軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272話 ビースト領での朝の家族会議

「なんで起こしてくれなかったの」

それが俺の顔を見たアンの第一声である。貧民窟での治療は結局朝まで続け、そこで一旦お開きにして今日の夕刻くらいから第二回を開催することとなった。神託の巫女様の要望で一旦神国へと送り届け、帝都のエルフ屋敷のアンとティリカと合流した。

「なんとかなったしな」

俺の言葉にエリーも頷く。アンは起きてからエルフに、自分が寝てからの状況を聞いたようだ。アンが居れば確かに楽になっただろうが、俺とエリーで十分事足りたのだ。もし起こす必要があれば、もちろん容赦なく起こした。かわいくむくれるアンをそう言って適当になだめ、ヒラギスへと転移する。

この後はすぐにヒラギスビーストの屋敷へと向かい、朝の家族会議、前日の報告会と今後の予定の相談である。

俺たちが到着するとすぐに知らせが回ったようで、リリアやウィルたちもすぐに食堂に集まってきた。

「まずはヒラギスの状況から聞こうか」

ウィルから話されたことはだいたい昨晩聞いた範囲内のことである。ヒラギスへ攻め込んできた魔物の残党は確かに馬鹿にできない数ではあるが、今のところ組織だった動きも、ヒラギスに攻め入る動きも見られない。ただし、深く魔境側に入っての偵察も危険なので、これもあまり楽観視はできない。

とりあえずヒラギスの防衛戦力や冒険者たちを、魔物が湧いて出ると予想される方面に集中させ対処する。それで魔物の被害のいくらかは抑えられるだろうし、大きな動きは早期に察知できるだろう。

「今後どうするかは一旦保留だな」

ダークエルフとの半年の休戦協定もあって、魔物側に動きがあればともかく、俺たちから攻め入るのは時期尚早だということで意見はすぐにまとまった。

「ビースト周辺の開拓作業のほうは順調よ」

俺が昨日作った農地の整備と作付でしばらくは忙しくなるし、森の伐採も必要だしということで、土地改良での俺の出番は帝都の治療が終わってからで十分とのことだ。帝都からの移住の分は、ヒラギスからの移住が低調なのもあって、問題なく受け入れ可能だということだ。

「帝都から連れてきた獣人たちだが、全員移住すると決めた」

次にそうシラーちゃんが報告してくれた。昨日はあれからビーストの町を案内し、その後は朝まで酒盛りをしていたらしい。まだ酔いで顔が赤い。

それで移住希望者たちであるが、一度は貧民窟に戻って私物を持ってきたり知り合いに話したりする必要があるので、後で転移してほしいとのことだった。

「それと気になる話があるんだが……」

老獣人によると帝都の川の汚染は二年ほど前から始まったのでないかとのことだ。

「その時期から川に濁った水が混じり始めたそうなのだ」

雨で濁った水や生活排水などの汚れとはまた違う、毎日川を眺めていたような暇人でもなければ気が付かないほどの川の濁り。思えばそれが見え始めた時を境に、体調を悪くする者が増え始めた気がすると老獣人が話したのだという。

「帝都の上流で急に汚染水の放出が増えたってことか?」

聞いた話では帝都及び周辺の人口増加によって、生活排水が増えたのが水の汚染の原因だろうということだったのだが、違う原因があった?

「ウィル、帝国では鉱毒の処理ってどういう扱いになっているのかしら?」

エリーがふいに言った。鉱毒。鉱山からの無処理の汚染水か。

「もちろんそのまま川になんか流したら罰せられるはず。どこかへ貯めておくか、浄化する必要があるっすね」

汚染水の処理は魔法使いがいれば浄化で一発である。実に簡単なものなのだ。

「それ、うちの鉱山は大丈夫か?」

「今のところ露天掘りだから鉱毒が出るような作業はないと思うのだけど、すぐに確認しておくわ」

鉱毒を流して居なくとも、俺がかなり大規模に山を破壊したから、もしかすると下流に何か被害があるかもしれない。近隣には町や村は皆無の辺境だと考慮しなかったんだが、調査の必要がありそうだ。

