軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話  教会派ジーストラ侯爵

中央に進み出た王太子からパーティーの出席者へ歓迎の言葉が述べられる。

堅苦しい挨拶は最初だけ、と王太子は挨拶を早々に打ち切り自由に楽しんでくれと締めくくった。

王太子に招待してくれた礼を述べに来る若手貴族達のほとんどがまだ子爵だ。

王国では伯爵以上の貴族の子弟は領地経営のイロハを実地で学ぶべく子爵の位を与えられて親の領地の一部を受け取る習わしがある。

パーティーの招待客で最も位が高い者が伯爵であるソラだった。

王太子の隣にいるソラを無視することもできず、各家の子爵たちは様々な感情が見え隠れする顔で挨拶していく。元教会派貴族の忌々しそうな顔、魔法使い派貴族の傲慢な上から目線、中立派貴族からは得体のしれない化け物を見るような視線。

教会派閥崩壊の原因を作ったソラを快く思う教会派はまずいない。魔法使い派から見れば元教会派のクラインセルト領から発展したとはいえソラ伯爵領はまだ魔法は未熟とみて侮っている。

この世界において魔法は武力だ。

教会派は魔法使い派に対抗するべく信者の数と内陸部に集中するという立地条件を武器にしていたが、派閥が瓦解した以上まとまって魔法使い派に対抗する力がない。

止める者のいない魔法使い派が調子付くのも当然の成り行きだった。

王太子が隣にソラを置いたのは次々と魔法使い派や教会派の人間に挨拶させる事で王国内の勢力図を理解させようと考えたからだろう。

ソラは挨拶ばかりで乾いてきたのどを潤すべく、レモネードの入ったグラスを傾ける。

楽しめる要素がないパーティーだという言葉はレモネードと一緒に胃へ流し込み、ソラは飲み物の種類を眺める。

令嬢が多く参加しているパーティーであるためか、ソフトドリンクの種類も豊富だ。

せめて新しい飲み物でも売り出せないかと思ったが、付け入るすきが見当たらない豊富な種類の飲み物が用意されていて、ソラはため息を吐く。

その時、ソラは視界の端に金髪を捉えて顔を向けた。

赤ワインを片手に、もう片手には貴族の令嬢の手を握ったブライアン男爵がいた。

「ソラ伯爵は酒を飲まれないのですか?」

ブライアン男爵はソラが手に持つレモネードの入ったグラスを見て、自らのワイングラスを軽く持ち上げてみせる。

「嫌いではありませんが、今は遠慮しておきましょう。先代ブライアン男爵はワイン造りにいそしんでいるとか。王都のワインと比べて先代ブライアン男爵のワインはどうですか?」

