作品タイトル不明
275話 日誌、神託
「それですぐに合流できそうのか?」
日誌を書きながらそうイオンに尋ねる。アンとティリカは治療に向かった。イオンは今朝方まで治療の手伝いをし、先ほども治療をしたのもあって魔力は二割も残ってないので居残りである。魔力補充をしても良かったのだが、今のイオンの魔力量ではどうせ長くはもたないし、まだ話したいこともあったのだ。
「兄上様にはどう説明したものかと、少々思案をしているのです……」
神国皇帝か。ある程度の情報開示は必要だろうな。イオンに加護を与えて気が付かれないわけがないし、禁呪の詳細を知っていればその類似には気がつくだろう。
「加護のことはエルフもある程度は知ってるんだ。兄上様にも詳細をぼかしてくれれば言ってもいいぞ」
加護は俺が選んだ者に与えられる特別な神の恩寵だ、くらいだろうか。いきなり強くなったり転移を覚えたりするのだ。ウィルなんかは旅の間に成長したのだで誤魔化せそうだったが、イオンは目や右手のこともある。
「それと一九年後の世界の終わりは絶対に言わないでくれ」
この情報が魔族側に漏れると動きが想像できない。警戒して人族へ向ける戦力を増強したり、計画を前倒しされでもしたら大惨事だ。
各国に対する警告はまだ必要ないと思っている。ヒラギスで俺が強行偵察をして叩いた魔物の膨大な兵力に関してはきちんと報告しているのだ。それでも深刻に受け止めなければ……それはそれで困るのだが、だからといって一九年後のことはまだ広めたくはない。
「イオンは休まないでも大丈夫か?」
昨日の出来事を思い起こしながらノートに書き留めていき、時々話しかける。日誌は神様への報告という重要な仕事だと教えてあるから、書いてる間は邪魔しないように静かにしていてくれる。
「はい。少し眠りましたので」
「俺にも敬語はいらんぞ」
「普段からこんな風なのですが、直したほうがいいのでしょうか?」
「んー、別にいいんじゃないか。俺はこっちが素だからこうだけど」
敬語女子。悪くない。
「そういえば転移は妊娠に影響ないそうだぞ」
ふと思いついて言う。神国の医療がどうなってるか、ちょっと聞いてみたかったのだ。神殿長によるとなにかしらの研究がされているらしいし。
「え、あ、そ、そうなのですね」
珍しくイオンが狼狽えた様子だ。妊娠ってそんなに繊細な話題だっけ? 顔を上げると明らかにわかるほど顔を赤くして、俺と目があったらそらしてしまった。
「やっぱりこいつはダメです。会って一日でもうやる気まんまんですよ!」
「いくら高潔で立派な人物でもイオニティース様に対して無礼すぎるし、妊娠などと……ローザの言った通りだ。今後はあまり近寄らないようにすべきです」
俺を見ながら護衛二人が俺を一斉に非難する。小声だけど近いし普通に聞こえてるからな?
