作品タイトル不明
246話 サティの戦い
またマサル様を危険に晒してしまった。ハーピーの襲撃から数えてもう何度目だろう。本当に命まで危うかったのは二回だけだったが、どちらも側に居なかった。居ることができなかった。
そしてまた、目の前でマサル様がどこかへと消えてしまった。ビエルスで修行をして、多少強くなったと思ったらこれだ。
もう二度と目を離すまい、危険に晒すまいと心に誓ったのに。
マサル様が帝国に囚われたのがわかっても何もできない。わたしは何の役にも立たない道端の石ころだ。
「必ずマサルを取り戻すわよ」
エリザベス様の言葉に深く頷く。マサル様は取り戻さねばならない。でなければわたしに生きる価値は欠片もない。
王城から、帝王との会談から戻ってきたエルフの人が、交渉は不首尾に終わったと無念そうに報告をした。
「ガレイ帝王陛下におかれましては、知らぬ存ぜぬで取り付く島もありませんでした」
帝国軍には完全に包囲されてしまったが、表向きはヒラギスで共に戦った帝国へのリリアーネ王女の表敬訪問ということになっていて、帝国側から戦端を開く理由がなく、ゆっくりと相談をするくらいの余裕はあった。
それにお師匠さまが睨みを利かせてもいる。剣聖の武威は世界中で知られており、帝国軍にはビエルスの剣士も多数いる。一瞬で押しつぶせそうな少数の相手でも、剣聖のいる陣に飛び込みたい者などいない。
「じゃあ次は剣聖と聖女と真偽官の連名で、勇者の仲間を返せって交渉ね。それでダメなら……」
「実力行使じゃな!」
実力行使。それでマサル様が戻るだろうか? それにエルフと帝国軍がまともにぶつかれば多くの犠牲が出る。マサル様はそれを望まれない。
「師匠。わたし、マサル様を助けに行こうと思います」
相談の輪から抜け、そうこっそりとお師匠さまにだけ告げた。エリザベス様やアンジェラ様に言えばきっと止められてしまう。
「一人でか?」
「はい。それが一番いいかと」
「ワシが行きたいところだが、もう無茶が利かん。代わりにこれをくれてやろう」
そう言って師匠が腰の剣を抜いて渡してくれた。
「あらゆる物を切り裂くオリハルコンの剣。しかも打った名匠が生涯最高傑作と言った業物だ」
「ありがとうございます、お師匠さま」
「だが一つだけ約束しろ。なるべく人は殺すな」
人を殺すな。難しい指示だ。だけど人を殺してしまえば恨みが、禍根が残る。
「わたしが失敗したら後はおねがいします」
たとえ失敗してもわたし一人の犠牲で済む。生きて帰れないかもしれないが、それでいい。
最後に一度だけみんなのほうを振り向くと、ティリカちゃんがじっとこっちを見ていた。別れの言葉は言わない。言わないでもティリカちゃんならきっとわかってくれる。
マサル様と出会ってからずっと幸せだった。ティリカちゃんやみんなと家族になれてほんとうに良かった。でもそれもすべてはマサル様が居てこそ。
勝手なことをしてごめんなさいと頭を下げると、視線を振り切るように一人、戦場へと向かった。
気配を殺してひっそりと城門に近づく。幸い目立つマントを外してしまえば、帝国軍の兵士と装備は似たような感じだし、兵士たちの視線はエルフに集中している。何事かと見物に来ている人混みを抜け、城門の前を固めている兵士たちに紛れ込む。
城門は堅く閉じられているが、兵士たちが入るための通用門が一箇所開いていた。真正面からの侵入となるが、他のルートを探している時間が惜しい。
城内へと向かっていた兵士が居たので、するりと後ろに付く。そのまま一緒に入ろうとするが、それはさすがに見咎められた。
「おい……」
何かいいかけたところに顔面に音もなく拳を打ち込んで黙らせ、何気ない風を装って城壁内にすばやく入り込んだ。死角をついた上に一瞬の出来事で、他の門番も、城内に入ろうとしていた兵士も何が起こったかまったく気づいていない。警戒しているのは城門前に布陣しているエルフで、通用門への警戒は薄い。
お城の入り口は……あそこか。しかし警備はさすがに厳重だ。
極力気配を殺してまっすぐに向かうと、城門のほうで騒ぎが起こり始めていた。何事かと多くの兵士の視線が城門へ、わたしの居るほうへと注がれてしまった。
