作品タイトル不明
第九話 乱入する告発者
並べられた銀塊が美しく輝いている。
ザシャは目の前のきらびやかな光景を眺めても眉一つ動かさなかった。
特権と引き換えに王家へ納めるのだから、銀塊に所有欲を抱いても虚しいだけだ。
王家の御用商人が念入りに銀塊の数や重さを確かめている。
周囲には王家から派遣された近衛隊と、ザシャが雇った傭兵が睨みを利かせていた。
盗人どころか蟻すら入れない厳戒態勢だ。
ザシャの隣に部下の商人が立った。
「そろそろ、陛下との交渉のお時間です」
ザシャは空を見上げ、太陽の位置を確認する。
「ここは任せます。誰も入れないようにしなさい」
今更何かできるわけがないと思いつつ、ザシャは部下に命じた。
ザシャが王都に向かった直後、ソラが急に伯爵領を発ったとの情報も入手している。
「ソラ伯爵がやって来ても、ここに入れませんよ。なにしろ、この銀塊は王家の物なんですから」
部下の商人がザシャの懸念を笑い飛ばした。
「それより、早く交渉してきてください。陛下をお待たせして交渉決裂なんて洒落になりません」
部下の商人に促され、ザシャは背を向けた。
「では、後をよろしく頼みます」
言いおいて、ザシャは王城へと足を向ける。
近衛隊士が一人、ザシャの動きに気付いて案内を買って出た。
近衛隊士の後ろを歩きながら王城に入る。
交渉の場として謁見の間を用意されているとの事で、王城の内装を見物しながら歩を進める。
「謁見の間を使いますが、他に貴族の方々が列席される事はありません」
廊下に置かれた陶磁器を見て、売ったらいくらになるだろうかと想像を巡らせていると、近衛隊士が説明した。
さもありなん、とザシャは思う。
下手に貴族を同席させて、反対でもされては国王も動きにくくなるからだ。
まずは既成事実を作り、銀塊による財政建て直しを成功させる。
成功の事実を盾に、未だ足並みが揃っていない貴族の反論に対抗するのだろう。
つまり、今回の交渉に国王は前向きなのだ。
──これは交渉も簡単に纏まりそうですね。
謁見の間を視界の奥に捉え、ザシャは浮かびかけた楽観を押さえつける。
大扉の左右に控えた近衛隊士により、刃物の類を携帯していないか検査を受けた。
武勇を誇るトライネン伯爵家の跡継ぎが失踪した事もあり、検査は実に厳重だった。
ポケットを裏返され、引きずり出された財布の中まで丹念に調べられる。
そこまでするかと思って眺めていると、近衛隊士と目があった。
「不快になられるのも当然ですが、王太子殿下の御命令でして、辛抱願います」
「別に気にしていませんよ。最近は特に物騒ですから」
「恐縮です。問題はありませんでした。どうぞ、中へ」
近衛隊士に財布を返して貰い、ザシャは小さく深呼吸して謁見の間に足を踏み入れる。
広々とした空間の奥に金で装飾された幅広の椅子が置かれていた。
その椅子に深く腰掛け、ザシャを見下ろす人物こそが今回の交渉相手である国王だ。
隣には近衛隊長が立ち、ザシャの動きを注視していた。
謁見の間の左右の壁には近衛隊士が並び、不測の事態に備えている。
物々しい広間の様子に、並の神経なら体を強ばらせるだろう。
しかし、ザシャは眉一つ動かさなかった。
──威圧ですか。交渉の常套手段ですね。
威圧する事で、大きな要求を口にできないよう牽制する。
権力者がよく使う手だ。
もっとも、ザシャが知る権力者とは、裏稼業で力を持つ者ばかりである。
本質的には変わらないため、ザシャには効果がなかった。
──わざわざ謁見の間を用意した理由は、近衛隊で威圧するためでしたか。
国王の意図を推察しつつ、ザシャはゆっくりと一礼する。
「ソラ伯爵領グランスーノ街官吏、ザシャです。商会連合を代表し、この度、全権を預かっております」
国王はなかなか頭を上げさせなかった。
随分と間を挟んで、国王が口を開く。
「ザシャ、面を上げよ。楽にしてよい」
そう言うなら周りの兵を下げろと思ったが、口には出さない。
ザシャは礼を言って、頭を上げる。
交渉の開始である。
最初に口を開いたのは国王だった。
「既に銀の納品に入っていると報告が上がっているが、量は揃えてあるのか?」
