作品タイトル不明
248話 騒動の対価
何かあった時は我が家は家族会議をする。ここのところバラバラで動くこともあるので大事な情報共有の場でもある。
戻った時にはすでに陽が落ちていたので、遅めの夕食も取りつつまずは俺から話し始めた。
「いやほんと今回は酷い目にあった」
今回も、だろうか。トラブルに巻き込まれるのは毎回である。
「転移したとたん暗い部屋に居て、いきなり液体、たぶん薬をかけられて気を失ったんだよ」
「罠にかかる転移術師なんて滅多にいないだろうし、踏んだら勝手に動く罠になってたのかしらね?」
エリーの言葉に頷いて、順を追って話を続ける。次に気がついたら牢獄みたいなところで手錠に足枷。首には魔法封じの首輪。これは隷属の首輪と同系統のものだけど名前の通り、魔法だけを封じることのできるやつだ。
軽く尋問されて何も答えないでいるとまた薬を嗅がされて眠らされた。目が覚めたところで、ウィルパパがやってきて尋問。
その後は王城の塔の一室の、調度品の揃ったそこそこ良さげな部屋に移された。
「尋問薬なんだけど、よくあるらしい副作用でめっちゃ頭が痛くなるんだよ」
うんうん、とティリカが頷いて言う。
「あれは評判が悪い」
「魔法は隷属の首輪で禁止されて回復魔法も使えなかったし、半日くらいぐったり寝てた。連絡が遅れたのはそのせいだな」
そこで頭痛で寝込んで、元気になったところで召喚で救援を呼んだ。
「でもよく召喚が出せたわね」
「塔にある部屋が暑くてね。涼しくしてやろうって言ったら魔法を使わせてくれて。召喚魔法が使えるとか聞かれなかったし」
尋問薬の効果時間が少ないって言ってたな。それで要点を絞って質問せざるを得なかった。ついでに毒耐性のスキルを取った話もする。こいつも後でテストしないとな。
「部屋の浄化をする振りをして召喚獣を出して、さらに氷を出した隙に召喚獣を脱出させた」
監視もそういうことは想定しなかったんだろうな。軍人がなんでずっと監視していたかというと、俺を確実に隠しておきたかったのも理由の一つなのだろうが、隷属の首輪というのは第三者の手によって簡単に外したり破壊できてしまうからだ。
だからこそ隷属の首輪は臨時扱いで、正式な奴隷は奴隷紋を体に刻む。でもあれはあれでどうなんだろうな。手首にある隷属紋なら手首を落とせば解放されるんだろうか? 罪人なんかは額とかに刻むらしいから、そうなのかもしれない。
「で、ここに付いて文字を書いてるうちにウィルパパに呼び出されて移動することになって召喚のリンクが切れた」
「あれはいきなりだったし、肝が冷えたわね」
フクロウで文字を書く時間がなあ。もっと楽にできる方法はないだろうかね。キーボードとかあれば楽なんだけど。ああ、そんなことしないでももっと簡単なのがあった。
「文字表とか用意しとくか」
「文字表?」と、エリーが首を傾げる。
「ほら、昔サティが文字を覚えるのにエリーに教えてもらった文字順を書いたやつがあっただろ。文字を書かなくても、あれを指せば言いたい文字はわかるだろ?」
「なるほど、そうね。用意しておきましょう」
紙だから畳んで持っておけば邪魔にもならない。
「えー、それで移動先は王宮のたぶん賓客とか泊める豪華な部屋で、そこでウィルパパに豪勢な食事をご馳走になった」
「いよいよ懐柔しにきたのね」
「俺は次期帝王だ。その部下になるなら右腕にしてやる。地位も名誉も思いのままだぞって勧誘されたわ」
「実際マサルの事情がなければいい話よね」
「でも死刑か部下かの二択だぞ」
部下になるのを承諾したとしても奴隷紋は確実に刻まれそうだったしな。
世界の半分の次は、帝国の次期帝王の右腕か。次は何が来るんだろうな。そういえばエルフは酒池肉林で、獣人はハーレムを用意してくれてたし、ヒラギスは領地と王族待遇だった。
まあこれ以上はさすがにないだろう。
「それで食後ゴロゴロしてるうちにサティが助けに来てくれたんだ」
みんなが必死に動いている中、メシ食って寝てただけってのはなんか申し訳ない気分だな。
「それで帝国のほうはどうするの?」
「わからん。もう面倒だったからウィルにぶん投げてきた。あいつが何か考えてくれるだろ」
