作品タイトル不明
第十二話 雷雨の夜
ソラがベッドに入ろうとした時、扉がノックされた。
こんな夜更けに誰だろうとかと訝しむが、窓の外が一瞬光った事で疑問は氷解する。
「ソラ様、もう寝ちゃった?」
「いや、起きてるよ。いま、カギを開けるから待ってろ」
開錠し、扉を開ける。
廊下に立っていた人物は、ソラの予想通りサニアだった。少し意外な事に、サニアの後ろにはリュリュもいる。
「雷が煩いから遊びに来たのか?」
ソラが窓の外を指差すと、タイミングよくガラガラと雷の炸裂音が響いた。
サニアの耳が迷惑そうに動く。
獣人のサニアは優れた聴覚を持つがゆえに、不意打ち気味に落ちる雷の音で眠りを邪魔されるのだ。
「耳が良すぎるのも考え物だな」
ソラも窓の外の雷雨に眉を寄せた。
サニアとリュリュを招き入れ、ソラは椅子に腰かける。ちょうどよく、椅子は三つある。
「リュリュはどうした?」
「付添いだよ。ソラ様が変なことしない様に」
「えっ? させてくれないのか?」
ソラがおどけて言うと、サニアが頬を膨らませた。
ソラはリュリュに視線を送る。
リュリュは悪戯っぽく瞳を光らせた。
「手を出さない限りは目を瞑るよ」
「今のはセーフだな。よし」
「ちょっと二人とも、からかわないでよ!」
リュリュの判定に満足するソラとは対照的にサニアは異を唱えるが、ソラとリュリュは視線を一瞬交差させるだけで意思疎通を果たし、サニアの反論を黙殺する。
二対一では勝てないと悟ったサニアが話題の転換を図ろうと部屋を見回し、本棚の端に収められた小箱に目を止める。
「あの箱の中身って何?」
あからさまな話題転換ではあったが、ソラはあえてそれに乗る。
「見せてやるよ」
期待せずに口にした質問に色よい返事をされて驚くサニアの前に、ソラは本棚から取り出した小箱を置く。
手のひら大の小箱を開けると、中から木の香りと共にカードの束が出てきた。
サニアとリュリュが首を傾げる中、ソラはカードを取り出す。
「トランプという遊び道具だ」
ソラは机の上にカードを並べながら、神経衰弱のルールを説明する。
薄い圧密木材のカードには数字とマークが書かれていた。
「値が張りそうだね」
サニアがカードを眺めて呟く。
「試作品だからな。耐久性や触り心地を考慮すると圧密木材より適したものがなかったんだ。貴族用には圧密木材で売り出して、平民用には厚紙を材料にするつもりなんだが……」
「この際だから私達に使った感想を聞かせてほしいってこと?」
「そういう事」
こんなときにも商売の話を絡めてくるソラに苦笑するサニアとリュリュを放っておいて、ソラはゲームの開始を宣言する。
神経衰弱のルールは簡単なため、ゲームは滞りなく進んでいく。
適当に雑談をしながら相手の記憶をかき乱そうと、ソラは姑息な事を考えて口を開く。
「今朝方、アイクが訪ねてきた」
「布騒動のあの人?」
リュリュがカードを手早くそろえながら聞き返す。
ソラが頷くと、サニアが机に頬杖を突いた首を傾げた。
「要件が想像できないね」
「なかなか面白い話だった」
ソラはにやりと笑いながら、カードをめくる手を伸ばすと同時に続ける。
「アイクが経営に協力している料理屋にシガテラ毒をばらまいてる犯人が弟子入りしてきたらしい」
ソラが口にした情報に驚いたサニアとリュリュが思わず顔を上げる。
「えっと、どういう事?」
リュリュが詳細を訊ねる声を聴きながら、ソラは素早くめくったカードを戻した。
しかし、目敏くソラの動きを見咎めたサニアが眉を寄せる。
「ソラ様、いまカードをめくったよね」
「ハートの一、俺がサニアに寄せる思いと一緒だな」
「一番少ないって事だね」
「……上手い事返すな」
憮然としたソラにサニアは「せこい事するからだよ」と舌を出した。
しかし、ソラの次の番であるリュリュが同じカードをめくると、ハートの十三が顔を出す。
固まるサニアに、今度はソラが舌を出した。
「サニアの事は良く分かってるつもりだ」
ソラがニコリと笑って言うと、サニアは赤い顔で机に突っ伏して悔しそうに唸った。
サニアに苦笑したリュリュが話を戻す。
「それで、何でアイクがシガテラ毒を知ってるのかな?」
「順を追って話すぞ」
ソラはリュリュがめくるカードを見ながら、説明を始める。
「問題の料理屋だが、ある人物からアイクに経営、特に食材の仕入れに関する手伝いを依頼されて始めたらしい。オルスク群島の住人達が協力して魚介類を安く仕入れ季節ごとの品数を維持しつつ、目玉料理として多国籍料理を品目に加えているとの話だ」
「その多国籍料理の中に、サンゴがあるような地域の料理が含まれていたの?」
サニアが顔を上げずに問う。
ソラは頷いて、アイクに見せられた品目をそらんじる。ソラ伯爵領はおろか、王国内では食べる機会がなかなかない料理ばかりだ。
「犯人は弟子入り名目でやってきて、故郷のつてで手に入れた食材だと言って魚肉の練り物を見せたそうだ」
「干物に注意喚起されても大丈夫なように、原形をとどめない練り物に毒を変えてきたんだね」
練り物であれば、魚本来の形が失われているため、化学検査ができないこの世界では素材の特定も難しい。
犯人も知恵を絞ってきたのだろう。
「だが、目玉料理の国籍も店舗ごとに分けていたから、持ち込んだ先が系列店だとは思わなかったんだろうな」
「複数の店に現れたの?」
「そうだ。アイクへ依頼した奴はクロスポートの他にジーラやグラントイース、グランスーノに店を構えていたらしい。最初に気付いたのはクロスポートの料理屋にいた共同経営者であり、オルスク群島復興計画を立てた奴だ」
リュリュが持ち前の記憶力ですべてのカードをめくり終え、ゲームが終わる。
圧倒的な差をつけて勝ったリュリュは、怪訝な顔をソラに向けた。
「さっきからアイクに話を持ちかけたっていう人について詳しく触れてないけど、何か隠す理由でも?」
「良い質問だ」
ソラはカードを集めてシャッフルしながら、面白がるように笑った。
「明日の出会いを楽しむためだ」
カードを机に置いて、ソラはいつの間にか雷の止んだ外に視線を移した。
「二人とも、もう寝ろ。明日の午後にはオルスク群島に出かける」