「でも鉱毒を垂れ流しなんてしてたら鉱山の操業は許されないっすよ?」

「それは誰が確認するんだ?」

俺の言葉にウィルが考え込む。

「最初はちゃんとしてても後から手を抜くとか、そもそも確認自体に誤魔化しや不正があれば?」

「すぐに帝都へ戻って調べさせるっす」

人口が増えたことでの汚染水の増加も健康被害の一因なのだろう。それで仮に二年前から鉱毒での被害が増えだしたとしても、多くの市民や貴族たちは川の水は元々不衛生なのを知っていて飲まなかったから、鉱毒の被害もさほど受けなかった。このことでもっとも被害を受けたのは貧民窟の住人だ。

「まあそう焦るな。俺からの報告もかなり重大なんだ。ああ、大丈夫。いい知らせが多いよ」

俺の重大という言葉に緊迫感の走る一同を安心させる言葉がかける。いや確かに鉱毒の件はちょっと重大だし、それより重大とは何事かとなるよな。しかしイオン様の件を含め、帝都のことは絶対全員知っておくべきことなのだ。

まず何から話すか。一番無難な帝都の治療のことからかな。

「帝都での治療だが、おおむね順調に進んでいる」

応援が色々なところ、帝都とその周辺地域の神官と神殿騎士団、帝国軍の治癒術師、エルフと神国の神官が手伝いにやってきて、今日の治療はかなり楽になる公算だと説明をする。

「昨日の午前はかなり不手際があってごたついていたんだが、どうもフローレンス神殿長っていう帝都の神殿のトップがあまり治療に乗り気じゃなかったらしくてな」

俺の査問会での議長だった人物でもある。査問会では俺が徹底的に反論し、何一つ神殿長の思い通りにならない状態で終わったすぐ後に、帝都で治療をするから協力せよとの要請である。どうにもならなくなって、泣きついてくればいいくらいに考えていた様子で、それでも最低限の協力はして治療は開始されたのだが、蓋を開けてみれば、少なくとも午前中の間は、アンとティリカですべての治療を進めてしまったのだ。

膨大な数の患者をたった二人で治療していく姿を見て、またヒラギスでも奪還戦から二カ月ほども、一日も休まず治療を続けていたとの俺からの話を聞くにつけ、これは本物だとすっかり考えを改めた。

「その後はとても協力的になってくれたから、今日の治療は昨日よりずっとスムーズに進むはずだ」

実際俺は、現場の仕切りはほとんど任せっきりで治療に専念できた。

そんなことがあったのかと、アンは少し驚いている。

「フローレンス神殿長は話してみればいい人だし、協力できることはなんでもするって約束してくれたから、あまり責めないであげてほしい」

「別に責めたりしないわよ。ちょっとよそよそしいかなって思ったけど、マサルとのことは聞いてたし」

やはりアンも消極的なボイコットなど気付きもしなかったらしい。まあその程度の些細なことなんだろう。

それから夜中近くなってから貧民窟から治療のお願いがあり、水の配給所を作ったり、そこでも不遇な獣人をビーストへの移住の勧誘をしたり、土地問題でギャング団とひと悶着あったり、神殿を建てることになったり、それで結局は朝まで治療して、また今日もう一度治療する必要がありそうだと一通り説明をする。

「地元のギャング団のボスがビエルスで師匠の弟子の弟子の弟子でさ。今後も協力してくれるようだし、もうトラブルは起きないはずだ」

そういえばチャラ男君。治療のお願いに来て治療をしてもらい、土地をくれって駄々をこねて結局土地も手に入れた。利益を得たのは貧民窟の住民も神殿もなんだから、気にする必要もないのだが、あいつのお陰で一気に事態が進んだのだと思うとなにかもやもやするものがあるな。いや、あいつのことは忘れよう。たぶんイベントフラグを立てるNPCだったんだ。用が済めば二度と登場はすまい。