あ。さっき転移を覚えろって言った後で妊娠しても大丈夫だって言ったからか? それにローザちゃんから俺のことはずいぶんとエロ魔人のように聞かされていただろうし、これはセクハラだわ。
「妊娠はうちのティリカの話で他意はないんだよ。ほんとに」
「あら、そうなのですね。わたくしったら変な誤解をしてしまいました」
そう言ってティリカの妊娠に祝いの言葉を述べた。
「あんな小さい子を妊娠させるとか、やっぱりこいつに近寄るべきではないです!」
レーダのほうは誤解だと分かってバツが悪そうな顔だが、トニエラはやはり露出が多すぎるとか、エルフみたいなローブで顔も隠しましょうとか好き勝手進言している。
「ティリカちゃんはもう二十二才ですよ? それに子供がほしいってティリカちゃんからマサル様にお願いしたんです」
サティがちょっとムッとした感じでフォローしてくれる。
「子供……わたくしは禁呪のお役目を賜ってからはもう持つことは期待できないと先代様から教えられました」
子供も持てないって。ああ、そうか。代償か。
筆を止めてイオンにきちんと向き直る。
「いいか。役目は大事だ。ものすごく大事だ。そのために命もかけるし、こうして身を粉にして働いてもいる。でもそれで個人の幸福を犠牲にするというのは話が別なんだ」
だから禁呪の使用には怒りを覚えるのだ。まあ俺も一回は使っちゃったけど。
「俺が何のためにこんなにがんばっているかというと、全部家族のためなんだ。それと家族との時間を楽しむためだな。俺は役目のために俺自身の幸福を諦めないし、家族にもそうさせている」
「お役目に殉ずることが幸せだと教えられ、ずっとそう信じて生きてきたのです」
そう言うイオンは俺の話に戸惑うような不安そうな顔をしている。
「お役目に殉ずる。立派なことじゃないか。でもそれに加えて普通の幸せがあっても別にいいんだ。お役目もする。自分の幸せも手に入れる。それでいいんだ」
「マサル様はやめておいたほうがいいですけど、まったくその通りです。今どき平の神官でももっと贅沢をしてますよ」
「そうです。イオニティース様はもう少しご自分のことを考えられても良いのです」
護衛でお付きの二人にこれだけ言われるってどんだけ質素な生活をしてたんだろうか。あとで俺の手料理をご馳走してやろうか。
「そうそう。不幸な生活を送っていて、喜んで世界を救おうなんて考えるか? そんなのじゃやる気も出ないし、無理をしてもどこかで破綻するぞ」
二〇年で終わりじゃないんだ。心と体にゆとりがないとな。
「まあそう言われてもすぐには思いつかないかもしれないから、この話はじっくり考えるといい」
そう言って再び日誌に取り掛かる。
「俺たち見てるとわかると思うけど、それはそれは大変なんだけど、仲間で助け合えばなんとかなるもんなんだよ。だからお役目以外に個人的な希望があれば、いくらでも言うといい。だいたいのことはなんとかなるし、無茶なことでもできる限り協力する」
しばし静かな時間が流れる。
「マサル様の幸せはご家族なのですか?」
「そうだな。でも家族っていうより嫁さんがほしかったんだ」
さすがにハーレム作りたいとか彼女作ってヤることをヤりたかったとは言い難い。
「それで幸せになれましたか?」
「なったよ。両手でも抱えきれないほどの幸せだな」
サティのほうを見ると目が合って、ほっこりと笑い合う。うん、これぞ幸せだな。
「お嫁さまはたくさん居られるのですよね?」
いっぱいいるなあ。まあいいか。どうせ隠せることでもないし。
「嫁は八人で、愛人も八人だよ」
サティ、エリー、アン、ティリカ、リリア、シラー、ミリアム、ルチアーナで八人。シャルレンシア姉妹とはまだ何もしてないから、加えればさらに三人。愛人枠のメイドちゃんたちがエルフ四人に獣人四人で八人の合計一九人。壮観だな。