さっさと帰りたかったんだよ。それに首謀者がウィルの父親だったというのもある。
「それに次期帝王は帰り際にスタンボルトで痛めつけておいたからな」
それでそこそこスッキリはできた。俺に首輪を付けた軍人も、サティに手首から先を落とされた。まあ王宮だ。優秀な治癒術師がいるだろうし、急いで治療してもらえばちゃんとくっつくだろう。
考えてみると実害に関しては、サティが深手は深手だがすぐに治せる程度の傷を負ったことと、俺の時間が二日ほど無駄になったのと薬の投与による頭痛くらい。
サティは俺が助かったからそっちは別に気にしてないようだ。むしろガチでエルド将軍とやりあえたのはいい経験になったと喜んでいたくらいだ。
エルフが俺のことで大騒ぎするのは毎度のことだし、俺が奴隷にされそうになったのは重大であるが、それは未遂に終わった。帝王やエルド将軍が首を詫びにとか言ってたけど、そこまですることかと思う。そんなことを言ったらエリーが少し深刻そうな声で話しだした。
「あのね、本物の勇者なのよ。はいはい、勇者じゃないのよね? でも使徒じゃない。神によって遣わされた使徒を奴隷にしようとしたのよ?」
まあそうだな、と頷く。
「帝国の王が皇帝を名乗らないのは、隣国のミスリル神国に皇帝がいるからなの」
エリーの話がいきなり飛んだ。
「神殿の総本山があるんだろ?」
ハネムーンの観光ルートの候補にあった、帝国の南側にある国だ。この世界の人族の発祥は南方国家が起源らしい。進化したとかじゃなくて、神が一群の人々をこの世界で繁栄するようにと遣わした。そして最初に作られた国家がミスリル神国。神によって作られた国。
ちなみにミスリルという鉱石はミスリル神国で産出することから名付けられた。
世界最初の国家。人族が最初に降り立った地。諸神の神殿の総本山。神国の皇帝と神殿の長はまた別なのだが、帝国の王ですら、皇帝の権威には気を使わざるを得ないという。だからガレイ王国が帝国となった時も皇帝を名乗らなかった。
もちろん国力や武力は帝国が圧倒的だ。だが神殿を敵に回しては国家は立ち行かなくなる。そんな説明をエリーがしてくれる。
それだけの権力を小国が持つのはヤバいんじゃないと思うのだが、そこは真偽官がいるし、定期的に神託があるのだという。
「ほら、昔話で神の怒りで町が消えて湖ができたって話があったでしょう?」
あれ以来、真偽官の権限が増したのもあるのだが、それとは別に神託の巫女という役職が置かれたのだという。神様が適当に選んだ者に神託を出していては、その真偽から疑う必要があると、神託を受ける専門の人を置いて、通常の連絡事項はその巫女にするようになった。
勇者や使徒を送り込んだり、神託を出したり、この世界の神はちょくちょく下界のことに口出しをしている。ミスリル神国にはどの国も逆らえないとはいえ、神々が見ていると思えば皇帝といえど迂闊なことはできない。
神殿は神の権威を代行し、皇帝はそれを支える。神託を騙って酒池肉林をした馬鹿が居たせいで現世利益を追求するのは厳禁。ハーレムももちろんよろしくない。それが守られているからこそ、帝国ですらミスリル神国と神殿には頭を下げる。国家として目指す部分が違って利益が競合することがないからでもある。
「今回のことで帝国は根幹から揺らぐかもしれないわね」
思ったより大事だった!? 王の権力が絶大な王政国家といえど、民衆の支持がなければ安定し得ない。神国の出方次第では帝国は内乱で倒れるかもしれない。そうエリーが言う。
「自業自得じゃろう。下手をすればマサルは闇から闇じゃぞ?」
俺が勇者であるのを伏せたかったのは、おおむね自分が勇者だと認めたくないからという程度の理由だった。だがエリーたちにせよ、勇者であると明かすのは非常な危険が伴うと考えていたようだ。
もし勇者であると明かして俺を返すつもりがないとしたら、闇から闇へと葬り去るのが一番リスクが低い。
命の危険はなさそうだし、まあなんとかなるだろうと割りと気軽に構えていたのだが、改めて指摘されると少し恐ろしくなった。なにせ隷属の首輪をされてほとんど何もできない状態だったのだ。