「それでイオン様のことはどうなの?」

エリーの問いに頷く。ここからが今日の本題だ。

「アンが休んだ後、協力的になったフローレンス神殿長が神国から応援を呼ぶ伝手があるって言うんで頼むことにしたんだ」

やってきたのは優秀な神官たちが一山。その助けでアンを寝かしておくことができた。その中に居た、というより神国の神官団を率いていたのが、神国でもっとも優秀な治癒術師、神託の巫女ことイオニティース・ファイマウル・ミスリル、通称イオン様である。

「この方、皇帝の妹様だそうなんだが、一番驚いたのは最初っから加護が付いていたんだ」

皇帝の妹で驚き、加護があったと聞いてまた驚く一同である。俺も神国へ迎えに転移していきなりステータスがオープンしてひどく混乱したのだ。

「どうやらエルフの里の防衛戦から俺たちの情報を追っていたらしくてな」

へーと、素直に頷く者もいたが、しかし鋭い者ならすぐにおかしいとわかったはずだ。

「あのイオンは神国の神官なのであろう? しかもマサルたちのエルフの里での働きはエルフ以外知るはずもないはずじゃ。どこから漏れたのじゃ?」

あるいは冒険者ギルドや現地に居た者なら、マサルたちがエルフの防衛を手伝い、活躍したくらいの情報は得られるかもしれない。しかし神国から、帝国を挟んで反対側の王国の、さらにその辺境のエルフの里の情報を得るのは至難のはずだ。

「それが精霊から情報を得たって話しでさ」

「まさか……大地の精霊かや?」

「知っているのか、リリア?」

「うむ。かつて神国で我らが神から精霊を賜った、その大元の精霊が大地の精霊じゃ」

すべての精霊は大地の精霊から分けられたものなのだという。その後、エルフは最終的に神国での拠点も手放すことになるのだが、もちろんエルフは精霊と離れるのを渋った。しかし大地の精霊はエルフに告げたのだのそうな。

「すべての精霊は繋がっている。そしてどこにいようとずっと見守っているとな」

そうしてエルフは人間の神官に大地の精霊を託し、神国を後にした。その後、神殿は神の聖なる遺物である大地の精霊のいる地に神殿を建設した。

その大地の精霊の言葉のとおり、本当に他の精霊とつながり、エルフを見守っていたのだろう。

「エルフの里が危なかった時、その大地の精霊もずいぶんと落ち着かない様子だったって」

それでイオン様が尋ねたところ、エルフの里の危機を知り、使徒の手により救われたことを知った。その時点では名前などは不明だったが、調べていくうちに王国でエルフの王女と行動を共にする冒険者のパーティを発見する。その後のことは帝国からヒラギス方面で動いていたこともあり、かなり詳しく情報を得ていたのだという。

「赤い羽根で神殿から中止命令が来ただろ? 中止命令がフローレンス神殿長で、その後の許可がイオン様からの命令だったんだ」

帝都神殿のトップといえど、神託の巫女の権威には勝てなかったらしい。しかし神殿長も気の毒なものである。あちら側からすれば聖女を勝手に名乗り、神殿を使って寄付を大々的に始める。呼び出しは無視。そうこうしているうちに禁呪に勇者だのとの騒ぎ。再度の、今度は部下を寄越しての強い呼び出しも無視。

やっと帝都に来たと思ったらやっぱり神殿は無視していて、帝都でのパーティーでようやく接触できて査問会にこぎ着けたと思ったら、使徒である俺に口出しするなである。

これでも露骨に敵対しなかったのは、根本的に人がいいのだろう。善人だ。

「さて、ここからの話は極秘だ。誰にも言ってはいけない」

言わずもがなのことであるが、重要な話が始まるとの前置きでもある。

「イオン様なんだが禁呪の使い手でな。神国は禁呪の使い手をずっと継承していて、実際に何度も使っていたんだ」

「なによそれ!?」

激高するアンに頷く。ほんと、なんだそれ、だ。あれほど口を酸っぱく言って禁じた物を、自分たちは密かに使っていた。

「イオン様は目と右手を犠牲に禁呪を使った。目は見えず、右手も動かせない。先代も死にはしないでも、イオン様に役目を引き継いで引退する頃にはずいぶんとボロボロの状態だったらしい」

