作品タイトル不明
第十四話 キャスリング
自警団が村を包囲するより早く、ホルガーは元賊を率いて出発した。
街道は使用せず、森を一直線に突っ切る。
獣道すらない森の中をホルガーは迷う様子もなく進み続ける。
「本当にこの先にいるってんですかい?」
部隊長が疑わしげな声を掛ける。
鬱陶しく思いながら、ホルガーは頷いた。
「付近の村から等距離にあり、野営が可能で早馬を行き来させるための街道が近い。まず間違いなくこの先にいやがる。問題は規模だが……」
ホルガーは後ろを付いて来る元賊を振り返り、ニヤリと笑う。
「奴らが守るべきは各村に駐屯する自警団へ配給する食糧と村からの避難民だ。つまり、食糧と村民を避難させた防衛設備の整った町に戦力が割かれている。しかも、敵さんは短時間で俺達を包囲できるよう、予め分散配置されているはずだ」
ホルガーが丁寧に説明しても、部隊長はよく理解できていないようだった。
これ以上噛み砕いて説明しても徒労になりそうだと判断して、ホルガーは短く告げる。
「五十人の戦闘経験者から逆に襲撃を受ける、とは考えてねぇはずだ」
「村へ移動してんじゃねぇかと思うんですが」
「その場合、連中は集結速度を優先してかさばる荷物を置いていく。俺達は捨てられた荷物をかっさらって、ここからおさらばだ」
説明しながら、ホルガーは鬱蒼とした木々を指差す。
大荷物を抱えて動くには窮屈な森だ。
部隊長が納得した時、追っ手を攪乱するために動かしていた部隊から連絡が来た。
「旦那の予想通り、居ましたよ。この先の小川に陣取ってます」
「よし、数は?」
「十人ほどです」
周辺の地形を詳しく聞き出し、ホルガーは空を見た。
今から襲いかかれば夕刻には逃走に移れるだろう。
「このまま休みなしで接近し、襲い掛かる。お前ら、血祭りに上げてやろうぜ」
ホルガーが拳を突き上げると、元賊達は意気高く武器を掲げた。
「行くぞッ!」
号令をかけたホルガーは率先して駆け出す。
部隊長が続き、更に元賊達が後を追う形となった。
伸びた枝から腕で顔を庇いながら、走り続ける。
相手は平民から募っただけの自警団、数の上でも有利とくれば負けはない。
元賊達の士気は上がっていく。
小川が見えて来た時、河原で木剣を振って鍛錬している三名の人影を見つけた。
離れた場所では食事を用意している者もいる。
隙だらけ、そんな単語がホルガーの脳裏をよぎった。
曲がりなりにも木剣という武器を持って鍛錬を行っている三名に狙いを定め、ホルガーは声を張り上げる。
「ぶっ潰せ!」
血に飢えた元賊達の中から十人程がホルガーを抜き去り、武器を構えて河原へ飛び出した。
河原の丸石を踏みつけ、一息に距離を詰めた彼らは各々の武器を振り下ろす。
完璧に不意を打ったはずだった。
「──ハズレっすね」
落胆したような声が落とされる。
同時に、木剣が閃き、元賊の武器を跳ね上げた。
予想だにしない木剣の速さと重さに元賊達は驚愕し、木剣の使い手達の顔を確認して、恐怖した。
焼け爛れた皮膚に革の軽装備、密に詰まった美しい木目の木剣を使う強兵。
ソラ伯爵領で知らぬ者はいない。
「──火炎隊ッ!?」
「なんでこんな所に!?」
正体を叫んだ元賊の男は、しなる木剣に腹を打ち据えられ、地に倒れ込んだ。
火炎隊士はその場で右脚を軸に反転し、続けざまに木剣を逆袈裟に切り上げる。
慌てて鉄鉈で受けようとした元賊だったが、木剣の速さの前に為す術もなかった。
右横腹に木剣を叩き込まれ、鉄鉈を握った手から力が抜ける。
苦悶の声を上げる暇もなく、容赦ない蹴りが鳩尾に吸い込まれ、強制的に息を吐き出す羽目になった。
「腹の中空っぽで良かったっすね」
火炎隊士が軽口と共に木剣を元賊の右肩へ叩き付けた。
ホルガーは眼前で行われた一方的な暴力の嵐につい足を止める。
火炎隊士の間合いへ無闇に入る訳には行かなかった。
先に飛び出した血に飢えた十人はたった三人の火炎隊士に返り討ちにされたのだから。
抜き去る者がいない事に気付いて背後を見れば、元賊達は呆然と倒れ伏した仲間を見つめていた。
火炎隊士が木剣を肩に担ぎ、口を開く。
「ソラ様の言う通り、腹を空かせてやってきたっすね」
「こっちに来た場合、指揮官は少しだけ頭が回る、だったか」
