう言い切ると、帝王陛下随伴の貴族が一層騒ぎ出した。
「貴様っ、神官風情が陛下に向かってなんたる態度だ。この無礼者を捕縛せよ!」
それに同意して騒ぐ者、動く者で更に周囲は混乱の度を増す。
「静まれ」
しかし帝王陛下が手を上げてそう言っただけで、その騒ぎは呪縛でも受けたかのように止まった。おお、恐ろしく統制が取れてるな。
「邪魔になったのはその通りである。お前らはあちらへと移動して、静かにしておれ」
そう言って俺の方へと向き直り、その頭を軽くであるが下げた。
「済まなかった。まだマサルのことを知らぬ者が居たようだ」
「この格好ですからね。そういうこともあるでしょう。それに見学に誘ったのは俺ですし」
基本的に聖女様主催で俺は裏方ってことにしてもらっているのと神官服だったので、俺が誰だか気が付かなかったのもあるのだろう。実際騒いでいたのは一部の者だけだったし、そいつらは青い顔をして指示された場所へと移動していった。
もちろん帝王陛下とお付きや護衛たちの一団はこの場に居残りだが、まあよかろう。騒ぎも大したことにならなかったし、考え事はだいたいまとまった。
「また派手に動いておるようじゃの」
帝王陛下が治療をする俺についてきて何事もなかったように話しかける。貧民窟の件だろうか。それとも神国やエルフの里、帝国中から集めた大量の治癒術師のこととか、神託の巫女様や鉱毒の件かもしれない。その言葉に曖昧に肩をすくめる。俺がなにかをするといつだって派手になるのだ。この後もまだ未公開の話がいくつもあるし、今更だな。
「そちらはお初にお目にかかるかの。先代の神託の巫女殿には一度お会いしたことはあるが」
どうやら神託の巫女様のことのようだ。俺の後ろでひっそりと佇んでいるイオンにそう声を掛けた。
「お目にかかれ恐悦至極でございます、エルドレッド・ガレイ帝王陛下。イオニティース・ファイマウル・ミスリル、今代の神託の巫女を拝命しております」
そう言って挨拶をし合う偉い人は放置して、次の治療へと移動する。俺から注意をそらしていたところに気配を消してするりと移動したのですぐには気が付かなかったようだ。俺が居ないのに気がついて慌てて追いかけてくる。
「聖女殿はおらんのかね?」
「今日はもう上りですかね」
思ったより俺が日誌書きとかで時間を取られたし、魔力の回復もできた。あとは俺と支援の治癒術師で治療終了の日没まで十分事足りるだろう。
「聖女殿より力が上と聞いておったが、これほどとはな」
しばらくして帝王陛下がそう話しかけてきた。
「回復魔法の腕には差はないんですよ。ただ魔力量が俺のほうがかなり多いだけで」
「それが大きな違いであろうに」
確かにそれが俺と他の魔法使いとの圧倒的な差だ。しかし所詮は量だけの差と言うこともできる。数で匹敵することは可能なのだ。元に今回の治療も大量の支援でかなり楽になった。
「そういえばちょっと考えてたんですが、帝国って開拓可能な土地ってどれくらいあるんですかね?」
そう帝王陛下に尋ねてみる。俺が帝国の協力の下で、本気でやったらどの程度の農地が増やせるだろうか?
「たっぷりあるな」
しかし十分な開拓はなされていない。人は十分にいるはずだ。ここ最近、帝国は大きな戦いを経験していないからだ。阻害するような要因があるのか。魔物の危険。安定した帝国で敢えてリスクを取る必要もない。それとも税が厳しいとか? それでたとえば没落した貴族を強制的に追放でもしないと新しい村や町が作られない。
安定を取り面倒だと開拓を疎かにした。それで帝国に不都合はなかったし、開拓の失敗は大きな損害に繋がる。
「興味があるのかね?」
「うちで今やってますからね。帝国はどんな感じなのかと思って」
どのみち俺は今は動けない。提案するにせよ秋か冬くらいだな。それに開拓が必要なのは帝国だけじゃない。ヒラギスや王国も開拓の余地は多いだろう。
「一度は断られたが、あの提案はまだ有効だぞ」
そして帝国の中枢で力を振るう。帝国で俺の考える改革を推し進めれば周辺諸国もそれにならうか、従わせる。最初に提案された時はあり得ないと一蹴したが、いま考えると有りと言えば十分に有りだな。
まあ問題はその改革に具体的なイメージがないことなんだが。
「別に部下にならなくてもこうやって協力はできるでしょう?」
「まあそうではあるが」
一九年後を乗り切ったら引退だと思っていた。田舎の領地に引き籠もって優雅に暮らすのだ。しかしその先があるのだ。世界の終わりと俺たちの役割。正直こんなことは知りたくはなかった。
しかし知った以上、何ができるか考え、やれることをやるのが俺の役目だ。
「ウィルとは仲間で良き友人……生涯の友です。帝国と縁が切れることはまずないと思いますよ」
お友達料のおかわりもくれるようだし、リップサービスだ。とりあえず帝王陛下はその回答で満足してくれたようで、それからは特に邪魔されることもなく治療に集中することができた。帝王陛下はずっとついてきていた。暇なのか?
