軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話 矜持

「本当に、重傷者を引き渡すつもりですか?」

「……これしかねぇんだよ」

苦渋の表情を浮かべる上司の言葉に、イレーネオは押し黙る。

抗議するだけなら簡単だ。

だが、代わりとなる案を持ち合わせていない以上、問題は何一つ解決しない。

仲間達の士気は下がっていた。

葬式のような重苦しい空気がイレーネオ達にのし掛かっている。

「終わったら、すぐに逃走する。船まで一息に駆け抜けるぞ」

イレーネオは諦めて前を見る。

すでに大型船が待つ河まで最高速を維持して駆け込める距離に来ていた。

「左前方の森の中に枝を払った地点を発見しました」

前線の部下から報告が入る。

イレーネオ達からは確認できないが、上司は構わず森に潜むだろうチャフ達に声を掛けた。

「そこに潜んでいるお前ら、話がある!」

返事はなかった。

風にそよぐ枝葉がこすれる音が、静かな森に流れている。

チャフ達が乗る馬の気配さえ微塵も感じられない。

やはり見事な潜伏振りだ、とイレーネオは感心する。

返事はなくともチャフ達がいる事を前提で、上司は言葉を続ける。

「重傷者を引き渡す。治療を頼みたい。そちらにとっても貴重な情報源だ。損のない取引だと思うが、どうだ?」

上司の言葉を聞きながら、イレーネオは内心でため息を吐く。

確かに、安全に情報源を手に入れられる利点はある。

だが、チャフ達にとってみれば、イレーネオ達を全滅させてから息のある者に治療を施すという手段もあるのだ。

多くの指揮官は後者を選ぶだろう。

だが、

「……重傷者の武装を解除し、手足を縛った上で、この場に置いていけ」

左の森の奥から声が届いた。

罠を警戒していないわけではないだろう。

ただ、この場に於ても、チャフ・トライネンという青年が命に対して誠実だったのだ。

「……感謝する」

上司は静かに言って、森の中へ頭を下げる。

イレーネオ達もまた、感謝を込めて頭を下げた。

「……早く行け。見逃すのは今回限りだ」

今度は右の森から声が聞こえた。

何時の間にか、挟まれていたのだろう。

上司の号令でイレーネオ達は出発する。

完全に武装を解除し、あまつさえ手足を縛った重傷者を残して──

馬車の中から双頭人形の落胆したようなため息が聞こえた。

「本当に武装を解除してただ引き渡すだなんて、何を考えているのかしら」

「何も考えていないのかしら」

双頭人形が口々に呟く。

イレーネオは無視したが、上司は不愉快そうに馬車を睨んだ。

「うるせぇぞ、人形娘。お前らには分かんねぇだろうが、俺達は人間なんだよ」

「本当に理解できないわ。あんな無意味な事をするなんて」

不思議そうな声に、上司は舌打ちする。

「永遠に分かんねぇだろうよ」

吐き捨てるように呟いた上司は、イレーネオを見た。

無言で道の先を指さす上司の意図を汲んで、イレーネオは馬車の速度を上げた。

ここからは大型船まで馬車を全力で走らせる事になる。

チャフ達が重傷者の手当をしている間に、船へと逃げ込むのだ。

ついでに双頭人形が舌でも噛んで静かになれば御の字である。

道が整えられている事もあり、一行は一気に加速する。

馬達が蹄鉄を地に打ちつけ、息を荒げながら前へと進む。

左右の森を構成する木々が流れるように後ろへ遠ざかる。

風を切り進む馬車が軋んだ音を立てた。

イレーネオは空を見上げ、時刻を確かめる。

上司がチラリとイレーネオを見て、口を開く。

「夜明けには船に着くはずだ」

「まだ襲撃があるでしょうか?」

「あるだろうな。俺達が船に乗り込む時が、向こうにとって絶好の機会だ」

双頭人形は馬車から船に乗り換える時、必ず姿を現さなければならない。

チャフ達が重傷者の保護を終えて全速力で追ってきた時、丁度鉢合わせるだろう。

イレーネオは重傷者の保護に使われるだろう時間を踏まえ、襲撃時刻を予測する。

上司の予想は、裏を返すと大型船までチャフ達による襲撃に遭う可能性が低いという事だ。

「……本当にそうでしょうか?」

イレーネオは上司の考えに異を唱える。

いままで散々に引っかき回されたのだ。

次がないと楽観はできない。

例え、重傷者の保護を言い出しのがイレーネオ達の側であっても、チャフ達が予想していない保証などないのだ。

上司は静かにイレーネオの考えを聞き、頷いた。

「最悪の予想は現実になるもんだしな」

上司は前列に命令し、前方への警戒網を広げた。

続け様に抜剣を命じ、完全に戦闘態勢を作らせる。

正面に分かれ道が見えてきた。

右は森を進む道、左へ行けば河沿いの道に出る。

左折すれば、大型船との合流地点はすぐそこだ。

「左折するぞ。右の道から敵が割ってくるかもしれねぇから気をつけろ」

上司が注意を促すと、右を固めていた仲間が馬車からやや離れた。

戦闘時に馬車を巻き込まないよう、距離を確保したのだ。

しかし、警戒の甲斐もなく左折は滞りなく進んだ。

奇襲を掛けるには良い地点だったはずだ、とイレーネオは訝しく思い、振り返る。

すると、道の分岐点に一名の騎兵の影が見えた。

たった一名の騎兵はすぐに姿を消す。

「……追いつかれたようです」

「早いな。イレーネオの予想通り、予め準備を整えてやがったのか」

果たしてどこまで読んでいるのか、とイレーネオは計画の緻密さに悪寒を覚えた。

「安心しろ。ソラ伯爵が所有する大型船は三隻とも南から動いてねぇ。これは間違いなく事実だ。俺達が船に乗れば、向こうは手が出せねぇ」

「つまり、次の襲撃で勝負が決まる、と?」

イレーネオの問いに上司は深く頷いた。

道の先に、月明かりに水面を煌めかせる河が微かに見えてくる。

その時、前列の仲間が振り返った。

「敵、右の森から来ます!」

閃光を警戒して片目をきつく閉じながら、イレーネオは右の森を見る。

木々の隙間から六騎、鉄剣を構えて戦闘態勢を整えた騎兵隊の姿が確認できた。

上司が脚だけで馬に指示を与え、馬車の右に回り込む。

右手に構えた曲刀を森へ突きつけ、声を張り上げた。

「これで最後だ。何としてでも切り抜けるぞ!」

上司が仲間を鼓舞した直後、森の中から六名の騎兵隊が飛び出した。

風を巻き、森を疾駆し、獲物の喉笛を咬み切らんとする狼のように、チャフ達は牙に見立てた鉄剣を振り上げた。