護衛がドン引きしている様子が漏れ聞こえてくる。やっぱりダメだとか、絶対に考え直したほうがいいとか。
イオンに脈があるということか? それとも仲間になるのを考え直せとかだと困るのだが。まあ忠誠値は昨日からまた上がってるから仲間になるという本人の意思は固いのだろうが。
「イオンにはお相手は居ないのか? 彼氏とか婚約者とか」
これも気になっていたことだ。
「はい、居りません」
それはそうか。禁呪ですでに目と右手を失い、今後さらに酷くなる予定だったのだ。それに皇帝は妹を手放したりはしないだろう。自分の権力の源泉の一つなんだから、他家に嫁がせるなんて論外も論外。あり得ない。
イオンも兄上様にどう話していいか迷っていたようだし、仲間になる話、かなり問題になるかもしれない。
「神国では医療に関する研究をしているって聞いたんだけど」
またしばらくしてやっとそう尋ねる。脱線してしまったがこっちが本題だ。
「特に回復魔法で治せない病に関して調べているようです」
ただし進展はあまりないらしいのと、やはりイオン自身詳しいことはあまり知らないようだ。これは顕微鏡とかを発明して、細菌とか細胞の知識を得ないとほとんど進まないだろうな。ガラスは贅沢品とされていて一般利用は少ないが、一応どこかで製造されているようだし、作ろうと思えば作れるだろうか。
望遠鏡なんかもあれば便利だと思ったのだが、確かエルフがガラスをまったく作ってないって話だったんで放置していたのだ。
宇宙に目を向けるなら望遠鏡も必要だ。宇宙に行くにはロケットに燃料。通信技術にコンピューター? 無理だな。一歩ずつやろう。
「ガラスってドワーフが作っているらしいな」
王国ではドワーフの数が少ないのだが、今なら理由がわかる。王国は帝国に反旗を翻して成立した国なのだが、人間社会に上手く溶け込んでいたドワーフは反乱にはほとんど加担しなかったのだろう。
「ガラス工房ですね。神国にもあるようですよ」
「腕のいい職人がいる。作ってほしい物があるんだ」
「お探ししておきますね。それでどのような物を作るのでしょうか?」
「便利な道具だよ。説明はまた今度な」
日誌を書きながらの説明はちょっとやり辛い。
しかし大量に文字を書くのに羽根ペンはほんと向いてないな。乾くのにも少し時間がいるし。次の支援物資にボールペンでも頼もうか。万年筆なら作れないかな。構造がわからんが、原理はなんとなくわかる。インクが一定量ペン先に流れるような溝があればいいんだ。相当細かい細工になるが、エルフならやってくれるだろうか?
ようやく朝の家族会議の分まで書き終わり、できればボールペンがほしいですと最後に書いて、ペンを止める。無理なら無理で不便だけど、ここではみんな羽根ペンだしな。
あとは神様への質問だな。どう尋ねたものか。
「どうか致しましたか?」
手を完全に止め、しかめっ面で考え込んでいる俺にイオンがそう聞いてきた。
「世界の終わりと、俺たちの役割について考えていたんだ」
一応何のためにこの世界に連れてこられたのかは教えられたが、それにしたって未来の話すぎるしふわっとしている。それに人間ごときに何ができるというのか。
まあシンプルに聞いてみればいいか。それで答えが得られなかったら、俺が知る必要がないか、考えても仕方がないことだったと諦めよう。
宇宙の、世界の終わりとは何か。それに対する俺たちの役割とは? それだけ書いて、俺はノートを閉じた。
アンとティリカのところを回り、待機している患者を手早く治療していく。そして部屋に戻ろうとしたところでリリアがやってきた。エルフの治癒術師の交代に来たようだ。
「例のアレじゃが、上手くいったぞ」
「ほう。詳しく聞こうか」
