作品タイトル不明
第十三話 オルスク群島開発計画
――ウェーブピアサーが欲しいな。双胴船とか、カッコいいし。
波に乗り上げるたびに傾く船体に足腰を鍛えられながら、ソラは思う。
雨が止み、波が落ち着くのを待ってクロスポートからオルスク群島に向けて出発したソラ達はベルツェ侯爵から贈られた旧型の海船に乗っていた。
運用に支障はないものの、海に面する領地の一つとして旧型船しか手元にないのは外聞が悪い。
外輪船は波に弱いため別の推進形式の船の開発が急がれるのだが、何分元手がなかった。
――この問題が片付いたら考えるとするか。
目的の島が見えてきたため、ソラは頭を切り替えた。
サニアとリュリュ、護衛の火炎隊士を連れて島に上陸する。
出迎えたのは島の人々だった。
口々に歓迎の言葉を口にする島民の中から長老らしき老人が進み出て、案内を買って出る。
島の海岸線に沿って移動すると、テント群が見えてきた。
「なんでテント?」
サニアとリュリュが不思議そうにテントを見つめる。
「普段は町の料理屋に住んでいて、今日のために全員集まったんだろうな」
ソラが予想を語った時、テントから青年が顔を出した。
青年はソラ達を見て目を丸くすると、テントの中に声を掛ける。
「サニアとリュリュが来た!」
青年の呼びかけが聞こえたのか、あちこちのテントから転がり出るようにして七人の男女が現れた。
訝しむように目を細めたサニアとリュリュだったが、最奥のテントから現れた一人の娘に気付き、名前を呼ぶ。
「――シャリナ!?」
テントから出てきた娘、シャリナはサニアとリュリュの驚きように苦笑した後、ソラに向けて頭を下げた。
シャリナに続いて七人の男女が次々に頭を下げる。
挨拶ではなく、謝罪としての頭の下げ方だった。
「あの時は――」
「謝罪はいらない」
代表してシャリナが口にしかけた謝罪を遮り、ソラは続ける。
「俺は村の分だけ弁済して貰えればそれでいい。謝罪の言葉はガイストからもらう」
戸惑うように視線を合わせるかつてのオガライト生産村の面々を見回して、ソラはサニアとリュリュの背中を押した。
「お前達の問題だ。いま許すなり、村が完成してから許すなり、あるいは一生許さないとしても、俺は何も言わない」
そう言い残して、ソラはテント群に背を向けた。
「ソラ様……」
サニアとリュリュが伸ばしかけた手で空気を掴み、意を決したようにシャリナ達に向き直る。
「シャリナ、話を聞かない事には何とも言えないから、説明して」
リュリュが険しい目でかつての村の仲間たちを見つめて投げかける質問を聞きながら、ソラは長老に連れられて島の奥へ歩き出した。
「……村の再建と絆の再建、どちらが難しいのやら」
ソラは独り言を呟いて、ため息を吐いた。
サニアとリュリュ、シャリナ達の仲違いからもう十年以上が経っている。仮にサニアとリュリュが許したとしても、もう元通りの関係には戻れないだろう。
それでも、故郷を持たないサニアとリュリュにとって、かつての村が再建され、迎えてくれるのなら、新たな関係を築く事ができるかもしれない。
今となっては、願う他にない。
「あちらです」
長老が島の奥にある村のはずれにある納屋を指さす。
納屋の前には男が立っていた。誰かがソラの到着を伝えたのだろう。
男はソラの姿を目に留めると深々と頭を下げた。
頭を下げられてばかりの日だなと思いつつ、ソラは男の前に立つ。
「久しぶりだな、ガイスト」
「お久しぶりです、ソラ様。その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「どの節の事を言っているのか分からないな。オガライト村の事か、それとも突然行方をくらませたことか」
ソラがちくりと言葉の棘で刺すと、ガイストはより一層頭を深く下げた。
返す言葉もないのだろう。
ソラはガイストを連れて納屋へと入る。
「アイクを通して連絡を貰った時は驚いた。今までどこにいたんだ?」
納屋に用意されていた椅子に腰かけて、ソラはガイストに訊ねる。
ガイストは机の横に置いていた手荷物から地図を取り出した。
「諸国漫遊、といったところです。新ジユズ国の他、様々な国を回って今日に備えました」
ソラ伯爵領がまだクラインセルト子爵領だった頃、子爵領成立から三年目が経った頃にガイストはシャリナと共に蒸発し、政治の表舞台から姿を消した。
町では、教会嫌いのソラの不興を買って暗殺されたとの噂がまことしやかに語られていたが、実際はレウルとソラの戦いに巻き込まれる事を恐れたガイストが避難しただけの話だ。
ガイストは、かつての村の復興を目指すシャリナのため、ソラとの交渉材料を探して旅をした。
そうして集めた手札を手に再び王国の地を踏み、いまここに立っている。