「こんなところで何をしてるんだ、嬢ちゃん?」
ほとんどの者はわたしのことを気にもとめなかったが、目端の利く兵士の一人にそう誰何される。にっこりと愛想よく笑って脇を通り抜けようとしたのだが、待てと肩を掴まれそうになったので、懐に潜り込んで肘を鳩尾に叩き込んでその兵士を悶絶させた。
走る寸前くらいまで足を早める。倒れた兵士を見て、ようやく何人かがわたしに気がついたようだが、もう遅い。すでに追いつけない距離だ。
「し、侵入者だ! 捕まえろ!」
後方で叫び声があがる。お城の入り口に向かおうとするが、すでに存在に気づかれており、人が多すぎて突破は厳しそうだ。どこか他に……あった。窓。高い位置にある明かり採り用の小さい窓だったが、なんとか入り込めそうだ。一旦お城から離れたほうへと移動し、生け垣を利用して姿をくらます。
目当ての窓の側には五人ほどの兵士が巡回中のようだった。もう侵入したのは気が付かれている。どこかへ行くのを待っていては警備が一層厳しくなるかもと、すばやく近づき、二人を奇襲で殴り倒し、窓をぶち壊して城内へと突入した。
外では大騒ぎになっていたが、まずは飾ってあった調度の物陰に入り込み、息を殺し周囲を窺う。どっちにマサル様は居るだろう? きっとマサル様は悪い王様に捕まっている。王様の警備はこの城で一番厳重なはずだ。それはたぶん城の奥の方。そして人がいっぱいいるところ。
おおまかに場所の目星をつける。右側からが近いが、そちらは正面の入口のほう。すでに侵入は知られていて大量の兵士や騎士が警戒を高めているはずだ。
左側だ、と物陰から足を踏み出したとたん発見された。
「居たぞ!」
その声を振り切り、一番近い通路に飛び込む。しかしそこにも兵士が当然ながら数名。通路に立ち塞がる全員を手早く叩き伏せ無力化する。だがその先に居たのは重装備の騎士たちだった。
枝があれば良かったかとも少し考えたけど、あれは対処が簡単だ。枝を兜にぶつけた衝撃で昏倒させるので、頭を狙っているとバレるとそうそう倒せなくなる。
だが問題ない。騎士たちの判断が遅い。ダッシュで迫るや、抜刀しようとしている騎士の頭上を飛び越え、そのまま別の通路へと飛び込んだ。
広大な城の通路は複雑で、簡単に中央部には辿り着けないようになっていた。だがそれが幸いして、探知で警備を躱しつつ、城の奥へと徐々に向かうことができた。
探知で探ると人の多い場所は三カ所あった。一つは少し中央から外れているし、わたしが侵入してから人の出入りが激しくなったから恐らく兵士の詰め所だ。目的地は二つのうちどちらか。その二つは距離も近い。
なんとか人の居ない通路を選んで進んで来たけど、そろそろ限界だ。どのみち城の奥のほうには人の居ない場所などどこにもなかった。
「あれか? あれが侵入者なのか?」
「間違いないだろう。連絡のあった小柄な獣人だし、武装もしている」
堂々と歩くわたしを見て、通路を守る兵士や騎士が不思議そうに話す。
数が多い。脇をすり抜けるのも頭を飛び越すのも無理そうだ。それにすでに抜刀していて警戒度も高い。
「ご主人さまに会いに来たんです。そこを通してもらえませんか?」
「見た目に騙されるな! もう何人もやられているんだぞ!」
ダメか。剣を抜かずに済ませたいというのは虫が良すぎた。
「け、剣を抜いたぞ」
「生死は問わないとの上からの指示だ。やれ」
その声を合図にわたしは突撃した。死んでも構わない身だが、まだここで死ぬわけにはいかない。
やれと命じた騎士の肩をまずは貫いた。その懐に潜り込み、左右の騎士の体も注意深く刺し貫いていく。お師匠さまのくれたオリハルコンの剣の切れ味はさすがだ。さほど力を込めずとも鉄の甲冑に簡単に刃が通る。
兵士や騎士たちは突如始まった戦闘に、密集しすぎてまともに剣が振るえていない。
「みんな急所は外してあるから、すぐに治療をすれば助かりますよ」
指揮官が倒され、混乱した敵を圧倒するのは容易かった。あっという間に半数くらいを倒したところで進路が開いたので、そう言い残して先に進む。