どんな病気だろうが怪我だろうが、それこそ死んだ者ですら蘇生できる禁呪。確かに使えれば便利だろうが、それは個人の大きな犠牲に立ってのもの。それを神国は周辺諸国への影響力を維持するために使っていた。

帝国ですらかつて帝国の王が皇帝を名乗ろうとしたのを、神国の横槍で断念したのだ。

「なんてことを」

権力のために禁呪を使う。個人の犠牲を強いる。神殿の大元たるミスリル神国の神殿がだ。アンにはショックだろう。

「兵士が魔物との戦いで犠牲になるのと何の違いがあるのか。そうイオン様は言ってたよ」

俺の言葉に何か言いかけたアンを制する。

「禁呪はもう二度と使わせない。イオン様は俺たちの仲間にする」

あるいは加護がなければ何もしなかったかもしれない。恐らくできることはそう多くはなかったはずだ。だが加護がある。イオン様は禁呪を使うより、もっと大きな働きができるのだ。何の犠牲も払わずに。

「まだ仲間にしてなかったのかや?」

「昨日の夜会ったばかりだぞ。色々踏み込んだ話はしたけど、そこまではまだ行ってないんだよ」

お昼にまた来る予定から、今日はそのあたりの話もきっとできるはずだ。

「それと禁呪の話もイオン様から詳しく聞けたんだけど……」

この話はするか迷ったのだが、しかしアンなら、ティリカやエリーもたぶん使おうと思えば禁呪は使えるはずだ。なら詳細を知らせておいたほうがまだマシというものだろう。

「禁呪を使うには三つの条件があるんだ」

そう言って詳細を話す。信仰、高度な回復魔法の使い手であること、それと代償。イオン様の代償は髪の色と目と右手。俺の代償は信仰心だ。

「日誌で質問を書いて確かめたんだけど、俺が今後は忠実な神の使徒となるってことで代償は良かったみたいだ」

「じゃあマサルの寿命は減ってない?」

「減ってないよ」

ティリカの問いかけにそう答えると、ティリカは良かったとつぶやいた。そしてうつむき加減で自分のお腹に手を当てるちょっとした仕草を見せる。

ん? んんんんん?

「ティリカさん? お腹を気にしているようですが……」

俺の言葉にティリカは素直に答えた。

「赤ちゃん、できたかも」

この日、一番の驚きを一同は見せた。

ティリカが子供がほしいと言い出したヒラギス奪還作戦の初期で仕込むのに成功したとしても、精々二カ月くらい? いや確か先月は生理があったって言ってたな。ということは妊娠一カ月か?

「分かるの早くない?」

「もしかすると違うかもしれないけど、お腹の中に何かいるのを時々感じるの」

「それならば間違いなかろう。恐らく子供の存在を感知しておるのじゃな」

そうか。魔力感知があるものな。お腹が目立ってくる前でも、産婦人科とかで検査しないでも自分でわかることもあるのか。

「そっか。俺もお父さんかあ」

感慨深い。実感はないが、前々から子供がほしいとは言われていたし、やることはやっていたので心構えだけはしていたから狼狽えるようなことない。

「おめでとう、ティリカ。赤ちゃんは男の子かな、女の子かな? いや、それより妊娠してるのに動いて大丈夫だったのか? 魔法もバンバン使ってるし」

「適度に動いたり魔法を使ったりしたほうが健康な赤ちゃんが生まれるって聞いたわよ」

アンの言うとおり、確かに日本でもそんな話を聞いたことがある気がするし、リリアも頷いている。

「とりあえずエルフの里に一緒に行って調べてもらうかの?」

「エルフと人間とで勝手が違うかもしれないし、シオリイの町に戻って私の先輩方に診てもらうほうがいいかも」

「それより妊娠に転移って大丈夫なのか?」

俺の言葉に皆が顔を見合わせる。

「ちょっとわからないわね。そもそもゲートまで使える転移術師って本当に少ないし、妊婦で転移が使えるなんて話も聞いたこともないし……」

そうエリーが言う。エルフも転移は使える者はいないし、アンも転移魔法には無縁だった。

転移の感じとして身体的に負荷がかかるような感覚はまったくない。しかし妊娠に影響がないかと言われると……

転移が使えないと不便極まりないが、まさか通常の魔法の使用は大丈夫だから転移も大丈夫なはずだというだけの何の保証もない予想を、ティリカと赤ちゃんで試すわけにもいかない。