おかげで見学に来た貴族も帰るに帰れないようだ。帝王陛下に進言して、飽きた奴は帰るように言ってもらう。じゃないと神官や治療に来た平民たちがとても気にするのだ。やはり貴族というのは平民にとって恐れ、できれば近寄りたくはない存在なのだろう。
この世界の人権ってどうなってんのかな? 俺は最初からお金もあったし実力もあったから、人権の危機なんて話には関わりはなかったが、奴隷は普通に居るし、平民が貴族にビビり散らかしているのを見るに、あまり尊重されてない感じはあるな。法律ならティリカが知ってるかな?
それで思い出してアンとティリカに声を掛けに行く。もう引き上げてもらう代わりに夕食の用意を頼んだ。俺の故郷の料理をイオンに食べさせてやるのだ。そして夕食後は時間制限なしで貧民窟での治療となる。貧民窟のほうはできれば今日で終わらせたい。
日暮れ近くなって応援の治癒術師に一時治療を任せる。せっかく来てもらったんだし魔力を使い切ってもらおうと思ったのだ。
「ようやく魔力がつきそうなのかね?」
そう帝王陛下が尋ねてきた。ずっと付いて回っていたのは俺の限界が知りたかったからか?
「この後は貧民窟の治療で、それも俺が担当ですからね。ちょっとした休憩ですよ」
そう玉虫色の返事をしておく。一応リリアが貧民窟担当のエルフの治癒術師を送り込んでくれるし、アンとティリカも様子を見に来て少し手伝ってくれる予定だが、メインは俺である。
この場所の治療は夕刻辺りからだいぶ人が少なくなってきていた。やはり日没で治療を終えることを周知したので、ギリギリに来るような者が少なくなったのだろう。加護で魔力回復速度を上げると、今のペースだと増えるほうが早いくらいになる。魔力は余裕たっぷりであるが、わざわざ教える必要もないだろう。
「まさか貧民窟にもついてくる気ですか?」
「まさかとはなんだ。別に構わんだろう?」
「俺は別に気にしませんけど、そんなに暇なんですか?」
「部下が優秀なのだ。一日や二日抜け出したところでなんともならんわ」
ていうか夕食もついてくるつもりか……家族水入らずの団らんなのに。仕方ない。ここで夕食に誘わないのも感じが悪いし、何も言わなくても当然のような顔でついてきそうだ。どのみちさっと食べて貧民窟に移動する予定だ。
「では夕食にご招待しますよ。先ほど聞いていたと思いますが、俺の故郷の料理です。どれも他では食べられなくて、しかも美味しいって好評ですよ」
まあ概ね好評といったところだろうか。好評じゃない料理は滅多にないが、リストから人知れず外される。醤油とか出汁を使った料理はまだ再現が難しくて、一部不評なものがあるのだ。あとお刺身。虫料理とか平気で食べる癖に、生魚を嫌がるのはちょっと理解できない。
俺はお刺身の安全な食べ方をついに思いついたのだ。がっつり冷凍すれば寄生虫は全滅する。それかすぐに食べたい場合はサンダーで微弱な電流を流してやればいいのだ。それで寄生虫の死亡を気配察知で確認することができた。まあ卵の状態もあるだろうから完璧とまではいかないだろうが。
ヒラギスで手に入った川魚が、蛋白でなかなかいい味だったのも確認済みである。
「サシミって言う特別な料理があるんですけどね。ぜひとも陛下に味わってもらいたいですね」
ヒラギスではさすがにリスクはゼロではないと刺身は封印していたが、さすがにもういいだろう。
日没を迎えこの地区での治療の終了を宣言する。一応人員は少し残して、明日の案内と、明日まで待てないくらいの重症者の対処に当たってもらって俺たちは引き上げである。
「ほう。この醤油というのはなかなか良いな」
しかしちょっとした嫌がらせのつもりだったのだが、帝王陛下は刺し身を平気な顔して食べたばかりか、結構な高評価だった。どうやら帝国の沿岸部と神国では生食の風習があって食べたことがあったらしい。イオンも美味しいと言って食べていた。うちのメンバーにはそこそこ好評といったところであろうか。味は悪くないが生を受け付けないというのが何人か居たのだ。
神国首都は海が近いと聞いている。誰か派遣して魚を色々買ってきてもらおうかな。米もこの前の支援物資の分が手つかずだし、酢飯を作って寿司か海鮮丼を試すのもいいかもしれない。
そうして異世界に寿司を広める。これは俺の個人的な日本料理普及プロジェクトなのだ。もちろん家でも調理担当にはしっかり覚えてもらうのだが、やはり商売としてプロがやっている日本料理が食べたい。
「うちで作ってる大豆ソースの試作品でしてね。よろしければ一つ、差し上げますよ」
醤油と味噌は製造の目処が立ったし、帝国に醤油工房を作るのもいいかもしれんな。いやその前にビースト領だ。特産品として帝国に輸出しよう。
「うちの領地で色々珍しいものを作ってましてね。興味があるならまたご招待しますよ」
とんかつや唐揚げの油もの系は帝王陛下の年齢では少々胃に重たいみたいだが、和食ならいけるだろう。帝王陛下も認めた高級料理。これは大勝利の未来しか見えない。
誰か任せられそうな人材はいないか考えながら、食事会の終了を告げ、次の治療に向かう支度を始めた。