作品タイトル不明
第八話 恋の障害は手を取り合う
メイドのアロイリーに気遣われるメーティエの姿を眺めつつ、ソラは馬車がジーストラ侯爵邸の敷地を出るのを待つ。
馬車が門をくぐり、ソラはさっそく昨夜受け取った返信をメーティエに差し出した。
「すみません。昨晩の恋文の差出人は私です」
アロイリーがひったくるようにソラの手から分厚い返信を取りあげる。
きつい目でソラを睨んだアロイリーだったが、結局は何も言わずにメーティエを見た。
メーティエが顔を俯かせたまま小さく震えた声を出す。
「……話には聞いていましたが、ソラ様は平然と人を罠にかけるのですね」
「どんな噂だ……」
ソラはため息を吐く。今までさんざん人を罠に嵌めてきたため、否定することもできない。
「手紙で鎌をかけた事については謝ります。本当にすみませんでした」
ソラは頭を下げる。頭にアロイリーの刺すような視線を感じた。
メーティエが顔を上げる気配を感じて、ソラも頭を上げる。
メーティエは強く握った両手を膝の上に置き、震えた声でソラに問う。
「……お父様にこの手紙について話すおつもりですか?」
「いえ、まだ話すつもりはありません。私はメーティエ嬢と手紙の相手を引き合わせ、結婚してもらおうと考えています」
包み隠さず話すと、メーティエが意外そうな顔でソラをまじまじと見つめた。
「私と結婚したいのではないのですか?」
「メーティエ嬢と結婚したいと思ったことは一度もありません。初めて会ってから今まで一瞬たりとも」
ソラはこれ以上ないほどきっぱりと、メーティエの想像を否定する。
だが、メーティエは困惑顔で視線をさまよわせた。
アロイリーがソラを睨みつつ、メーティエに話しかける。
「お嬢様、騙されてはなりません。のちほどご当主へ報告し、お嬢様と手紙の君の仲を引き裂き、傷心のお嬢様をわがものにしようという魂胆に違いありません」
「傷心のメーティエ嬢を口説くつもりならば、ジーストラ侯爵邸を張り込んで手紙の届け人を捕え、手紙の君について口を割らせたのちにジーストラ侯爵に報告、手紙の君に罰を与えた方が早いだろう」
すらすらとソラが手順を述べると、メーティエの顔から血の気が引いた。アロイリーが唖然とした顔をしてわなわなとふるえる指でソラを指差す。
「この男、本当に信用なりませんよ、お嬢様!」
「アロイリーの予想を否定して見せただけで、実際にはやらなかっただろうが。君は少し物事を冷静に見て、論理的に、誰が利益を得るのかを考慮したうえで発言してほしいな」
憮然として、ソラはアロイリーの手にある返信を指差す。
「文通相手がいるという証拠を返却したのも、協力の一環です。メーティエ嬢にとってこの縁談が迷惑だったのと同様に、私にとっても迷惑至極で甚だ不愉快で不本意極まりないんです。破談に出来るというのなら全力で当たりますよ。だが、メーティエ嬢を悲しませるのは避けようと思い手紙の君探しに協力しようと考えています」
心の底から縁談を嫌がっているソラに、メーティエが複雑そうな顔をする。
結婚したくはないものの、相手に言われるのは自尊心が傷つくのだろう。
文句はアロイリーに言え、と思いつつ、ソラはこのままで埒が明かないとみて腕を組む。
「私の最大の目的は今回の縁談を白紙にすることであって、メーティエ嬢の恋を応援する事ではありません。メーティエ嬢が協力を拒むというのなら、私の口から手紙の事を王太子殿下に報告して縁談を白紙に戻します」
「な、何故王太子殿下が出てくるのですか⁉」
アロイリーが思わず叫び、慌てて両手で口を覆う。
ソラはメーティエに視線を移して反応を見るが、メーティエも王太子が出てくるとは想像していなかったらしくきょとんとした顔をしていた。
王国内の情勢を知らないらしい。
「今回の縁談は王太子殿下を経由して私の下に届きました。ジーストラ侯爵が縁談に乗り気である以上、情報を握りつぶされないように王太子殿下を巻き込む方が確実です。むろん、メーティエ嬢と手紙の君、ジーストラ侯爵の評判にかかわってきますが」
メーティエだけでなく、アロイリーまで顔から血の気が引いていた。
少し脅かしすぎたようだ。
うろたえるメーティエを見ていち早く我に返ったアロイリーが怯えを含んだ目でソラを睨む。
「そんなことをすれば、あなたも無事では済まないでしょう。直接お嬢様に会っておきながら、手紙でやり取りしているだけの素性も知れぬ恋敵に負けた情けない男と呼ばれますよ」
精一杯の反抗でも言葉にする内に勝ったと確信を深めたらしく、アロイリーの顔に血の気が戻る。
だが、ソラは眉一つ動かさなかった。
「誰に嘲られても構わない。言っただろ。目的はこの縁談を白紙にすることだと。好きでもない相手と結婚するつもりは最初からないんだ。まして、メーティエ嬢も別に想いを寄せる相手がいる」
貴族らしからぬ宣言をしたソラに、今度こそアロイリーが言葉を失った。
ようやく黙ったか、とソラは一睨みして止めを刺す。
「話を本題に戻しましょう。私とメーティエ嬢は今回の縁談を白紙にしたいという点で目的を共有しています。手を結びませんか?」
悪魔の囁きを間近で聞いたような顔で耳を塞いだアロイリーとは異なり、メーティエはじっとソラを見つめた。
「ソラ様には心に決めたお相手がいらっしゃるのですか?」
「十四年想い続けている相手がいます」
メーティエはじっとソラの目を見て偽りでないかを確かめているようだった。
しばらくソラの目を見つめていたメーティエがほっと溜息をつく。
「分かりました。協力をお願いします」
「――お嬢様⁉」
アロイリーが驚いて引き留めようとする。
しかし、メーティエはゆっくりと首を振ってアロイリーを押しとどめた。
そして、なぜかメーティエは尊敬のまなざしをソラに向けた。
「十四年の恋を貫くためなら貴族社会で誹謗中傷を受けようとも構わないという覚悟。わたくしの他にもこれほど尊い覚悟の持ち主がいただなんて……」
一人感動しているメーティエに呆れてソラは天井を仰いだ。
「アロイリー、君は本当に考えて発言することを覚えた方が良い。主にメーティエ嬢のために」
俺でなくても騙すのは容易いだろうから、という言葉を飲み込んで、ソラはアロイリーに助言した。