「どうしよう?」

ティリカ本人も困り顔だ。マジでどうしようか。ティリカにはこのままビーストの町で滞在してもらうか。知ってそうな人は……帝王陛下か? 帝国は何人も転移術師を抱えているから、転移と妊娠の関係について何か情報を持っているかもしれない。あとは帝都の神殿と神国の神殿にも問い合わせ……

いや全世界に我が家の、ティリカの懐妊を公開するのか。そんな場合じゃないが、しかしそれでまったく情報がないことも考えられるのだ。

いやティリカのことは言わないでも大丈夫か。将来の話ってことにしておけばいい。

「また神様に聞いてみるというのはどうでしょうか?」

サティがふとそんなことを言った。

「それだ!」

神様も俺たちの行動が大きく制限されるのはあまり嬉しくないはずだ。ティリカだけじゃない。今後アンやエリーを始め、誰が妊娠するかわからないのだ。

転移の妊娠に対する影響や危険はありませんか? そうすばやく日誌に記してアイテムボックスに仕舞う。待つ。アイテムボックスから日誌を出して開く。

「転移魔法の胎児に対する影響は歩くより少ない、だって」

神様からの情報、神託だ。これ以上信頼できることはない。ありがとう、神様!

「良かったですね、ティリカちゃん」

サティの言葉にうんと、嬉しそうに頷く。

「出産はどこでやるのがいいかしらね?」

安全性でいうとエルフの里だろうか。ヤマノス村の医療体制はアンが主力だが、アンは出産の手伝いをしたことがあるという程度。ビーストの町も似たりよったりだろうか。俺の一番最初の拠点のシオリイの町なら、アンの先輩で産婆ができる人が居るようだが、あそこはただの借家で手狭すぎるし、安全性が低すぎる。帝都に王都に公都。選ぼうと思えばどこでも良さげだが、やはり一番はエルフの里か。

「人間で出産に詳しい人をエルフの里へ連れて行こう」

それでエルフと人間の出産の違いを双方で確認してもらえばいい。同じとなればエルフに任せればいいし、何か違うとかなら出産間近に人間の産婆さんを転移で連れていけばいい。

「魔法は使っても大丈夫なんだよな?」

今のティリカの役目。そのまま続けさせて大丈夫だろうか。もし何かあれば。いや、ちょっと想像しただけで胃がキュッとなる。できればどこかで安静にしていてほしいものだが……

「大丈夫。今まで通りで大丈夫だから」

ティリカが俺の懸念にそう答える。

「女であれば誰しも通る道じゃ。過保護や心配し過ぎも良くないのじゃぞ?」

そうそう、とアンも頷く。うちは女所帯だものな。俺が心配するまでもなく、ティリカのケアは大丈夫だろうか。

「ティリカの話も大事だけど、イオン様の話に続きがあるでしょ?」

エリーの言葉に渋々頷く。今日はもう仕事とかしたくない。まずはティリカを褒めて愛でて、あと妊娠や出産に関する調査とか、エルフの里でのティリカの居室の確認だとか、考えることがたくさん……

「マサル。わたしのことはいいから、話の続きを」

「そうだな……ええっと、なんだっけ。そうそう、治療の合間にイオン様と結構話をしたんだけどさ」

イオン様が神託の巫女になった経緯。そして三〇〇〇年前の人族の起源と、エルフや獣人たちが人間に迫害されるようになった理由。人間優位論。

さらにリリアから聞いた三二〇〇年前の、エルフの視点からの話。蛮族だった人間と獣人とドワーフ。唯一ちゃんとした文明を持っていたエルフ主導によるこの世界の文明の始まり。

