作品タイトル不明
プロローグ
ソラ伯爵領南部にある島々、オルスク群島。その一つに出来た真新しい家屋が立ち並ぶ村に、サニアはいた。
この土地を統治した代々の領主が、うまみがないと開発を見送ったオルスク群島をソラが本格的に開発することを決定したからだ。
ソラの決定にはサニアが訪ねたこの村の存在が大きく影響している。
かつて、オガライトを作っていた廃村のメンバーが集まって興したこの村の産業が軌道に乗れば、他の島の条件の合致した村にも適用していく考えだ。
「責任重大だね。任せておいて」
サニアが開発計画の意義について話すと、シャリナが自らの胸を拳で軽く叩く。
張り切っている昔馴染みを心強く思いながら、サニアは村を通り抜け、海岸線にある松林に向かう。
通り抜けた村に住むのはかつての廃村の仲間たちだ。ほとんどが二十代、最年長でも三十代の初め、働き盛りばかりの若々しさあふれる村だ。
「――恋愛沙汰が起きても心配ないよ」
シャリナがサニアの心配事を見抜いたようににやりと笑う。
「みんな昔は浮浪児で、今まであちこちで世間の荒波にもまれて生きてきたからね。居場所を壊すようなまねはしないし、空気も読める。それも問題が起きたら、わたしかガイストさんが仲裁する」
シャリナと旅をしてきたガイストは今頃クロスポートでソラを相手に開発計画の詳細を詰めている事だろう。
ガイストは元教会の一等司教だ。信者間の仲裁なども行ってきたため、経験豊富である。
心配はいらないか、と思いつつサニアは調査報告に特記事項として書いておいた。この村で問題が起きずとも、別の村に当てはめたときに問題が起こる可能性はある。
「島ごとに異なる文化を踏まえて仲裁が行えるような官吏を置いた方が良いかな」
長年領主に放置されてきたオルスク群島は島ごとに些細な文化的違いがある。開発計画が進めば島間の交流も増え、摩擦が起こる事態が予想された。
考えることが山積みだ、とサニアは調査報告書を文字で埋めていく。
隣でシャリナが感心したように見つめていることに気付き、サニアは調査報告書から顔を上げる。
「どうかした?」
「いや、仕事ができる女になったなぁって。耳とか尻尾を狙うソラ様に追いかけ回されていた頃が嘘みたい」
「何年経ったと思ってるの」
「ソラ様と初めて会ってから数えると十年ちょっとかな。わたしがクロスポートを出てからだと五年か六年くらい? あの頃にはもうサニアは魔法陣描いてたし、仕事ができるようになって当然か」
時がたつのは早いなぁ、と腕を組んでしみじみと呟くシャリナ。
まだ十九歳かそこらだというのに年寄り臭いセリフを呟くシャリナに、サニアは苦笑した。
松林に到着して、サニアは松の根元を観察する。
この村の特産品である松露を育てている松林だが、特におかしなところは見当たらなかった。
サニアの隣に立ったシャリナが申し訳なさそうな顔をする。
「秋まで待たないと取れないよ。今年は少し難しいかもしれないから、収穫の報告は来年の春になるかも」
「ソラ様が、松露の栽培はすごく難しいから、数年単位で経過を見るって言ってたよ」
「お見通しって事か。怖いくらいに話が分かるね」
いつもの事だけど、とシャリナが言うと、サニアも深く頷いた。
「松茸よりも王国内では受けがいいはずだから、クロマツ林が多いソラ伯爵領の一大産業にもなりうるって意気込んでた」
「松茸ってあの臭いキノコの事? よりにもよってそんなのと比べないでよ」
不満そうにシャリナが眉を寄せる。
サニアは先日ソラと交わした会話を思い出しながら続ける。
「私もそう言ったんだけど、ソラ様はすごく寂しそうにしてた」
「変なところも相変わらずだね」
シャリナもソラの姿を思い出したのか、くすくす笑った。
ジャガイモを育てているという畑に案内されたサニアは、収穫量の報告義務があることを告げ、報告書の用紙を渡す。
用紙を渡されたシャリナは「うへぇ」と妙な声を上げた。
「たくさん書くところがあるね」
「適当なことを書くと監査が入るから気を付けてね。引っかかるとソラ様に連れて行かれてジーラの孤児院に放り込まれるよ。書類一つ満足に作れないなら子供たちに混ざって一から勉強させてやるってさ」
実際に町長とその息子が二人連れて行かれた例があると教えると、シャリナの表情が引き締まった。
「大丈夫、適当にやったりしないよ。ようやく村を作れたんだから」
ソラを裏切った結果失ってしまった村だ。同じ轍は踏まない、とシャリナは言い切った。
シャリナの言葉に安心して、サニアは調査報告書をカバンの中へと片付ける。
「調査はこれで終わり。支援はするつもりでいるし、資金や資材が欲しかったら連絡して。可能な限り手伝うから」
「クロスポートの料理屋も繁盛してるし資金面はあまり心配いらないけど、資材は品物自体がない場合があるんだよね」
「言ってくれれば取り寄せるよ。まだ他の村が真似したりしないように資材についての情報を隠しておきたいなら、ソラ様に発注してもらった方が良いかも」
ソラ様ならウッドドーラ商会を通じて秘密裏に資材を確保することができるから、とサニアは言い添える。
松露にしろ、ジャガイモにしろ、ソラ伯爵領どころか王国内では初の栽培となる。結果が出るか分からない以上、他の村がいたずらに参加すると失敗時の影響が大きくなる。
特に松露は菌類であるため指導を受けなければほぼ確実に失敗するうえ、ソラでさえ栽培方法が詳しくわからないと来ている。
「緊急時はウッドドーラ商会か、ジーラの孤児院長、村の経営で何かわからない事があれば燻製木材の元村長さんを派遣してもらえるから、遠慮なく言ってね」
現役を引退した燻製木材の元村長は寂れた村の復興を牽引した経験から色々な村へ派遣されている。歳を考慮してソラが馬車まで出す厚遇振りと小さな村の村長という実態のギャップは行く先々で驚かれている。
一番驚いているのが当の燻製木材の村長であることを知る者は少ない。
サニアはメモ帳の派遣人員の人選を見る度にオルスク群島開発に向けるソラの意気込みの強さを感じ取る。
鞄を背負ったサニアは伝え忘れた事がないかを確認するためメモ帳を見た。
「あぁ、そうだった。私たちはソラ様と一緒にしばらく王都に行かないといけないから、連絡を取れないんだった。何かあったら火炎隊士の宿舎の方で話を聞いてもらって」
「王都に?」
「そう。王太子殿下に呼ばれて、ソラ様が十回以上パーティーに顔を出さないといけないんだって」
呼び出しの手紙を片手に、ラゼット並みに面倒くさそうな空気をまとっていたソラの姿をサニアは思い出す。
シャリナがすっと目を細めた。
「もしかして、女の人を紹介されたりするんじゃないの?」
「そうかもね。ソラ様もそろそろ結婚を考えないといけない頃だから」
「そうかもねって……。うかうかしてると取られるよ?」
真剣な目で脅しをかけてくるシャリナに、サニアは苦笑した。
「取られるって言われても……。リュリュはともかく私は獣人だから結婚なんてできないよ」
「そうかもしれないけどさ……」
不満そうなシャリナに笑いかけて、サニアはクロスポートに帰るべく乗ってきた船に足を向ける。
「――獣人に生まれちゃったんだから、仕方がないんだよ」