軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話  大劇場

ソラがジーストラ侯爵邸に到着すると、メーティエは準備を整えて待っていたらしくすぐに玄関先に現れた。

日の光の下で見ても美しい娘だった。メーティエがまぶしそうに太陽に手をかざして青い瞳に影を作ると、すかさず使用人がつば広帽子をそっと被せる。

ソラは先に馬車へ乗り込み、手を差し出した。

メーティエを馬車に乗せたソラは見送りに出た使用人をざっと数える。十三人の使用人を背後に従えて、二十代半ばのそばかすのメイドが頭を下げていた。

使用人の動き一つとっても優雅で、教育が行き届いていると分かる。教会派の瓦解で落ち目とはいえ、さすがは侯爵家だ。

だが、侯爵家であることを差し引いても、見送りに使用人が十三人というのはやや多い。

ソラは座席について、隣に座るメーティエの気配を探る。

明らかに緊張した様子のメーティエや見送りに出ている使用人の心配を隠しきれない表情、ジーストラ侯爵邸の中から様子を窺っているメイドや執事の表情から察するに、メーティエは箱入り娘らしい。

昨日のパーティーに途中出席したのは、ソラの逃げ場を塞ぐのと同時にエスコート役がいないと不安だったからだろう。

馬車の扉を護衛である火炎隊士が閉めようとすると、メーティエが驚いたように目を見開いた。

メーティエの反応を見て、いつものように怖がられたと考えたらしい火炎隊士が頭を下げる。

しかし、メーティエは火炎隊の容姿に驚いたわけではないらしかった。

「――火炎隊の方ですわね?」

メーティエがソラの膝に手を置いて馬車の扉へ身を乗り出す。ソラのすぐ前にメーティエがうなじと背中をさらした無防備な格好だ。

貴族令嬢にあるまじき、はしたない体勢のメーティエを見て馬車の外にいた使用人たちの顔が青ざめる。

しかし、メーティエは使用人たちの反応を無視して、一度体を引くとポシェットから乱雑な装丁の本を取り出した。

そして、メーティエは再びソラの膝を乗り越える形で身を乗り出すと、火炎隊士に取り出したばかりの本を差し出した。

「お噂はかねがね聞き及んでおりますわ。もちろん、劇も拝見しましたの。こちらの台本にお名前を頂けませんか?」

瞳を輝かせているメーティエに差し出された本とソラを見比べて、火炎隊士が困惑している。

ソラは横目で使用人たちの反応を窺う。顔から火が出そうなほど恥ずかしがっているメイドやソラの不興を買ったと思ったか青い顔をする執事、反応は好意的な物ではない。だが、一人だけそばかすの浮いた若いメイドが不憫そうにメーティエを見ていた。

ソラは視線を戻し、目の前を見た。メーティエが横向きに四つん這いになっており、ソラの胸の前にはメーティエの腰がある。

尻尾のついていない腰に興味のないソラは、メーティエの様子を冷静に観察する。

チャフあたりなら慌てるだろう体勢でも、メーティエに興味のないソラは極めて冷静に状況を俯瞰する。

わずかな違和感があった。

しかし、この体勢を長々と続けるのはメーティエにとっても、ソラにとっても、外聞がよろしくない。

違和感の正体がつかめないまま、ソラはメーティエに声をかける。

「メーティエ嬢、火炎隊の名前でしたらそちらの台本を貸していただければすぐに書かせましょう。それよりも体を引いていただきたい」

ソラに指摘されて始めて気付いたように、メーティエが慌てて体を引いて座席に座り直す。

メーティエから受け取った台本は予想通り、王都の劇場でよく演じられている『火炎隊』の台本だった。いったいどこで手に入れたのか。

「ゴージュにこの台本を回しておいてくれ。台本の裏に火炎隊士全員の名前を円になるように書けばいい」

「了解っす」

ソラから台本を受け取った火炎隊士は馬車の扉を閉め、ほっとしたようにゴージュが座る御者台の方へ歩いて行った。

照れ隠しか、メーティエは火炎隊士から顔をそむけている。

動き出した馬車がジーストラ侯爵邸の敷地を出た頃を見計らい、ソラはメーティエに声をかける。

「芝居がお好きなのですか?」

「えぇ、王都にいる間はよく劇場に出向きますの。ソラ・クラインセルト子爵の決闘騒動の際にも王都にいたのですよ。王太子殿下の誕生日パーティーは体調を崩して欠席してしまいましたけれど」

「そうでしたか。火炎隊の劇も王都でご覧になったのですか?」

ソラが問うと、メーティエは首を振った。

「最初に見たのは父の所領ですわ。ジーストラ侯爵領は劇場が多くあって、芝居役者や楽師の多い土地柄ですの。父は教会派こそが文化と教養を牽引すべきという考えで、絵師の育成も奨励しております」

ジーストラ侯爵は文化人か、趣味人か、いずれかに分類される人柄らしい。

文化の発展には人々の豊かさが必須ともいえるため、無理なく文化を発展させるためには領地の運営も円滑に行う必要がある。

問題が起こっていないからには、領地経営についてもやり手であるらしい。

馬車が王都の大劇場に到着すると、支配人らしき男が待っていた。

丁寧に腰を折った支配人が入り口を示す。

「メーティエ・ジーストラ様、ソラ・クライン伯爵様、お待ちしておりました。どうぞ中へ」

侯爵令嬢であるメーティエよりも伯爵位を持つソラの名前を先に口にすべきなのだが、ソラは支配人が口にした順番を咎めることはしなかった。

ソラは礼を言ってメーティエを連れて劇場に入る。

メーティエが申し訳なさそうにソラに謝った。

「父が出資しているもので、支配人が私の名を先に呼んでしまったようです」

「気が利いているではありませんか。舞台では主役の名前を先に呼ぶものです。私のような仮面男では舞台の顔役たり得ませんからね」

ソラは肩をすくめて支配人の失態を水に流す。

メーティエの父、ジーストラ侯爵が出資しているという事は、この大劇場は教会派貴族がよく利用するのだろう。建前上は別人となっていても、事実上教会派を叩き潰した犯人であるソラを歓迎しないのも当然である。

生臭い貴族の政治事情でデートの雰囲気を壊すのも大人げないため、ソラはあえて言及しなかった。

二階部分にあるバルコニーにソラ達が座る貴賓席が用意されていた。左右や向かいの席は空けてあるらしい。

まるでソラたちの到着を待っていたかのように、眼下の舞台で芝居が始まった。