「俺達が配置されている時点で、ツキは回ってなさそうだけどな」
軽口を叩き合い、火炎隊士の一人が首に下げた笛を吹いた。
甲高い音が長く鳴らされ、途切れると、少しの間をおいて付近から返事をするように笛の音が響く。
仲間を呼ばれた事に気付き、ホルガーは止まっていた頭を慌てて働かせた。
聞こえた笛の音の数や方向を総合すると、既に囲まれていそうだった。
ホルガーが状況を分析していると、唐突に元賊達が騒ぎ出す。
何が原因かと視線を向けて、ホルガーは絶句した。
二人の男がやって来る。
一人は生きている事が不思議なほどの火傷痕を全身に持つ、人間味を失った化け物。
火炎の臭いと熱を纏ったその男は、細かな傷が付いた木剣を携えている。
噂でしか火炎隊を知らないホルガーでも、一目で気付く。
この火炎地獄から現れたような男こそが、火炎隊を束ねる隊長、ゴージュであると。
圧倒的な存在感を持つゴージュと並んで歩いてくる男も、また異様だった。
上下から唇を突き破って飛び出た白い牙、つり上がった目は大きく、血走っている。
人ではあり得ない赤い肌は燃えているようで、額からは円錐形の角が生えている。
そんなおどろおどろしい意匠の仮面を付けた細身の男は、ゴージュに負けずとも劣らない不気味さと威圧感を醸し出していた。
予期せぬ邂逅にホルガーは一瞬呆け、次の瞬間には口端を吊り上げた。
「何故ここにいるかは知らねぇが、会いたかったぜ、ソラ伯爵様よッ!」
ホルガーの言葉が引き金となり、元賊達が一斉に仮面の男を見た。
包囲されつつあるこの状況で起死回生の一手があるとすれば、それは相手の指揮官を打倒し、統率を失わせる事だ。
ホルガーが仮面の男を指さし、攻撃指示を出そうとした、その時、
「抵抗されては仕方がないですな」
ゴージュが溜め息混じりに呟き、青銅製の剣を抜く。
刹那の間を挟み、青銅剣から眩い光が放たれ、ホルガー達に襲い掛かった。
ホルガーの指先に釣られてゴージュの隣に立つ仮面の男を見ていた元賊達は、一瞬の強烈な光に視力を奪われ、目を押さえる。
ホルガーも例外ではなく、突然の光から目を庇っていた。
反射で動いた自身の体、その体勢を認識したホルガーの背筋を、強烈な悪寒が駆け抜ける。
そう、今のホルガー達はまさしく……。
「──隙だらけっすね」
火炎隊士の声が風のようにホルガー達の間を縫った。
眩んだ視界の中、ホルガーの耳に悲鳴と肉を打ち据える鈍い音、肉体が地面に落ちる重たい音が断続的に届く。
自らの体の境界さえ曖昧だというのに、ひどく生々しい音ばかりが場に満ちた。
逃げ出したくても、視界は眩んだまま一向に回復しない。
恐怖に駆られて後ずされば、靴の裏に柔らかい肉の感触。
倒れた仲間を踏んでしまったのだ。
その事実は、すぐ近くに仲間を倒した者がいる事を示唆していた。
「──どこに行く気ですかな?」
深みのあるガラガラ声に呼び止められ、ホルガーは慌てて声の方に顔を向けた。
徐々に戻ってきた視界が最初に見たモノは、この世のモノとも思えない火炎の兵。
火傷痕の残る拳を振り被ったその兵は、獲物を狩る。
化け物のような笑みを浮かべながら。
「聞きたい事が山ほどあるが、とりあえず──沈んでもらおう」
ゴージュが言葉を区切った直後、ホルガーは顔面に拳を叩き込まれ、後ろ向きに倒れ込んだ。
湿った地面の感触を背に感じながら、ホルガーは鼻を押さえる。
耳を澄ますまでもなく知っていた。もう、悲鳴も聞こえない事を。
五十人いた元賊が数瞬で無力化されたのだ。
「……やってらんねぇ」
小さく呟いて、ホルガーは仮面の男を見る。
「ど腐れ伯爵様々、お前の勝ちだ。死んじまえ」
ホルガーが投げやりに悪態吐くと、仮面の男は慌てたように頭を下げた。
「す、すみません。人違いです!」
「……はァ?」
ホルガーは眉を寄せる。
頭を上げた仮面の男は落ち着かない様子で仮面に手を伸ばし、外した。
現れたのはいかにも気弱そうな男だった。
「や、宿料亭組合長コルです。なんて言っていいのか分からないですけど、本当にすみません」
ペコペコと頭を下げるコルを見て、ホルガーは脱力する。
この場に居もしないソラの思うがまま走り回されたと気付いたのだ。
「やってらんねぇ……」
ホルガーは夕焼け空を見上げて、再度呟いた。