軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話  おかれた状況

「ソラ伯爵がお帰りになるそうです」

使用人の控室にやってきた使いが入室するなりそう告げた。

紅茶を飲みながら待っていたラゼットは他の招待客が連れてきた使用人たちへ頭を下げ、ゴージュと共に控室を出る。

息苦しい空間だった、とゴージュが安堵の息を吐いた。

ラゼットは苦笑してゴージュを労う。

「火炎隊の演目、いまだに劇場で演じられているのね」

「ずいぶんと脚色されているようでしたがな」

ソラが子爵の位を得た決闘騒動をモチーフにした演目『火炎隊』は子役が主役を張れる演目として有名役者や劇場主が子供や弟子のお披露目として演じさせているらしい。

演じやすいように台詞回しを変えるなどする内に誇張が混ざり、話が大きくなったのだろう。

クラインセルト家が反逆罪で処罰された直後は下火になったらしいが、ソラ伯爵領の成立に合わせて再び注目度が高くなり、今の王都では盛んに演じられているとのことだった。

題材にされた火炎隊の隊長であるゴージュが使用人の控室で他家の使用人から質問攻めにされるのも当然だった。

疲れた顔をしていたゴージュがパーティー会場から出てきたソラを見て嬉しそうに駆け寄った。早くこの場から逃げ出して、屋敷でのんびりしたいらしい。

ラゼットは玄関前に馬車を回してくれた御者に礼を言い、ゴージュに御者を代わるよう声をかける。

ゴージュが馬車の扉を開きソラが馬車に乗り込もうとした瞬間、バルコニーから声が降ってきた。

「ソラ卿、明日は頑張ってね」

見上げれば王太子が手すりに背中を預け、ソラに手を振っていた。

ラゼットは王太子に向けて頭を下げる。

ソラが馬車に乗りかけた姿勢のまま王太子を振り仰ぎ、やや不機嫌そうな声を出した。

「殿下、この度の件をシドルバー伯爵に相談されるといい」

「嫌だよ。誰が叱り飛ばされに行くもんか」

「叱られると分かっておられるのなら話は早い。ご自重ください」

腹に据えかねた様子が、調子からありありと分かるソラの声。

面倒事が降ってきた気配にラゼットは耳を塞ぎたい気分だった。

王太子が肩をすくめる気配がする。

「叱られるのは僕だけじゃないと思うけどね」

「シドルバー伯爵は他家の内情に口を挟む愚かな真似は致しません」

「本来なら僕もそうだけど、今回ばかりは見過ごせなくてね。ソラ卿、観念した方が良いよ。この件はソラ卿にとってもいい話なんだからさ」

「……失礼します」

ソラが馬車に乗り込んだのを見て、ラゼットも続いて馬車に乗り込む。

ゴージュが扉を閉め、御者台に上がるとすぐに馬車が動き出した。

小さくなっていくパーティー会場を眺めながら、ラゼットはソラに問いかける。

「何か問題がありましたか? というより、私の仕事が増えましたか?」

「頭の痛いことに仕事は増えた。そんな顔をするな。文句は王太子に言え」

「言っていいんですか?」

「よくない」

本当にいいかねない、とソラがため息を吐く。

さすがのラゼットも王太子を相手に直接口を利くつもりはない。もっとも、陰口なら大いに叩く所存だ。

ソラが不機嫌そうな顔のまま腕を組む。

「明日、ジーストラ侯爵令嬢メーティエと劇場に行くことになった」

「……それはもしかして」

「有体に言えばデートだな」

ラゼットは唖然とする。

「なんでそんな面白いことになってるんですか?」

「面白い……。他人事だと思いやがって」

額を押さえたソラは心底迷惑そうな顔をした。

「王太子殿下が王国の南部と西部の貴族をまとめた派閥を作ろうとしている事は前にも話したな」

「国境を接する東部の魔法使い派貴族が新ジユズ国との戦争を始めないようにけん制する目的でしたっけ」

教会派貴族という抑えがなくなったために魔法使い派貴族がかねてより緊張関係にあった新ジユズ国を睨み始めている。

特に、新ジユズ国が獣人を使っての諜報活動を行った事で東部の魔法使い派貴族は敵意をむき出しにしているのだ。

もともと王国内の貴族や富裕層から差別されている獣人は、諜報活動の影響もあって肩身の狭い思いをしている。

ソラ伯爵領に限っては、ほとんど影響がない所か、領主であるソラの獣人好きや側近として熊の獣人であるサニアがいるため、富裕層にも獣人を差別する者が少ない。

ソラがラゼットの認識に頷きを返し、説明する。

「王太子殿下がソラ伯爵領に来たとき、派閥への参加を促された。あのとき、俺は参加の条件に獣人との婚姻を認めることを要求したんだが、断られた」

「それは断るでしょう。せっかく作った派閥の中核を担うはずのソラ様が獣人と結婚しようものなら、他の貴族から袋叩きにあって派閥そのものが立ち行かなくなります」

中核を担う者の不祥事は格好の攻撃材料だ。対抗派閥である東部の魔法使い派貴族はもちろんの事、南部や西部の貴族も派閥内の影響力増加を狙って攻撃すると予想できる。

ソラは不満そうにしているが、未来予測はきちんとしているらしくラゼットの言葉に反論しない。

「まぁ、そういう事だ。だが、結局はソラ伯爵家の問題だからな。オレが獣人と、というかサニアと結婚すると言い出して本人から了解が取れればそのまま話を進めることができる」