「そもそもウィルの友人で勇者の関係者だとは知っておったのじゃぞ。にも拘らず、あの対応。帝国など潰れてしまえば良いのじゃ」
まさか勇者本人だとは思わなかったのだろうが。
「さすがに帝国にいま潰れられたら困るな」
内乱になったとして混乱は何年続くだろうか。そんなことをしてる暇などないし、死者もたくさん出るだろう。
「実害はほとんどなかったし、帝国側がきちんと謝罪なり賠償なりするならそれで良しとしよう」
「まあマサルがそれでいいならわたしたちも文句ないわ。リリアもそれでいいわね?」
不満顔のリリアも渋々頷いた。
それにしても勇者。勇者かあ。
「俺って勇者なのかな……」
「そろそろ諦めたら?」
「いやだよ!」
俺はまだ勇者が派遣されてくるという一縷の望みを捨てていない。
「俺の話はそれでいいとして、サティはどんな感じだったんだ?」
サティの話は帰り際に少し聞いた程度だ。
「それよ、それ。ほんと無茶するんだから。王城で騒ぎが起こって、バルナバーシュ殿にサティが突入したって聞いた時は血の気が引いたわよ……」
「妾はサティなら大丈夫じゃと言ったのじゃがな」
リリアは好きそうなシチュエーションだな。
「バルナバーシュ殿がサティは死ぬ覚悟ができてるとか脅すのよ」
ラスボスはエルド将軍だもの。死ぬ覚悟くらいはしてたんだろう。ほんと良く勝てたもんだよ。
「結果良ければすべて良しだよ。サティ、それで?」
「はい。最初は兵士に紛れて城内へは上手く入れたんですけど、そこですぐに見つかって……」
サティが慣れない感じでとつとつと話していく。城内から王城。探知を駆使して謁見の間へと近づくも、戦闘に次ぐ戦闘。オリハルコンの剣で扉を切り裂き、謁見の間へ。
剣術指南役って名乗ったやつが結構強かったらしい。
「あ、お師匠さま。剣をお返しします」
「返さずとも良い。エルドに勝ち、マサルを救出した褒美だ」
「ありがとうございます!」
そしてエルド将軍と黒騎士との戦闘。師匠には誰も殺すなと言われてそれを守って戦ってきたものの、さすがにここでは生死のやり取りをする覚悟だったという。
エルド将軍に腕を犠牲になんとか勝って、護衛の騎士を突破して帝王に剣を突きつけたまではいいが俺が人質にされて。
「最後はウィルが全部持っていったと」
あいつ、やけにタイミングが良かったけど出待ちしてたんじゃないだろうな?
「最後の最後はマサル様でしたよ」
ウィルが俺が勇者であると明かしたところで、俺が光魔法を見せようかと誘って、鼓舞加護からの 閃光(フラッシュ) 。その場の皆が目が眩んだ隙をついてサティが俺を奪還。隷属の首輪もすっぱりと切り落としてくれた。
「すぐにスタンボルトを詠唱して、まだ諦めていない騎士を一瞬で制圧して、『他に俺の邪魔をしたい者はいるか?』って。それでみんな大人しくなったんです。すっごくカッコよかったですよ!」
「スタンボルトはかなり便利だったな」
サティのコメントにはそう答えるに留めておく。サティにかかれば俺の行動はなんでもカッコいいからな。
「そういえばウィルの婚約はどうなったのかしら?」
「それどころじゃなかったし、問題があればあっちから相談しにくるだろ」
今いるのは帝都のエルフ屋敷だ。安全を考えるならエルフの里へでも引っ込んでいるべきなのだろうが、せっかくみんな集まってるんだし、帝国の動きに即応できるほうが良かろうとそのままお泊りすることにしたのだ。
「そうそう。捕まる前にエルフの里へ行くつもりだったんだ」
必要な話を終えて食後のお茶を飲みながらのんびりと話す。
「何の用だったのじゃ?」
「ああ、鉄筋の話でね」
いまある城壁に補助的に建てれば簡単に強化できるだろうってことと、それと鉄の代用に竹を使っていたのも思い出したのだ。
「ただ、竹はあくまで代用なんだけどな。強度も落ちるし、時間経過で竹が脆くなる」
それでも普通に城壁を建てるよりか頑丈になる。この異世界、鉱山が豊富にあっても人力で開発するしかないから、鉄の大量生産はなかなか難しいようなのだ。
「ではそれは私が連絡しておきましょう」
説明するとルチアーナがそう言ってくれたのでありがたく任せておくことにする。