「少しずつ改良されてはいますが、まだ王都に集まる銘酒とは比べられませんね」

握っていた令嬢の手を放し、ブライアン男爵は自分の手の代わりにオレンジエードを手渡した。

ブライアン男爵は気遣わしげに令嬢の顔を覗き込み、優しく声をかける。

「少し夜風に当たってみてはいかがですか? 夏の夜風は気持ちの良い物ですから」

酔ってしまった令嬢を介抱していたらしく、ブライアン男爵は令嬢にバルコニーを勧める。

同じように酔ってしまったのか、数人の令嬢が親族と共にバルコニーへ出ているのを見て、令嬢は安心したように微笑み、頷いた。

ブライアン男爵は「参りましょうか」と令嬢にささやき、ソラに目礼する。

「では、ソラ伯爵、また後で話をしましょう」

「あぁ、バルコニーは暗いから足元に気を付けてな」

令嬢が歩きやすいようにエスコートしながら歩き去るブライアン男爵の後ろ姿を見送り、ソラは目を細めた。

ソラの隣でリンゴ酒を飲み干したチャフがブライアン男爵の背中を見る。

「ソラ卿、いまブライアン男爵に睨まれなかったか?」

「チャフも気付いたか」

ブライアン男爵家とは交流がほとんどないため、ソラも睨まれる覚えがない。

父であるクラインセルト伯爵がらみかもしれないな、とソラは無理やり納得する。

ソラと同じように喉を潤しに来た王太子がチャフの視線を追ってブライアン男爵に目を止めた。

「ブライアン男爵はいつみても女性と一緒だね。ソラ卿とは大違いだよ」

夏だというのにわざわざハーブティーを入れさせた王太子は、舌が火傷しないようにちびちびと飲み始める。

「ソラ卿、一緒に来てほしいんだ。会わせたい人がいてね」

王太子の罠を警戒するソラだったが、先方がすでに待っていると聞いて顔を顰めた。

「お相手の名前は?」

「西部貴族の元教会派、ジーストラ侯爵。年齢の問題でこの会場には入れられなくてね」

「ジーストラ侯爵と言えば、教会派の重鎮でしょう。来てほしいも何も、わたしに断る選択肢が用意されていませんよ」

西部方面の教会派貴族をまとめるジーストラ侯爵からの招待を断れるはずもない。わざわざ王太子を経由してソラを招くという事は暗殺なども考えにくい。

ソラは仕方なく会う事にする。

チャフが難しい顔で王太子に向き直った。

「殿下、あまりソラ卿を困らせると後が怖いですよ」

「後が怖かろうと、ソラ卿を困らせないといけないんだよ。いまが正念場だからね」

王太子が警備を務めている近衛隊士の一人に声をかけ、案内人を呼ぶ。

廊下に控えていたらしい案内人が来るまでの短い間に会場をざっと見まわして、ソラはジーストラ侯爵の関係者が出席していない事を確認した。

同時に、ジーストラ侯爵家の家族構成を思い出す。

「ソラ卿、ジーストラ侯爵によろしくね」

「伝えておきましょう」

チャフと王太子に見送られて会場を出ようとしたソラは、自らに視線を向けているもう一人の存在を感じ取って目だけを向ける。

「……ブライアン男爵か」

まだ睨んでいたのか、と思いつつ、ソラは会場を後にした。

いやな予感をひしひしと感じながら、ソラは案内人に連れられて赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。

到着した控室は広々としていた。棚に飾られた皿一枚まで圧迫感を覚えないように配慮された居心地の良い部屋だ。

部屋の端、窓際に二人の人物が座っている。

一人は五十代の灰髪の男性だ。揺り椅子に座り、聖書を読んでいる。鼻に掛けるだけの弦なし眼鏡が似合っていた。

男性の対面に座るのは茶髪の令嬢だ。ランプの明かりを反射して明るく輝きながら腰まで届く長い髪に注目してしまいそうになるが、ランプの暖かい色の光に照らされた白い肌もやや赤く上気して色っぽさがある。

令嬢は膝に置いた乱雑な装丁の本から顔を上げる。

「お父様、ソラ伯爵が参りましたわ」

「うむ。ソラ伯爵、聖書を読んだことはあるかね?」

ぱたりと聖書を閉じた灰髪の男性がソラを見る。

「一通りは読みました」

「教義ともなっている魔法使いの排斥と殺しの魔法発動前の世界への回帰についてどう思うね?」

「使える者は使うべき、回帰については、いまさら後には戻れない」

「うむ、同感だ」

教会派の重鎮があっさりと教義の否定を認めたことにソラが目を丸くすると、灰髪の男性、ジーストラ侯爵は聖書を膝に置いて、その上にはずした眼鏡を乗せた。

「ソラ伯爵は顔色を窺わないのだな。殿下は答えをはぐらかした」

憮然としてジーストラ侯爵が腕を組む。

「教会派は瓦解したが、ジーストラ侯爵家の未来が潰えたわけではない。気を使われる謂れはないのだ。ソラ伯爵、殿下には事前に相手の気風を調べ、会話を組み立てる術を教えた方が良い」

「それは私の仕事ではありませんので」

「ソラ伯爵にやってもらわねば困る。殿下を盛り立てていくのだろう?」

「いまはまだ、どう転ぶか分かりません」

ジーストラ侯爵がソラの返事に眉を顰める。

「殿下もソラ伯爵を自陣に引き込むべくこの話に乗ったか。まぁよい、座りたまえ」

しばしの黙考を挟み、ジーストラ侯爵は席を立ち、代わりに座るよう勧めた。

爵位の上下から考えても、実務経験などの差を考えても、ジーストラ侯爵の席を奪う形では席に座れず、ソラは首を振った。

だが、ジーストラ侯爵はソラが断ったことに笑みを浮かべ、いまだ座っていた令嬢に声をかけた。

「メーティエ、ソラ伯爵が立つことを選んだのだ、お前も立ちなさい」

「はい、お父様」

すっと音もなく立ち上がったメーティエがソラに一礼する。

表情の変わらない娘だなと思いながら、ソラはジーストラ侯爵に非難の目を向ける。

ソラの態度が新鮮なのか、ジーストラ侯爵は楽しげに笑みを浮かべたまま口を開く。

「良いのだ。ソラ伯爵にはこのまま私の娘、メーティエを会場まで案内してもらいたい」

エスコート役に指名され、ソラは内心歯噛みした。

また殿下に嵌められた、とソラは逃げ口上を考えるが、ジーストラ侯爵が先手を打った。

「殿下はもちろん、陛下や警備にあたる近衛隊にも連絡してある。観念したまえ、ソラ伯爵」