作品タイトル不明
第十五話 闇夜の騎兵隊
ホルガーが捕縛されてから三日目の夜、ソラ伯爵領の北部の森の小道を行く騎兵隊の姿があった。
二十三名の騎兵の中程には小型の馬車がある。
乗っているのは夜闇に映える二人の銀髪の娘、双頭人形だ。
双頭人形は詰まらなそうに後方へ流れる景色を眺めていた。
「銀に何が仕掛けてあったのか調べられなかった事だけが心残りね」
銀髪の娘達は二人同時に呟き、ちらりと御者をつとめるイレーネオを見た。
またか、とイレーネオはため息を吐く。
ザシャが捕縛されたという情報を聞いてからと言うもの、双頭人形は度々先の言葉を口にしている。
そして、こう言うのだ。
「ソラ伯爵を拉致したい──」
「駄目です」
イレーネオは双頭人形の願い事を途中で遮った。
断られる事は百も承知だったらしく、双頭人形は肩を寄せあってクスクス笑う。
旅の暇つぶしにイレーネオをからかおうとしているのだ。
イレーネオは救いを求めて上司を見るが、双頭人形とそりが合わない上司は知らん顔を決め込んでいる。
イレーネオは話題を変えられないかと視線をさまよわせる。
「……暗いですね」
頭上を覆う枝葉に目を留め、イレーネオは事実を口にする。
「露骨」
「単純」
双頭人形が共同で単語を連ね、イレーネオを笑った。
「……月は出ているはずですが、森の中では仕方がありませんね」
双頭人形の忍び笑いを聞き流し、イレーネオは話を続ける。
暗順応の偉大さを感じつつ、暗い森に目を向けた。
精鋭と呼ぶべき騎兵隊に囲まれているとはいえ、護衛対象である双頭人形を載せて馬車を走らせるのは神経を使う。
視界が限られる夜の移動となればなおさらだ。
「人目を忍ぶ旅とは承知していますが、もう少し早い内から出発しても良かったのではないですか?」
「それは駄目だな」
イレーネオが訊ねると、先程まで無視を決め込んでいた上司が口を挟んだ。
一番不満を並べそうな人物からの否定を不思議に思い、イレーネオは疑問を口にする。
「ホルガーが捕まったのですから、ソラ伯爵の警戒も平時に戻っているのでは?」
「戻ってようが関係ねぇ。貫陣が軍を引いてない以上、俺達は隠密行動を徹底する」
言われて、イレーネオは思い出す。
ホルガーが捕縛されたという噂は流れていたが、貫陣が軍を引いたとは聞いていない。
貫陣の跡継ぎであるチャフをソラが暗殺した、と本気で考えているとは思えない。
「忘れんな。俺達は貫陣の軍を避けるために北上してんだ。だから──」
イレーネオに注意を促し、上司は不意に目を細めた。
「双頭人形、何があろうと俺達は真っ直ぐ帰る。寄り道は認めねぇ」
「あら、残念」
人形染みた笑みのまま、台本を読むような声で銀髪の娘達は残念がる。
不快そうに鼻を鳴らし、上司は正面を見た。
この暗い夜道で双頭人形と喧嘩をするつもりはないらしい。
いつも骨が折れる仲裁役をさせられるイレーネオは安堵の息を吐いた。
双頭人形がまた詰まらなそうな空気を纏い始める。
早くこの旅が終わってくれないだろうか、とイレーネオは旅の日数を計算する。
その時、双頭人形が何かに気付いて、明るい声を上げた。
「道が均されているわ」
「馬車の揺れともお別れね」
先程までのデコボコした道が嘘のように、道が平らに整備されていた。
イレーネオは眉を寄せ、上司に横目を投げる。
「……止まりますか? それとも、わき道を見つけ次第、逸れますか」
上司は無言で暗い地面を見つめていた。
顔を上げると、周囲を注意深く見回す。
「この辺りは行商人が利用してんのか?」
「ベルツェ侯爵領への道ですが、商品は船での輸送が主のはずです。薫製木材などは重量がありますし、魚介類は足が早いですから」
イレーネオは思い出しながら説明し、上司と共に考える。
そもそも、道の途中から整備されているというのも妙な話だ。
「罠かどうかは分からねぇ。だが、何かあるな」
上司は呟き、部下の騎兵達へ間隔を広げるよう命令する。
「ホルガーの野郎がこちらに逃げてきた時の対策だとすれば、もう機能してないだろう。用心に越した事はねえだろうがな」
上司は鋭く前方を見据えながら、考えを口にした。
イレーネオは馬車の中にいる双頭人形を振り返る。
「窓を覗かないでください。襲撃を受ければ、馬車を加速させます」
半端な相手に後れを取るとは思えないが、イレーネオは用心を重ねる。
小さな馬車ではあるが、双頭人形達にとっては矢や投擲武器から身を守る鎧となるだろう。
双頭人形が素直に窓に取り付けられたカーテンを閉ざす。
イレーネオは手綱の握りを確かめ、改めて襲撃に備えた。
「川に出れば、銀を運び終えた商会連合の大型船に乗り換えられます」
「話は付けてあるんだったな」
よくやった、と珍しく褒める上司に、イレーネオは硬い表情で頷いた。
本来は円滑にソラ伯爵領を出るための準備だったが、今となっては良い判断だった。
ソラの大型船は南部で海への出入りを見張っているため、双頭人形達が大型船に乗ってしまえば関まで止める手はない。
ソラ伯爵領は川を使った輸送が発達している分、陸路を使うよりも早くベルツェ侯爵領に辿り着ける。
いま襲われても船まで凌げば逃げきる事も難しくないのだ。
それだけに、大型船を用意していなかったらと思うと、イレーネオはぞっとしてしまう。
「……おいでなすったぞ」
上司が道の先を見つめて呟き、曲刀の柄に手をかけた。
イレーネオは上司の視線を追って、道の先に目を凝らす。
黒い影に覆われた森を左右に従えた七人の騎兵の姿があった。
頭上の枝を払ったのか、騎兵達のいる場所だけが月明かりに照らされている。
月明かりの中で、騎兵の一人が馬首を巡らせ反転して走り出し、イレーネオ達から遠ざかった。
「仲間を呼びに行ったか」
上司が闘志を研ぎ澄ませながら、分析する。
イレーネオは月明かりに浮かぶ騎兵隊の顔を確認するべく目を細めた。
距離が縮まるにつれ、騎兵隊の顔が視認できるようになる。
イレーネオが正体に気付くのと、騎兵隊の先頭にいた若者が青銅剣を抜くのは、同時だった。
たった一度の経験から、イレーネオは僅かに先の未来を予知し、声を張り上げる。
「──全員、下を向いて目を閉じろッ!!」
自身の耳を壊しかねない大声でイレーネオが叫んだ瞬間、冬の森に閃光が瞬いた。