部屋に戻って聞いたリリアの説明によると、五人が魔力感知まで。そしてその中の一人が魔法で風を起こしたのだという。ただ術を施すのにかなり時間がかかるのと、何度も繰り返すのも危険が伴うということで、今日はあと数人魔力感知を覚えればいい方だということだ。
魔力感知ができるようになれば後はなんとでもなるのだが、その先も中々手間がかかる。魔力の操作を覚え、実際に魔法を発動し、さらにそれを実用にまでして初めて魔法使いといえるようになる。
「獣人なのもあると思うのじゃが、まだ子供なせいで魔力量が低すぎるのが少々問題じゃな」
ただ魔力感知を覚えれば、後の指導は魔法使いであれば誰でもいいし、一度でも魔法を発動させることができれば、その後は一人で訓練できる。
上手くいくことはわかったから、後は全員可能か。できるとしたら何日くらいでいけるか。
人間で試すのは獣人をちゃんとしてからのほうが良さそうだ。
「かなり繊細な技術のようでな。マサルができたと聞いて試してみたのじゃが妾では無理じゃった」
エルフでも魔力開発術の術師を今後のことを考え増やす計画らしいが、数の確保は思ったよりも難航するかもしれないということだ。
「結果は随時教えてくれ。それで獣人で上手くいったら人間で試すだろ。それを貧民窟の人間にしようと思ってるんだ」
「ふむ。ならばエルフの里で働く人間もほしかったことであるし、何人か雇い入れて連れて行こうかの?」
「任せる。それと魔力開発の技術はしばらく外に漏れないようにしておいてくれ。不具合がないとも限らないし、どのみち術師を増やすのも時間がかかりそうなんだろ?」
「ふむふむ。確かに万全にしてから大々的に公表したほうが良さそうじゃの」
あとは神国だな。もし皇帝がイオンの件で何かやらかすかもしれないから交渉材料の一つに持っておきたい。
それとイオンが正式に仲間になったのとお金の礼を言う。
「夫婦であろう、気にするな。それでマサルは今夜はどうするのじゃ?」
「貧民窟の治療がどのくらい長引くかわからんし、今日は帝都で泊まりだな。朝食はビーストで取るよ」
あまり長居をするつもりはなかったようで、それで話を終えるとリリアはエルフを転移しに向かった。
さて、俺は日誌の確認だ。
「おや?」
日誌とペンのセットに何かの小箱が混じっていた。
箱の中身は……ボールペンだ。黒がベースで金属部分が金のちょっと高級な感じのやつ。ちゃんと替え芯もある。
「書きやすい……」
スルスルと線が書ける。いちいちインクにつける必要がないし、濡れたインクで手を汚すこともない。こんなにすぐに貰えるならもっと早く……いや今はそっちじゃないな。返信が来てる。
【この宇宙の構造は君の元居た世界で知られていたよりはるかに複雑だ。君たちは魔法の存在も知らなかったし、この世界は並行世界の別の地球だ。
熱的死やビッグクランチであれば十分に進歩した種族なら乗り越えられるだろう。しかし宇宙の終焉は、ある種の高次物質の欠乏による空間構造の崩壊により引き起こされ、君たちが神と呼ぶ我々ですら生き延びられる保証はない。
我々はそれを食い止めるべくいくつかの計画を立案中だ。しかしながら我々はとても数が少ない。我々を補助し様々な仕事を代行する種族が必要でそれが君たちだ。
これは種族育成の最初の計画の一つだ。心せよ。もし君たちが敗北すれば計画は大幅な後退を余儀なくされる】
種族育成計画のうちの最初の一つ。そうするとあのオークとかの魔族もか? いや考えようによっては優秀な種族なのかもしれない。繁殖力が高く、上からの命令には死を恐れず勇猛果敢。知性や理性に乏しいが、それも種族として進歩すれば改善していくのかもしれない。
【俺たちの敗北の影響はそれほど大きいのか?】
そう質問を書くとノートに上にかすかな光が踊った。まるで透明のペンで書いているかのように、ノートに文字が綴られていく。見ているイオンたちが息を呑む気配がした。