単なる事実確認とも取れる質問を受け、ザシャは一瞬で裏を探る。
──銀の不足を心配されている? いや、銀の不足を理由に特権を出し渋るつもりか。
銀を要求されてから今日の交渉までの準備期間が短かった事も、国王の質問を後押ししたのだろう。
──イレーネオの失敗で腹を探られるとは……。
ザシャは内心、嘆息する。
イレーネオがチャフとイェラを取り逃がした結果、チャフの怪我が治るまでに銀を集める必要が生じた。
準備期間が短い理由だが、正直に話せるはずもない。
かき集めた銀は事前に要求された量にぎりぎり届いている。だが、余裕はない。
交渉が決裂する事はなくとも、追加で特権を要求しても却下される可能性は否定できない。
「御要望通り、銀は揃えてあります。ソラ伯爵の妨害もあり、余剰分はありませんが」
この場だけごまかしても仕方がないと諦めて、ザシャは正直に答えた。
ついでとばかりにソラに責任を被せる。
国王が渋い顔で顎を撫でた。
「小狸か。打てる手はすべて打っていたようだからな。よくもまぁ、あれほどいくつも嫌がらせを思いつけるものだ」
感心混じりの呆れた声で国王が愚痴った、直後、
「──お褒めに与り、光栄です、陛下」
突然、割って入った言葉に国王はギョッとして目を見開いた。
国王の視線の先、謁見の間の大扉が勢い良く開かれる。
現れたのは三人の若者だった。
中央に立つ溌剌とした若者は気品ある足運びで広間へ侵入する。
端正な細面に唇が生意気そうな弧を描く若者を見て、近衛隊長が呟く。
「王太子殿下……」
「やぁ、騒がせて済まない。陛下にも謝罪いたします」
王太子はにこやかな笑みで近衛隊長と国王に謝罪の言葉を投げ、背後の二人を手招いた。
手招かれた内の片方は真白の仮面を付けた青年。仮面の頬に当たる部分には狸の意匠が描かれている。
名を問うまでもない。王城を素顔を隠して歩く事ができる人物などただ一人しかいないのだから。
王太子は仮面の青年の肩を気安く叩く。
「ソラ卿、君から説明してくれ。何故、僕らがここに乱入したのか。隣の女性についてもね」
王太子の言葉を聞くより先に、近衛隊士の幾人かの視線はソラに寄り添う娘に釘付けだった。
赤い色が混じった輝かしい金の髪をなびかせ、好奇心で輝く瞳を手荷物の金属に向けている。
化粧によるものではない自然な白さを持つ肌はなめらかで、柔らかそうな桃色の薄い唇は楽しそうに弛んでいる。
仕事柄、貴族令嬢を見掛ける機会が多い近衛隊士ですら、見惚れてしまう程の美人だった。
「彼女はリュリュ。私の家臣の一人です」
ソラによって紹介されリュリュは、厚手の白いコートを揺らし、静かに礼をする。
近衛隊の視線が豊かな胸の谷間へと吸い寄せられる中、ザシャはリュリュの美しい顔に浮かぶ笑みに言いようのない恐怖を覚えていた。
あまりにも純粋な笑みだったのだ。
権謀術数と暗闘暗躍の到達点たるこの場には似つかわしくない、裏表のない綺麗な笑み。
そんな笑みを浮かべる種類の人間を、ソラが連れてきた事実がなにより恐ろしかった。
王太子が手振りでカーテンを閉ざすよう指示する。
即座に近衛隊士が動き、太陽の光を遮った。
広間に薄闇が降りる。
「では、始めましょうか」
ソラが一歩進み出る。
ちらりと視線を向けられて、ザシャの背筋に寒気が走った。
白塗りの仮面は、差した影で錯覚を起こし、笑っているように見えた。
「その前に一つ、片付けないといけません」
落ち着いた声で言葉を落とし、流れるような動きでソラがザシャに手を伸ばす。
ザシャに見えた動きは、ソラの指先の微かなブレ、認識できた光景は、一瞬で距離を詰めたソラの仮面に浮かぶ影の笑み。
次の瞬間には、石作りの床が眼前に迫っていた。
手を突く暇もなく、冷たい床に額を擦りつけていた。
──叩きつけられた!?
理解したと同時、磨き込まれた床石に仮面が写り込む。
ザシャの脳裏に抗議の言葉がいくつも並ぶが、理不尽な暴力に混乱して考えが纏まらない。
だが、理不尽を感じた者は、ザシャだけではなかったらしい。
場を代表して近衛隊長がソラを制止しようと口を開いたその時、仮面から冷たい声が落とされた。
「──罪人が陛下の前に汚い面をさらすなよ」