軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話  青海に浮かぶ

ソラ伯爵領と子爵となったチャフが治めるトライネン子爵領との境にて、男女七名の集団が木箱を前に腕を組んでいた。

「全員、見習いから始めて客に出す料理は作れてないのか」

木箱を運んできた大柄な男がソラ伯爵領に潜入していた仲間達の報告に唸り、木箱に視線を落とす。

「食うわけにもいかないが、干物と違って日持ちもしない。どうするかな」

「まったく、料理屋の娘一人に引っ掻き回されるとは思いませんでしたね。まさかつまみ食いするとは、意地汚い話でさ」

肩を竦めた小男が木箱をつま先でつつく。

小男につつかれた衝撃で木箱の蓋がズレ、中身があらわになる。

木箱の中には魚肉の練り物がきれいに並べられていた。

大柄な男が足先で器用に蓋を閉め直す。

「仕方ないから持って帰るとするか。ソラ伯爵に気付かれたらことだ。お前らも、早々に客へ料理を出せるようになれよ」

「俺達は料理人じゃないんですがね」

「――そうだね。君達は農業奴隷だ」

苦笑交じりに頭を掻く小男が言い返した時、突如として周囲の茂みから声が掛けられる。

反射的に互いの背中を向けあって円陣を組んだ男女七名の前に、茂みをかき分けて一人の男が現れた。

「――誰だ?」

大柄な男が鋭い視線を周囲の茂みに向けながら、男に訊ねる。

「誰だとはご挨拶だね。オルスク群島直営料理店の総合経営者、ガイスト。そちらの見習い料理人さん達の雇い主だよ」

ガイストが名乗ると、見習い料理人と呼ばれた四人の男女が目を剥き、互いに顔を見合わせる。

自分達が紛れ込んだ店が系列店だとは思わなかったのだろう。

「その総合経営者さんがこんなところで何の用だ」

身構える男女七人を見回し、ガイストは木箱を指さす。

「証拠品もある。これで一網打尽だ」

証拠品、との単語がガイストから発せられてからの男女の動きは素早かった。

即座に懐に手を入れ、大ぶりのナイフを取り出すとガイストに襲いかかる。

しかし、彼らの刃がガイストに届く事はなかった。

周囲の茂みから網が幾重にも投げ込まれ、男女七人の体を絡め取ったのである。

手元のナイフで網を切り裂き、脱出を図ろうとするも、茂みからぞろぞろと現れた人々の数を見て、すぐに抵抗は無駄だと判断したらしい。

無理もない。茂みから現れたのはかつてのオガライト製作村の面々七人に加え、オルスク群島の比較的若い島民達、総勢三十名ほどだったのだから。

「村を出てから狩りして生計を立てていたっていうのは本当だったんだな。こいつら直前まで全く気付いてなかったぜ」

網に繋がった縄を握った青年が隣にいた娘に感心する。

青年を見て、小男が口を半開きにした。

「て、店長までこんなところに……ただの料理人じゃなかったんですかい?」

「いや、今は料理人だよ。ちょっと前まで漁師やってた元浮浪児だ」

青年が白い歯を見せて小男に凄むと、隣にいた娘が口を開く。

「浮浪児時代はつまみ食い担当だったくせに」

「茶化すなよ」

青年が唇を尖らせて咎めた瞬間、機を窺っていた大柄な男が体に纏わり付いた網をものともせず立ち上がり、逃走を図った。

しかし、一息で大柄の男の前に回り込んだ若い男が側頭部へ容赦なく拳を叩き込み、昏倒させる。

鮮やかな手際に網に捕らわれたままの男女が呆けた。

「あいつ、ジーラで商会の警備やってたらしいから、逃げようとしても痛い目見るだけだぞ」

青年が男女に言い含め、ガイストを見る。

「それじゃあ、クロスポートに引っ立てて行きますか。シャリナの奴が人を集めてるんだろ?」

青年の言葉に小男の口元が汚らしく歪んだ事に気付いた者はいなかった。

クロスポートの大樹館で、ソラは王太子あての手紙をしたためていた。

ソラ伯爵領内で起きた食品テロ事件についての報告書である。

類似の事件が王国内で発生する可能性があるため、諜報員が起こした事件は逐一報告し、情報共有を行う事を取り決めたからだ。

ソラが事件の経緯を書いていると、執務室の扉が開き、ラゼットが目を擦りながら入ってきた。