【予備やバックアップは用意してあるが、やり直しをするとなると千年単位の時間が無駄になる】
太陽が消滅するほど未来の話だとしても千年は長い時間だ。神様でも無駄にしたくはないのだろう。
【立案中のいくつかの計画とは?】
【君たちが成長すれば知ることができる】
【神様の人数は増やせないのか?】
生き物であるなら繁殖とかできるんじゃなかろうか。あるいはクローンとか。俺たちを育成するよりも絶対手っ取り早い。
【我々は完成された種族で、滅多なことでは死なない代わりに、増えるのにとても多くの時間とコストがかかる】
やはり生き物には違いないようだが、コストか。俺たちが成人するまで二〇年。仕事を始めて大きなプロジェクトを任されるまで一〇年か二〇年。神様だとどのくらいの時間と教育コストがかかるんだろうか。
あるいは世界一のスーパーコンピューターだ。何かの仕事や研究に一〇個ほどもあればきっと便利だろうが、たとえ同じものでも製造するには時間もコストも恐ろしくかかる。そんなイメージだろうか。
【コンピューターやAIではダメなのか?】
【ある種の用途には有用ではあるが、高度になるほどその運用と維持には莫大なコストがかかるし、適切な種族の保守作業が必要となる】
そしてやっぱり人手不足だという今の状況に戻るのか。
【俺たちの果たす役割をもう少し詳しく】
【我々は元から数が少ない上にさらにいくつかの派閥に分かれている。一つは宇宙の終焉を傍観し、宇宙と共に死すべきだと考えている派閥。もう一つはこの宇宙からの脱出、あるいは独自の生存環境を構築することによって生き延びる手段を模索している派閥。そして我々、宇宙の終焉自体を防ぎ、この宇宙すべての生命体を救おうとしている派閥。その派閥の中ですらいくつもの分派に分かれている。我々は極めて少数派なのだ。
全宇宙の探査すらやっと二〇パーセントを超えた程度で、探査を進めようにも我々だけでは時間がかかりすぎるし、我々自身を増やすより新たな種族を育成するほうが効率がいい。君たちの最初の仕事の一つは未探索領域の調査となるだろう】
調査か。俺たちですら宇宙の光学的観測はかなり進んでいるから、直接の調査が必要なのだろうか。星から星へ宇宙を巡る。面白そうな仕事だ。
【俺たちが順調に成長したとして、宇宙の終焉を阻止できる可能性はどの程度なのか?】
【それは君たちの成長次第だ。君たちは我々に匹敵するほどに成長する可能性もごくごく僅かながら示唆されている。そして我々と同程度、あるいは近い能力を持つ種族の未来を予測するのは困難だ】
俺たちの子孫が神ほどの力を持つようになる可能性もある?
【何か助言がほしい】
【自ら考え、力を尽くして苦境を乗り越えるのだ。そうでなければ困難な計画を担う種族にはなれないであろう】
この程度は自分でどうにかできなきゃ役には立たないってことか。
【もし拒否すれば?】
【支援がなければ君たちは全滅する】
断言か。確かに魔族側にも邪神の加護があるのだ。俺たちが神様との契約を拒否して加護を失えば、ただでさえ劣勢な今の状況ではひとたまりもなさそうだ。
そして二度助ける気はないんだろうな。ひどい話だが、しかし考えようによっては俺たちは神々の支援によって生き延び、そして宇宙へと飛び出し、さらに宇宙の終焉の阻止という無謀で壮大な計画に携わるのだ。
【魔族とも俺たちとのような契約があるのか?】
【それは彼らと彼らの神との間のこと。我々は関知しない】
陣営が違うってことか? それで神々の間で誰の用意した種族が優秀か競っているとか? 魔族はこの情報を知ってるかどうか。知らない可能性は高い。知ればもっと激烈に戦いを挑んできてもおかしくない。それとも知っていて抑えているのだろうか。今の段階では俺たちもオークも到底、何かの役に立つとは思えない。それで戦いを長引かせて双方を成長させようとしている?