簡略化しても長い長い人族の歴史に、始めて聞いた俺たちと同じく、みんな言葉もない。

「それでその記録はあるのか?」

イオン様が気にしていたし、俺も気にならないでもない。エルフの話にしてもよくよく考えてみれば、やはりエルフ側に偏ったような雰囲気はある。きっと人間側とエルフ側の話の、どこか中間地点に真実はあるのだろう。

「もちろんあるぞ。妾がマサルに嘘を言うはずがあるまい」

だよね。

「妾も歴史については概略を教えられただけじゃし、そのうち詳しく聞いてくることとしよう」

まあ当面はそんな余裕もないわけで、ほんとに俺たちいつでも余裕がないな。

「それでだ、獣人が加護を、神に与えられた魔法を失ったって話、サティが普通に魔法を使えるんだし、できれば違うってことを証明したいんだ」

「実はエルフには魔法をいつまで経っても覚えない者に対して施して、魔法を強制的に覚えさせる術があっての。これからエルフの里で許可をもらってビーストの獣人たちに試してみようと思うのじゃ」

「歴史の話もそうだけど、これもエルフに伝わる秘伝みたいな感じらしいから、許可が出るまでは内密にな」

「マサルが望むのじゃ。許可が出ずとももはや関係なくやるつもりなのじゃがの」

それでリリアはイオン様たちの前で割とあっさり話したのか。俺が望んだ以上それはすでに決定事項。誰に漏れても関係ないと。

「それで獣人で上手く行くようなら、各地の神殿に伝えて人間の間でも広めてもらう予定だ」

獣人や人間の魔法使いが増えれば大きな戦力となるし、エルフの大きな功績となる。神殿もまったく新しい救済の形を世界にもたらすことで、その権威が上がる。

すべき話は全部しただろうか。うん、抜けはないな。

「俺からの話はこれで終わりかな。他に話がある者は?」

「そうそう。我が家の財政状況に関して昨日マサルから話があったので、みんなにも言っておくわね」

しかしエリーから最後の爆弾が投下された。ヤマノス家にはいまお金がない。最後に狩りをしたのはビエルスでの修行中だろうか。その稼ぎもヒラギス居留地へと突っ込み、ヒラギス奪還作戦開始後はひたすら軍事行動。その間、支出ばかりで我が家の収入はゼロ。鉱山も初期投資でまだまだ赤字。ヤマノス村の収益はあるがまだ安定した状態ではないし、あそこもお酒や醤油や味噌作りと新規の投資があったから資金の余裕は多くないし、村の規模が小さいからそもそもさほど大きな稼ぎがない。

今日何度目かのみんなの驚き顔である。これだけみんな馬車馬のように働いているのに、お金がない。ほんと不思議だよな。

「お金なら妾に言えば良かったのじゃ。いくらでも用立てしたものを」

「いやエルフからはビースト関連でかなり散財させてるだろ?」

「だからといって妾個人の資産まで減ったわけではないのじゃぞ」

「俺にも言ってもらえればお金くらい用意できたっすよ」

「そもそもお金がないって言っても、事業のための資金はちゃんと確保できてるのよね。個人のお小遣いがないってだけの話で」

それでウィルやリリアにお金を集るとかさすがにないわ。

「鉱山からの収入が上がり始めたら、俺のお小遣いも潤沢になるはずだし、今はエリーのお小遣いを分けてもらえたから、とりあえずは困ってないんだ」

エルフにもらった工芸品や装飾類なんかを売り払うって手もあるのだが、それほど困ってるというわけでもないし、その暇すらここ数日は持てなさそうだ。

狩りをすればすぐに稼げるという油断が招いた今の財政状況である。ほんと魔境へ突撃して俺のアイテムボックスに獲物を満載してどこかで売り払うだけでいいんだけどな。

ちなみにヒラギス奪還作戦で得た獲物はすべて放出済みである。いまのヒラギスでは食料が圧倒的に不足している。いくらあっても足りなくて、輸入頼りという状態だ。

「でもヤマノス家としての蓄えが少ないのも問題だと思うのよ。どこかでお金稼ぎをする必要があるわ」

「その暇がないんだけどな」

どこかで聞いた結論を述べる俺にエリーも深く頷き、とりあえず朝の会議は閉幕となったのであった。