作品タイトル不明
273話 神意
「マサルはずっと起きてたでしょ。転移は私がやるから少し寝ておいたら?」
そう言ってくれたエリーの好意で仮眠を多めに取ることにした。転移はエルフの里と神国からの治癒術師と移住希望の獣人の送り迎えくらいか。
「マサルに倒れられでもしたら困るのよ」
ありがとう助かるというとそんな返事。エリーが倒れても大変だと思うのだが、俺が一番影響がでかいのだろう。俺しかできない事もあるし、全体の士気にも関わる。
「さっさと寝るのよ? 午後からはまた働いてもらわないとダメなんだから」
エリーに言われて大人しくベッドのサティの隣へと潜り込む。実際相当眠い。家族会議は夜明け後すぐだったから、まだ早朝といっていい時間だ。昼まで休めれば休息は十分だろう。短時間の仮眠でも良かったが治療の手は十分だろうし、あと五日間も治療はあるのだ。焦りは禁物だ。
そうして特に何事もなく予定通りに昼食前に起こしてもらう。何もなかったのかとメイドちゃんに聞いてみるが、特に何も連絡はなかったという。
ほんとに何もなかったのか。きっと昨日のうちに起こりそうなイベントは出尽くしたということなのだろうか。そうだといいな。あと五日。平穏無事に過ごしたい。
サティとともに手早くシャワーを浴び、昼食をかきこむ。師匠を拾って帝都のエルフ屋敷へと転移するとウィルとイオン様が待っていた。
王族皇族同士で、優雅にお茶をしながら語らい、俺を待っていたらしい。
「お待たせしてしまいましたか、お二方」
そう言って相席させてもらう。
「いえ、わたくしもウィルフレッド様も先ほど来たばかりでございます」
「ヒラギス戦の話をしていたのですよ」
「はい。現地で戦っていた方からしか聞けない、たいそう貴重な話ばかりでした。またお聞きしたいですわ」
「もちろんですとも。イオニティース様のお願いとあらば、いつ何時でも」
そう言ってウィルはいい笑顔をする。
「もっと普通にしてていいぞ」
「あ、そうっすか? いやー、話には聞いてたんすけど、どうお相手していいやらわかんなくて」
急な豹変にイオン様がぽかんとしているじゃないか。
「それで?」
イオン様がいるってことはエリーに送ってもらったのだろう。それでウィルが残ってるってことは俺に何か用があるのだ。
「治療は順調だとアンジェラさんから伝言っす。昨日のがなんだったのというくらいスムーズに治療が進んでいると」
ふむふむ。どうやら本当に今日は心穏やかに過ごせそうだ。
「それから鉱毒の件は早急に調査するそうっす」
帝王陛下肝いりの調査でかなり大規模に、しかも極秘裏にやるという。鉱毒を垂れ流したやつがいたとして、調査を察知されて対処されたり犯人に逃げられでもしたら大問題である。大規模なのは今回は帝都の上流域の話だが、他にもやっていたら大事だと帝国中すべての鉱山に調査の手が及ぶことになるとのことだ。
「なので結果が出るには少々時間がかかるかもってことっす」
「鉱毒、ですか?」と、イオン様。
「ええ、昨夜の貧民窟の獣人から、川の水が二年前くらいから急に濁ったって話があがってきまして。鉱毒の疑いがあると」
「もし見つけたら許してはおかないってお祖父様は大激怒っすよ」
想像しただけでウィルは怯えたような表情だ。
「ならそっちはお任せして大丈夫だな。この後はヒラギスか?」
「はい。あとですね、これを」
そう言って示されたのは豪華な飾りのついた大きめの化粧箱。持ち手も付いているのをウィルがテーブルの上にどさりと置いた。中を開けてみると金貨がキレイに詰め込まれていた。金貨が五〇〇枚、日本円にして五千万円入っているのだという。
「兄貴にはほんと世話になってばかりで、お金なんかでどうにかなるって思ってないんすけど、兄貴も忙しい身ですし、お金の心配なんかしないで心置きなく動いてほしいんすよ。もしこれで足りなければ、いつでも言ってください。追加するっす」
思えばウィルのことはずいぶん世話してやったものな。命も助けた。金欠の時も飯とか家の世話をしたし、剣の修業や加護もだな。最初は面倒くさと思ったものだが、すっかり役に立つようになって、こうしてお金を、それもこんなに大金をくれる。人助けはしておくものだ。