しかし今は俺たちを滅ぼそうともしている。どちらかが少しでも弱みを見せれば滅ぼす。それくらいでなければ大きな成長など見込めないということなのか。
【魔族との戦い以外の方法はないのか?】
単一種族が支配する俺の元居た世界のほうが色々と進歩しているんだ。無理に殺し合いをさせなくてもなんとかなりそうなものだが。
【君たちにとってリスクが高い方法であるがこれが一番効率がいいし、闘争心の強い種族が必要だ】
効率優先か。それに求めるのは戦闘種族? 神様に敵でもいるのか? それとも困難な計画を遂行するのに闘争心が強いほうがいいというだけのことなのか。確かに闘争心という点では日本なんかは平和ボケしすぎている気がするが。
【神様に敵でもいるのか?】
【今のところ我々に匹敵するほどの種族は見つかっていないが、活動を妨害する勢力の排除が必要なことはあるだろう】
オークがそのまま宇宙にまで進出したみたいな種族がいたら、即戦いになりそうだ。
【俺の元居た世界の人間は未来でどうなる?】
【彼らは彼らの道を進むだろう】
俺が知るべき情報ではないってことか。それとも未来予測もそれなりの手間とかリソースの必要な仕事なのかもしれない。そして並行世界の別の地球。エルフやドワーフ、獣人が進化した世界。オークが進化した世界とか色々あるのだろう。神様は人数が少ないのだ。いちいちその未来がどうなるのか、調べる手間をわざわざかけないのかもしれない。
そう考えると宇宙が、俺たちが知るより宇宙ははるかに複雑なのが実感できる。
【この話は他の者に伝えたほうがいいのか?】
【好きにせよ】
もう聞きたいことはないだろうか。神様の派閥の話は興味深い。おそらく人気は二つ目。自分たちだけで生き延びる。
一つ目の傍観を選んだ神々は他には影響がない。そして三つ目。宇宙の終焉を阻止する。しかし失敗しても二つ目に乗り換えるという逃げ道がある。あるのか? まだ模索しているとか言ってたな。どのみち阻止じゃなければ、全宇宙の生命の終わりだ。阻止の派閥に属した以上、俺たちには選択肢も何もない。
高次物質の欠乏による空間構造の崩壊。これはちょっと俺の知識では理解が及ばない。
多分昔この話を聞いた神官も意味が分からんと、ああいう感じのシンプルな理解に落ち着いたのだろう。それともその時その時の知識レベルに合わせた説明を神様がしたってことだろうか。
そして俺たちにとってもっとも重要なのは種族育成計画。俺たち全員の命がかかっているのだ。予備やバックアップがあるなんて聞かされても微塵も安心できる要素がない。
【俺たちがやり遂げられる確率は?】
【それは君たちの成長次第だ】
失敗すれば俺たちではなく、オークやハーピーがその役目を担うなんてこともあり得るのか? 冗談じゃない。
そうだとも。俺のやるべきことは変わらない。守るべきものも一緒だ。
戦って勝って生き延びる。それだけのことだ。
「良き神託は得られましたでしょうか?」
日誌ノートをアイテムボックスに仕舞って考え込む俺に、イオンがそう問いかける。
「知りたいことは知れたよ」
良いかどうかはわからないが、おおむね満足ができる回答が得られた気がする。教えられないという情報がいくつもあったが、もし俺たちが成功する確率が三割だとか言われても困惑するだけだしな。
「新しい情報はいくつかあったけど、神国に伝わる神託とさほど相違はなかったかな」
すべては俺たちの成長次第。結局のところ未来はそれほど確かなものでもないらしい。
そして神様にも案外余裕がない雰囲気で、俺個人の役割って思ったよりはるかに重要なのか? 世界を救おうって覚悟は決めたし今更な気もするけど、宇宙とか言われてもな。
この世界は神様が趣味でやってるゲームじゃないかって想像をしていた。ダークエルフも神々が俺たちに殺し合いをさせて楽しんでるみたいなことを言ってたし。しかしそれにしては俺みたいなゲームバランスをぶっ壊す存在には違和感があったのだ。
やっぱり敵の言う事なんか当てにならん。けど壮大なゲームだったって言われたほうがまだマシまであったな……
俺は世界の片隅、どこかの田舎で彼女や嫁と静かに暮らすのが望みだったはずなのだが。
「神は冷酷だけど、慈悲深くもあるようだ」
種族や個人の、感情や善悪には斟酌しないが、神様の計画には間違いなく大義がある。それにこうやってちっぽけで役に立つかどうか分からない俺みたいな個人にきちんと受け答えもしてくれる。
「働くか。そろそろアンとティリカを休ませないと」
そう言って立ち上がる。役目は果たす。そして自分自身の幸せは自分で確保する。
「今日の夕食を一緒にどうかな? 俺の故郷の料理を振舞うよ」
「まあ、是非ともご一緒したいです」
とりあえずイオンと仲良くしてみようか。彼氏も婚約者も居ないとわかったことでもあるし。