軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話  ジーストラ侯爵邸での会食

ありがちな話だな、と思いながら、ソラは舞台で繰り広げられる架空の恋愛模様を眺める。

メーティエが最近よく見物に来るというこの芝居の演目は『手紙の乙女』

昨年から公演が始まったという比較的新しい演目らしい。

火炎隊にまつわる劇でないことに内心ほっとしたが、あくびが出そうな話だった。

内容は庶民的なもので、戯れに他の領地へ手紙を出したところ返信があり、相手の女性と手紙上でやり取りしながら恋を深めていく中、手紙を託した行商人が代替わりして手紙が一枚届かなかったことからくるすれ違いが次第に大きくなり仲違いする。

後年、手紙が一枚届かなかったことからくるすれ違いであった事を知った主人公は、すでに相手の女性は結婚しているはずだと思いながら女性に会うべく旅に出る。

旅の中、何度か手紙を出しながら進む主人公を、メリーさんみたいだな、と思いながら見ているソラの隣でメーティエは食い入るように劇を見つめていた。

手紙の相手はどうせ結婚しているのだろう、と主人公が道中で出会った女性に心を揺らす描写があるたび、メーティエが歯がゆそうな顔をする。

劇そのものを見るよりメーティエを観察している方がおもしろそうだったが、さすがに失礼であるためソラは仕方なく劇が終わるまで待つしかない。

時折挟まれる楽器の伴奏が観客の気分を盛り上げるのだが、ソラの心は動かない。

せめて、大規模な楽団が演奏していればもう少しソラも興味をひかれたのだが、これはあくまでも演劇だ。伴奏に使われる楽器も三種類ほどしかなかった。

主人公が手紙の乙女と運命の再会を果たし、大団円を迎えたところで幕が下りる。

ソラはメーティエ共々拍手して、役者の健闘をたたえた。脚本に感慨はないが、王都で一番の大劇場だけあって役者の演技は素晴らしいの一語に尽きた。

今度はサロンとローゼを連れてこようかと考えたほどだ。

一階の客たちが劇場を出ていく騒がしい足音を背中に、ソラはメーティエと支配人が用意してくれた待合室へ向かう。終幕後、しばらくは劇場の前が混雑してしまうため、静かな待合室を用意してくれたのだ。

