作品タイトル不明
20層・裏 ノーチラスホエール
クジラという生物を現物で見たことは無いが、少なくともこれ程大きな個体は地上には居ないだろう。漆のような美しい黒のボディに、ところどころ入る稲妻の如き紋様がその苛烈な生き様を見せつけてくるようだった。
「まだドロップ手に入れてないのに裏ボスかー」
録画を開始。
枕の端からカメラだけはみ出るようにセッティングしてその枕を亀甲縛り紐で背中に括り付けた。
海の中でカメラを放置すると壊れそうだしこれくらいしかやり方が思い浮かばない。
「ふぅ……しゃあオラ! 鯨肉! その黒毛和牛……じゃない、黒毛和鯨! 俺が余すことなく食い尽くしてやんよ!」
鯨肉は食べたことないが、美味しいと聞く。
前回の裏ボスライムはドロップも無かった。きっと味わい尽くすのが裏ボスに対する礼儀なのだろう。
こちらに気付いてすらいないのか、漂う鯨はこちらに見向きもせずゆったりと泳いでいる。
「舐められたもんだぜ」
水中階層、これにて完全制覇――!
剣のスイッチを起動、若干の水による抵抗力を感じながらもその硬い外皮を斬りつけた。オートカウンター的なものなのか、剣が砕けるほどの電流が走る。
体に痺れは無い。ただ、あまりにも硬かった。傷一つついていない。
ぎょろりと眼球が蠢き、その深紅の瞳と目が合った。
その奥には、無数の人の影が影を落としているようだった。この階層に先着者は居ないはずだ。なのに、まるで数多の英雄を屠ってきた怪物のような目つき。
「っ!」
ゾワッと、背中を嫌な汗が流れたような錯覚を覚えた。
咄嗟になるたけ遠くにピン刺しして転移。
元いたところからかなり離れることができ――稲妻が走った。
回避自体はできたと思う。元いた位置に、アイツの雷の角があったから。それでも尚。
「でかすぎんだろ」
真芯ではないが、俺の全身はヤツの突進で吹き飛ばされていた。
走馬灯とはこういうのだろうか。思考が無駄に回る。
全身の骨や筋肉が潰れ、内臓も変形したり位置がズレていたり、飛び出たりしていた。
ああ、これ……死ぬやつだ。
かなりの速さで吹き飛ばされているはずだが、ゆっくりと、懐かしい記憶が流れてきた。
§§§§
「南、あんたまた変なの拾ってきて……」
「え〇本!」
「はぁ……没収!」
「なっ、返せよ! おれのたからだぞ! おーぼーだー! あっせいはんたい!」
頭を鷲掴みされ、持ち上げられる。
上がった目線の高さに辟易しつつも、七歳とかそこらの俺は必死に腕を振り回す。もちろん母親にその拳は届いていないが。
「くそ、かあちゃんのばか! でべそ! うんち!」
若き日の俺は必死にもがき、 母親(魔王) の手から命からがら逃げ延びた。そして脇目も振らず走る。
子供の足で辿り着いたのは、デパートの最上階にある小さな遊園地。
不貞腐れながら、他の子供が親と仲良く遊んでいるのを眺めて悲しくなっているミニ俺。
「はぁ……」
俺とて普通の人間だ。喧嘩したことを後悔していたのだろう。ベンチに座って小さなメリーゴーランドを眺めていた。
「君、ここで何をしているんだ?」
金髪の美女が、こちらを覗き込む。
エメラルドのような瞳に映る自分がとても儚く見えた。
「だれ? ふしんしゃ? ちじょ?」
「……どこでそんな言葉を? いや、そんなことはどうでもいいか」
そしてお姉さんは俺の頭に優しく手を乗せた。多分痴女、大穴で優しいお姉さんだった気がする。
「あまり親を悲しませるものではない」
「……」
俺はそっと、お姉さんの手を掴んだ。
「――へんたい!」
「な!? ちがっ……」
「ショタコンってやつだろ!」
「だからどこでそんな言葉を……! くっ!」
美人さんは忍者だったのか、子供の俺を傷付けないように優しく、かつ素早く抜け出して見せた。
「いいから親は大事にするように。特に君の母親」
それだけ言い残し、美人のお姉さんは立ち去った。
当時は気付かなかったが、一瞬、背を向けて歩き出す時に揺れたおろしていた髪の隙間から、耳が見えたような気がした。
―― 先(・) の(・) 尖(・) っ(・) た(・) 耳が。
§§§§
「うっく……ぉ」
床に転がり、その衝撃で夢から引き戻された。走馬灯って凄いな、精神と時の〇屋みたいなことになるのか。
あー、やばち。声も出ねぇ……。全身バキバキで……あ、凝ってるって意味じゃなくてそのままの意味でバキバキのボロカスね。
四肢も全部変な方に曲がったりとれてたりした感覚で、グロいったりゃありゃしない。視界も片目だけ、血の滲む中でか細い光くらいしか見えやしない。
「……」
微かな光の方へ這いつくばって進む。
幸い、昨日今日? ともかく、時間感覚分かんないけど直近でセルフ亀甲縛りほふく前進したのが功を奏した。
何とか光まで進み、水の感覚が無くなったような気がした。階段にでも19層と20層間の階段だろうか。
急に満ちていた殺気から解放された。ここまでは追って来ないらしい。
このまま意識を手放したら、普通にそのまま戻ってこれない気がしないでもないが、持ちこたえる余裕もなく。
「ゆー、あーでっ……」
俺は限界を迎えて意識を手放したのだった――。