あとなんだっけかな。そう、獣人。獣人の国だ。
「獣人の里建設も明日から再開しないとな」
「マサルが居ないからって他のことまで疎かになったらダメだろうってサティが言ったのよ。だからマサル抜きでも回るように動いてるわよ」
「サティはえらいなー」
今日は大活躍だったし、あとで個人的にたっぷり褒めてやろう。
「ウィルさんとの別れ際にマサル様が言ってたことです。連絡すらできない状況になっても、自分でできる最善のことをやるんだぞって」
そんなことを言ってた気がするな。ウィルには俺に頼らずできることをやっとけって意味で言ったのだが、まあ全員に当てはまる言葉ではあるな。
そのサティから食後お誘いがあった。むろんこういう時は夜のではなくて、剣の修業である。
「ちょっと練習をしませんか?」
今日の戦いのイメージがしっかり残っているうちに練習したいようだったが、腕の傷は骨にまで達し、胴を切られた部分は浅かったようだが、出血はかなりのものだった。
「ダメ。骨まで達してたんだ。三日間は修行禁止だ」
三日も!? とサティが珍しく愕然とした表情を浮かべていた。俺は毎度のことだけどサティが怪我をするのってほんと珍しいからな。
「大変な一日だったんだ。今日くらいゆっくりしようぜ」
明日からどうせまた忙しくなるのだ。とりあえず、まずはウィル任せにしておかないで、帝国の出方をはっきり見極める必要がある。明日、エルフがどう落とし前つけるんだと、使者を出すのだという。
まあ俺はそれを見て適当に意見を言うだけ。楽なものなんだけどな。
そう思っていた翌日。
俺は居間で朝っぱらから帝王の愚痴を聞いていた。同席しているウィルはきまり悪そうにそっぽを向いている。押し切られちゃったのか……
「 あれ(息子) は優秀ゆえ、失敗を経験しとらんのだ。だから自らの失敗を認めることも簡単にはできなかった」
育て方を間違えたのかのうと、何故か俺が話し相手になっている。帝国はこの帝王がトップに就いた直後はともかく、ここ最近は長い安定期が続いていた。つまりウィルパパはまったく苦労なく、ここまで来てしまったそうなのである。
「此度のことがいい薬となれば良いのだが」
どうやらウィルパパは罰として一年ほど単身赴任させられるようだ。場所はミスリル神国。次代の帝王として皇帝への挨拶と、神殿に入っての精神修養である。
司令官代行はエルド将軍が務めることとなった。ウィル提案での大抜擢である。
「しかしほんとうにエルドもランディーズも処分せんでもいいのか?」
帝王は事態の元凶はこの二人と考えているようだ。ウィルパパはともかく、エルド将軍もなのは帝王へ勇者に関する報告を怠ったからのようだ。バルバロッサ将軍は帝王直属の親衛騎士のエルド将軍と違い、帝王と直接話す機会がまだなかったのでセーフだったみたいだ。
「エルド将軍は兄弟子ですし、ヒラギスでも世話になってますからね。な?」
そう話を振るとサティも頷く。ヒラギスでは俺たちが支援もしたが、それ以上に好き勝手動くのを許してもらっていた。エルフの名声の宣伝活動もいい感じだったしな。
「今度はもっとじっくり相手をしてもらいたいです」
「そうかそうか。いつでも来るがいい。いくらでも相手をさせよう」
「ランディーズさんもウィルの父親ですし、反省してるならそれで」
エルド将軍は斬首。ウィルパパはさすがに死刑はできないが、廃嫡の上幽閉と最初に提案された案は非常に厳しいものだった。いや、ちょっと厳しすぎるよ。俺がそう思うのはウィルもわかっていて、穏便な処分に落ち着いたのだ。
で、本題である。
「昨日の件については箝口令をしいてある。だが……」
あれほど目撃者が居たのだ。勇者のことは早晩漏れる。
「なにがほしい? なんでも良いぞ?」
帝国と勇者が和解したと早急に周囲に示さねばならない。そのためには帝国はなんでも差し出すつもりがあると帝王が言う。
「ウィルフレッドは言葉を濁しておったが、この先何かあるのだろう?」
勇者が必要とされる何か。たとえ今を乗り切ったとしても、帝国が勇者にそっぽを向かれているという事実は重くのしかかる。
「ヒラギスでは王族待遇と領地を提案されて、結局魔境近くの領地と辺境伯をもらったそうだな。帝国からはそれ以上を出そう」