「ありがたく受け取っておこう」
狩りとか新しいお金儲けを考えようって暇は今はないし、お金の心配がなくなるのは助かる。なにせ帝国の王子様なのだ。お金はあるだろうし遠慮することはない。しかし五千万円とは奮発したな。
「あと、リリアさんからの伝言なんすけど」
エルフの里で何かあったのだろうか。
「エルフの里の兄貴の倉庫にお金をたっぷり入れておいたそうです。自由に使ってくれと」
額はウィルも知らないが、ウィルの持ってきた金額を聞いてそれよりはかなり多いと言っていたそうである。まあ朝の会議であんな話をしたのだ。考えることは同じか。
「じゃあエリーに会ったら、そっちのお金の管理は任せると伝えておいてくれ。俺はウィルにもらった分で十分だしな」
了解っすと頷くウィル。俺が持つと何かで一気に散財してしまいそうだ。
「あの、わたくしのほうでもこちらを……」
続いてイオン様からも何か贈り物があるという。護衛の手によって俺のほうへと差し出されたかわいい化粧箱に入っていたのは、開けてみれば金貨が二〇〇枚。
俺はヒモかな? 合計で七千万円。リリアの分も入れれば余裕で一億を超える。日本でなら早期退職が余裕でできる金額だ。いや、こっちでももう二度と働かなくても余生を過ごせるだろう。でも嫁やメイドちゃんたちを養うことも考えるとちょっと厳しいか。ずいぶんと大所帯になっちゃったものな。老後を優雅に過ごしたいから追加を出せとはまさか言えまい。
「もちろんわたくしも何かのお礼だということはまったくないのです。マサル様の活動に対する喜捨とでも申しましょうか。ヒラギスや帝都での活動を円滑に行うために、少しでもお役に立ちたいというささやかな気持ちなのです」
もちろん足りなければもっと出すという。しかし急にお金が、それも相当な大金が集まってきてしまったが、昨日エリーに十分なお小遣いをもらったばかりなのだ。
いや、これだけあれば……
「貧民窟に炊き出しとかができるな」
獣人だけ助けて他は放置もどうかと思っていたのだ。神殿が入ると言ってもまだ先だろうし、どの程度の援助が行われるかもわからない。
「あの兄貴? それはあくまで個人的な兄貴のお小遣いってことでして」
「そうでございますよ。貧民窟へ援助が必要と申されるなら、また別口の支援をいたしますので」
さすがに全額ぶちこもうという気はないが、これでお金が減ってまた困ったなどと言われては元の木阿弥。寄付に何の意味があったのかってことなのだろう。
「いえ、イオニティース様。この件は帝国として責任を持って私が実行いたしましょう。兄貴もそれでいいっすね?」
「じゃあウィルに任せようかな?」
ウィルがそう言うなら、俺より責任を持つのに相応しいし、きちんとやってくれそうだ。
「それとリリアさんから、例の件に承認が出たからゴケライ団の子らを連れて行ったそうっすよ」
なるほど。俺の部下だし信用できる。向こうもこちらを信頼しているし、適任だろう。それで上手くいけば、獣人初の魔法部隊か? 面白そうだ。
「例の件というと魔力の?」
「はい。結果が楽しみですね」
「イオニティース様もご存知でしたか。すいません、どこまで話していいものかわからなかったもので」
仲間にはするけど、まだ話が進んでないと言ってあったものな。イオン様の側には今日も護衛の二人がいることもあって、尚更どこまで開示していいかわからなかったので用心したのだろう。
「それで俺たちの仲間にならないかって話はどうなんです? 家に戻って話しとかしましたか?」
すでに加護が付いてるのに仲間ではないという状況は、やはり色々と不便や不都合がある。
「それがそのう……兄上様には少々言い出しづらいと申しますか……機会を作ることができなくて……」
さすがに無理か。できればすぐにでも仲間になってほしいが、それほど急ぐ理由もないのも確かだ。
「まあそんなにすぐは決められませんしね。しばらくは帝都に居ますし、ゆっくり考えてもらえれば」
「いえ、わたくしはもちろんマサル様の仲間に加えていただきたいと熱望しております。しかし……」
