作品タイトル不明
第十六話 そのナイトは、狼にも似て
「──何やりやがった!?」
上司が目を押さえつつ、イレーネオに状況を訊ねる。
だが、イレーネオに答える余裕はなかった。
光を放った六騎の騎兵が動き出したのだ。
イレーネオはすぐさま前方にいる味方の騎兵へと指示を飛ばす。
「前二列、剣を抜いて正面に突き出せ! 目をやられていても指示に従えッ!」
イレーネオの声が聞こえたのだろう、目を押さえていた前二列の騎兵が曲刀の刃先を正面に向ける。
心許ない剣ぶすまだが、視界を奪われてまともに曲刀を振るえない今、牽制になる事を祈るしかない。
イレーネオは視線を前方から左右に回す。
「左右最外列、剣の腹を盾に体を守れ! 横からの襲撃に備えろッ!」
命令を終えたイレーネオは曲刀を抜き放ち、上司に声を掛ける。
「敵はチャフ・トライネン子爵です。いきなり切り札を切ってきました」
「ちっ……報告にあった光の剣かよ。いざ喰らってみると、きっついな」
上司は舌打ちし、全体に命令を飛ばす。
「各自、速度を緩めるな!」
一時的とはいえ視覚を潰されている今、速度を落とせば近くの味方と接触しかねない。
肌に当たる風や馬から伝わる振動で速度を維持させるしかなかった。
納得せざるを得ない命令だが、視覚が利かない状態では嫌でも不安が募る。
加えて、正面からは光を放った敵意に満ちた騎兵隊が向かってきているのだ。
「視覚を取り戻すまでの辛抱だ。気張れよ、野郎共!」
上司が発破をかけ、味方の不安軽減に努める。
ただ一人、目が見えるイレーネオはチャフ率いる騎兵隊を睨みつけた。
「……来るぞ!」
不気味なほど静かに馬を駆けさせるチャフ達との距離を計り、イレーネオは戦闘の開始に備えさせる。
しかし、暗闇の中でチャフが口端を吊り上げたのを見て、イレーネオは眉を寄せた。
チャフの笑みが戦いの高揚に酔う若い兵のそれではない事に気付いたのだ。
チャフの笑みは、縄張りに飛び込んだ巨虎を狡猾に仕留める狼のそれに見えた。
群と共に高速で戦いの場を駆り、全てにおいて己より秀でた者すら狩ってみせる。優れた狼の頭と、チャフの笑みが重なった。
笑みを浮かべたままの口で、チャフが単語を紡ぐ。
「……放てッ!」
遠吠えにも似た一声と共に、五つの短剣が放たれる。
全体を黒く塗られた短剣は闇夜を切り裂き、イレーネオの仲間達に突き刺さった。
視覚を失った所に予想より圧倒的に早い一撃を受け、気構えができていなかった前列の二人が落馬し、三人が悲鳴を上げる。
全投命中、それだけでも脅威だったが、この場においてイレーネオの仲間達に与える心理的圧力は計り知れなかった。
目の前では敵が武器を持ち迫り、すでに味方の悲鳴が聞こえている。
しかし、自分は未だ──目が見えていない。
今までの人生を費やした鍛錬も、潜った死線からくる実戦経験も、何一つ意味を為さない状況。
「……これは、心が折れる」
イレーネオは歯を食いしばり、仲間の心を思う。
小さく、上司が舌打ちしたかと思うと、大きく息を吸い込んだ。
「──よっしゃあ、見えてきたッ!」
ビリビリと空気が震えるほどの大音声で、上司は叫ぶ。
イレーネオは希望を持って上司を見る。
だが、上司の視点は定まっていなかった。
イレーネオは気付く、上司は最も腕の立つ自身の視界が回復したと嘘を吐き、味方を安心させた事に。
だが、上司が利かせた機転は諸刃の剣だ。
チャフ達に総攻撃されかねないのだから。
イレーネオは曲刀の持ち手を左に変え、左にいる上司を狙った短剣を弾き飛ばせる体勢を作った。
しかし、イレーネオの予想に反して、チャフ達は短剣を投げてはこなかった。
チャフが再び口を開く。
「散れッ」
チャフの命令内容に、イレーネオは目を見開く。
ここは左右を鬱蒼とした森に挟まれた道だ。騎兵隊が散開する事など出来るはずがない。
そんなイレーネオの固定観念を嘲笑うように、チャフ達は左右の森へと速やかに、突入した。
「なッ!? どうやって!?」
何らかの仕掛けがあるはずだと、イレーネオは森に目を凝らす。
「そうか、予め枝を払って……ッ!」
イレーネオが仕掛けを看破する内に、チャフ達は二手に別れ、イレーネオ達の左右に広がる森を抜けていく。
森を走るチャフ達がついでとばかりに投げ込んだ短剣は次々とイレーネオの味方に刺さり、馬車の側面を穿った。
イレーネオはチャフ達を視線で追い、慌てて声を張り上げる。
「敵は背後に回り込んでいる、注意しろ!」
イレーネオの声に、いち早く視力を取り戻した仲間達が背後の道を振り返った。
しかし、チャフ達は森から出て来なかった。
馬蹄の音が遠ざかる。
「……撤退した?」
誰かが信じられないように呟く。
どうやら本当に撤退したらしいと判断して、イレーネオは指示を仰ごうと、上司に視線を移す。
「やりやがったな……」
割れかねないほど歯を食いしばり、上司が押し出すように呟いた。
「何が貫陣の息子だ。一当てして避けていきやがった。最初から目眩まし後の当て逃げが目的か」
イレーネオも、このやり口には覚えがある。
「活火山のシドルバー伯爵と同じ手口ですね……」
しかも、山岳歩兵が主体だったシドルバー伯爵軍とは違い、騎兵の機動力を最大限に生かした高速戦闘だった。強力な目眩ましを併用した一撃離脱の戦術。
「幸いなのは左右が森って事だ。予め枝を払った場所でなければ騎兵は通れない。仕掛けがある以上、回数は決まっているはずだ」
上司が分析しつつ、味方を見回した。すでに視覚は取り戻したらしい。
イレーネオも同じように周りを見て、歯を食いしばる。
「重傷者三名、軽傷者六名、か」
極短時間の戦闘にしては被害が大きかった。
軽傷者も、戦闘が可能であると言い換えた方がいい怪我だ。
「軽傷の者は重傷者を抱えて内側に入れ、応急手当てを終えたらすぐに出発する。……船まで気を失うんじゃねぇぞ」
苦い顔で上司が全体に命令し、人員を入れ替える。
その間に、イレーネオは馬車を振り返り、双頭人形に声を掛けた。
「お二人共、無事ですか?」
「えぇ、無傷よ」
双頭人形は同時に同じ言葉を口にして、何がおかしいのかクスクスと声を抑えて笑った。