ウィルの姉妹を嫁がせる。地位は公爵。領地ももちろんそれ相応の、豊かな土地を用意する。
「それと次の王をウィルフレッドにしようとも言ったのだが……」
「お祖父様、それはお断りしましたよね。次の王は父上です」
「では次の次だな」
「私は家を出ると言ったでしょう?」
「それよりもだな。ウィル、姉と妹を差し出すのはちょっとひどいんじゃないか?」
「あ、二人とも勇者に興味津々でしたよ?」
「うちの事情も説明したんだろうな?」
メイドも含めればもう何人目かもわからんハーレムである。
「ええ、その上でです。無理やりとか兄貴が嫌でしょう? それで兄貴がいいならとりあえず顔合わせからで」
「やっぱそれもいいわ」
「えー。俺と兄弟になりましょうよー」
「地位と領地ももちろんいらない」
タダより高いものはないのだ。今回は詫びという形であるが、貰ってしまえば色々面倒事が発生する。するに決まっている。そうでなくとも統治というのは面倒が多く、手間暇がかかる。
「だからそっちは望み薄だって言ったでしょう、お祖父様」
いろんなところから似たような提案がいくつもあって、いちいち貰ってたら大変なことになってるわ。
実際のところ、国家レベルになると爵位も領地もそれほど懐が傷まないんだよな。特にこの世界の土地は余り気味だ。王家の直轄地もあるし、辺境で開発すれば使える土地もいくらでもある。最初から人が住んでる土地がいいなら、持ち主の領主を適当に領地替えしてしまえばいい。
「エリーはどうだ?」
「わたしもいいわ。いまでさえ三つも領地開発を抱えてるのよ?」
「それもそうだな」
今ならエリーの家の元の領地を取り戻せるんじゃないかと思ったのだが、先日話した通り、もう心の中で整理がついているのだろう。それに現実問題として、ブランザ家は元伯爵家であり、その領地は広い。返して貰ったたとしても数年規模で忙殺される。エリーが過労で死んでしまうな。
お義兄さんはまた違う意見があるかもしれないが、エリーがいらないと言う以上、俺が口を出すことじゃない。でもたぶんお義兄さんも嫌がるか。帝国中央に近寄るの、すっごく嫌がってたしな。帝王と次期帝王と問題を起こしたなんて知ったら卒倒しかねない。
「そちらのお嬢さんは三つも領地開発を?」
エリーがええ、と頷くが、さすがに帝王を前に緊張して口が重そうだと、俺が引き続き話した。
「一つは王国の俺の領地で、もう一つはヒラギスで今回貰ったところ。それとエリーの兄が帝国の男爵で、辺境のほうに領地があるのでそのお手伝いを」
黙っていたところですぐにわかる話だ。
「ほう」
「エリーの兄の領地は領地自体の開発は手伝うことも少ないんですが、最近鉱山が見つかりましてね」
ついでだ。鉱山開発の報告もしておこう。トップに話を通しておけば、認可やなんかの話も早いだろう。
「それがようやく稼働しはじめたところで、秋祭りに合わせて帝国に報告をという計画がありまして……」
「ではその鉱山は税は恒久免除としよう。新規開発も好きなだけやるといい」
言ってみるものだな。税負担がない分、俺のお小遣いも増える。
「それとこれだ」
そう言って差し出されたのは、帝王……の許可状? えーと、『この者マサル・ヤマノス、ガレイ帝王の代理にて、あらゆる便宜を図るべし』との書状と、添えられた帝国の紋章入りの短剣。
水戸黄門の印籠みたいなのか。
「もし勇者として帝国内で活動するならそういうものがあれば便利であろう?」
さらにウィルが運んできた箱を開けると剣が五振り。
「うちの宝物庫に眠っていたお宝ですよ! 兄貴、オリハルコンの剣、欲しかったでしょう?」
「おお、こいつはいいな」
オリハルコンの剣が五振り。俺とウィル、サティ、シラー、ミリアムと全員分ある。サティは二本目になるから一本は予備でいいか。それぞれサイズや形状が違うから後でみんなで選ぼう。
「ほら、こっちのほうが絶対喜ぶって言ったでしょう」
「それと昨日ご馳走になった料理結構良かったから、今度料理人寄越してくれない? いや、たまに貸してもらえるくらいでいいから」
それくらいかね。
