軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 師

ザシャの言葉を頭ごなしに否定する者はいなかった。

誰しもが、ソラの謀略を疑っているのだから、当然だ。

──まだ、この場を敵に回してはいない。

ザシャは僅かな安堵を抱きながら、可能性を挙げる。

「ソラ卿は、二頭同盟の商圏内で麦を始めとする食料品を買い占めておりました。その取引に際して、執拗に銀を使用しております」

ザシャの言葉を聞き、国王がソラに視線を向けた。

疑われている事など百も承知なのだろう、ソラは動揺など微塵も見せなかった。

「確かに銀で直接購入しています。しかし、相手の商人も銀である事を認めたから取引が成立しました。それを言い出すならば、私との取引に限らず、銀での取引を全て疑うべきでしょう」

ソラの言葉は正論だった。

過去に戻って取引に使われる銀を虱潰しに検査する以外、確かめる術がないのだ。

しかし、水掛け論になる事など、ザシャも承知の上だ。

「ソラ卿が買い占めに銀を大量に使用したため、今回の交渉に用意した銀は殆どがソラ伯爵領で集めたものです。確かに、取引に使われた銀を疑っても始まりません。ですが……」

ザシャはソラの言葉を認めつつ、言葉を続ける。

「ソラ伯爵領を出る際、関で止められました。あの時、偽物が混入していたのであれば、見分け方を知っていたソラ卿があえて見逃した事になります」

ザシャの指摘に、広間が静寂に包まれた。

ザシャが王都に出発した直後、ソラが伯爵領を船で後にした事は知られている。

伯爵領を出てから旅をしている途中で、偽物の見分け方に気付いたとは考えにくい。

銀の延べ棒を旅の途中で熱し、あまつさえ蒸留酒の上に近付ける機会などあるはずがない。

もし、ザシャが王都に向かい、ソラが伯爵領を出発する僅かな間に判明したのだとすれば、なぜ早馬を出して各所に伝達しなかったのか。

どちらにしても、情報を秘匿していた事になる。

──これで、引き分けに持ち込めたはず。

偽物の出所が何処であったか、今となっては分からない。

だが、ソラが意図的に見分け方を秘匿していたならば、限りなく怪しくなる。

ザシャの言わんとするところを理解して、国王が重々しく息を吐きだした。

「ソラ卿、何か言う事はあるか?」

促されても、ソラは無言だった。

いつまで待っても返事をしないソラを見据え、国王がもう一度声をかけようとした時、広間の扉が開かれた。

「──来たか」

ソラが小さく呟いた。

ザシャは近付いてくる靴音を警戒して、耳を澄ませる。

広間に入ってきた人物と目があったのか、近衛隊長が険しい顔をした。

「副長、銀の受け渡しはどうした?」

「王太子殿下より命令を受けまして、部下に任せて参りました」

近衛隊副長が一礼して答える。額には隊長と王太子に板挟みにされた苦難の汗が浮いている。

近衛隊副長は頭を上げるとソラの元に歩み寄り、紙束を差し出した。

「ありがとう。手間を掛けさせて済まないな」

紙束を受け取ったソラが礼を言うと、副長は肩を竦めた。

「ソラ卿、その紙束はなんだ?」

国王の焦れたような声が割って入る。

ソラは紙束に手早く目を通し、副長に返す。

副長は紙束を手に国王の元へ行き、恭しく差し出した。

近衛隊長が安全を確認した後、国王へ紙束を渡す。

それを見届けて、ソラがおもむろに切り出した。

「我が領は現在、銀の輸出制限を掛けています」

「……話には聞いている」

国王が短く返す。

ソラは小さく頷いて、続けた。

「その紙束には二頭同盟が用意した銀の延べ棒の内、我が領の関を通過した個数との差が記載されております」

ソラの説明を聞き、ザシャの目が見開かれる。

──そんな書類まで持ってきたのか!?