「サニアが了承するとは思えませんけど、各家の事に王家であっても口出しできませんから、可能ではあるでしょうね。爵位をはく奪される可能性もありますけど」

「領邦体制だから最悪爵位をはく奪されても領地の運営は続けられるが、他の領地から総スカンを食って貿易がうまくいかなくなる。領民が飢える可能性は高いな」

だからこそ、ソラは今まで強引な手段には打って出なかったのだろう。

領民が飢えるとすれば、サニアも喜ばない。

ラゼットはソラの話を頭の中でまとめ、合点が入った。

「もしかして、ソラ様が獣人との結婚を強引に進めないように王太子が先手を打ってジーストラ侯爵の令嬢を紹介したんですか?」

ようは政略結婚である。

ソラの不機嫌さが増す。

「そうだ。しかもジーストラ侯爵は西部諸侯の雄、瓦解した教会派の貴族達にも顔が利く。だが、いまは教会派の凋落に合わせて王国内での発言力は低い」

南部と西部をまとめた派閥を作ろうと考えている王太子にとって、南部貴族の若手にして領地に目覚ましい発展をもたらしているソラと、実務能力が高く西部貴族や教会派貴族をまとめられるジーストラ侯爵家が結び付けば非常に強力な後ろ盾になる。

ジーストラ侯爵にとっても、若手貴族であり王太子との関係が深いソラと結びつくことで王国内での発言力を取り戻すことができる。

「ソラ様、いけすに放り込まれた餌みたいになってません?」

「変な比喩を使うな。一応、俺にも利益がないわけではないんだ。ソラ伯爵家となったことでクラインセルト家の婚姻関係は白紙に戻っているから、ジーストラ侯爵の後ろ盾を得られる利点は大きい。ジーストラ侯爵の伝手から教会派貴族との関係修復に持っていくことも可能だ」

「全体に利益が出るように調整はしてあるんですね」

「利益だけは出るように、な」

感情面を一切考慮されなかったことが不服らしく、ソラは不機嫌なことこの上ない。

貴族なのだから割り切るべきだろうにと思いつつ、ラゼットは関係者の感情に配慮するソラの事が好きだった。

ソラはむすっとしたまま、ラゼットに明日の予定を告げる。

「この件は必ずご破算に持っていくが、明日のメーティエ嬢との劇場行きは覆せない。すっぽかせば、それこそ教会派貴族と決定的な溝を作ってしまうからな」

「では、服の用意などをしないといけませんね。出かけるのはいつごろですか?」

「昼の予定だ」

かしこまりました、と請け負いつつ、ラゼットは珍しく明日の仕事を楽しみにしていた。

ソラとメーティエ嬢のデートには付いていけない事もあり、さほど興味はない。

だが、明日ソラがデートに出かけると知った時のサニアやリュリュの反応が楽しみでならなかった。

「本当に他人事だと思って楽しんでるな」

笑みに気付かれたらしく、ソラが不機嫌に言う。

ラゼットは口元を手で隠してはぐらかした。

翌日、昼食を終えたソラがメーティエ嬢とのデートのため屋敷を出ていくと、ラゼットのお楽しみが始まった。

王都での仕事は基本的に他領の資料との照らし合わせによる調査が多い。

広げる資料の数が多く、資料の回し読みも多いため何人かで同じ部屋に入って仕事をこなす。

ラゼットはすぐにリュリュとサニアを連れて仕事部屋に入った。

関を通った輸出入品の数を他領のそれと照らし合わせて密輸などが行われていないか調査する仕事をしているリュリュがなんでもなさそうな顔で資料を並べて見比べている。しかし、ちゃっかりと屋敷の門が見える窓のそばに陣取り、ちらちらと門の様子を窺っている。

ソラの帰りを待ちわびているリュリュの姿に、ラゼットは口元が緩みそうになる。

サニアはリュリュとは対照的に窓の見えない扉近くの席に座っている。

資料から顔を上げることなく、照らし合わせた資料の矛盾点を洗い出しては報告書に書き留めている。

意外にも動揺していないのか、とラゼットは少し残念がったが、サニアが出してきた報告書に目を通すなり堪えきれずに満面の笑みを浮かべてしまった。

誤字、脱字だらけである。数字の書き間違いがないのは魔法使いらしいと言えばらしいのだが、余計に誤脱字が際立っていた。

「ラゼット姉、なんで笑ってるの?」

「べっつにぃ」

笑みを浮かべたまま、ラゼットは誤脱字だらけの報告書を受け取る。後程、帰宅したソラに見せびらかして二度楽しむためだ。

「今日は仕事が楽しいわ」

ラゼットが呟くと、サニアとリュリュが顔を見合わせ、外の天気を確認する。

雨でも降るのではないか、と思ったのだろう。

自分たちが外からどのように見えているかに思い至っていないらしいサニアとリュリュの反応に、ラゼットは笑みを深めた。