「では帝国と勇者が和解したと大々的に……」
「ちょっと待った!」
「ん? もし詫びが足らぬというなら……」
「いやそういうことじゃない。俺は勇者っぽいし、みんなもそう言ってるけどそもそも勇者じゃないんですよ」
「なん、だと?」
そこからか。そこからなのか。まあウィルも口止めされてる部分が多くて説明しづらかっただろうけどなあ。いつものように口外をしないように言って説明を始める。
「使徒は使徒なんです。神託もたまにもらってます。ヒラギスも神託があった」
ほう、と帝王は感心した様子で聞いている。
「それで光魔法も使えるんだけど、勇者ってのは魔王を倒すべく遣わされた者でしょう? 俺はただの使徒。勇者じゃないんですよ」
「ただの?」
「オーケイ。言いたいことはわかります。誰が見ても勇者なんでしょうし、人がそう言うのももう諦めてます。でも俺は自分のことを勇者だとは認めていないし、そういう神託が降ったわけでもないんです。だから正式に勇者というわけじゃない」
「ふうむ」
そう言って帝王が考えるような仕草をする。
「本人も神殿も勇者と認めてない者を、勇者だと発表するのはよろしくないでしょう?」
「ではどうすればいい?」
「昨日は誤解から少々問題が発生したけど、それは無事解決したとでも。あと俺もそっちに出向きましょうか。それで友好的な雰囲気を出せば、周囲もそれで納得して勝手に噂でもなんでもするでしょうよ」
「そうだな」
うむと、帝王も俺の案に納得したようだ。周囲が勝手に勇者と言う分にはもうどうしようもない。
「じゃあ少し休んだら王城に遊びに行きましょう」
面倒事は早めに済ませたほうがいい。
「うむ。盛大に歓待しよう」
帝国でも勇者の存在は公然のものとなってしまった。半年の休戦期間が過ぎれば魔王は確実に俺と敵対する動きをするだろう。
もし俺が光魔法を習得せずにヒラギスを乗り切ったら、当然魔族も俺の存在に気が付かなかった。魔王が俺に声をかけてくることもなかった。周囲もエルフの英雄。ハイエルフだと思っていたはずだ。
もともと勇者っぽいとか、まるで勇者とか身内からも言われていたが、光魔法の習得がトリガーとなって、事態は確実に加速している。
敵も味方も俺のことを勇者だというのなら、実質何の違いもないのか? 俺が違うと思ってても無意味なのか?
諦めるか……いやダメだダメだ。諦めたらそこで試合は終了だ。とにかくがっつり防御を固めよう。魔物の脅威から人族の領域を守りきれれば、俺が魔王城に突入する必要なんてまったくないんだし。
「実はですね? 最近開発されたエルフ式城壁強化法というのがあるんですけど、こいつで城壁を造れば通常より強度が三倍ほどになる上に、工法も非常に単純なんですよね。知りたくないですか、帝王陛下?」
三倍と聞いて、帝王が軽く驚きの表情を浮かべた。ちなみに本当に三倍かどうかは知らない。適当に言っただけである。
「もちろん対価なんて要求しません。魔物との戦いで、帝国は一番の戦力ですからね」
にっこりと笑いつつの完全に善意の申し出なのに、帝王が何か恐ろしい物でも見るような表情をしたのはきっと気のせいだろう。
結局鉄筋工法のことは帝国との和解の場が作られた後ということになって、帝王は辞していった。
「いい話だったのにな?」
それなのに最後のほう、帝王は厳しい表情だった。
「マサル、結局帝国側に何も要求しなかったでしょう?」
帝王許可状とオリハルコン五振りに、鉱山の税免除くらいでは何も要求してないに等しいのだとエリーが言う。確かに領地や公爵位なんかと比べるとその価値は相当に低い。
「それで最後のあれでしょ。きっと帝国は来たるべき魔物との戦いで尖兵となって戦うことを要求されたと思ったんでしょうね」
今回の詫びと新しい工法の代価を、魔物との戦いで返すべし。そう受け取ったのか。
帝国はかつて領土の半分を蹂躙され、帝都にまで魔物に攻め込まれた。再びその規模の戦いが起こるとしたら、ある意味、領土なんかよりよほど重い対価だ。
「良いではないか。帝国が確実に動いてくれるというのなら、これ以上の戦力はあるまい?」
リリアの言葉に頷く。そしてその戦いは確実に、間違いなく起こるのだ。