作品タイトル不明
第十話 裏事情
リュリュに護衛の火炎隊士を付けてジーストラ侯爵邸に送り出す。
「さほどきれいに出てはこないだろうが、大きさだけでも特定しておいてくれ」
「分かった。腕が鳴るね」
張り切っている様子のリュリュが颯爽と屋敷を出ていく。
実験器具を入れたカバンを持った火炎隊士が嬉しそうにリュリュの後を追いかけて行った。
入れ違いにウッドドーラ商会から使いが来た。
「お頼みの品を持ってまいりました。数が数なもので、馬車で運んできたのですが、乗りいれ許可を頂けませんか?」
ウッドドーラ商会の使いがぺこぺこと頭を下げつつ願い出る。
馬車に満載されたガラスや銀の食器の重量を考えて、ソラは後ろを振り返る。
「ラゼット、案内してやってくれ。コルは厨房の準備だ」
「分かりました」
ラゼットがすぐに応じてウッドドーラ商会の案内を請け負った。
コルが厨房へ食器の受け入れ準備に走っていく。
屋敷へ乗り入れられる馬車を横目に、ソラは執務室へ歩き出した。
「さて、メーティエ嬢と恋文の差出人を引き合わせたとして、問題はジーストラ侯爵だな」
今回の縁談は王太子の派閥を作るための政略結婚であり、教会の代わりになる後ろ盾を欲したジーストラ侯爵が王太子の計画に乗ったのだと、ソラは考えていた。
だが、メーティエ曰く、平然と人を罠に嵌めるとしてソラは貴族の間では有名らしい。
後ろ盾として王太子を得るためだとしても、実の親でさえ反逆罪を着せて追い込むソラと娘の結婚に積極的な姿勢を示すだろうか。
「普通はチャフを狙うよな」
チャフはトライネン伯爵家跡継ぎであり、中立派の家柄だ。教会派のジーストラ侯爵との間に確執はない。
また、トライネン伯爵家は精強な騎兵隊を有する武の家柄でもあり、王太子の派閥が成れば中核に据えられると目されている。
ソラよりもよほど誠実で安全なチャフを放置する理由が気になっていた。
チャフの配下となった元ジーラの町官吏代理であるイェラからの話では、チャフの下に縁談は届いていないという。
資料室に到着して、ソラは扉を開ける。
壁を埋め尽くす書棚や大量に置かれた木製の網籠に丸めた羊皮紙や紙束が仕舞われている。
資料室の中央にある椅子にはサニアが腰かけていた。目の前の机には資料が並べられている。
「何かわかったか?」
ソラが声をかけると、サニアは手振りで少し待つように頼み、資料を整理し始めた。
ソラはサニアの対面に腰を下ろす。
机の上の資料をざっと見るが、ジーストラ侯爵領の貿易品目だけでなく他にもいくつかの領地の貿易品についての資料があった。
「分かったことがいくつかあるよ」
サニアが一枚の紙をソラに差し出す。
ざっと目を通すと、過去数年間におけるジーストラ侯爵領の塩の輸入量の変化が書かれていた。
「教会派が健在だった頃はクラインセルト伯爵領時代から塩を安定的に輸入、ソラ様が生まれた翌年から塩の輸入先が変化してる」
サニアの言葉通り、ジーストラ侯爵領の塩の輸入はクラインセルト伯爵領から別の教会派貴族へ移っていく様子が読み取れた。
ソラが七歳を迎えるころには、ジーストラ侯爵領の塩はクラインセルト伯爵領産から脱している。
ソラは当時を思い返す。
「決闘騒動の頃、クラインセルト伯爵領の貿易額が一気に減ったのを覚えている。原因は主要輸出品である塩の輸出量低下だった。確か、別の教会派貴族の領地で岩塩が見つかったんだ」
教会派は王国の内側に領地を構える貴族で構成されているため、海に接する領地を持つ教会派貴族はクラインセルト伯爵家しかなかった。
故に、塩の輸出で安定的に外貨が入ってきたため、クラインセルト伯爵のような悪徳領主でも領地がぎりぎり維持できていたのだ。
ソラが七歳を迎えるころ、別の教会派貴族の領地で見つかった岩塩は鼻つまみ者であるクラインセルト伯爵の影響力をそぐことができると持てはやされ、こぞって教会派貴族が輸入した。
ソラはサニアの報告書を読み、ジーストラ侯爵領の塩の輸入量の年次変化を追う。
「教会派の瓦解後、塩が入らなくなってるな。この二年、ほぼゼロか」
ゆゆしき事態である。
一瞬岩塩の枯渇を考えたソラは、続けてサニアが出してきた資料を見て目を細めた。
そこには、岩塩を産出していた教会派貴族の領地が東部にあり、隣接する魔法使い派貴族との貿易を大幅に拡大している様子がグラフで示されていた。
「魔法使い派メロヴイン伯爵……」
東部魔法使い派貴族の急先鋒であり、新ジユズ国と隣接する領地をもつためか強硬姿勢を示す貴族だ。
サニアの出してきたグラフは、魔法使い派メロヴイン伯爵が岩塩を産出する教会派貴族を取り込んでいく過程を描き出したものだったのだ。
ソラがグラフを読み込んでいる間に、サニアは裏付けになる資料を次々まとめていく。
「教会派が瓦解した混乱に乗じて引き抜きをかけたんだよ。確かに、教会派貴族を一つ一つ引き込むより、生活に直結する塩の産出貴族を引き込んで兵糧攻めしたうえで帰順を迫る方が手間もかからないよね」
メロヴイン伯爵の手による教会派貴族への兵糧攻めは効果てきめんだった。
西部の教会派貴族をまとめる実力者であるジーストラ侯爵でさえ打つ手がなかったのだ。
だからこそ、製塩技術を持ちながら、ほとんど輸出していないソラ伯爵領に目を付けた。
しかも、今年の初めには一時的に落ちた塩の味を持ち直させ、枯らしと呼ばれる工程を新たに加えて技術をソラ伯爵領全体に広げている。
ソラが塩の製造業にも力を入れていると他の貴族の目には映ったのだろう。
塩の不足に悩むジーストラ侯爵がソラ伯爵領への渡りをつけるべきかと悩んでいたところに、王太子が縁談を持ち込んだ。
王太子の手による南部西部の貴族派閥を作り出して庇護を得ることができ、更にはソラとメーティエの縁談によって血の繋がりを作れば塩の輸入で足元を見られる危険性が低くなる。
ジーストラ侯爵にとっては渡りに船だったはずだ。
「よし、背景は読めた」
ソラは会心の笑みを浮かべる。
塩の輸出など、縁談を盾にされずともソラも乗り気なのだ。
「これなら、逆に塩を盾にして縁談破棄の交渉ができる」