「グラントイースで犯人が捕まりました。すべて予定通りです」

欠伸をしながら報告して、ラゼットはソファに腰を下ろし背もたれに寄りかかって脱力した。

「散々私の仕事を増やしておいて、美味しいところは全部ガイスト達が持って行きましたね」

「なんだ、犯人を捕まえに行きたかったのか?」

「面倒なので逮捕しに行くのは嫌です。あぁ、嫌な事を押し付けたとも考えられますね」

こちらの方が精神衛生上はいいかな、と勝手な事を呟き、ラゼットは報告書を読み上げる。

「犯人は男女七名、いずれも新ジユズ国出身者のなまりがあったそうです。トライネン子爵領を経由して毒物を密輸入し、グラントイース近郊の森の中で受け渡しをしようとしていたところをガイスト達が捕えました」

王太子への報告書を書く手を休め、ソラはラゼットの報告を聞く。

――なまりが取れてないのは諜報員として二流だからか、それとも別の理由でもあるのか。

後々尋問する時に聞き出そうと考えつつ、ソラはラゼットに報告の続きを促す。

「ガイスト達によってグラントイースに引っ立てられた犯人の男女七人ですが、予想通り、シガテラ毒事件がソラ様の自作自演であると訴えたそうです。シャリナが呼んだグラントイースの料理屋の人達がいたそうですから、逆手に取ったつもりだったんでしょうね」

「ガイストに返り討ちにされたのか?」

「ガイストが教会の一等司教だった過去はグラントイースに住む元教会信者達も覚えていたそうです。ソラ様と敵対していた教会関係者が犯人を捕らえた事実がまずグラントイース内で周知されました」

ソラと教会の対立構造は昔から有名であり、ガイストは一等司教として現役だった頃、クラインセルト子爵領内で最も権威のある教会関係者だった。

必然的に、子爵領内の人々にはソラを相手に真っ向から対決しているクラインセルト子爵領内の教会の旗頭はガイストである、とみられていた。実際はソラに首輪をつけられ、飼い殺し状態だった事など誰も知らないのだ。

過去にソラと対立していたガイストがソラの自作自演の片棒を担ぐはずがないと人々は考え、食品テロ犯の言葉に疑念を持つ。

それでも、ソラの計画とは無関係にガイストが犯人を捕らえたという見方もできる。

しかし、ガイストは〝かつての敵〟だったソラは毒を混ぜ込むなどという無差別に民衆を苦しめる方法を取るはずがないと、断言して見せた。

過去に対立していたはずのガイストの口からソラを擁護する意見が発せられたことに人々は驚くが、対立関係にあったからこそガイストの言葉は信憑性を増していた。

「犯人達はシガテラ毒をソラ様が開発した物だと主張しましたけど、ガイストが魚の毒だと暴露して、ソラ様犯人説に水を差した事もあり、犯人達の主張を信じる人はいなくなったようです」

「一件落着か」

ソラはラゼットから欠伸を移されて口を開けた後、ラゼットに問う。

「犯人達は今どこへ?」

「手かせ足かせをつけて、オルスク群島に連行されました。シャリナ曰く、消耗品とは思っていないけど容赦はしない、との事です」

「おっかないな。ガイストの世話を焼きながら諸国を旅してきたくらいだから、加減を知らなそうだ。まぁ、別にいいか」

ソラは犯人達の安否を無視する事に決め、クロスポートの向こう、海に浮かぶ島々を眺めやる。

「畑を耕した後はやっぱり河浚いか。遠洋漁業の船の漕ぎ手もいいか」

「ご愁傷様ですね。自業自得ですけど」

思案するソラの前に報告書を置いたラゼットは、死ぬまで働かされそうな犯人達がいるオルスク群島に黙とうする。

「何はともあれ、これでシガテラ毒については一件落着だな」

ソラはオルスク群島を見つめてつぶやく。

先日、サニアとリュリュが、食品テロの犯人をガイストが捕らえた褒美として、開発計画にソラが協力するという案を出してきた。

ソラが開発計画にお墨付きを与えれば、かつて対立関係にあったガイストを支援してはソラの不興を買うのでは、と恐れる者はいなくなる。

同時に、この提案はサニアとリュリュなりの意思表示だ。二人はシャリナ達を許し、協力することを決意した。

「忙しくなりそうだな」

開発計画の成功を半ば確信しながら、ソラは青い海に浮かぶオルスク群島を見つめるのだった。