ガイストは経緯を話したうえで、計画について説明を始める。
ガイストは、引く事の許されない戦いに赴く戦士のような顔をしていた。
「計画は、大陸の村や町に経済的に後れを取りつつある島々に、ジャガイモやショウロの農園を作り、島で取れた魚介類と合わせてクロスポートなどの経済拠点に販路を作るという内容です。現在は料理屋となっている各店で今後は食材の販売を合わせて行っていくつもりです。当初の計画では、にがりを除去した塩を抱き合わせで販売するつもりでしたが、ソラ様に先を越されてしまいましたからね」
事前にアイクから聞かされていた内容と同じであったため、ソラは特に感想を告げる事なく話を進める。
「ジャガイモには連作障害がある。対応法は決めてあるのか?」
「幸い、群島ですから、いくつかの島に畑を作り、持ち回りで植える事で休耕地を設けようと考えています」
持ち込んだだけあってきちんと性質についても学んできたらしいガイストが淀みなく答える。
ソラは腕を組んだ。
「休耕地を設けるのは当然として、土の栄養の問題がある。どうする?」
「アカマツ林から堆肥の採取を考えています」
ソラは島を覆う赤松林を思い出す。
堆肥として使えない事はない。
だが、ソラは別の物を使うのではないかと考えていた。
「にがりはどうした?」
「にがり、ですか?」
なぜここでにがりが出てくるのか不思議なのだろう、ガイストはソラの考えを読み取ろうと眉を寄せる。
ガイストの反応で、どうやら知らないらしいと判断して、ソラは身を乗り出した。
「俺から肥料を援助しよう。干鰯と苦土石灰だ」
ソラが告げた肥料の名前に聞き覚えがないらしく、ガイストの眉がさらに寄る。
干鰯とは文字通り、イワシの干物を砕いた肥料である。栄養豊富であり、軽量であるため流通もたやすい。
「干鰯は栄養価が高いから、肥料食いの綿花と相性がいい。後は言わなくてもわかるだろ?」
「ベルツェ侯爵領への輸出品、ですか」
かつての布の廉売騒動でアイクはトライネン伯爵領産の動物性の布を輸入していたが、北方の大手商会ではベルツェ侯爵領産の植物性の布を輸入していた。
そう、ベルツェ侯爵領では綿花の栽培がおこなわれているのだ。
「海のある領地として重要な輸出品になりうると前々から思っていたんだが、実験で資料を作成しないと魔法使い派のベルツェ侯爵への説得材料には弱くてな。ソラ伯爵領では農業がほとんどできないから協力者もいなくて、ほとほと困ってたんだ」
ソラは笑みを浮かべてもう一つの肥料についても説明する。
苦土石灰とはマグネシウムを土壌に供給する肥料である。
植物が光合成をするために必要な葉緑体の形成にはマグネシウムが必要であるため、欠乏すると光合成が行えず枯死してしまう。
光合成をおこなわせるためにも必要な栄養素なのだ。
しかし、苦土石灰はそれ自体がアルカリ性であるため、土壌に影響を与えてしまう。
ソラ伯爵領は塩害がひどい土地であり、川を遡上する海水の影響を受けている。つまり、苦土石灰が逆効果になる土地柄だ。
「だが、オルスク群島の中には海水が遡上せず海抜の高い場所がある。松林のおかげで風の影響も受けにくい。対症療法的な使用で構わないから、使ってみてくれ」
マグネシウム不足の植物は根元に近い葉っぱから枯れ落ちていく症状が出るため、判別がしやすい。
「というわけで、にがりも作ってくれ」
「えっと、にがり、ですか?」
話が戻ったような錯覚を起こしたのか、ガイストは困惑顔をする。
苦土石灰の主成分は炭酸カルシウムと酸化マグネシウムだ。前者は貝殻の主成分であり、後者の酸化マグネシウムは水酸化マグネシウムの加熱分解で得られる。
「そして、水酸化マグネシウムは塩化マグネシウムの加水分解で得られる。つまり、にがりは苦土石灰の原料だ。塩から取り除く方法は知ってるんだろ? 用意してくれたなら、こちらで買い取る」
リュリュにしか付いて来れないような速さで科学的な説明をしても、ガイストが理解できるはずはない。
しかし、にがりを買い取るというソラの言葉を結論と取って、ガイストは頷いた。
「話は分かりましたが、干鰯と苦土石灰、二つの肥料について資料を作成するとなるとかなりの数の畑が必要になります。場所は確保できるでしょうが、人手が足りませんよ」
現状、ガイストとシャリナは元オガライト製作村のメンバーである七人しか人手がない。島民の協力を仰ぐ事も可能だが、島民にも生活があるため付きっきりとはいかない。
しかし、そんなガイストの懸念を、ソラは笑い飛ばした。
「人手ならあるだろ」
何を言ってるんだ、とばかりに軽い口調で言って、ソラはいきなり背筋が寒くなるような冷たい声を出す。
「――さて、労働力を逮捕しに行こうか」