通路を一つ曲がれば今度は騎士だけの一団。戦闘音が聞こえたのだろう。すでに完全に臨戦態勢だ。後ろからも生き残りの追手がじりじりと距離を狭めてきている。
「たった一人で王城に乗り込むとは、剣聖の真似事か?」
だがそれには答えず足をゆるめてゆっくりと前へと進む。気配察知でルートを再確認したところ、この人たちを突破すれば最初の目的地はもうそう遠くはないのだけど、どうもその部屋らしき場所への警備が少ない。
「剣聖が単身城に乗り込み王に直訴したという逸話も、所詮は南方の小国での話。誇張された話に過ぎぬ。多少の腕は立つようだが、帝国の王城に乗り込むとは無謀が過ぎたな」
警備が集中しているのはその先。幸い、同じ方向にあるので一応手前のほうを確認しても、時間の損失は少なそうだ。
「殺しても良いとは言われているが、大人しく剣を捨てて投降するなら……」
「邪魔です」
そう言ってまずは小うるさいのを黙らせた。あんまり強くなかった。だが二人目からは多少手強くなってきた。油断なくしっかりと盾を構え、わたしの剣を受け止めようとする。
騎士団の持つ大型の盾はやっかいだ。剣や弓はもちろん、強力な魔法や、時には魔物の強烈な一撃に何度も耐えうるように作られている。強度と軽量化のバランスを考えて作られた鎧と違い、その硬さが段違いなのだ。オリハルコンの業物といえど、何度も切ってはすぐに刃がダメになるかもしれない。
その分重くて動きが鈍るのだが、その真価は陣を組み、盾同士をずらりと並べることで得られる。さほど広くもない通路なら尚更、その防御力は圧倒的で、生半可な攻撃では突破は不可能だ。
だが一人目が倒れたことで大きな穴が開いた。一瞬で陣の内側に入り込み、いいように翻弄する。
「こ、こいつ。素早いぞ!?」
「落ち着いて相手を見ろ! 陣形を崩すな!」
複数相手の超至近距離での戦闘は、普通ならば無謀としか言いようがない。周囲すべてが敵となるのだ。だが気配察知と聴覚探知によって、真後ろからの攻撃であろうと躱すのは簡単だった。むしろ騎士団のほうが慣れない距離での戦闘に戸惑って、本領を発揮できないでいるようだ。
それに戦闘場所は通路だ。お師匠さまの殺さないようにという指示は難しかったけど、中途半端に戦闘不能になって倒れた者が障害となって、より有利に敵を排除できるようになった。
それどころか怪我人の救護をする者、仲間が次々に倒れ恐怖して腰が引ける者と部隊としての動きは崩壊していき、それをまとめる指揮官すらもう怪我人の側に回っており、混乱を助長する。
そうなってしまえば騎士団とはいえ脆いものだった。
崩壊した騎士団を後に、目的地へと到達した。途中の通路にいたのは軽装の兵士が数人だったので、剣を使うまでもなく素手で打ちのめして排除できた。
重そうな木の扉を開いて中に入ると、そこは広い部屋で壁際には本棚とたくさんの机が並び、紙やペンを手にした人々が驚いた顔をしてこちらを見ていた。
やはり違ったようだ。どうみてもマサル様を捕まえているようには見えない。部屋から出ようとするが、扉の前にはかなりの人数が集まって来ようとしていた。
再びの戦闘を覚悟したところで、部屋にもう一カ所の扉があって誰かが開いて外に出ようとしているのに気がついた。
怯える人々の間をごめんなさい、ごめんなさいと言いながら突っ切り、その扉からまた通路へと出る。
扉から出るところを見つけられ、叫ばれたが別の通路へと入る。
そこは恐らく最後の目的地へと続く通路。だがまたもや騎士の一団が待ち構えていた。しかもその手に持つ槍が通路をぎっしりと埋めている。
「来たぞ。構え!」
槍が一斉にこちらへと向けられる。盾で強固に守られたわずかな隙間から槍が突き出された、完全なる野戦用の方陣だ。その強固な防御陣は人間サイズであればどんな攻撃にも耐え、構えた槍で足の止まった敵を刺し貫く。
後方には予備の槍部隊も居て、槍を天井へと突き出しており、飛び越えていくのも無理そうだ。
騎士団はじっと動かないが、動く必要はないのだ。もたもたしているとすぐに他の部隊が駆けつけ、挟み込まれてしまうだろう。
警備はどんどんとこちらへと向かってきている。いますぐにでも突破しなければ王座への、マサル様への道は閉ざされてしまう。
