作品タイトル不明
第十二話 逃亡者
「ザシャが捕まったってどういう事だ!?」
建物の外まで響くような声でホルガーが怒鳴ると、知らせを持ってきた商人は怯えたように首を竦めた。
「私共も訳が分からないんです。ただ、王太子と共にやってきたソラ伯爵が銀塊に偽物が混じっていると──」
「何か仕掛けやがったな、あのガキッ!」
ホルガーは怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。
据わった眼で商人を睨みつけるが、今は当たり散らす時間も惜しい。
「は、早く逃げた方がよいのでは?」
「んな事は分かってんだよ」
ホルガーは商人を黙らせ、ソラ伯爵領の地理を思い浮かべた。
南にはソラの大型船が監視の目を光らせ、東にはトライネン伯爵の軍が控えている。北はソラと関係が良好なベルツェ侯爵が領地を構える。
逃げるには比較的監視の目が緩い西の海から王国西部へ行くルートになるだろう。
しかし、海路を行くには船が必要だ。
大型船は銀塊の輸出のために北に出払っており、中規模の船では連れて行ける護衛が少なくなる。
一刻も早く傭兵達から腕の立つ者を選りすぐって出立しなければ、逃亡の成功率は極端に下がるだろう。
しかし、傭兵達が素直に従うかも分からない。
今やホルガーは逃亡者なのだ。
継続雇用は望めず、逃亡幇助の罪を被ってまで助ける理由など、傭兵達にありはしない。
ともあれ、考えていても仕方がない、とホルガーは持てるだけの資産をまとめ、部屋を出た。
「……なんだ? 外が騒がしい」
怒鳴り声と人々が走り回る騒々しさに眉を顰め、ホルガーは窓から外を窺う。
傭兵達が武器を片手にジーラの外へと走っていく姿が見えた。
ザシャが逮捕されたという情報が広まり、見切りをつけた傭兵が逃げ出したのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
不可解さに落ち着かないでいるホルガーに、廊下の先から楽しげな声がかけられた。
「一部の商会が、個別に雇った傭兵であなたを捕まえると息巻いているの」
「……双頭人形」
ホルガーは声の主の姿を見て、舌打ちした。
銀髪の娘達はホルガーの態度にも笑みを崩さず、窓の外に視線を移す。
「名が売れている傭兵は皆さん向こう側、こちらに残った傭兵は情勢も読めない烏合の衆」
「ジーラの官吏のお爺さんが計画したようね。優秀で、面白いわ」
「帰国したはずだろ、お前ら」
敵を褒める双頭人形の言葉にいらつきながら、ホルガーが指摘する。
双頭人形は顔を見合わせ、小首を傾げた。
「こっそり帰りたいのに、銀の輸出規制でどこもかしこも監視されているの」
「だから、待っていたのよ。あなた達の計画が成功しても、失敗しても、隙が生まれるから」
双頭人形がくすりと笑う。
ホルガーは一瞬だけ考えたが、察しが付くと共に不愉快さに顔をしかめた。
「俺を囮にするつもりか」
双頭人形が揃って頷いた。
「傭兵を当てにしていたのでしょうけど……」
双頭人形はわざとらしく町の外へと視線を向ける。
烏合の衆と呼んだ傭兵達を思い出すよう、ホルガーの思考を誘導したのだ。
分かっていながら、ホルガーは傭兵達の事に思考を割いた。
「烏合の衆も寝返るかもしれないわね」
ホルガーも考えた事だ。
共に逃亡を選択するよりも魅力的な雇い主が間近に迫っている今となっては、裏切らない方がおかしい。
ホルガーが苦渋に満ちた表情を浮かべる。
双頭人形は待ってましたとばかりに口を開いた。
「裏切らない兵を貸してあげましょうか?」
「そんな都合のいい話があるかよ」
疑うような視線を向けるホルガーに、双頭人形は口元に手を当てて小さく笑い声を上げる。
間抜けね、と作り物めいた唇が微かに動いた。
「元賊なら、あなたと運命共同体になれるでしょう?」
双頭人形の提案通り、火事場盗賊団に多く組み込まれた元賊ならば、ホルガーと同じ逃亡者だ。
ホルガーは忌々しい思いを抱えながら双頭人形を睨む。
「元賊を俺に押しつけて囮にし、身軽になったお前らは祖国の精鋭部隊と雲隠れか」
「あなたに選択の余地があるのかしら?」
双頭人形に言い返されて、ホルガーは悔しさに顔を歪めた。
「この建物の裏へ集合させてあるわ」
「必死になって逃げて頂戴ね」
ホルガーを囮とする事に罪悪感を覚えた様子もなく、むしろ楽しそうな気配さえ纏って双頭人形は背を向けた。
ホルガーは輝く銀の髪を見送りながら、呟く。
「乗ってやろうじゃねぇか。賊に身を落としてお前の国に乗り込んでやる」
「あら、面白そう。楽しみにしているわ」
振り返らずに手を振って、双頭人形は去っていった。
ホルガーは舌打ちを残し、早足でその場を後にする。
逃走経路を考え、ホルガーは西へ向かう事に決める。
元賊を率いて逃亡者となる以上、巨兵隊という戦力を持つベルツェ侯爵領への潜入は避けるべきだ。
建物の裏には烏合の衆よりは役に立ちそうな、人相の悪い男達が待っていた。
「……多いな」
ホルガーが思わず呟いてしまうのも無理はない。
総数五十人程の男達がひしめいている光景は、あまり気持ちの良いものではなかった。
数が多ければ嫌でも人目に付き、どうしても囮としての役割を果たす事になる。
「双頭人形め、厄介払いを兼ねて片端から押しつけて行きやがったな」
いいように踊らされている自覚が頭をもたげ、ホルガーは地面を爪先で蹴りつけた。
元賊達はホルガーを見て指示を待っているようだった。
ある程度の統率が取れた動きをしていなければ、ソラに脅威とは認識されず、囮としての効力が下がってしまう。
双頭人形の考えが手に取るように分かり、ホルガーは辟易した。
「馬は……ないか」
五十頭もの馬を用意できるはずもない。
ホルガーは男達を流し見て、腕が立ちそうな者を四名選ぶ。
選んだ四名を部隊長に十人ずつの部隊に分け、余った六名はホルガー自身を隊長とする小隊に割り振った。
「各部隊長は俺の指示を部隊に伝達し、統率しろ」
自身を最上位とする縦割り組織を取り繕い、ホルガーはジーラを西に向けて出発した。