作品タイトル不明
第六話 恋する乙女の共通点
屋敷に帰って来たソラは自室で着替えを済ませ、執務室に入る。
すでにソラ不在時の報告をしようとラゼットが待ち構えていた。
「デートはいかがでしたか?」
「最悪だ。メーティエ嬢が何を考えているのかさっぱりわからない。どうにかご破算に持っていきたいところだが」
執務椅子にドカリと腰を下ろし、ソラは足を組む。
ラゼットが用意してくれた紅茶を飲んで一息入れたソラは、ラゼットに今日の報告を促した。
ラゼットは報告書をソラに渡した後、ソファに座る。
「報告と言っても、日常業務をこなしただけですよ。王太子殿下からパーティーのお誘いが来ています。五日後の夜に南部と西部の貴族を招いて開催するとか。今回は年齢制限なしです」
詳しいことは手紙に書いてあると言われ、ソラは執務机の上に置かれた手紙を手に取る。
五日後のパーティーは爵位持ち以外にも親族が出席するらしい。よければサロンも連れてきてほしいと書かれていたが、ソラはためらわず自分の出席だけを返事にしたため、サロンについてはやんわりと断った。
あのやんちゃ娘はまだパーティーに連れて行ける状態ではない。
「サロンはどうしている?」
「昼過ぎに私のところにローゼと一緒に来て、本が欲しいとねだっていきました。恋愛物がいいそうです」
「あてつけか」
ソラが肩をすくめると、ラゼットがくすりと笑って一枚の報告書を取り出す。
「今日一日頑張ったご褒美です」
仕事が褒美になるものか、とソラはラゼットから報告書を受け取り、眉をひそめた。
「なんだ、この誤脱字だらけの報告書は……本当にサニアが書いたのか?」
報告者の名前を見たソラは驚いて再度中身を見る。目の錯覚ではないようだ。
珍しいこともあるものだ、と首をかしげていると、ラゼットが思い出し笑いをしながら日中の様子を報告してくれる。
「面白かったんですよ。私は気にしてませんって顔していても言動の端々に無理しているのが見え隠れしていて、仕事中でなければいじり倒してましたよ」
「それでラゼットにしては珍しく仕事上がりでも寝ぼけてないのか」
誰かにサニアやリュリュの様子を話したくて仕方がなかったのだろう。
ソラはサニアの報告書を眺めて機嫌を良くする。
「具体的にはどんな感じだったんだ?」
ソラがニマニマしながら問いかけると、ラゼットはもったいぶるように忍び笑う。
「妙に屋敷の門を気にして、出入りする人影があるたびにリュリュとサニアが揃って誰が門をくぐったか窓の外を確認するんですよ。最初の内はソラ様じゃないと分かると気落ちするだけだったのに、だんだん不機嫌になっていくんです。夕食をジーストラ侯爵邸でとると連絡があった時ときたら――」
ここぞとばかりにラゼットが楽しげに話す日中のサニアとリュリュの様子をソラは笑いながら聞いていたが、ふと今日のメーティエの様子が脳裏に浮かんだ。
「……メーティエ嬢の言動と被るな」
ソラが真顔になって呟くと、機嫌よく話していたラゼットが口を閉ざし、首をかしげる。
「ソラ様、デート中にそっぽ向かれてたんですか?」
「まぁ、そんなところだ。今回の縁談は政治の意味合いが強いから当然だが、メーティエ嬢が何を考えているのかいまいち分からなくてな」
夕食の終わりにはしごを外された件も踏まえて今日一日の事を話すと、ラゼットは不思議そうな顔をした。
「それ、他に想い人がいるってだけの話だと思いますよ」
「やっぱりそうだよな」
ソラは渋い顔をする。
メーティエに想い人がいようと興味ないのだが、事態がさらに混迷を極めた事だけは確かだ。
「メーティエ嬢の想い人は手紙の相手で間違いないだろう。だが、何故いきなりはしごを外したんだ?」