迷ったのはほんのわずかな時間。剣を鞘に収め、覚悟を決めて姿勢を低くし、まっすぐ騎士団へと向かって走り始めた。
「帝国でも最も高い防御力を誇る我が騎士団に、まっすぐに向かって来るとは馬鹿な奴め」
そう誰かが呟いたのが聞こえたが、小さい体を活かして槍を掻い潜り、盾へとぶつかった。
「止めたぞ、今だ!」
多少ぶつかった程度では盾はびくともしていない。そして槍が引かれ、こちらへと向けられようとしている。
「ああああああああ!」
そう叫びながら全身に力を込め、盾をその持ち主ごと一気に押し上げた。硬い盾にまともにぶつかっては体にダメージが来ると、当たる瞬間には足をゆるめていたのだ。
そこから押す。奥義による全力でもって。
ブルーブルーにさえ対抗しうるパワーに常人が耐えられるものではない。騎士たちは突進する地竜を遮る木々のごとく、ガシャガシャと盛大に弾き飛ばされていく。
方陣を組んだ騎士団が一瞬にして壊滅した。もちろんほとんどの者はダメージもなく倒れただけであるが、防御重視の重量のある鎧を着ている騎士は、その重さ故に一度倒れるとすぐには起き上がることができない。
そして騎士団を抜けた先にはたった一人の剣士が立ちふさがり、その後ろにはこの城で見た中で一番豪勢で大きな扉と、またもそこを守る騎士の一隊。
「王家剣術指南役ガルドス・ラムライズ、参る」
その剣士はそう名乗るや、長い奥義の発動で完全に息があがり、疲労で体が鈍っているところへと襲いかかってきた。
鋭い剣をかろうじて躱す。躱す、躱す。その剣筋は剣聖の弟子たちにも勝るとも劣らない鋭さがあった。
「いち、に、さん……」
はっはっと激しい呼吸は激しい攻撃に収まる暇もない。それでも小さい声で数を数えながら剣を抜く。
「騎士団を倒したのは驚いたが、もはや限界のようだな。陛下の御前は貴様のような賊には不相応というもの。潔くここで散ってしまえ!」
そう言ってさらに激しい攻撃を加えてくる。やはりここだった。ここが目的の場所。
「よん、ご、ろく……」
躱しきれず、軽い手傷を負ってしまう。まだ。まだ体は回復しない。
「さすがはガルドス殿! 侵入者は防戦一方ですぞ!」
「しち、はち、きゅう……」
「終わりだ!」
一際鋭い剣を辛うじて剣で受けたが、完全に体勢が崩れてしまう。だが。
「じゅう」
一〇を数え終えた。ようやく体に力が戻ってくる。
奥義、不動剣。
「ぐうっ」
今度は相手が剣を押し戻され、わずかによろめいた。
奥義、雷光剣。
雷と並び称されるほどの速さの剣は、ガルドス殿とやらの胴を何もさせずにすっぱりと切り裂く。
「ガ、ガルドス殿!?」
扉を守る騎士の悲痛な声にやりすぎたかと、倒れた剣士をちらりと見たが、腹の傷をしっかりと自分の手で押さえている。どうやら致命傷は避けることができたようだ。
あとの障害は頼りの剣士が倒されて狼狽している騎士が数人のみ。腕は良かったのかもしれないが、本気を出したわたしの敵ではない。後ろから追いついた幾人かの騎士もろとも手際よく死なない程度に斬り伏せていく。
「わ、我らを倒したところで、謁見の間の扉は固く閉ざされ、人の手で開くことはできぬ」
見上げるような巨大な鉄の扉は、確かに人の手で開くのは普通は難しいだろう。それを当てにしてか、残った警備の兵士や騎士たちは遠巻きに様子を窺うのみ。
いや、魔法使いという単語が聞こえた。剣がダメなら魔法。その到着待ちのようだ。多少の魔法なら怖くもないが、通路全体を破壊するほどの高位魔法を使われてはさすがに防げない。急がないと増援もぞくぞくと集まってきている。
「お師匠さまに頂いたオリハルコンの剣は……鉄をも切り裂く!」
一閃、二閃、三閃。切り取られた部分がずるりとずれ、地響きを立てて倒れた。
そこを通り抜けると、部屋の真ん中には騎士の一団。壁際にはたくさんの着飾った人々。そして正面の奥のほうの、一段と高い場所には年を取った偉そうな人が座ってこちらを見ている。
あれが帝王エルドレッド・ガレイ。マサル様を攫った張本人。
「我が主、返してもらおうか!」
そう叫ぶと、ゆっくりと王座へ向かって歩き始めた。