待合室で支配人や先ほどの舞台で主役を張った役者と歓談していると、扉が開かれる。

外の混雑が収まったのかとも思ったが、それならば扉を開ける前にノックするはずだ。

火炎隊がさりげなくソラとメーティエと扉の間に移動する。

しかし、警戒の甲斐なく扉を開けて入ってきたのは十歳ほどの男の子だった。

火炎隊を見て目を丸くした男の子は「本物だ」と一言呟いて扉を閉めた。

「……可愛らしいですわね。十日前の火炎隊でクラインセルト子爵を演じた子でしょう?」

どう取り繕おうかと頭を悩ませていた支配人を気遣って、メーティエが水を向ける。

支配人がソラを一瞬窺った。

「え、えぇ、まだ躾がなっていないものでして、申し訳ありません。十日前の劇はいかがでしたか?」

「そうですわね。観客を気にしすぎて誰に向けた台詞か分からなくなるところがありましたわ。視線は演じる上で大事な要素ですから、注意しておいた方が良いかと」

「メーティエ様はよく見ていらっしゃる。観客席からの意見は貴重ですから、今後もお気づきの点がございましたら、何卒よろしくお願いいたします」

メーティエの指摘に、支配人は笑顔で言葉を返す。

少年の乱入が有耶無耶になった頃、扉がノックされ、劇場前の混雑が解消された事が告げられた。

見送りに出てくれた支配人たちに礼を言って、ソラはメーティエと共に馬車に乗り込む。

予定より少し遅くなったが、いまからジーストラ侯爵邸に向かえば夕食までに十分間に合うだろう。

馬車の中は静かだった。

劇の内容についての話は先ほど支配人たちと待合室にいる間にあらかた済ませてしまい、他に共通の話題もない。

なにより、ソラはメーティエにまるで興味がなく、今回の芝居見物もジーストラ侯爵や王太子の圧力で半ば強引に実現したことであるため、気が乗らない。

それでも、ソラも楽しませようという考えはあった。

だが、メーティエはちらちらと馬車の外を見て、会話も笑みを浮かべてはぐらかすばかり。

メーティエが話に付き合う気がない以上、ソラも無理に話すつもりはない。

すでに仮面夫婦然とした馬車の中だったが、ソラとメーティエの二人しかいないため沈黙はジーストラ侯爵邸まで持続した。

ジーストラ侯爵邸の門をくぐり、敷地の中へ乗り入れたソラ達の馬車を出迎えたのは使用人だけではなかった。

馬車が門をくぐった時点で使用人が呼びに走ったらしく、ジーストラ侯爵が屋敷の玄関口に立つ。

メーティエを送り届けた後はすぐに帰るつもりだったソラは、ジーストラ侯爵に挨拶するしかなかった。

「本日はありがとうございました」

「うむ。出かけにメーティエが迷惑をかけたらしいが」

父親が持ち出す話題じゃないだろ、と突っ込みを入れたかったソラだが、続くジーストラ侯爵の言葉で意図に気付く。

「お詫びをしようと思ってな。夕食を一緒にどうかね」

玄関前にわざわざ足を運んできた侯爵にお詫びをしたいと申し出られて、伯爵のソラに断るすべはない。

メーティエの粗相が最初からジーストラ侯爵の策略だったのではないかと勘繰るソラだが、ちらりと横眼で確認したメーティエまで驚いた顔をしている。

ソラはゴージュを始めとした護衛の火炎隊を振り返る。

「コルに夕食はいらないと伝えておいてくれ」

「了解」

火炎隊士の一人が請け負ってソラの屋敷へ一足先に帰って行った。

「メーティエ、ソラ伯爵との芝居見物は楽しかったかい?」

「はい、お父様」

メーティエが無表情に言葉を返す。

ジーストラ侯爵は「そうか」と言った後、ソラを振り返る。

「我が領の食事が口に合わなければ、遠慮なく言ってくれたまえ。ソラ伯爵の望む物を作らせよう」

「では、メーティエ嬢の好みのものをお願いします」

いっそ味噌汁でも頼んで意趣返ししてやろうかと思いつつ、ソラは案内されるままジーストラ侯爵邸の食堂へ足を運ぶ。

ソラが断る事などは想定していないのだろう、食堂には人数分の銀食器が用意されていた。

招き方は強引でも歓迎する気持ちはあるらしく、ジーストラ侯爵がソラに席を勧める。

「では、遠慮なく」

言葉通り銀食器が置かれていない席を占領したソラはジーストラ侯爵家の反応を窺う。

反応は極めて薄かった。使用人たちは冷静な顔で銀食器を新たに用意し、ソラの前に並べる。

ジーストラ侯爵はソラの対面、こちらも銀食器が用意されていない席に座って、愛用らしい眼鏡を取り出した。

「ソラ伯爵、メーティエの隣に座るのはいやかね?」

「会話は顔を見て行うもの。謝罪ならばなおさら、隣ではなく前に座るべきではありませんか?」

「ふむ。そういった考え方もあるか。私は馬車と同じ席にすることでメーティエに挽回の機会を与えようと考えたのだが、謝罪が先であったな」

ジーストラ侯爵がソラの言い分に納得し、メーティエを隣に呼ぶ。

遅れてやってきたジーストラ侯爵夫人が食堂の席順を見回して、ジーストラ侯爵の隣の席に座った。

一対三で向かい合ったままのソラ達の前へ夕食が運ばれてくる。

メーティエと見物した芝居の話をしながら、ソラはメーティエの様子を窺う。

メーティエが馬車の中にいたときと同じく窓の外を気にする素振りを見せているのが気になった。

ソラとの縁談がメーティエ本人の意思を無視してまとめられたものであることはもう察しがついている。伯爵であるソラの意思を無視して王太子がまとめた話だ。ジーストラ侯爵が乗り気である以上、メーティエがこの縁談を躱す術はなかっただろう。

