軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話  悪い男

ソラがしたためた手紙は夜のうちにメーティエに届けられた。

返事が来るのは明日の昼ぐらいだろうとあたりを付けて就寝準備を始めていたソラだが、私室の扉をノックする弱弱しい音を聞いてコルがやって来た事を知る。

「入っていいぞ」

ソラが入室を許可すると、コルが恐る恐る扉を押し開ける。

「あの、手紙の返事を預かってきました。そ、それでですね、僕は料理人なので、他の貴族様のお屋敷に手紙を届けるのは火炎隊のお仕事じゃないかなぁなんて思うんですけど」

「火炎隊が行ったら俺が書いた手紙だってばれるだろう」

ソラが指摘すると、コルは「うぐっ」と言葉を詰まらせ、諦めたようにメーティエからの返信を差し出してきた。

「分厚いな。木板でも入ってるのか?」

試しに机の上で立たせてみると、見事に自立した。

ソラは象嵌で装飾されたペーパーナイフを机から取り上げて封筒を開き、返信を読む。

最後まで読み切って、ソラは状況が予想よりも複雑だったことを察してため息を吐いた。

「メーティエ嬢本人も文通相手が誰か知らないのか……?」

返信は「初めて返事を受け取ってくださるとのことで、うれしく思います」と始まっていた。

内容は今まで送られてきた手紙の話題に一つ一つ答える物で、数枚に及んでいた。おそらく、思い人から手紙が送られてくるたびに受け取ってもらえる見込みのない返事を書いては残しておいたのだろう。

最後の紙にはソラが書いた手紙への返事が書かれている。時間がなかったためか他に比べると少し字が雑になっていた。

所々でソラの手紙に違和感を覚えたらしいことが文脈から読み取れるものの、初めて返事を受け取ってもらえると思い込んで舞い上がっているのか、深く考えていないようだ。

「メーティエ嬢が悪い男に引っかかりそうで心配になってくるな」

「……恋文を偽装したソラ様以上の悪い男なんていないですよ」

「コルも片棒担いだけどな」

「担がされたんです」

涙目になっているコルに苦笑しながら、ソラは首を振る。

「とりあえず、明日メーティエ嬢をデートに誘って騙したことを謝ってくる。お詫びに恋の相談にも乗るとしよう」

コルを下がらせたソラはベッドの端に腰掛けて返信の分厚い紙束を横目に見る。

昼の芝居を食い入るように見ていたのはこの返事の束が原因だったのだろう。

受け取られる見込みのない返事を書き続けて溜め込んでいたメーティエにとって、手紙が一枚届かないばかりにすれ違い仲違いしてしまった劇中の主人公たちは見ていて心が痛むだろう。

それでも、よく大劇場に足を運んで『手紙の乙女』を見物していたのは、最後には必ずハッピーエンドを迎えるからだろうか。

「あの顔を思い出すと、他人事ながら応援したくなるよなぁ」

翌朝、ソラはジーストラ侯爵へメーティエを音楽鑑賞に連れ出したいと申し出た。

昼を待たずに許可が下り、メーティエ本人からも承諾の手紙が届いた。

「嫌々なのがよくわかるな」

思わず昨晩の手紙の返信と比べてしまう。その差は文字一つ一つのやっつけ具合から歴然としていた。

昨夕の「今度はソラ様から誘ってくださいませ」は本当に社交辞令として口にしたらしい。

ラゼットは読みが当たったことを誇るでもなく「ほらやっぱり」とだけ呟いた。

ちょっとした脱力感が襲ってくるが、本番はこれからだとソラは自分に言い聞かせる。

「ゴージュ、馬車を回してくれ」

準備を整えていたソラは、ゴージュに馬車の御者を任せる。

昨日メーティエに名前を書いてほしいと頼まれた台本をゴージュがソラに返した。

昨日屋敷の警備を行っていた者の分も含めて、全員分の名前が書かれているらしい。

ちょうどいい手土産だ。

出発する馬車の中で、ソラは手紙の返信を再度詳しく読み込む。

返信という形であるため、かなり断片的な情報しか得られないが、メーティエが手紙の相手に恋心を抱いているのと同じように、手紙の相手もメーティエに惚れているらしい。

だが、素性を隠し、さらには返信も受け取らないという手紙の相手が、メーティエとの結婚の障害となるような何かを抱えていることは確かだろう。

ソラがメーティエとの縁談を回避するためには、手紙の相手を探し出したうえで障害を取り除き、メーティエとの結婚を後押しする必要がある。

さらに、今回の縁談は王太子とメーティエの父であるジーストラ侯爵の思惑によるものであるため、この二人の妨害をやり過ごす方法も必要だ。

「手紙の相手が単なるいたずらでメーティエ嬢に手紙を出している可能性も一応考えておかないとな」

もっとも、手紙がいたずらだとして、利益を得る者がいるとは考えにくい。

むしろ、侯爵令嬢の娘をからかえば大事になるだろう。

問題の解消方法を思案している内に、ソラの乗る馬車はジーストラ侯爵邸に到着した。

何も知らずに余所行きの笑みを浮かべているメーティエに手を貸して馬車の中へ招き、ソラは出迎えに出ている使用人を見回す。

すぐに目当ての人物を見つけ、ソラは声をかけた。

「そこの君、メーティエ嬢についていくつか聞きたいことがある。君も来い」

ソラが声をかけたのはそばかすの若いメイド。昨日のメーティエの失態で唯一他の使用人とは異なる反応を見せたメイドであると同時に、手紙の到着をメーティエに知らせたメイドだった。

伯爵であるソラに直接同行するように命じられ、メイドは不審そうな目をする。

「申し訳ございません。わたくしには屋敷での仕事がございます」

そばかすの若いメイドが断る。

仕方なく、ソラは懐から一枚の紙を取り出してメーティエに渡した。

愛想笑いで受け取ったメーティエが手渡された紙にさっと目を通す。

「――アロイリー、一緒に来て」

手紙を丸めたメーティエが顔を俯かせてそばかすの若いメイドに命じる。

アロイリーという名前らしいメイドはメーティエのただならぬ様子に気付いて顔を青ざめさせたが、目は毅然とソラを睨みあげた。

ソラはアロイリーの視線を無視して馬車に手招く。

「早くしろ。悪いようにはしない」

ソラは悪役のようなセリフを口にして、アロイリーを馬車に乗り込ませた。