ザシャには、続くソラの言葉が手に取るように分かった。

「こちらに持ち込まれた銀の全てが我が領地から持ち出されたとあれば、密輸出した事になりますが?」

個数を照らし合わせれば、容易に立てられる仮説。

ザシャは即座に口を挟んだ。

「銀の全てをソラ伯爵領で用意した訳ではありません! あくまでも大部分がそうだというだけで──」

「ならば、我が領から輸出された銀以外に、偽物が混ざっていた事になります。関での検査で判明するはずがありませんね」

発言を逆手に取られ、ザシャは歯を食いしばった。

これではまるで、ソラを警戒して伯爵領の外に偽物を用意したように聞こえてしまう。

「いずれにしても、取引に使用する銀の中に偽物が混ざっている事は、もはや疑いようがありません」

ソラが締めくくるように告げる。

苦々しい顔をした国王はザシャを一瞥した。

不機嫌そうな国王に、王太子が声をかける。

「父上、お耳に入れたい事がございます」

「……今度は何だ?」

交渉が思いも寄らない形で頓挫してうんざり顔の国王に、王太子は微笑みを浮かべながら報告する。

「父上を騙そうとしたこの不心得者には、商会連合の実質的指導者であるイェラおよびチャフ・トライネン子爵の暗殺の疑いがかかっております。一時拘留の上、取り調べるが吉かと」

「──待て、証拠は……銀か」

王太子の言葉に疑義を挟みかけ、国王は気付く。

暗殺事件はあくまでも余罪追及なのだ。

偽物の銀塊を用意してまで交渉に望んだホルガーとザシャが、邪魔者を排除した可能性の指摘。

もはや、交渉どころではない。

顔を険しくした国王を見つめながら、ザシャは自身の命運が尽きた事を知る。

力が抜けていくザシャを取り押さえたままで、ソラが口を開いた。

「では、ザシャは近衛隊にお任せします。私は急ぎ領へ戻り、共犯者と目されるホルガーを拘束いたします」

ソラの言葉に近衛隊が動き出す中、国王が抜け道を見つけたような顔で口を挟む。

「二頭同盟は傭兵を多く囲っていたはず、ソラ伯爵の手勢だけでは心許ない。国軍から増援を出そう」

国王の言葉を耳にして、ザシャはため息を零した。

国王の腹が読めたのだ。

二頭同盟のあるジーラを制圧した後、偽物の銀塊による詐欺未遂の調査を名目に国軍を残し、二頭同盟を手中にするつもりだろう、と。

ソラも国王の考えを読みとったらしい。

ソラは丁寧に一礼した。

「お心使いありがとうございます。しかしながら、この件は我が領が責任をもって解決いたしましょう。そもそも、暗殺事件に関与した疑い、などという状況証拠だけで安易に国軍は動かせません。物的証拠である偽物の銀塊が明るみに出れば、市場が混乱します」

ソラが付け加えた指摘に、国王が硬直した。

偽物の銀塊、白金の存在を隠さなければ、市場における銀の信用が暴落する。

経済が混乱し、上昇していた銀の価値は急落する。

その揺り戻しは想像を絶する幅となるだろう。

「後ほど、二頭同盟がこちらへ持ち込んだ銀塊を引き取りに参ります。……かまいませんね?」

暗に偽物の銀塊の処理を申し出るソラに、国王が唸る。

しかし、ソラの提案を飲む以外に偽物の銀塊を内密に処理する方法がない。

舌打ちした後、国王は渋々承諾する。

「それでは、私はこれにて失礼いたします」

今度こそソラが広間を後にしようとした時を見計らい、ザシャはぼそりと呟く。

「――あなたは碌な死に方をしませんよ」

ソラは聞こえていたが無視して、近衛隊に取り押さえられているザシャの横を歩き去る。

ザシャに背を向けて二歩ほど進んだ時だった。

頬を打つような乾いた音がして、ソラは何事かと振り返る。

そこには、片手を振りぬいた体勢で冷たい視線をザシャに向けるリュリュがいた。

「ソラ様が碌でもない死に方をしようと、後世の人々に罵られようと、ウチが幾らでも人の役に立つ発明をして、この言葉で評価を覆す」

振りぬいた片手を戻しざま、ザシャに裏拳を見舞い、リュリュが歩き出す。

「――私の師はソラ様だ」