回復魔法だけなら誰にも負けないと思っていたら、俺たちの足元にも及ばない。一緒に行動するにも右手も動かせないでは足手まといになる。ならばせめて資金援助でもと思っても、それもウィルやリリアに比べると少ししか出せなかった。
「自分のような者がマサル様のお役に立てるのでしょうか……」
「イオニティース様。兄貴が必要だと言ったら、それは間違いなく必要なんすよ。最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに自分の果たすべき役割がわかってくると思いますよ」
ウィルの言葉はとても実感の籠もったものだが、イオン様の心に響いた様子はない。実際のところ俺たちの事情に踏み入らないと、なぜ俺たちが必死になってるのかおそらく意味がわからない。そして自分に何が求められているのかも。
ここのところほんと忙しい。イオン様は現状で回復魔法が使えるから、攻撃魔法はもちろんだが、ぜひとも転移を覚えて働いてもらいたい。
やはり一気に話を進めてしまうか。昨夜会ったばかりで気が早すぎるとは思わないでもないが、仲間にして諸々全部教えて、加護でがっつり能力を上げてしまおう。そうすれば色々な事情やしがらみなど些細なことだと吹き飛ばせてしまうはずだ。
まずは右手だ。肉体強化で動くか試す。念のためにレベル2で、と。
「右手、見せてもらえますか?」
そう言ってイオン様に手を差し出す。イオン様は左手で右手を持ち上げようとして、妙な動きになり座ったままで体のバランスを崩した。机とイオン様が倒れそうになるのを、右手と左手ですばやく支える。
「これは……」
そのイオン様の右手は、俺の腕をしっかり握り、その体を支えていた。
「いきなりで申し訳なかったです。でもしっかり動くみたいですね?」
「はい。動きます」
良かった。まあ俺の予想が間違っていたとしても肉体強化は優秀なスキルだ。あって困ることはない。
すとんと椅子に座り直し、右手をそろそろと動かしていたイオン様が顔を上げて何か問いたそうにし、また口を閉じた。目を治した時も教えなかったし、これも聞いていいものかと思ったのだろう。
「そろそろイオン様にもすべてを教えましょう」
イオン様はいい。話してそれで裏切られても仕方ない、何か理由があるのだろうと割り切れる。しかし護衛の二人は?
「でもその前に、護衛のお二人はどこまで信用できますか? イオン様だけに忠誠を尽くし、イオン様のために死ねるというのではなければ、ここからの話は聞かせられません」
俺の言葉に二人の護衛の表情が複雑なものになる。困惑と怒りだろうか。
「ここにいる三人、サティもウィルも師匠も、俺のために命をかけてくれるし、俺も命を預けられる。そういった相手です」
「兄貴のためなら帝国を裏切ることも辞さないっすよ!」
「いや帝国は敵じゃないから。帝王陛下とも仲良くなれたんだし、あまり物騒なことは言わないように」
護衛の二人はどうだろうか。国家や皇帝に忠誠を誓う。あるいはどこにも忠誠の対象がないとかだと余計にこの場には置いておけない。
「イオン様、我々は……」
「二人とも、これまでよくわたくしに仕えてくれました。下がりなさい」
何か言いかけた護衛の言葉を遮り、イオン様がそう告げる。やはり信用できると言ってもここまでか。
加護の詳細は迂闊に話せない。条件を満たさねば使うこともできないのだが、それでも広まるとかなり困ったことになるのは容易に想像できる。そもそも皇帝がどんな人物かわからないし、神国自体が、禁呪のこともあって信用できないのだ。
「下がりなさい。無理にわたくしに義理立てすることはありませんよ」
もう一度のイオン様の言葉で片方がおずおずと距離を取ろうとした。しかしもう一人は動こうとはしなかった。
「レーダ?」
「私は決めました。この場でイオニティース様に忠誠を誓います」
そう言って下がらなかったほうが膝をつき頭を下げた。
「我が剣とこの身すべてを捧げます、我が君よ」
そう言って腰の剣を引き抜き、捧げ持つ。それを見てもう一人の護衛が焦った声を出す。
「レーダ様!?」
