作品タイトル不明
第十話 公開実験
「──罪人が陛下の前に汚い面をさらすなよ」
ソラの言葉を聞き、ザシャは動揺を悟られないよう短く問う。
「……何の話ですか?」
行ってきた悪事ならば、一日や二日では語り尽くせない。
だが、足が付くようなへまをしたとも思えなかった。
ソラが証拠を掴んでいたのなら、国王との交渉に入る前に捕縛していただろう。
直近の悪事で思い起こされる物といえば、チャフ及びイェラ暗殺未遂事件だ。
だが、襲撃現場にザシャはおらず、襲撃メンバーから逮捕者も出てはいない。
証拠がない以上、ザシャを罪人呼ばわり出来ないはずだ。
出方を窺うザシャを無視して、ソラは国王に視線を移した。
目の前で繰り広げられる急転直下の展開に険しい顔をしながら、国王が口を開く。
「ソラ卿、説明しろ。場合によっては不敬罪に問う事になる」
ソラはザシャの背に膝を押しつけて身動きを封じ、仮面のついた顔を国王に向けた。
「この者が陛下との交渉に持ってきた銀は紛い物です」
予想外の方向からの告発を受け、ザシャは目を丸くした。
「その話はおかしい。紛い物の有無を脇に置いても、銀を調べるには、受け渡し場所に入らなければならないでしょう?」
受け渡し場所にはザシャの部下がいる。
部下は別れ際にもソラを近付かせないと確約したのだ。
ザシャは冷静に指摘し、結論を出す。
「ソラ卿、あなたは検査などしていないでしょう?」
「……何故、俺が立ち入れないと決めつけてるんだ?」
ソラが心底不思議そうな声を出す。
そして、不意に横向いた。
ザシャは釣られて顔を動かす。
視界に手を振って微笑む王太子の姿が飛び込んできた。
ザシャは悟る。
交渉相手である王家の人間、王太子が受け渡し場所にソラを連れ込んだのだ。
──王太子がソラ卿の味方についている……?
ザシャの本能に近い部分で警鐘が鳴り響く。
王太子がソラの味方に付いているなら、銀の検査は確実に行われている。
知らず知らずの内に、ザシャは並べられた銀塊を思い浮かべていた。
──どれだ?
偽物が混ざっていると言われても、まるで見当がつかなかった。
その時、熱に浮かされたような女の声が耳に入ってきた。
「ソラ様、準備出来たよ」
ザシャが眉を寄せる。
「お前も、なぜ見破られたか、知りたいだろ?」
言葉と共に、ザシャはソラに頭を掴まれ、持ち上げられた。
リュリュが大きな壷型のガラスから出た縄束に火を点けている。
左右に近衛隊士が控えている理由は、火を警戒しているからだろう。
──あれは確か、アルコールランプ?
リュリュが使っている器具の名を思い出し、ザシャは眉を寄せる。
記憶にある物よりも遙かに巨大だ。
万が一にも投げ飛ばせはしないだろう。
ソラに頭を掴まれているため、目だけを動かして確認すれば、国王も同様に怪訝な表情で成り行きを見守っていた。
「これよりお見せいたします現象は、魔法ではございません」
リュリュが立ち上がり、楽しげに腕を開いて見せた。
左右の手には銀塊らしき物が握られている。
リュリュはまず、足下のアルコールランプに視線を向けた。
「こちらは蒸留酒と木酢液の混合物を燃やす加熱器具です」
簡単に説明し、リュリュは大きなビーカーに視線を向ける。
アルコールランプの横におかれたビーカーは分厚いガラス製で、手のひらサイズの銀塊を入れても余裕がありそうだった。
「こちらの容器には蒸留酒が入っています」
説明しながら、リュリュは金属製のるつぼ鋏を取り出し、右手の銀塊を掴んだ。
何時の間にか、左手の銀塊はごみか何かのように床へ無造作におかれている。
価値が分からないのかと、ザシャは心の中で悪態を吐いた。
「最初に加熱します」
有言実行、鼻歌交じりにリュリュは銀塊をアルコールランプで炙り始める。
随分と時間をかけて銀塊を熱し、全体を一度は赤熱させた。
「次に、容器の中に入れます。驚かないでください」
何をしでかすつもりか、とザシャは実験を見つめていたが、リュリュの言葉を捉えて眉を顰める。
「……驚く?」
リュリュが銀塊をビーカーに入れた直後、それは起こった。
薄暗い広間に発火音と共に光源が現れる。
突如として銀塊が炎に包まれたのだ。
物が大きいために、発火音も大きく、銀塊を包む炎もまた大きい。
離れた場所にいた近衛隊士までもが、目の前の現象に浮き足立った。
炎に包まれた銀塊は、十分に凶器となりうるのだから。
だが、近衛隊士が動き出す前に、銀塊を包んでいた炎が消えた。
国王を背に庇っていた近衛隊長がほっと胸をなで下ろす。
だが、リュリュはにこやかに告げる。
「ここからが、この金属の面白いところ」
「……なに?」
近衛隊長が聞き返した直後、一度は鎮火したはずの銀塊が、火もないビーカーの中で徐々に赤熱しだした。
目を丸くする一同の前で、銀塊が再び燃え上がる。
何が起こっているのか、ザシャには理解できなかった。
答えはリュリュの口から知らされる事となった。
「陛下、恐れながら申し上げます。これは、銀ではなく、白金という別の金属ですよ」
紛い物の特性を示すための実験だったのだと、ザシャも合点がいく。
同時に増大していく危機感に突き動かされ、ザシャは声を張り上げた。
「濡れ衣です、陛下!」
「──俺の父上も同じ事を言っていた」
ザシャは頭上から聞こえた台詞に、顔を青ざめさせた。
──そうだ、クラインセルト伯爵は罠にはめられて……。
危機感が形を持つ。
ザシャは生唾を飲み込んだ。
──考えろ。とにかく何か言わなくては……。
自分は今、命を掛けさせられている。
何とかして言い逃れなければ、国王を相手に詐欺を働いた罪人として処刑されてしまう。
交渉に使う銀の延べ棒に偽物が混ざっている事は最早、否定のしようがない。
混ざっていなければ、ソラが告発という手段を用いるわけがないからだ。
国王もソラに疑いの眼差しを向けていた。
「ソラ卿、ザシャは濡れ衣だと言っているぞ?」
「実際に偽物の銀を持って交渉に望んでおきながら、往生際の悪い奴ですね」
ソラがザシャの頭を指先で叩く。
ザシャは必死に思考を巡らせ、慎重に言葉を選びながら、口を開く。
「偽物の銀は、ソラ卿によって混入させられたものと考えます」