そこだけがどうしてもわからない、とソラは腕を組んで首をひねる。
一方、ラゼットは何を悩むのか分からないと考えを口にする。
「たぶん、待ちに待った想い人からの手紙に感極まって、食堂から早く退出したいばかりに状況も考えず社交辞令を口にしただけだと思いますよ」
「みんながみんなラゼットのような考えなしだと思うな」
ソラは否定するが、ラゼットは呆れたような顔であからさまなため息を吐いた。
「ソラ様の話を聞く限り、メーティエ様はあまり考えることが得意ではないように見受けられます。想い人がいるのに出かけの馬車でわざとはしたない行動をしてみたり、ジーストラ侯爵夫妻の隣で想い人の手紙を待ちわびたり……。そもそも、想い人がいる事をジーストラ侯爵に隠しているのだと思います。そうでないと、手紙が届いたことをメイドが知らせたときにジーストラ侯爵はメーティエ様を何としても食堂から出さなかったでしょうから」
長々と分析したラゼットは締めくくる。
「おそらく、メーティエ様は目的があると周囲が見えなくなる性格なんでしょうね。ソラ様、この縁談は必ず破談に持って行ってください。私も積極的に協力します」
「最初から破談にしようと考えてはいるが、ラゼットにしては怖いくらい乗り気だな」
普段のグータラ振りから想像もつかないほどやる気を見せるラゼットにソラは戸惑う。
しかし、ラゼットは当たり前でしょう、と呟いてから続ける。
「そんな手の掛かるご婦人の面倒なんて見たくありません。私の仕事を増やすようなご夫人とのご結婚は断固反対します」
「労力の先行投資として協力してくれるのか。うん、いつものラゼットで安心したよ」
方針を共有して、ソラは具体的な方策を練り始める。
まずは現在の推理の裏を取るべきだろうと考えて、紙を一枚取り出した。
「差出人を書かずにメーティエ嬢へ手紙を送ってみる。俺だと気付かれる可能性が高いとは思うが、気付かれたところで今日見た芝居に掛けて戯れにやってみた、と言えば言い逃れもできるだろう」
さらさらと歯の浮くようなセリフを書き連ねた恋文をしたためながら、ソラはラゼットに指示を飛ばす。
「コルにこの手紙をジーストラ侯爵邸のメーティエ嬢に届けさせてくれ。差出人の名前は秘密だと言ってな。ただ、返事をもらってくるように頼む」
「そんなまだるっこしいことをしなくても、素直にメーティエ様に協力を申し出ればいいと思いますよ?」
「ラゼットの推理だと、メーティエ嬢は手紙の事をジーストラ侯爵に隠しているんだろう? 外堀を埋めてからでないと、俺の口からジーストラ侯爵に知られることを恐れて口を割らない」
ソラの言葉に納得しつつ、ラゼットは不満そうに口を尖らせる。
「それはそうでしょうけど、乙女の恋心を逆手にとって騙すのはよくないですよ」
「お前はどっちの味方だ。まぁ、俺もこんな事はしたくないんだが、王太子殿下やジーストラ侯爵に外堀を埋められる前に片付けないといけないんだ。苦肉の策だよ」
書き終えた手紙をラゼットに渡して、ソラはついでにリュリュとサニアへの伝言を頼む。
「ジーストラ侯爵領の輸出入の状況を調べられるだけ調べてくれ。俺から王太子殿下に手紙を出して資料を取り寄せてもらう」
「王太子殿下が協力するはず有りませんよ?」
ふっと、ソラは鼻で笑う。
協力するはずがない? させるに決まっている。
「殿下からご紹介に与ったメーティエ嬢の実家に可能な限りの援助をしたいが、何を求めているか分からない。相手は侯爵だから、直接問うのも気が引ける。てなわけで協力をお願いしたい」
「よくもまぁ、ぬけぬけと……」
ラゼットが苦笑して執務室を出ていった。