「皇帝陛下にこのままお仕えしてどうなる? イオニティース様が先代様のようになるのを後ろでずっと見ているのか? 私はそんなのには耐えられない」
「で、ですが」
「マサル様はイオニティース様の目と、いま右手をも治してくださったのだ。それ以上の証明はもはや必要ない。私はイオニティース様に剣を捧げ、マサル様のために戦おう」
「剣を捧げることを許します。これからも一層の働きを期待していますよ、レーダ」
「ありがとうございます、イオニティース様」
「兄上様にはわたくしから説明致しましょう」
「トニエラは下がれ。今日からは私だけでイオニティース様を守る」
「わ、わたしもイオニティース様に剣を捧げます」
「声が震えているぞ? 皇帝陛下が怖いのだろう。無理をするな」
「わたしだってイオニティース様に……」
「しかしここであったことを話せと言われ、あるいは捕まって拷問をされて耐えられるのか?」
「皇帝陛下、そんなことするの?」
「うーん、わたくしには甘いのでそこまではしないと思いたいのですが……」
イオン様も自信がないらしい。
「じゃあこうしよう。俺は使徒でいまも神意により動いている。もし喋ることを無理強いするようなら、神国皇帝は使徒に敵対するつもりかと言えばいい」
「そんなことで捧げる剣の主を変えても信用なりませんよ。トニエラは腕は立ちますが、やはり覚悟が足りないと思います」
俺の言葉にレーダがそう反論する。
「そんなことない!」
「イオニティース様のお願いだ。皇帝陛下はお許しくださるだろうが、しかし不興を買うのは確実だ。お前にそれが耐えられるのか? 家のことはどうするのだ?」
いやなんか大変だな。
「目も見え、こうして右手も動くようになったのです。もう世話の手間もかかりませんし、レーダが居れば大丈夫ですよ」
護衛に世話係も兼ねていたのか。そりゃそんなに仕えている相手が徐々にすり減って行くのは見たくないだろう。
「ほんとにマサル様の言ったとおりにすれば大丈夫なんでしょうか?」
「わからん。皇帝陛下の人柄とか知らないしな。ウィルは知ってるか?」
「最近皇帝になった人物なので、あまり知られてないんすよね。若くて優秀とは聞いていますが」
優秀で道理を弁えているなら一人や二人の騎士くらい簡単に手放すだろうが、しかし気位の高い人物なら? 剣の主を変えるなど、相当気に入らないだろう。
「し、神意というのは?」
「悪いが今の君にそれを知る資格はないんだ。覚悟がないなら、やはり離れるしかない」
「でも神意はあるのですよね?」
「ある。そしてそれは一国の王、皇帝の意思より遥かに重いものだ」
世界を救おうというんだ。帝国だろうが神国だろうが、国や個人の思惑で妨害されては困るのだ。
「信用しますからね!? そ、それと家のことも」
トニエラは俺を見て、そしてイオン様にも家のことをすがる。
「何かあれば動きましょう」
「トニエラの家というのは?」
そう俺が尋ねる。
「男爵家で私がイオニティース様付きになったことで引き上げてもらって、父はお城での仕事もしているんです。皇帝陛下に睨まれでもしたら終わってしまいます……」
そりゃきついな。しかしここでイオン様からお暇を出されて遠ざけられても、それはそれでお役目を果たせなかったと問題になりそうだ。
「レーダさんとこは平気なの?」
「私は先代様の縁戚ですから、皇帝陛下でも軽々に手出しはできません」
「じゃあ本当にどうしようもなくなったら、帝国かヒラギスに家族ごと避難してくればいい。それくらいの面倒は見るよ。な、ウィル?」
「そうっすね。遠慮なく頼るといいっす」
帝国から圧力は……やぶ蛇か。
「というかね? 剣の主を変えたことを、わざわざ言わなくてもいいのでは?」
黙っていればわからない。それだけのことなのだが、二人の護衛は虚を突かれたという顔である。
「ここでの会話も特に重要なことはなかったって言っておけばいいし」
この世界の人は真偽官の長年の薫陶のお陰か、正直すぎるし人の言葉を信じすぎる。
「しかしそんな嘘を付いてバレでもしたら……」