だが、縁談相手との会食中、しかも自らの失態の詫びという名目の席で上の空というのはいかがなものだろうか、とソラも思う。

だが、幸いにもメーティエの席はジーストラ侯爵の隣であり、ソラが注意を引いておけばジーストラ侯爵もメーティエが恥の上塗りをしている事には気付かない。

極力ジーストラ侯爵の意識を自らに向けるべく、ソラは言葉を選びながら会話を長引かせる。

だが、そんなソラの努力に気が付いていないのか、メーティエは態度を改める様子がない。

それどころか、窓の外に何かを見つけたように瞳を輝かせてそわそわしだした。

隣でそんな態度を取られてはジーストラ侯爵も気付かないはずがない。

「――メーティエ様」

ジーストラ侯爵がメーティエに目を向け、苦言を呈する直前、食堂の入り口に馬車の送り迎えにも出ていたそばかすのメイドが現れ、メーティエの名前を呼んだ。

「お嬢様に手紙が届いております」

弾かれたようにメーティエがそばかすのメイドに顔を向ける。

そのまま立ち上がろうとしたメーティエに、ジーストラ侯爵が眉をひそめた。

「メーティエ、食事中だ」

「お父様、お食事はすでに済んでおりますわ」

見れば、メーティエの皿はすでに片づけられていた。

いつの間に、と呟くジーストラ侯爵をよそに、使用人たちは涼しい顔をしている。

メーティエが二口三口つまんだだけの料理が載っている皿をひっそりと片付けるのを、対面に座るソラは目撃していたが何も言わなかった。

ソラの中で一日中抱いていた違和感が確信に変わっていく。

メーティエは今回の縁談を白紙にしようとしているのだ。

ソラは内心で笑みを浮かべる。

メーティエの策に乗らない手はないだろう。

「ジーストラ侯爵、本日私がメーティエ嬢と見物した芝居を思えば、手紙に早く返信したいと考えるのは至極当然の事でしょう。メーティエ嬢、私の事を気にする必要はありません。手紙の相手に早く返事をしたためなさい」

手紙の相手が誰であるのかなど、ソラにとってはどうでもよい話だ。

このままメーティエが失態を積み重ねてしまえば、ソラから縁談を断る雰囲気に持っていけるのだから。

一発逆転だ、と思いきやメーティエはソラの言葉に花が咲くような満面の笑みを浮かべた。

窓から差し込む夏の夕日に横から照らされた笑顔は赤いダリアのようで、華麗なまでの美しさがあった。

「感謝いたします、ソラ様。本日はありがとう、楽しかったわ。今度はソラ様から誘ってくださいませ」

そう告げて、メーティエは呆気にとられるソラやジーストラ侯爵を食堂に置き去りにしてそばかすのメイドと共に自室へ引き上げた。

たとえ社交辞令であったとしても、また一緒に外出したいなどとジーストラ侯爵の前で言われては誘わなくてはいけなくなる。

しかも、ソラの呼び方が伯爵ではなく様付けに変わっていた。さしたる違いはないが、社交辞令とはいえ一緒に外出したいという言葉と同時に変えてこられては、ソラとメーティエの距離が縮まったとジーストラ侯爵には解釈される。

メーティエの行動の意味が分からなかった。

ジーストラ侯爵がこれ幸いとソラに向き直る。

「メーティエを気遣ってくれて感謝する。メーティエも乗り気であるようだから、次の外出の予定でも決めておこうか」

メーティエに梯子を外された形になるソラは混乱を胸の内に抑え込みつつ、しぶしぶ頷くしかなかった。