それだな。真偽官がいるから嘘はバレるんだ。もちろん調べられたらって話になるのだが、怪しいとなれば気軽に調べてしまえばいい。王様クラスになると専属の真偽官がつくことになるし、真偽官がいるとわかって王に嘘をつく、虚偽の報告をする。それは非常に悪質な行為だ。
もしもの時は俺から口止めされて、使徒の言葉には逆らえなかったって言えばいい……ってこの嘘もバレちゃうのか。面倒だなー。
「剣の主を変えたことも、ここでの話も外部に漏らすな。これは使徒からの命令だ。いいな? 返事は?」
こんな感じかな。脅されたから仕方なくという設定ならいけそうだ。
「は、かしこまりました!」
レーダは勢いよく了承し、トニエラもそれでようやく覚悟を決めたようだ。イオン様に剣を捧げた。
「万一の時は俺かウィル、それかエルフを頼れ」
護衛の二人にそう告げておく。少し前置きに手間がかかってしまったが、しかし優秀で信頼できる護衛というのは貴重だ。必要な手間だったと考えよう。
「ああ、肝心の話を聞くのを忘れてた。イオン様は仲間になりますよね?」
「もはや迷いはございません。わたくしのような非才の身でよろしければ、どのようなことでもいたしましょう」
しかしお役目もございますと、やはり神託の巫女と禁呪の継承者としての役割は、はい辞めますとはいかないようだ。
「そちらは後で考えましょう」
どちらもどうにでもなる。そしてようやく本題に入れる。何から話すか。やはり最初からのほうがいいだろう。
「では俺が最初にイトゥウースラ神から告げられたことから話しましょう」
仕事を探していて異世界へ転移。二〇年後、いまは一九年後だが世界の終わり。それに対抗するためにもらった加護。そして俺への忠誠が高ければそれを分け与えられる様々なスキル。鷹の目と肉体強化。
「やはり勇者だったのですね」
「どうやら魔王はいるようなんですけどね。居場所がわからないことにはどうにも」
師匠が魔境へ何年も入り浸ってかつて勇者が乗り込んだ魔王城を探し、まったく見つからなかった話をする。
「二度も同じ失敗はしないってことなんでしょう」
魔王城はあったとしても巧妙に隠されている。それとも俺みたいに居城を固定しないのかもしれない。
「だからね、俺の役割は魔王討伐じゃないと思うんですよ。そんな神託もありませんしね」
ダークエルフが語った戦力差が真実なら、じわじわ攻めているだけで勝てるのだ。明確な弱点を残しておくわけがない。
じゃあ俺の役割とはなんだ。世界を救うのだなどというのでは少々曖昧すぎる。
「俺一人の力は大きくても、エルフが一〇〇人か二〇〇人もいれば同じくらいの戦力にはなるんですよ」
俺一人が頑張ることに大きな意味はない。仲間も増えた。仮に俺がここで退場しても、戦力という観点ならエリーやリリアでも俺とさほど違いはないのだ。
「だからヒラギスで一〇〇〇人助け、帝都で一〇〇〇人も助ければ、それはきっと大きな意味があると思うんです」
そもそも個人の勇気や一つのパーティの働きで状況をひっくり返すという戦略はもはや通用しないのではないか? もし俺なら後のことはエリーにでも託しておく。魔王を倒して前回は魔物軍は瓦解した。しかし副王なり代理なりを立てて指揮が途切れないようにしておくだけでいいのだ。
魔王城は見つからない。魔王を倒しても魔王軍は健在では、俺が勇者として立つ意味はどこにあるのか。
イオン様の話を聞いて俺は確信を持てた。四種族が協力して、各国の力を結集して魔物に対抗していく。前回魔物の軍勢を撃退したことで、人間は慢心したのだ。エルフや獣人を迫害し、技術や魔法の発展をおざなりにした。
勇者の活躍が五〇〇年前。まじめに技術開発や研究をしていれば、今頃人が宇宙にでもいけていたかもしれないのだ。
「それがマサル様のやっている人助けや城壁強化ですか」
「その一環ですかね」
もっとできることがあるはずなのだ。例えば魔法技術の発展。俺の土魔法を一般で使えるようになるだけで、大きな力となるはずだ。魔法使いを増やす。人が増えれば魔法やポーションの研究をする人が増えるだろう。
魔法文明、魔法科学を興す。魔法で宇宙へと到達する。宇宙には魔物はいない。地上がほしければ魔物や魔族にくれてやればいい。そんな考えは夢物語だろうか?
「マサル様は世界の終わりとはなんだと思われますか?」
考え込んだ俺に、イオン様がそんな質問を投げかけてきた。
「人族の全滅でしょう」
即答する。何度も考えてきたことだ。
「ではなぜ神は我々をこの世界に導いたのでしょうか?」
慈悲の心から、ではあるまい。それならこんな魔物のいる世界に送り込まないはずだ。神様からのオーダーは生き延びて強くなれ。しかしそれはなんのためにだ?
ダークエルフは言っていた。神は人と魔物を争わせてそれを見て楽しんでいるのだと。だがそれだけのためにこれだけの、世界一つを使った大規模な仕掛けをするだろうか。
「なんのためです?」
「世界を終わらせないためです」
「それはそう、なのですか?」
世界を終わらせないために、この世界に人族を導いた? 意味がわからない。戸惑う俺にイオン様が続けて問いかけてくる。
「では世界とはなんなのでしょうか?」
この星、この世界。人族の終焉が、人族の、俺たちにとっての世界の終わり。しかしそれだけが世界ではないはずだ。
「この世界、それに我々が元居た世界。ドワーフが、獣人が、エルフが居た世界。この世界は我々が思っているよりずっと広いのです」
それはわかる。エリーとかは異世界の説明をした時、ここじゃないどこかずっと遠くの土地だろうみたいな認識だったが。
「夜空に浮かぶ星は遥か遠くにある太陽で、その一つ一つに我々のこの世界のような場所があるそうなのです」
おや。この世界でも星とか惑星とかの理解があるのか。
「そしてその星々は見える範囲だけでも砂の数ほど無数にあり、それもほんの一部分。我々の世界はその一欠片、砂の一粒に過ぎないそうなのです。だから我々が全滅したとしても世界は終わりません」
そりゃそうだ。
「天空のあらゆる星々が燃え尽きた遥か遥か遠い先。さらにその年月でさえ刹那に思えるほどの遠い未来。この世界は終焉を迎えるのだと神は言いました」
宇宙の熱的死。それともビッグクランチだろうか。全宇宙の死。真の世界の終わり。しかしそんなことは俺たちには無縁のことだ。人類どころか太陽も消えてなくなっている。
「その終焉には神々ですら死を逃れ得ず、だからそれを防ぐ手立てを講じており、我々は将来その戦列に加わることを期待されているのだそうです」
俺たちが生き延びて強くなったその先は? 宇宙の終焉に対抗するための神の手勢となり、新しい戦いに赴くことになる。それも永遠に等しい時間をだ。
終わりなき戦い。永遠の闘争。我々はそのために選ばれ、救われたのだと。
「それはひどく残酷な宿命です」
たとえ魔物を滅ぼしたとしてもそれは終わりではない。
「それは神託で?」
「はい。過去に神託により詳細を知らされたそうですが、我々のご先祖様たちもこの説明を受け、納得してこの世界にやってきたのだということです」
世界を救うために選ばれし種族。それが文字も知らない蛮族では格好がつくまい。
理解の及ばないような壮大な話。子々孫々終わらない戦い。神々ですら力が及ばず死ぬのだという事実。神殿は公表できまい。
神様って一体何だろうな。宇宙に住む一つの生命体で、ただ俺たちより大きく進歩しているってだけの種族なのだろうか?
そして宇宙の終焉。それには神々ですら死を逃れ得ず。つまり神の力でも及ばない。だから手助けとなる種族を育成することにした。
それが失敗すれば、それはすなわち世界の終わりだ。
「どう思われますか?」
イオン様にそう言われても考えが追いつかない。護衛の二人も初めて聞いたのか、ずいぶんと混乱した様子だ。
順調で平和な一日のはずが、なぜにこんな究極に重い話になった? 俺はそう思わずにはいられなかった。